軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

レオナルド視点 アウグーン城の書庫 1

アウグーン領へは、春のはじめに到着した。

春と言っても、ズーガリー帝国の雪解けは遅い。

帝都のあるエラース山脈中腹ともなれば、夏でも雪が残るぐらいだ。

そして、領地としては皇帝直轄領の隣にあるアウグーン領も雪解けは遅いようで、雪がまだ残っていた。

……さすがに、アウグーン領へはコーディも来ていたようだな。

どうやらアウグーン領の領主は出来た人物である、という話は信用できるようだ。

統治者の資質は、下の者へも影響する。

アウグーン領の領境を守る兵士は、ズーガリー帝国内のどの領地の兵士よりも礼儀正しく、規律を守る集団だった。

山賊として移動しているため、俺は領境を越える時に 人目(ひとめ) を忍んで森や険しい山道を抜けていたのだが、中には旅人を装わせて領境を正面から抜けさせた者もいる。

そうした者からの報告では、アウグーン領の兵士に賄賂は通じず、逆にそんな真似をするなと説教されたそうだ。

そして賄賂が通じない、兵士としての職務を全うしているアウグーン領の兵士は、領内へと入って来た商人の記録もしっかりと残していた。

コーディと他二人の傭兵が帝都側の領境からアウグーン領へと入り、西のセンフェン領へと出て行ったと記録されていたのだ。

……しかし、本当にコーディたちとすれ違わなかったな? どこかで足止めでも食らってるのか?

とはいえ、増えた配下の山賊を使っている分、俺自身がすべての領地を歩いて探しているわけではないので、どこかですれ違っている可能性は捨て切れない。

行動に制限がないということで、山賊として動くことを決めたのだ。

その結果として、商人のコーディが使うような大きな街道を歩けないとしても、それは仕方のないことだった。

アウグーンの街での情報収集は配下に任せ、痕跡を残さずに侵入することが得意な者を数人つれ、夜のアウグーン城へと侵入する。

アウグーン城に押し入るなんて、と二の足を踏む者もいたが、略奪に行くのではないと指摘したところ、急にやる気を見せた。

どうやら以前匿われた恩のある者だったようで、恩を仇で返すなど、と悩んでいたようだ。

そもそも俺は山賊ではない、略奪などするわけが無いだろう、と言ったところ目を丸くしていた。

そう言えばそうだった。山賊が似合いすぎて忘れていた、と真顔で返されたので、俺も真顔で返してしまった。

……俺の顔は山賊が目を向いて気絶するほどの 強面(こわもて) じゃないぞ。

引き取ったばかり頃、俺の顔を見たティナに泣かれたことがあったな、と思いだす。

あれはたしか、ティナがグルノールの館に初めて来た日のことだ。

アルフレッドに促されて夜中に館へ帰り、ティナの様子を見に行けば泥棒と間違えられて思い切り泣かれたし、怖がられた。

……早くティナを取り戻したい。

もう一年以上ティナの顔を見ていない。

十四歳のティナは、成長期に入っているはずだ。

夏がくれば、すぐに十五歳になる。

手足が伸びて背がぐんと伸びているかもしれないし、顔つきだって少しは大人びているかもしれない。

妹が成長していく貴重な時間を、卑劣な誘拐犯のせいで見守ることができないというのは、なかなかに許し難いものだった。

ティナを無事に取り戻した後、機会と手段と都合さえつけば、誘拐犯にはそれなりの返礼をしなければならないだろう。

……確かに、王家筋の家だったようだな。

足音を忍ばせて入り込んだ図書室で、古い文献を調べる。

アウグーン城に残る文献によれば、クローディーヌが調べたように亡国の王家筋がアウグーン領主の祖先で間違いがないようだった。

古くから続く家なだけあって、古い文献がいくつも残っているようだ。

これらを一つひとつ調べることができれば、西向きのアドルトルの紋章を指輪としていた家も判るかもしれない。

少なくとも、アウグーン城では西向きのアドルトルの紋章を使っていたはずだ。

……うん?

あまり大規模に文献を捜索しても、日が昇った後に図書室へと侵入者があったことに気づかれてしまう。

そう思って今夜は切り上げようと顔をあげたのだが、目線の先にある額縁に気がついた。

精巧に掘り込まれた額縁の中央に、見覚えのある景色がある。

「これは……」

見覚えのある景色に、思わず口から声が出た。

手にとって確認したい、と額縁へと手が伸びる。

「それはダメよ、あげられないわ。その代わり、お金でも宝石でも好きなだけ持って行ってちょうだい、盗賊さん」

背後にある扉の方から聞こえた女性の声に、額縁へと伸ばしていた手を引っ込める。

家人に見つかってしまったか、と振り返れば、明かりもつけずに一人の老女が立っていた。

声から老女と判断したが、背筋はまっすぐに伸びている。

背が高く、どこかオレリアを思いだす佇まいだった。

「それは友人から贈られた 私(わたくし) の宝物なの。 盗賊(あなた) には何の価値もないものよ」

「ボビンレースといえば、近頃は大陸中で需要があるお宝だが……あいにくと、俺は盗賊じゃないからな。お宝に用は無い」

老女から視線を額縁へと戻す。

額に飾られたものは、確かにボビンレースだ。

それも、ティナが織っていたような幾何学模様のリボンではない。

一枚の絵画として仕上げられた、風景画だ。

ワイヤック谷にあるオレリアの家が、ボビンレースの中に織り込まれていた。

「……これはオレリアの家だろう。友人というのは、賢女オレリアのことか?」

「あら、盗賊の口から賢女様の名前が出てくるとは思わなかったわ。……いいえ、あの賢女様だったら、盗賊の知り合いぐらいいてもおかしくはないかしら?」

「俺の知る限りオレリアに賊の知人はいなかったと思うが……まあ、オレリアだからな。ズーガリー帝国に友人がいるような女傑だ。山賊の二百人ぐらい従えていても、驚きはしない」

見れば見るほど精緻に織り込まれたボビンレースに、カリーサはオレリアの腕に追いついたかと思っていたのだが、遠く及ばなかったのだと思い直す。

ティナの織るリボンは、本当に手習いにすぎない。

技術と年期が違うのだと、 素人(おれ) が見てもわかるほどに見事なボビンレースだった。

「賢女様を名前で呼ぶ貴方は、賢女様とはどんなご関係なのかしら?」

「縁があって家族になる予定だったが、その前に逝かれてしまった」

妹が祖母のように懐いていたのだが、と続けると、老女の背後の扉が開いて配下が一人飛び込んで来た。

「親分、こっちに御領主さまが向かったって……聞いて……、あれ? カルロッタ様」

人が近づいて来たから、どこかへ隠れろ。

そう俺に警戒を促しに来たようだが、完全に出遅れている。

山賊(おれ) たちが隠れるべき 領主(あいて) には、すでに見つかった後だった。

「こちらの親分さんは、貴方のお知り合い?」

「 故(ゆえ) あって探し 者(・) の手伝いをすることになった、ジン親分です」

突然飛び込んで来た見るからにマトモな職業ではないと判る薄汚れた男に、領主カルロッタは平然と対峙する。

相手が山賊だろうが盗賊だろうが、カルロッタには関係がないのだろう。

度量があるのか、まずは自分が納得できる情報が欲しい。

そんな顔をしている。

「こんな怖い顔をしてますし、熊も片手で屠ったりしますけど、悪い人じゃありません。本業は山賊じゃありませんので、ここへは調べ物に寄っただけで……、その……すみません」

最後の『すみません』は、忍び込んだことへの謝罪だろう。

もしくは、ペラペラと 他人(おれ) の事情をカルロッタへと話してしまったことへだ。

「……夜中にこそこそ 他人(ひと) 様の家へ忍び込むような子だけど、悪い子じゃないのね?」

「あ、はい。それは確かに。ここに来るまでの道中でも、熊を狩っては村人に施し、山賊を狩っては町人に感謝され、狼を狩っては俺たちを食わしてくれました」

狼の肉は 筋(すじ) っぽかったです、と続けた男に、カルロッタはわずかに首を傾げる。

「つまり、盗賊ではなく腕のいい狩人なのね」

「その通りっス!」

「……どちらも違う」

なにやら愉快な方向へと理解を示したカルロッタに、男が乗った。

賊でないと理解されるのなら何でもいいとでも言いたげな、見事な飛びつき方だ。

ただ、そのまま誤解させておくのも嫌だったので、訂正は入れておく。

俺は狩人ではない。

山賊も傭兵も仮の姿だ。

賊でないと言うのなら、昼間に正門から堂々と訪ねてきなさい、とカルロッタには追い返された。

誰であろうと調べ物をしたいというのなら、協力をしてやるぐらいの度量はある。

まずは宿を取って風呂に入り、臭いを落として出直して来い、と。

……確かに、ズーガリー帝国に入ってからはほとんど山の中で、たまに体を拭くぐらいしかできなかったからな。

季節もあるが、そもそも風呂を用意するだけの時間がもったいない。

自然に湧き出た温泉でもあれば別だったが、気づかないうちに強烈な臭気を放っていたのだろう。

考えてみれば、害獣や山賊の返り血を浴びた時も簡単に洗うぐらいで、風呂には入っていない。

……ティナを見つける前に指摘されてよかった。

ティナを助け出した瞬間に「レオナルドお兄様臭い」だなどと、あの可愛い顔をしかめて言われたら立ち直れる気がしない。

これが思春期の娘かと感慨深くはあるが、だからといって妹に言われたい台詞ではなかった。

アウグーン城のある街へと宿を取り、軽く体を洗う。

あまりにも汚れた格好では、風呂屋へ行っても他の客の迷惑にしかならない。

宿で簡単に体を洗い、風呂屋へ行くのはそのあとだ。

……領主が違うだけで、ここまで暮らしぶりに差が出るんだな。

同じ帝国領内だというのに、アウグーン領とその他の領では住人たちの生活や表情が違う。

風呂屋にしても、配下が言うにはまるで違うそうだ。

アウグーン領の風呂屋は洗い場から綺麗に清掃されており、浴槽の湯も綺麗なものである。

これが他の領地の風呂屋となると、洗い場は客の自主性に任せるという名目で掃除されておらず、湯も滅多に張り替えられることなく、くすんだ色をしているらしい。

聖人ユウタ・ヒラガが広めた風呂に入るという習慣は、体を清潔に保って体温を上げるという効果を目指していたはずなのだが、ズーガリー帝国ではあまり意味を成していないようだ。

風呂屋で旅の汚れを落とし、途中の古着屋で買った服に着替える。

自分の体ばかり洗ったところで、長旅の間着続けてきた服をまた着れば風呂に入った意味がない。

着ていた服は宿の洗濯女に預け、髪を手櫛で整えてから、アウグーン城の扉を叩く。

伸ばし放題の髭も整えた方がいいとは思うのだが、これは人相を隠すためにしていることなので、仕方がない。

「領主様から話は聞いております。どうぞ、こちらへ」

領主を訪ねてくる人間としては目を覆いたくなるような惨状であろう俺に対し、領主カルロッタの侍従を名乗った老紳士は眉一つ動かさなかった。

山賊の侵入にも動じなかったカルロッタの侍従を名乗るのだから、中古服に髭の男が訪ねてきたぐらいでは動じないのかもしれない。

……いや、あの女傑なら中古服を着て畑でも耕していそうな気がする。

なんとなく、でしかないのだが、そんな気がした。

領主カルロッタからは、浮浪者の格好をして孤児院へと顔を出したエセルバートと似たような雰囲気を感じる。

どんと構えて瑣末なことでは動じず、いざという時にとても頼りになるのだが、仕える側の人間としてはもう少し型どおりの主人でいてほしい気配が。

いろいろな意味で。

……なんだ? 中庭に……畑か?

案内されるままに回廊を進んでいると中庭に差し掛かったのだが、その中庭が畑に見えた。

まさか領主の城の中庭が畑になっているなんてことがあるわけがない。

そうは思うのだが、見れば見るほどに畑だ。

「あれに見えるは、領主様の研究成果でございます。我がアウグーン領領主カルロッタ様は、領民のためより多くの収穫を得ることはできないものかと、御自らの手で日々新たな農法を模索されておられます」

「……」

なんと返答したものかと困り、無言で返す。

老紳士が聞いてもいないのに説明してくれたのだから、あの畑はカルロッタの趣味ではなく、農法を研究する過程で必要があって作られたものなのだろう。

そう理解しておけばいい。

気の利いた返答は思い浮かばないのだが、そのぐらいは察することができる。

老紳士に案内された応接室には、昨夜会ったばかりの老淑女がいた。

昨夜の印象同様に背筋を真っすぐに伸ばした淑女なのだが、わずかに土の匂いがする。

俺が来る直前まで、中庭の畑で土を弄っていたのかもしれない。

改めて挨拶と昨夜の非礼を詫びると、カルロッタからは早々に用件を切り出された。

「それで、何を調べたかったのかしら?」

「私が調べているのは、亡国の紋章についてです。西向きのアドルトルを紋章として掲げている、もしくは過去に掲げていた貴族家をすべて知りたい」

「そういうご用件なら、図書室よりも書庫へ案内した方がよさそうね。賢女様の家族だと言うのなら、協力は惜しみませんよ」

書庫も図書室も好きに使っていい、と言ってカルロッタが目配せをすると、老紳士が鍵の束を持ってくる。

ずっしりと重い鍵の束は、図書室と書庫の鍵だけではないはずだ。

「……オレリアと家族になるはずだった、というのは私の自称でしかないのですが、簡単に信用してしまってよろしいのですか?」

「あら、私は人を見る目には自信があるのよ?」

嘘をついているのなら、そんな指摘はしないものだ、と言ってカルロッタは笑う。

山賊を引き連れて夜中に城へと忍び込んでくるような者ではあるが、正直者である、と。

「もう忘れ去られた国だと思っていたのだけど、今さら古い資料を求めてお客様が来るだなんて、思わなかったわ」

書庫とはいえ、普段から掃除が行き届いているようだ。

老紳士も主人であるカルロッタが書庫へと入るのを止めず、黙々と俺の求める資料を集めていた。

普通は領地の歴史など、開示してくれるとしても必要な資料だけを抜き出してきて終わりだろう。

書庫まで突然の闖入者でしかない俺を入れるということは、考えられない厚遇だった。

亡国の領土や主要街道、当時存在していた町や村の描かれた地図、砦の位置までが記載された資料が机の上に並べられる。

アウグーン領の領主は亡国の王族の流れをくむ家柄であるということは間違いがないようで、古い家系図まで出てきた。

「ところで、なぜその紋章を調べているのかしら?」

「……妹が誘拐された。現場に残されていた犯人の物らしき指に嵌っていたのが、西向きのアドルトルの紋章だったのですが……」

「妹、とおっしゃると、賢女様を祖母のように慕っていたとおっしゃられていた?」

「その妹です」

オレリアとティナは時折手紙のやり取りをしていて、春になったら街へ出てきて一緒に暮らすことになっていた。

ハルトマン女史に教わりながら、ティナがオレリアのためにと一生懸命部屋を整えていたのを覚えている。

結局オレリアがその部屋を使うことはなかったのだが、ティナが自分で整えた初めての部屋だ。

使われることのなかった家具などは、いずれ大人になったティナが使うのかもしれない。

……もちろん、それまでにティナを取り戻すことが先決だが。