軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

コーディ視点 クエビアの神域 1

「……よし、通っていいぞ」

サエナード王国は自国とはいえ、砦や国境を越える際にはやはり荷馬車を止められ、荷や身元の確認といった作業が行われる。

普段は袖の下でも渡さないかぎりは一介の旅商人の確認作業など、と後回しにされることもあって、それなりの時間を足止めされる場所だ。

しかし、今日は様子が違う。

身分証や荷物の目録と一緒にレオナルドから預かった封筒を渡すと、見るからに偉い人物だと判る男が慌てて建物から出てきて、荷馬車の中を簡単に眺めただけで砦を抜ける許可が下りた。

ほとんど荷を検めるといった作業はされていない。

……レオナルド様が持たせてくれた封筒って、何が入ってたんだ?

手触りからいって、紙ではなかった。

少し厚みのある木札か何かだろう、と想像することぐらいはできるのだが、普段はこちらの足元を見て少しでも 賄賂(こづかい) を得ようと言い掛かりをつけてくる門番や兵士たちがきびきびと作業してくれたので、恐ろしく効果のある封筒だった。

きびきびと作業をした、というよりは、俺の荷馬車については検める必要はない、というような態度だ。

中を検めずに門を通されるなんて、まるで貴族のような待遇だな、と思ったところで気がついた。

レオナルドは神王領クエビアの仮王と親交をもつクリスティーナの兄だ。

自分になど想像もつかないような人物との繋がりがあったとしても、不思議はない。

その繋がりを使って、今回の移動について配慮をしてくれたのだろう。

……迅速に処理されてよかったなー、ぐらいに思っておこう。

誰が手を回してくれたのだろうか、と深く考えるのは怖い気がして、考えるのをやめる。

ここは素直に、手際のよさに感謝をしておくだけでいい。

クリスティーナの兄なのだから、サエナード王国の王族に知人の一人や二人いても、不思議はないだろう。

……いや、おかしいだろ。少し前まで戦をしてた国同士だぞ!?

無事にサエナード王国側の国境を抜けると、今度は神王領クエビア側の国境へ入る。

門を守る僧兵へと身分証と荷馬車の中身について書いた目録を提示しようと準備を始めたら、僧兵がこちらへと走って来た。

……あれ?

なんとなく嫌な予感がする。

以前にも、国境の門へ来ると同時に出迎えられたことがあったはずだ。

……まさか、またレミヒオ様が来てたり……しないよな?

まさかな、と思いつつ提出するものを揃えると、駆け寄ってきた僧兵へとそれらを渡す。

僧兵はざっと書類を確認すると、いつもとは違う門へ向かうように、と言い始めた。

「北側の門は、クエビアの奥へ向かう門ではありませんでしたか?」

「普通は他国の商人は通さないんですけどね。コーディさんが来たら北門を使うように、とレミヒオ様から指示が出ているんですよ」

「レミヒオ様から?」

神王領クエビアの王であるレミヒオの指示だと言うのなら、自分が北門を使ってもいいのだろう。

他国の人間である自分がクエビアの奥へと進むことを許されるなんて、と少しだけ不思議な気分だが、よく考えれば仮王自ら国境へと出迎えに来ていた方がおかしい。

それを考えれば、北門を使って会いに来い、とレミヒオが言い出したらしいことは、ようやく身分にあった呼び出し方をしてくれた、とホッとするところだろう。

「……神域へは手綱を引く必要はない。馬には道がわかる。馬が勝手に進むだろう」

「え?」

門が開かれるのを待っている間に、僧兵が門を抜けた先での振舞い方を教えてくれた。

普通に手綱を操って荷馬車で進むのだとばかり思っていたのだが、この先の道はなんだか違うようだ。

馬が勝手に進むという言葉の意味は、北門を抜けたらすぐに解った。

砦の中から見た北門の向こうには森が広がっているだけに見えたのだが、いざ森の中へ入ってみると、周囲を霧に包まれて何も見えない。

霧の出るような天気ではなかったはずなのだが、と不安に感じて背後を振り返る。

白く霧に覆われた視界で、明るく見えていた四角い門の形が閉ざされていくのが見えた。

北門が閉ざされたのだろう。

クエビアの奥へと続く門のため、普段はそれほど開かれることのない門のはずだ。

北門が完全に閉ざされると、周囲は一段と暗くなる。

……あれ? クエビアって、こんな雰囲気だったか?

いつもは西門から国境を抜けるのだが、北門と西門とでは随分と雰囲気が違う。

西門を抜けた先は明るい林と平原が続いているのだが、北門の先は鬱蒼と生い茂った深い森だ。

薄暗い上に霧まで出ていて、夏だというのにうっすらと寒かった。

……本当に、馬には道が判るんだな。

俺の目にはほんの少し先の道も見えないのだが、馬はなんの不安も感じていないようだ。

明るい道を歩くのと変わらない速度で霧の中を進んでいる。

こうなってくると、僧兵の言葉を信じて従うことにした方がいいだろう。

馬に任せて手綱は引かず、しかし、いざという時のために手放すことだけはしない。

ここは神秘の国クエビアだ。

馬が道を選んで勝手に進むことぐらい、あるのかもしれなかった。

……あ、鳥のさえずりだ。

座っている以外にできることがないので、ゆったりとした気分で馬の背を眺める。

そうしていると、遠くで鳥のさえずりが聞こえた。

一羽のさえずりに気がつくと、次々に別の鳥のさえずりを耳が拾い取る。

静かな森だと思っていたのだが、本来は賑やかな森だったようだ、と目が覚める思いで鳴き声の方向へ顔を向けると、途端に森を抜けた。

霧はいつの間にか、晴れている。

本当に、いつの間にか、だ。

眠っていたはずはないのだが、いつ霧が晴れたのかとか、森を抜けそうな気配だとか、そういった物をまるで感じなかった。

ただ気がついたら森を抜けていて、目の前には巨大な湖モンペールと、その湖に半分浮かぶようにして存在する白い建物の群れがある。

「湖に浮かぶ白い建物っていうと……え? あれってまさか、噂に聞く神域か? クエビアの王族ぐらいしか入れないって聞く……?」

北門を抜けて馬は首都へ向っているのだと思っていたのだが、とんでもないところへと出てしまったようだ。

今の内に馬を制止して方向を変えようと手綱を引いてみるのだが、馬は命令を聞いてくれない。

足を止めるどころか、まっすぐに神域を目指して進んでいた。

「頼むから止まってくれよ。神域に近づくとか、いざとなったらレミヒオ様が取り成してくれるかもしれないけど、さすがに不味いぞ」

他国の要人ですらも入ることができないと言われている神域だ。

旅の商人など、近づいただけで不敬だと咎められ、投獄されてもおかしくはない。

「ってか、なんで森を抜けたらモンペール湖があるんだ? 距離的におかしいだろ」

神王領クエビア内の詳細な地理など知らないが、それでも大まかな地名ぐらいは知っている。

クエビア内最大の湖モンペールは、とてもではないが国境の森を抜けてすぐにつくような距離にはなかったはずだ。

「霧か? さっきの霧なのか? あれってワイヤック谷の霧と同じか!?」

ワイヤック谷にも、いつ行っても霧のかかる森があった。

あの霧もまた不思議な霧で、『霧の中へと守られた者に対し、悪意を持った者が入り込めば、永遠に霧の中を迷わされることになる』というような噂を聞いたことがあるが、真偽の程は判らない。

噂はただの噂だ。

ワイヤック谷へ入る前の森へは俺も何度となく通っているが、一度だって迷ったことはない。

もっとも、ワイヤック谷の森に守られたオレリアは薬師であり、これまでに何人もの命を救ってきた賢女だ。

彼女に対し尊敬こそすれ、悪意を持つことなどありえない存在だった。

自分の中にオレリアに対する悪意などなかったのだから、ワイヤック谷の霧に不思議な力が本当にあったとしても、自分の身で実感することなどなかっただろう。

「……あの、こんにちは」

神域の入り口と判る城門の前でようやく馬が足を止め、どうしたものかととりあえず門番に対して愛想笑いを浮かべる。

ここまで来てしまったからには、何も言わずに引き返す方が怪しい。

馬が歩いてきてしまったのだから、怒られたら正直にそれを話して許してもらうしかなかった。

「馬には道がわかると言われて来てしまったのですが……」

「ああ、知らせなら来ている。そのまま通っていいぞ」

「へ?」

神域へとやってきた旅の商人に対し、門を守る僧兵は特に警戒をしていないようだ。

国境の僧兵は簡易とはいえ鎧を身に付けていたのだが、神域の僧兵は鎧など何も身に付けていなかった。

蔓の巻きついた木製の 刺股(さすまた) を持っているぐらいで、神域を守る精鋭といった雰囲気ではない。

「仮王様へお届けものがあるのですが、どなたに確認をお願いすればよろしいでしょうか?」

もちろん神域へ入る前に荷物の検査をするよね? という確認を込めて聞いてみたのだが、門番の様子は変わらなかった。

そのまま進んでいい、という先の言葉に変化もない。

……ええ? こんなにあっさりでいいのか? 神域だろ、ここ!?

段々不安になってくる俺に、僧兵は苦笑いを浮かべる。

あまりにもあっさりと通されすぎて戸惑う人間は、実は珍しくもなんともないらしい。

「悪心のある者であれば霧の森を抜けられるはずがないし、 門(ここ) から先に進んだとしても、仮王様の元へはたどり着けないことになっている」

だから、門番としてはほとんど仕事がないのだ、と僧兵は笑いながら教えてくれた。

霧の森を抜け出てきた時点で、見極めは終わっているのだ、と。

それでも門番が立っているのは、外と中との連絡のためらしい。

……本当にいいのかな?

そう不安に思いながらも、城門から神域の中へと入る。

神王領クエビアの神域は、道が石畳に覆われていて白かった。

そこかしこに見える各地の教会の総本山ともいえる石造りの神殿は、壁にさまざまな模様が描かれていて、色鮮やかで目を楽しませてくれる。

外観自体はみな同じなのだが、壁の模様や前庭の石畳にそれぞれの神を象徴する記号や紋章が描かれているため、どの神殿が何の神を奉っているのかがとても判りやすかった。

……レオナルド様の手紙は、ヘルケイレス神殿へお届け、と。

まさか神域の中にまで入れるとは思ってもいなかったため、忘れないように心の中で繰り返す。

首都レストーンあたりのペルセワシ教会へ手紙の配達を頼むか、僧兵にでも言伝を頼むしかないと思っていたのだが、自分の手で届けられそうだ。

軍神ヘルケイレスの神殿の場所を確認しつつ、レミヒオの元へはまた馬に任せればいいのか、とおとなしく馬の進むに任せた。

「お待ちしておりました、コーディさん」

馬が止まった建物の前で荷馬車から降りると、僧兵を二人連れた黒髪の女性がやって来た。

神域に暮らす人間ということで、服装が神域の外とはまるで違う。

追想祭で行われる劇の衣装のような、古風な長衣を纏った神秘的な女性と、神域の門番と同じように軽装備の僧兵だ。

「えっと……?」

なんとなく、身分ある女性なのだろうとは判る。

判るのだが、相手が名乗ってくれないので、なんと呼びかけたらいいのかも判らなかった。

しかし、判らないからといって黙っているわけにもいかず、頬が引きつるのを感じながらも笑みを浮かべる。

商売人は、信用と笑顔が命だ。

「お初にお目にかかります。私は旅の商人をしているコーディというものです。イヴィジア王国のアルフレッド王子より仮王レミヒオ様へ、贈り物を運ぶよう言付かってまいりました」

「コーディさんの来訪については、レミヒオ様より聞いておりました。 私(わたくし) はレミヒオ様にお仕えしております、ティアレットと申します」

早速レミヒオの元へ案内する、とティアレットに促されて荷馬車を僧兵の一人に預ける。

ボビンレースの入った箱を荷台から下ろすと、ティアレットの案内に従って建物の中へと足を踏み入れた。

「こんにちは、コーディさん。お久しぶりですね」

おかけください、とレミヒオに椅子を勧められたのだが、見るからに体調が悪いと判るレミヒオに、こちらの寿命が縮む気がする。

仮王のレミヒオとただの旅商人でしかない俺では、身分が違いすぎた。

体調が悪いと判るレミヒオに、 商人(おれ) なんかと会うために無理をさせるわけにはいかないだろう。

間の悪すぎる訪問になってしまった。

「えっと……出直した方がいい、ですよね? 大丈夫ですか? 顔色があまりよろしくないようですが」

「心配してくれてありがとう。体調不良といっても病気ではないから……大丈夫ですよ」

ほら、と言いながらレミヒオは袖をまくる。

白い衣の下から出てきたレミヒオの腕には、手首から上にむかって黒い 茨(いばら) のような 痣(あざ) があった。

レミヒオの説明によると、手首から上へと伸びる黒い痣は、肩から鎖骨のあたりまで続いているそうだ。

「少し精霊の機嫌を損ねてしまってね。悪戯をされてしまったのだけど……服を着ていればわからない程度の可愛い悪戯だから、大事はないよ」

「仮王様でも、精霊の機嫌を損ねるようなことがあるのですか」

「精霊たちの最上位はあくまで神王で、仮王はその下だからね」

レミヒオがそう言ってふんわりと微笑んでいるので、見た目の異様さほど心配することではないのだろう。

そう思いかけて、なんとなく違う気がした。

神王領クエビアへと寄るたびに少し会って話しをする程度の付き合いではあったが、レミヒオであれば重病を患っていたとしても心配させまいと微笑む気がするのだ。

今、レミヒオが微笑んでいるからといって、本当に言葉どおり心配する必要がないのかどうかは、俺には判らない。

判るのは、精霊が関わっている以上、俺が心配をしたところでどうにもならないということぐらいだ。

だからこそ、レミヒオは『心配ない』と笑うのだろう。

レミヒオの言う『心配ない』はそのままの意味だろうが、深読みすれば『心配をしたところでどうにもできない』だ。

「そうだ。クエビアでの用事が済んだら、またイヴィジア王国へ行くんだよね? 伝言を頼んでもいいかな」

クエビアに残る『精霊の座』は、確かに破壊した。

そう伝えてほしい、と言われたので、そのままを覚える。

『精霊の座』がどういったものなのかは判らないが、 商人(おれ) が知る必要などないことだろう。

伝言を頼まれたのなら、ただそのままに伝えるだけだ。

「今日は何かを持ってきてくれたんだよね?」

「はい。イヴィジア王国のアルフレッド王子からの贈り物です」

今回は間違わずにレミヒオへと直接は手渡さず、間に侍女を挟む。

侍女によって箱の中身が確認されると、改めてレミヒオの元へとボビンレースの入った箱が手渡された。

「 糸巻(ボビン) を使ったレース織りです。正式にはボビンレースと言うらしいのですが、イヴィジア王国では『オレリアンレース』と呼ばれ始めています」

「綺麗なレースだね。……それに、驚くほど繊細な触り心地だ。これは女性が使った方がよさそうに思えるのだけど……?」

「イヴィジア王国では第六王女の婚礼衣装に使われたそうです。クリスティーナお嬢様もリボンや付け襟として使っていましたから……確かに女性が使っている印象がありますね」

ただ、レミヒオが使うことには違和感があまりないだろう。

容姿的な意味で、レミヒオは女性と見紛う中性的な顔立ちをしている。

実際にレミヒオが手にしたベールを被る姿を想像してみても、違和感など何もなかった。

「……聖女ティナが日常的に使っていて、王女の婚礼衣装に。そして、それを第三王子が私に送ってくる、と」

そこにどんな企みがあるのだろうか、と聞かれて背筋を伸ばす。

柔らかな雰囲気を纏ったレミヒオではあるが、仮とはいえ一国を預かる王だ。

このぐらいの 謀(はかりごと) ぐらい、日常茶飯事なのだろう。

裏に隠された何かがあると、すぐに気がついたようだ。

「クリスティーナお嬢様が何者かに連れ攫われ、その捜索のため、ズーガリー帝国へと潜入するための足がかりを作りたいそうです」

ボビンレースの知名度を上げて需要を生み出し、指南書を商品とすることでズーガリー帝国へと入り込む。

アルフレッドはボビンレースの宣伝に、レミヒオを利用しようとしているのだ。

そのぐらいは、ボビンレースを運ばされているだけの俺でも判る。

「……私が身に付けるには少し華やかすぎる気がするけど、聖女ティナのためになら、いいよ。喜んで協力しよう」

数日クエビアに滞在し、イヴィジア王国へと戻るのは少し待ってほしい、とレミヒオが言う。

俺としては荷物と手紙を届ければクエビアでの仕事は終わりだと思っていたのだが、新たに仕事が増えるようだ。

クリスティーナのために早速なにか行動を起こしてくれるようなので、喜んで待たせてもらうことにした。

「あ、あの。イヴィジア王国のクローディーヌという方へ手紙を預かっているのですが……」

クエビアに滞在することになるのなら、直接手紙を渡せないだろうか。

ダメで元々、と言ってみたのだが、神域内にあるヘルケイレス神殿への移動許可はレミヒオの口からあっさりと出た。

神王領クエビアの神域といえば、不可侵の領域といった印象が強かったのだが、一度入ってしまえば、どうやら移動に制限はされないらしい。

というよりも、神域へは来ようと思って来られるものではなく、仮王に認められ、実際に霧の森を抜けることを精霊が許した場合にのみ入って来られる特別な場所なのだそうだ。

精霊が許した人間ならば、と以降の行動は見張られないらしい。

精霊に対する絶対の信頼があるのは、ここが神秘の残る国クエビアだからだろう。