軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

城主の館の女主人

当たり前のことだが、目が覚めたらレオナルドはいなかった。

昨夜は寝つきが悪くてレオナルドを捕まえてみたのだが、目覚めはスッキリしている。

……ね、寝すぎましたね。

天蓋の向こうの世界が明るすぎることに気がついて、今がいったい何時ごろなのかと考える。

もぞもぞと体を起こし、巨大な熊のぬいぐるみのお腹を背宛代わりに座って自分の額に手を当てる。

少し熱っぽい気はするのだが、それだけだ。

寝込むほどの体調ではない。

……美味しい物食べて、たっぷり寝たおかげですかね?

そんなことを考えていると、天蓋の外で人の気配がして、カリーサが顔を覗かせる。

「おはようございます、ティナお嬢様」

「おはよう、カリーサ」

私が目覚めたことを確認し、カリーサが取った行動は、私が今したばかりのことだった。

額へとカリーサの手が伸びてきて、ひやりと冷たい手が気持ちいい。

「……熱が少し。食事はどうされますか? ここまでお運びしてもよろしいですが」

「食堂でいただきます。少し熱っぽい気はしますが、寝込むほどではないと思うのです」

「わかりました。では、そのように」

カリーサに着替えを手伝ってもらって、飾り気の少ない楽な服装に着替える。

離宮では王城内というせいで常に服装にも気が遣われていたし、馬車の中にはアルフではあったが王子がいるということで、あまり楽な服装はできなかったのだ。

今いるのは私の家なので、お出かけ着のようなおしゃれな服を着る必要はない。

いつでも横になれるように、と髪はゆるく編まれ、最後におなじみの猫耳を付けられて完成だ。

「おはようございます、レオナルドお兄様」

「もう昼前だけどな。よく眠れたか?」

「たっぷりです」

居間を覗くと長椅子にゆったりと腰掛けたレオナルドが珈琲を飲んでいる。

グルノールでの毎朝の光景だな、と実感し、いそいそとレオナルドの隣へと腰を下ろす。

この長椅子に並んで座るのが、私は好きだ。

「……そんなに触ると、禿げます」

「うん? そんなには触っていないだろう?」

横へと座った途端にレオナルドが珈琲の入ったカップをテーブルに置き、私の額へと手を伸ばしてきた。

特に振り払う理由はなかったのでされるがままになっているが、護衛のジゼルとアーロンも含め、私と顔を合わせた人間すべてに今日は額へと手を当てられて熱を測られている。

禿げるはさすがに冗談だが、それにしてもみんな私を心配しすぎだ。

長旅のあとに寝込むのは毎度のことだが、これでも健康な子どものつもりである。

そう何人もに心配されると、逆に寝込まなければならない気がしてきた。

「レオナルドお兄様の手は温かいので、子どもの熱を測るのにはむいていないと思います」

少し熱っぽい自覚はあるので、二・三日は部屋でじっとしているつもりである、と先に言っておく。

そろそろ私も自分の体調については自覚を持って行動できるぞ、と。

ほとんど昼食な朝食を取りに食堂へと移動すると、アルフレッドが食後のお茶を飲んでいた。

どうやら私は一番遅く目が覚めただけで、それほど遅かったわけではないらしい。

レオナルドは朝食として軽食を取り、一度砦の方へ顔を出しているようだ。

昼食は私の朝食に付き合ってくれた。

今日も私の好物が用意されたらしい朝食に、ローストビーフの挟まれたナッサヲルクサンドを美味しくいただく。

離宮では少し 畏(かしこ) まった食べ方をしなければならなかったが、ここは自分の家だ。

遠慮なく手づかみでナッサヲルクサンドを齧る。

玉子サンドも好きなのだが、今日の玉子はサラダの中にいた。

……今日はどっちだろうね?

スープを口へと運びながら、ジッと素知らぬ顔でお茶を飲むアルフレッドを見つめ、アルフかアルフレッドかと考える。

昨夜の夕食の時にはまだ二人は入れ替わったままだったので、一晩明けた今、元の状態に入れ替わっている可能性があった。

「アルフレッド様なら、昨日の夕食からもうアルフレッド様だったぞ」

「へ?」

アルフレッドの顔を盗み見る私に、私が何を考えているのかが判ったのだろう。

レオナルドが私の倍以上は具が挟まれたナッサヲルクサンドを齧りながら、アルフかアルフレッドかの答えを教えてくれる。

「でも、アルフさんは昨日、砦での様子を自分で見てきたことのように報告していましたよ?」

あの報告は、入れ替わって直ぐにはできないだろう、と言い募ってみるのだが、レオナルドには大した問題ではないらしい。

その程度の打ち合わせは、エルケたちを送った時にでもできただろう、と。

「……全然気が付きませんでした」

そうか、アルフレッドなのか、と改めてアルフレッドを見ると、私たちの会話が面白かったのか、アルフレッドは笑っていた。

ばっちり私と目が合うと、茶目っ気たっぷりに片目を閉じる。

その仕草が、ちょっとした悪戯を思いついた時のアルフの物と同じすぎて、これはアルフレッドであると聞いたうえで見てもアルフに見えた。

「そういえば、部屋の模様替えと家具の新調についてなのですが……」

ついでにヘルミーネとも話していた館の使用人を増やそうという相談もしたい。

アルフとして館に滞在していたアルフレッドは、アルフの館から使用人を連れて来ていたぐらいなのだ。

やはり使用人が二人というのは、少なすぎるのだと思う。

これらのことを早めに相談したい、と口を開くと、レオナルドの手が伸びてきて頬を引っ張られた。

「なんれすか? お食事中れすよ」

「ティナの仕事は考えることだが、その仕事は体調が完全に整うまで禁止だ」

まずはゆっくり休むように、と言われたので、素直に返事をしておく。

私だってしばらくは休む予定でいたのだが、考えることがあるとなると、つい考え始めてしまっていた。

仕事があるのならできるうちにやってしまおう、と進んで仕事を始めてしまうのは日本人の悲しい 性質(さが) だろうか。

日本人は休むことが下手すぎる。

気合を入れて、というのもおかしな話だが、休養を取る。

部屋から出ないのは普段とそれほど変わらないのだが、意識して働いてはいけない、というのは少し難しい。

私にとっては趣味の範疇の翻訳作業も仕事に分類されているし、部屋を整えることについて考えることも女主人の仕事とされた。

刺繍も以前は内職として少しやっていたので、仕事に数えられるようだ。

あとは本を読むか、ボビンレースでも織るしかない。

……ボビンレースも集中するから、仕事のうちに入るかもしれないね。

休み方がわからなかったので、 黒柴(コクまろ) を連れて館の中を散策する。

アーロンは以前も館に詰めていたので、館の間取りは頭の中にあるが、ジゼルは昨日初めて来た館ということで、館の散策は都合が良いと喜んでいた。

黒柴の散歩がてら館を歩いていたのだが、そのおかげで現在の館の様子がわかる。

……あ、これ結局仕事になってない?

そう気づいてしまったが、指摘されなかったので黙っておいた。

ジゼルは扉の位置や部屋の数を確認しているし、アーロンの仕事は私の護衛であって、健康管理ではない。

私が考えていることなど口に出しさえしなければ、ただ館の中を歩いているだけだ。

アーロンほどの体力があれば、このぐらいの距離は運動にもならないだろう。

……力仕事はバルトで、料理や洗濯はタビサ。ミルシェちゃんは二人のお手伝いをしているみたいだね。

こっそり覗いていて判ったのだが、ミルシェは結構忙しい。

タビサとバルトのどちらかに少し余裕がある時に呼ばれ、仕事を教えられている。

今日からはカリーサも女中としてタビサたちを手伝っているので、タビサは少し仕事に余裕ができたようだ。

ミルシェの手を取り、アイロンの使い方を教えていた。

……うーん?

一通り館を見て回り、少し疲れたな、と自室の長椅子に座る。

一人掛けの椅子もあるのだが、つい長椅子へと座るのはレオナルドの隣に座る癖だろう。

レオナルドがいなくとも、無意識にいつもレオナルドが座る側を空けて長椅子に腰を下していた。

……アルフレッド様の使用人もいるから、手が足りないところが少し判りにくいね。

アルフレッドが館に滞在しているため、馬車での旅で活躍した料理人や女中といったアルフレッドの使用人が館でも働いている。

基本はアルフレッドの世話をするだけの使用人なのだが、力仕事などは積極的に手を貸してくれているようで、バルトも少し余裕があるようだった。

……でも、アルフレッド様が王都に帰ったら使用人もみんな帰るわけで? あれ? でも、やっぱり主二人に護衛二人で使用人四人は手が足りているような気も……?

ジャスパーが館で写本作業をしている時にも、この館の使用人は二人だけだった。

写本中は白銀の騎士が警備に来ていて、世話の必要な人間も増えていたはずなのだが、なんとか館は回っていたと思う。

……いやいやいや、ダメだよ。カリーサはマンデーズ館からの出向扱いだし、仕事をしているとはいえミルシェちゃんへは教えながらだから手間がかかっているし。

やはり今すぐ必要とまではいかなくとも、少しずつ使用人は増やした方がいい。

すでにいい歳といった年齢のタビサとバルトに、何かあってから新しい使用人を探すようでは遅いのだ。

「お嬢様!」

「わっ!?」

ぬっと目の前に黒柴の顔が現れ、驚いて背筋を伸ばす。

何事かと目を瞬くと、カリーサが黒柴の上体を持ち上げて私の顔を見ていた。

「今日は、お仕事は禁止です。ゆっくりなさってください」

「お、お仕事なんてしていませんよ?」

少し館の中を散歩して、疲れたので休んでいるだけだ、とそっとカリーサから目を逸らす。

思考は口から出していなかったはずなのだが、カリーサには私が考えごとをしているとばれてしまったようだ。

わずかにムッと唇を尖らせて、私の頭から猫耳を外した。

「……カリーサ?」

「お嬢様は起きているとどうしてもお仕事をしてしまうようなので、寝ましょう」

なるほど、寝るための支度だから猫耳を外したのか、と理解した側から今度は髪が解かれる。

これは本格的にベッドの中へと押し込まれるようだ。

「寝込むほどの体調ではありませんよ?」

往生際悪く、抵抗してみる。

今朝は寝坊なんて時間ではないほどたっぷり寝ているし、少し熱っぽいだけで体を動かしたくないようなだるさはない。

本当に、寝込むほどの体調ではないのだ。

「お嬢様が体調を崩されるのは気疲れもあるのですから、今日のお嬢様のお仕事は休養です」

寝てください、と言いながら部屋のカーテンを閉め始めたカリーサに、諦めてベッドへと向う。

休めとはレオナルドにも言われているし、たしかに起きている限りは何かを考え始めてしまうのだ。

これでは保護者たちの望む休養など取れるわけがない。

昼寝から目覚めてカリーサに髪を整えてもらっていると、鏡台の鏡に映ったジゼルがしきりに部屋の中を気にしているのが見えた。

私の護衛として私から目を離さないようにしつつも、部屋が気になっているようだ。

「どうかしましたか?」

「クリスティーナお嬢様がおやすみになられている間に、書斎で館の見取り図を調べていたのですが……」

ジゼルは離宮での経験をちゃんと活かしたらしい。

自分が警備する建物の間取りを把握しようと、自主的に書斎で調べていたようだ。

……真面目でいい子なんだけどね。

騎士としては実力が足りない。

そこが残念であり、私としては侍女や女中への転職を勧めたいぐらいだ。

「書斎の見取り図によると、クリスティーナお嬢様の部屋は女主人の部屋ではございませんか?」

「……レオナルドお兄様の女性の家族はわたくしだけですので、わたくしが女主人ですよ?」

何かおかしいのだろうか、と首を傾げたら、髪を結っていたカリーサに頭を押えられた。

うっかりである。

「女性の家族という意味ではなく、レオナルド殿の奥方という意味の女主人です」

ジゼルによると、この部屋の寝室と二階の主寝室へは階段で繋がっているらしい。

初めて聞く話だ。

しかし、一つおかしな部分がある。

「この部屋に『寝室』なんて区切られた部屋はありませんよ?」

私の部屋は一つの大きな部屋に天蓋付のベッドや鏡台、勉強机、テーブルセットなどがある。

それらを衝立などで区切って簡易の部屋のように使うこともあるが、間取りに『寝室』と書くような部屋はない。

見取り図が古いのだろうか、と首を傾げそうになって、今度は即カリーサに頭を押えられた。

学ばない主で申し訳ない。

「……ジゼル様の仰られる寝室は、ティナお嬢様の衣装部屋のことだと思います」

「ああ、そういえば。衣装部屋も『部屋』ですね」

言われてみれば確かに、と納得をする。

衣装部屋であればこの部屋から続く部屋であるし、私が毎日着る服はカリーサたちが衣装部屋から運んできて、自分では滅多に衣装部屋は覗かない。

私の意識として『私の部屋』から外れていたとしても、それほど不思議のない部屋だった。

試しに、と早速衣装部屋を覗いてみる。

壁一面にクローゼットが配置されているため、階段があるようには見えなかった。

「このクローゼットの向こうに扉と階段があるはずなのですが……」

「帽子の箱を退かしてみてください」

クローゼットがあるばかりで、扉も階段も見えない。

ならば、とクローゼットの上に載せられた帽子の納められた箱を退かしてもらい、少し離れて見ると、クローゼットの後ろにある扉がようやく見えた。

「……クローゼットで扉を塞いであるのですね」

クローゼットを退かすのは力仕事になるので、これ以上が気になるのならレオナルドがいる時に許可をとって主寝室から階段を探した方がいい。

とにかく、私の部屋は本当に 女主人(おくさん) の部屋だったのだ。

「おかえりなさい、レオナルドお兄様」

「ただいま、ティナ」

夕食の時間になって帰宅したレオナルドを出迎える。

レオナルドの帰宅時間としては早いのだが、これは王都から戻ったばかりということで私の様子を気にかけてくれているのか、精霊による誘拐のトラウマの延長だろうか。

少しずつ以前の生活に戻って行くとは思うのだが、今日は早く帰宅してくれて都合がいい。

「ジゼルが館の見取り図を調べていて判明したのですが……」

そう話を切り出して、私の衣装部屋とレオナルドの寝室が繋がっていることを話す。

私の部屋は本来レオナルドの嫁が住む部屋だったようだ、と。

「女主人の部屋とは言うが……あの部屋は三階で一番いい部屋ってことでティナの部屋にしただけだぞ」

レオナルドに引き取られた当初の私は八歳だ。

まだ小さかったし、両親を亡くしたばかりだったし、と階段付の部屋は夜中に私が寂しくなった時にでもレオナルドの部屋へ来られるように、と都合がよかったらしい。

「まあ、年齢どおりの子どもではなかったし、必要はなかったようだけどな」

そもそも引き取られた当初レオナルドは館に帰って来ない日が多かったので、階段でレオナルドの部屋と繋がっていたとしても使うことはなかっただろう。

そのうちレオナルドも階段は不要だと考えて、私の服を買い揃える過程で扉の前にクローゼットを置いて階段を塞いだらしい。

当時は放置されていた記憶があるのだが、レオナルドはレオナルドなりにちゃんと私を気にかけてくれていたようだ。

「……わかりました。レオナルドお兄様がお嫁さんを連れてきても、小姑のお仕事がんばってお嫁さんをいびり出します」

「どこがどうしてそうなった?」

「だって、わたくしの部屋は女主人の部屋なのですよね?」

何か奇跡の出会いがあってレオナルドに嫁が来たら、私が私の部屋を追い出されるではないか、と薄い胸を張って主張する。

私はミルシェとなら 兄(レオナルド) を共有してもいいが、顔も知らない女性とレオナルドを共有したくはないし、独占なんてもっての 外(ほか) だ。

……うん。やっぱり私がレオナルドさんのお嫁さんになるしかないね!

もしくは、一生レオナルドには一人身でいてほしい。

私の居場所を奪うレオナルドの嫁など、少し考えただけでも歓迎できそうになかった。

……早めの予約はレオナルドさんのトラウマを刺激するみたいだから、私が大人になったら口説き落とします。