軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

レオナルド視点 西を向いたアドルトルの紋章 3

ラガレットから戻る前に、サエナード王国の知人へと手紙を一筆したためる。

一度サエナード王国へと行く必要があるとは思うのだが、砦を預かる俺が他国へと出向くには無理があるので、使者を立てるしかない。

とはいえ、俺が他国へと使者を送るにも王都から許可をとってくる必要があるため、現状ではなにもできそうになかった。

こういった時間的な無駄をなくすために、アルフが権限を貰ってくると王都へ向かったのだが、そのアルフは未だに戻らない。

……今できることは、俺が個人的に知人へと手紙を出すぐらいだな。

時勢としては、俺からの接触は避けた方がいいかもしれない相手だったが、ティナのためには使える手はなんでも使う。

手段を選んでいる余裕などないのだ。

個人的な手紙ということで、騎士を介して運ばせたりはせず、伝令・伝達の神ペルセワシの名をいただくペルセワシ教会へと手紙と託す。

さすがに黒騎士に換え馬を使って届けさせるよりは速度が落ちるが、それなりの金額を包めばペルセワシ教会でも十分早く届けてくれる。

今回は砦の主としてではなく、俺個人が手紙を知人へと宛てたということで、一応の言い訳はたつはずだ。

手紙をペルセワシ教会へ預け、ラガレットの街から川を使ってグルノールの街へと戻る。

その三日後、ティナの新たな護衛として配属されたエラルドが到着した。

新たな護衛が来ても、ティナ本人がいないことにはどうにもならない。

ティナを捜索するための人手は欲しかったのだが、王都から来たばかりのエラルドでは黒騎士との連携に少し戸惑いがある。

エラルドは白銀の騎士という意味では腕が立つのだが、現状は護衛対象であるティナもいないので、持て余し気味だ。

いっそ収穫祭からずっと砦の客間に滞在しているアンセルムを、護衛の一人として王都まで送り届けてほしい。

そんなことを思っていると、王都へ向かったアルフより先にソラナがグルノールの街へとやって来た。

「アルフレッド王子のご用命により、今日よりグルノール砦にて働かせていただきます」

王子として王都へ戻ったアルフは、これからは元の立場として振舞うらしい。

俺もいつまでも『アルフ』とは呼ばずに、『アルフレッド王子』と呼ぶべきかもしれない。

アルフレッド王子の 女中(メイド) であるソラナは、王子としてグルノール砦にやって来るアルフレッドのため、砦へ先行して部屋を整えるようにと言われているようだ。

先にグルノールへ到着することになるため、アルフレッドから手紙も預かってきてくれた。

……さすがはアルフだな。

ティナの不在で持て余すことになるエラルドの扱いについて、アンセルムの護衛として王都へと送り返すことになった、というような王族内で決められたらしい細々とした指示が書かれている。

その中に一応の報告としてか、アルフレッドの結婚が決まったという一文もあった。

……そうか。アルフも結婚するんだな。

アルフレッドは俺よりも二つ年上なので、そろそろ身を固めないとアルフレッドの帰りを待っていた婚約者が気の毒なことになる。

ティナを取り戻すまではあまり浮かれることもできないが、それでもやはり喜ばしい報せだ。

……紋章についてはエセルバート様に聞いてみる、か。エセルバート様の知識にあるといいが。

ソラナを先にグルノールへと寄こしたアルフレッドは、夏の闘技大会が終わって領地であるグーモンスの街へと戻るエセルバートを追いかけてみる、と手紙の最後を結んでいる。

サエナード王国の貴族でも判らないと言った紋章を、エセルバートが知っているかどうかは判らないのだが、情報は少しでも欲しい。

紋章については、アルフレッドの帰りを待つしかないだろう。

アルフがアルフレッドとしてグルノールの街に戻ることになると、これまで王都でアルフレッドとして過ごしていたアルフもグルノールへとやってきた。

なにも知らなければ王都へと行っていたアルフが戻り、アルフレッド王子もやって来たという形になるのだが、その中身は入れ替わっている。

本来の立ち位置に戻ったとの話だったので、俺も本格的に呼び方を正す必要が出てきた。

……思うんだが、クリストフ様たちがアルフとアルフレッドを同じ呼び方にしていたのは、二人が入れ替わっても問題ないように、だったんだな。

二人とも『アルフレッド』で、片方を『アルフ』と呼ぶ、というような呼びわけ自体はしていたのだから、最初から二人を混在させる予定ではなかったのだろう。

困るのは内情を知ったうえで二人を『アルフ』と『アルフレッド様』と呼び分けていた人間ぐらいだ。

「団長、ラガレットからの来客とペルセワシ教会から手紙が届いております」

「来客?」

「シードル・ブレンドレルと名乗っておりますが」

「ああ、判った。知人だ。ラガレットで 宿泊施設(ホテル) の支配人をしていた」

名前と同時に来客の容姿を伝えられ、シードル本人であろう、と入室を許可する。

ペルセワシ教会からの手紙は、サエナード王国の知人からの返事だろう。

来客の知らせと共に手紙を渡され、封を切っている間にシードルが執務室へと案内されてきた。

「なにやら大変なことになっておられるようで、心中お察しいたします」

そんな言葉から始まったシードルの挨拶に、ティナの行方不明についてはシードルの知るところになったらしい、と察する。

バシリアに聞かせるのは酷かと思って、コーディへはグルノールへ来てから話すようにしたのだが、どこかから情報を仕入れたのだろう。

さすがは商人、と思っておくべきだろうか。

先に手紙をどうぞ、とシードルに促され、来客の前だというのに届いたばかりの手紙へと目を通す。

すべてを読み終わる頃に、アルフレッドとアルフがやって来た。

「エセルバート様のお知恵を借りたところ、西向きのアドルトルの正体が判ったぞ」

「奇遇だな。俺もたった今知ったばかりだ」

見てみろ、と届いたばかりの手紙をアルフレッドへと渡す。

サエナード王国から届いた手紙には、西向きのアドルトルの紋章はエラース大山脈の西側にかつてあった国の紋章だと書かれていた。

帝国が生まれる二百年ほど前に存在し、今は亡国となっている。

帝国へと吸収されて消えた国の紋章なので、西向きのアドルトルを表立って紋章として使っている家などないだろう、というのが知人の見解だ。

それが使われているのだとしたら、かつての国の王家に近い血筋の者が隠れて使っている可能性が考えられる、ということだった。

現在の帝国のどのあたりにあたるのか、という解説まで付けてくれたのだから、気前のいい知人である。

「亡国の紋章か。それは、たしかに……探しても見つからないはずだ」

「新しいものなら資料も取り寄せられるが、滅ぼされた国の紋章ではな」

生まれていなかった、などという可愛らしい年代ではない。

二百年前に滅ぼされた国の紋章だ。

戦に勝った側が負けた側の紋章を消したり、為政者の像を破壊したりとすることは珍しくはない。

西向きのアドルトルの紋章も、帝国に滅ぼされた際に消されてしまったのだろう。

どうやって生き残ったのか、当時の王家の血を引く者か誰かが、この紋章を守ってきたのだ。

「……ほとんど振り出しに戻ったな」

「そうでもないぞ。とりあえず、北と西を調べていたものが、西を調べれば良いということが判った」

捜索する方角が判ったのだから、少しは前進したはずだ。

これまで北と西に割いていた人員を、西に集中することができるようになった、とアルフが言う。

このアルフは、これまでアルフレッドだったはずなのだが、違和感なくアルフらしく、これまでのアルフのように俺を支えてくれるようだ。

「メール城砦方面の報告はアーロンが纏めていたな。検問に引っかかってくれているといいが……」

紋章が亡国の物だということは判ったが、現在地としては帝国の中だ。

あの国は昔から、他国から人を攫っては自国へと秘密裏に運び込んで奴隷にしてきた国なので、人を隠して運ぶことには慣れている。

もちろん、国境の検問もそれを承知で昔から人の隠せそうな場所を徹底的に検めるという方針を取ってきているが、新しい隠し場所を見つけるたびにまた違う隠し場所を作ってくるのが奴隷商のいやらしいところだ。

相手も商売なので、と考えれば商売熱心とも言えなくもないが、商品として運ばれるのは人間だ。

承知で売られた人間であれば隠す必要などないので、隠しから見つかる人間はほぼ攫われてきた人間とみて間違いない。

まずは西の調べを増員しよう、と話が纏まったところで、シードルが口を開く。

そういえば用事があって砦へと来たはずだ、と聞いてみれば、シードルは前回同様にグルノールの街に用があり、そのついでにジェミヤンからの言伝を預かって来たとのことだった。

「サエナード王国が突然捕虜の保釈金を支払うと言い始めたようですが、認めてしまってもよいか、と領主様からの伝言です」

「捕虜……?」

ラガレットにいるサエナード王国の捕虜といえば、ウィリアムだ。

ウィリアムは自分の保釈金ぐらい自分で稼いで支払え、と鉱山で労役についていたはずなのだが、どうやら母国から保釈金が支払われることになったらしい。

それ自体は喜ばしいことではないのか、と少しだけ不思議に思っていると、シードルが「これは自分の見解であり、領主様の言葉ではないのですが」と前置いて、表情を引き締めた。

「サエナード王国の人間が、西向きのアドルトルの紋章に気づかなかったわけがない、と私は思います。東向きのアドルトルは、自国で使われている紋章ですからね。逆を向いた紋章など、意識をしないはずがございません」

少なくとも、自国で使われている紋章ではない、ということぐらいは判ったはずだ、とシードルは言う。

ウィリアムは故意に嘘の証言をし、捜査を遅らせたのだ、と。

サエナード王国側でそれに気がついたので、急いでウィリアムを回収しようとしているのだろう。

ただでさえ昨年の負け戦で国内がガタガタになっているところへ、俺の怒りを買ってとどめを刺されたくはないと考えたはずだ。

「レオナルド様ご自身の手で捕虜へ制裁を加えたいとおっしゃるのなら、保釈金を拒否する必要がございます」

サエナード王国へと返してしまえば、手は出しにくくなる。

一発殴るだけにしても、切り刻むにしても、やるのなら今のうちだ。

「……捕虜に割いてやる無駄な時間はない」

ふつふつと腹の底から湧き上がってくる怒りがあるが、それを押し殺して平静を保つ。

騙されたことには腹が立つが、ウィリアムを一発で殴り殺すためだけにラガレットへと移動する時間が惜しい。

ただでさえティナを取り戻すのに出遅れているのだ。

これ以上無駄な時間など過ごしたくはなかった。

「では、領主様にはそのように伝えておきます」

どうせ母国へ送り返せば処刑される身なので、手を下す必要はない、とシードルは肩を竦める。

なにか他にも知っていることがあるのか、と促せば、保釈金を持って来た使者が「このたびの落ち度については、後日塩漬け肉を送って詫びたい」と言っていたそうだ。

塩漬け肉といえば、保存食のことである。

文字通り、肉を塩漬けにして保存することを言う。

……送られてくるのは、ウィリアムの首か。

これから国を立て直さなければならないという時に、捕虜が余計なことをしてしまったのだ。

俺の怒りを買って国ごと滅ぼされる前に、怒りの原因となった捕虜の首を自分たちの手で刎ねることで誠意を見せるつもりなのだろう。

……ティナが手心を加えてやってくれ、と言っていたんだけどな。

そのティナのおかげで今日まで生き延びた捕虜が、ティナの捜索を遅らせたのだ。

これこそ『恩を仇で返された』と言うのかもしれない。

俺が知人へと減刑を願う手紙をしたためてやる必要は、どこにもなかった。