軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

レオナルド視点 アウグーン城の書庫 2

「その指輪は今持っているかしら?」

指輪の現物を見たい、と言うカルロッタに、現物は厳重に保管されている、としか答えられない。

一応は自分の出自を伏せてあるので、証拠の指輪はイヴィジア王国で保管されている、だなどとは言えなかった。

あの指輪は証拠の一つとしてアルフレッドの手で保管されており、今回の誘拐がズーガリー帝国の国ぐるみでの犯行であった場合に、報復や制裁処置を行う時に活躍する予定だ。

いくら証拠の品だからといって、俺が気軽に持ち歩いていいものではなくなっている。

また、国ぐるみではないと判明した場合には、ズーガリー帝国側が『誘拐は自国とは無関係である』と主張する役にも立つだろう。

犯人に繋がる、明確な証拠だ。

切り捨てるべき人柱に、最初から白羽の矢が立っているようなものである。

「その紋章の指輪とは、このような指輪ではなくて?」

鍵付きの書棚を開き、中からカルロッタが古ぼけた小箱を取り出してきた。

黒い小箱の上蓋には年月による劣化か、薄くぼやけているのだが西向きのアドルトルが紋章として描かれている。

「……これは?」

「古くからこの家に伝わる指輪です」

仕掛けの施された小箱らしく、カルロッタが慣れた手順で側面にある窪みや飾りに触れていく。

カタカタと仕組みが解除される音がしばらく続き、カルロッタが上蓋を持ち上げると、中には三つの指輪と指輪を収めるための窪みが二つあった。

手に取ってどうぞ、と促されたので、遠慮なくそのうちの一つを手に取る。

慎重に確認をしてみたのだが、どこからどう見てもあの西向きのアドルトルが紋章として使われていた指輪と同じものだ。

嘴の形も、アドルトルの表情も、カリーサの口から出てきた指輪とまるで同じだ。

「この指輪と同じ物で間違いありません。箱にはあと二つ無いようですが……」

「この指輪は全部で五つ作られたようです」

二百年以上前、当時のアウグーン城城主が自分の子どもたちにと作らせ、子どもたちが成人してからはそれぞれの婚家へと持ち込まれることになったらしい。

そのあとは子孫たちに受け継がれていき、三つあるうちの一つが現在はカルロッタの指輪ということだった。

「……当時の子どもたちが嫁いだ家の記録は残っていますか?」

「うち二つはすでに途絶え、指輪は遺品としてこの家へ届けられました。当主が残っている家は 私(わたくし) を入れて三家になるはずなのだけど……」

二百人規模の山賊が国中を縦断するほどの距離を移動してまで少女を誘拐するような人間がいただろうか、とカルロッタは首を傾げる。

城下町や領内の村で見目のよい村娘を見つければそのままかどわかす、ということもあるかもしれないが、自分の治める領地を出て罪を犯す者は少ない、と。

自分の領地であればいくらでも蛮行をなかったことにできるが、他領ではそうもいかない。

余程仲のいい領主同士であれば可能だが、普通は犯した罪を理由にあれこれ便宜を図るように要求されるものだ。

そういった危険を避けるために、領地を治める一族は他領へは極力出ないし、近づけさせもしない。

「ジン親分さんの妹さんには、危険を冒すだけの価値があったのかしら?」

「……妹は転生者です。数年前からセドヴァラ教会と協力して、聖人ユウタ・ヒラガの秘術復活に協力していました」

「それで……セドヴァラ教会が制裁に動き出したのね。困ったこと」

ティナがセドヴァラ教会と繋がりがある、というだけで、カルロッタは近頃のセドヴァラ教会の行動がティナ誘拐への制裁だと繋がったようだ。

アウグーン領のセドヴァラ教会にはまだ薬師が残っているようだが、アウグーン領と隣接する領地には完全に薬師の消えた地域もある。

ズーガリー帝国としても、ティナの行方不明は長く放置しておくことはできない事柄となっているはずだ。

「転生者を欲しがって、そのための労力を惜しまない人物となると、……ウーレンフート家の若様かしら?」

紋章の指輪を現在も受け継いでいるのは、カルロッタのアウグーン家、その親戚筋にあるスラウルム家とウーレンフート家の三家らしい。

カルロッタの指輪は黒い小箱の中に納められているし、スラウルム家の現在の当主は欲深いが自分から何か行動を起こすような甲斐性はなく、目の前にご馳走が置かれていても「腹が減った」と言いながら口を開けて待つだけの人物なのだとか。

誰かが誘拐してきた少女が領内を通り過ぎる時に横から掠め取るようなことはあっても、自分から領地外へと出て少女を誘拐するような真似はしないらしい。

……それはそれで、どうなのかと思うがな。

例(たと) え話ではあるのだが、その『例え』は『少女の誘拐』である。

イヴィジア王国であれば領主主導による少女の誘拐などあってはならないことなのだが、ズーガリー帝国では例え話の一つとして気軽に口へと上るような頻度で起こりうることなのだろう。

「そのウーレンフート家の若様、というのは?」

「スラウルムの当主とは別方向に野心家の若者ね。私の家が本家筋だからか、帝都で会うと怪しげなお誘いを受けることがあるわ。帝国を割り、かつての王国を取り戻したいとは思わないか、なんてね。もちろん、すぐに冗談だと言って笑ってはいたけれど……」

笑っていたけど、と言葉を区切り、カルロッタは少し記憶を探るような表情になる。

ウーレンフートの若様について、何か引っ掛かりを覚えるらしい。

「……いやね、出てこないわ。前回顔を合わせた時に、何か引っ掛かることがあったのだけど」

「若君の袖口にあしらわれたレースについてではございませんか? 秋口に領主様が帝都の館へ戻られた時に、しきりに不審がられておりました」

「ああ、それよ、それ。エドガーの袖に、賢女様のレースが使われていたから、おかしいと思ったのよ。あの若様、どう考えても賢女様好みじゃないもの」

オレリアがボビンレースを贈るとは思えない人物なのだが、その袖口にはボビンレースがあしらわれていたとのことで、カルロッタの記憶に引っ掛かっていたようだ。

以前オレリア本人に贈られたボビンレースと比べれば格段に腕の落ちるレースではあったが、同じボビンレースと判る精緻に織られたレースである。

エドガーがイヴィジア王国で流行になっているというボビンレースをいち早く入手し、早速服を仕立てたのだろうと思っていたようなのだが、それは少しおかしい。

「秋のはじめにボビンレースを使っていた、ですか? それは少し、時期が合わないような……」

指南書とアルフレッドのかき集めてきたボビンレースがズーガリー帝国へと持ち込まれたのは、収穫祭が終わってからだ。

ボビンレースの存在自体は夏にコーディがズーガリー帝国内で宣伝していたはずだが、実物を持ち込んではいない。

秋のはじめという指南書すら持ち込まれていない時期に、ズーガリー帝国内でボビンレースを使って服を仕立てることなど不可能なのだ。

ボビンレースを新たに織れる人間でもいない限りは。

「……ウーレンフート領には、転生者を連れてくれば帝国を割れるような秘密でもあるのでしょうか?」

ボビンレースを織ることができ、ズーガリー帝国内にいる人物、というとティナしか俺には思い浮かばない。

ようやくティナに片手が届いた気がして、騒ぎ立つ心を押さえつけるために 他所事(よそごと) へと思考を向ける。

興奮のあまり大事なことを見失うわけにはいかなかった。

ティナは見つけて取り戻すだけではダメだ。

ティナの安全を確保しつつ、無事にグルノールへと連れ帰らなければならない。

居場所を突き止めたかもしれないからといって、一直線に取り戻しにいくのは失策もいいところだ。

敵に優位な領域で、退路の確保もせずに突き進むのは、誘拐犯にこちらの手の内を見せるだけで終わる危険性もあった。

自分を落ち着けようとしてのウーレンフート領への話題振りだったのだが、ウーレンフート領についてを聞かれたカルロッタは、それまで見せていたものとはまるで違う性質の笑みを浮かべた。

夜中の侵入者としての俺と対峙した時には凛々しくも余裕のある笑みを浮かべ、昼に客人として迎えた俺には繕われたものではあったが歓迎の笑みを浮かべていた。

けれど今の 表情(かお) は、唇の形こそ笑みではあるのだが、目がまったく笑っていない。

「ウーレンフート領については、別に資料を用意させましょう」

自分の口からはちょっと、とカルロッタがわずかな躊躇いをみせる。

女傑といった言葉が似合う、どんなことにも動じないように見える老淑女だったのだが、ウーレンフート領については聞かない方がよかったようだ。

答えたくない話題ではあるようなのだが、カルロッタは資料を隠すような真似をしなかった。

書庫から出て行くカルロッタを見送ると、後を継いで老紳士が書庫の中を動き回る。

カルロッタの侍従を自称する老紳士は、カルロッタの夫であるらしかった。

集められたいくつかの資料と老紳士からの補足に、カルロッタが明言を避けた理由がわかる。

……ウーレンフート領は、二百年前の転生者が生まれた地か。

およそ二百年前にズーガリー帝国で頭角を現した転生者は、聖人ユウタ・ヒラガとは真逆の存在だ。

聖人ユウタ・ヒラガは人の手による調薬の技術を確立させ、彼の死後も多くの人々の命を救い続けている。

逆にズーガリー帝国の転生者は、活躍した期間こそ短いが、その短い期間に殺した人間の数は戦好きの暴君であっても並ぶことはできない。

もちろん、その転生者が直接殺したわけではないが、彼の作り出した武器が原因で国が四つも滅びているのだ。

最悪の転生者と呼んで間違いない。

……転生者カミロ、か。

ズーガリー帝国に生まれた転生者カミロは、聖人ユウタ・ヒラガとは違って名前で呼ばれることの極端に少ない転生者だ。

生み出してしまったものが原因で、名前を呼ぶことすら忌まれていると言った方が正しい。

……カミロ生誕の地ということで、何か残っているのか?

しかし、本当にカミロの作り出した武器か何かが残っているのであれば、かつての王国が現在亡国だなどと呼ばれているわけがない。

ズーガリー帝国ではなく、亡国の名を冠した帝国になっていたはずだ。

……カルロッタ様の祖先は武器を作り出す転生者を善しとはせず、転生者はこれに不満を感じて国を出て行ったようだな。

そして移動した先の国が、ズーガリー帝国の元となったズーガリー王国だ。

転生者の作り出す武器によって凶悪な力を得たズーガリー王国は、まず最初の侵略先としてカミロの故郷である亡国を選んでいる。

これは転生者の個人的な恨みを晴らす意図があったのかもしれないが、一番大きな理由は転生者が地形等の情報を持っていたためだろう。

武器の性能を確認するために、武器の性能以外の面でも優位をとれる地を選んだのだ。

祖国を滅ぼすことで武器と己の有用性を証明した転生者は、ズーガリー王国を勢いづかせた。

転生者が死ぬまでに四つの国を滅ぼし、小国でしかなかったズーガリー王国が帝国を名乗るまでに巨大化させている。

ある意味では、転生者の活躍した期間が短かったおかげで、大陸には他の国が残ったとも言えた。

転生者が聖人ユウタ・ヒラガのように長く生きていれば、今の大陸はエラース大陸ではなく、ズーガリー大陸とでも呼ばれていたことだろう。

……カルロッタ様が話したがらなかったのは、転生者のことか。

亡国の流れをくむアウグーン城の主としては、転生者カミロの名は禁忌に近いはずだ。

巨大な帝国を作り上げ、多くの血を流した忌むべき存在なのだろう。

そんな存在が残したものが、ウーレンフート領にはあるのかもしれない。

……転生者カミロは、たしかドイツ人だったか?

メンヒシュミ教会では転生者カミロについてあまり教えないのだが、白銀の騎士の修める教養の一つとしては学んだことがある。

前世はドイツ人で、なぜかニホン語を嗜む。

日記などはドイツ語で残しているのだが、聖人ユウタ・ヒラガと同じように研究成果はニホン語で残したとされていた。

そのため、転生者カミロ亡き後は、誰もカミロの武器を再現できていない。

誰にも再現させぬよう、故意にニホン語を用いたのではないかという説もあるが、転生者カミロについて好意的に受け止める者は少ない。

再現させたくなければ、そもそも研究成果など残さなければいいのだ、と。

……なにかあったんだろうな。殺すための武器であっても、成果を後世に伝えた方がいい、と思える何かが。