軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

二年ぶりの帰宅

ワイヤック谷から戻ると、イリダルから手紙の返事が届いていた。

近頃のマンデーズ砦の様子と館の近況、それからカリーサへの追伸が短く書かれただけの手紙だ。

一言、グルノールでもしっかり働きなさいと書かれた手紙は、アリーサの柔らかい筆跡で綴られていた。

離れていても変わらない姉妹の愛情を感じ、少しカリーサが羨ましくもある。

行きと同様に順調に進んだ馬車は、王都を出てひと月ほどでグルノールの街へと到着した。

黒騎士が使う門を使って城門を抜ければ、目指すグルノールの城主の館はすぐそこだ。

馬車が館の玄関へと横付けされ、ステップの用意される音がした。

ようやくグルノールに帰って来ることができた、と馬車から飛び出そうとしたのだが、レオナルドに抱きとめられる。

「ティナ、一番先に降りるのはアルフレッド様だろう」

「そうでした」

スコーンとヘルミーネによる淑女教育が抜け落ち、感情のままに馬車から飛び出してしまうところだった。

身分的には王子様であるアルフレッドが一番に降りるべきである。

苦笑いを浮かべるアルフへと道を譲り、続いてレオナルドのエスコートで馬車を降りた。

……あ、ホントにミルシェちゃんがいる。

迎えのために玄関へと出てきてくれたタビサとバルトの後ろに、ミルシェの面影がある少女がいる。

髪の色も目の色もミルシェなのだが、印象が大分変わった。

以前は痩せて少しくたびれた姿をしていたのだが、今は健康的に少し頬がふっくらとしている。

家を出ることで栄養状態が改善されたのか、手足も伸びて身長は本当に私と同じぐらいありそうだ。

館の使用人として働くには身だしなみも求められるようになり、ミルシェは清潔な使用人のお仕着せを着ていた。

出会った頃の痩せた子どもという印象は、完全になくなっている。

「おかえりなさいませ、クリスティーナ様」

「クリスティーナ様がお留守の間にやって来た使用人を紹介させてください」

タビサとバルトからの私への呼びかけが『ティナお嬢様』や『嬢様』から『クリスティーナ様』に変わっている。

さすがに十三歳の主人に対し、『愛称』と『お嬢様』という女児への呼び方は憚られたのだろう。

少しだけ大人扱いをされはじめた気がした。

「お帰りなさいませ、クリスティーナ様」

ミルシェから礼儀正しい挨拶を受け、少しの違和感にむず痒い。

ミルシェはレオナルドが買った使用人なので、もう以前のように『ミルシェちゃん』『ティナおねえちゃん』とは呼び合えない関係になってしまった。

……状況が状況だったし、仕方がないって判ってるんだけどね。

レオナルドがミルシェを買い取らなければ、ミルシェはあと数年で娼婦として客を取らされていた。

性質の悪い客に目を付けられれば、成人を待たずに娼婦にされていた可能性もある。

それを思えば、気軽な友人として接することができなくなったぐらいは、なんということもない。

……あとはルシオに期待します。

ルシオはミルシェを買い取りたいそうなので、ミルシェの未来はルシオに託す。

ルシオが黒騎士となって金を稼ぎ、ミルシェを口説き落とし、レオナルドからミルシェを買い取ってくれればいい。

黒騎士の妻ともなれば、ミルシェの将来は安泰だ。

ルシオがミルシェを口説き落とせなかった場合には、ルシオにミルシェは売らない。

それだけだ。

……それにしても、不思議な光景だなぁ。

アルフレッドとして振舞うアルフが、アルフとして振舞っているアルフレッドへと再会の抱擁を熱烈にかましていた。

これに対し、アルフとして振舞うアルフレッドは、アルフとして顔を嫌そうに 顰(しか) める。

普通の光景ではあるのだが、二人が実は入れ替わっていると知っていて眺めると、なんとも不思議な光景だった。

……改めて見ると、そっくりだね、アルフさんとアルフレッド様。

並んでいるために、二人の顔がより見比べやすい。

一度アルフは髪を切ったと聞いていたのだが、あれは二人が入れ替わるために必要だったのだろう。

短くなったと聞いていたアルフことアルフレッドの髪はすでに伸び、以前のアルフとほとんど変わらない。

アルフに似せて髪を切った設定のアルフレッドことアルフは、身だしなみを気にする王子としてまめに髪も整えていたので、長さはほとんど変わらなかった。

……うん。これならこのまま入れ替わって帰れるね、アルフレッド様。

二人の差異を探そうと意識的に見比べ、ほとんど見つけられない差に、アルフレッドの偏執狂っぷりを思い知らされる。

愛するアルフに近づこうと、アルフレッドが努力しての、今の姿だ。

私に見て判る二人の差といえば、アルフの目の色が少し濃いぐらいだろうか。

これは努力ではどうにもならない部分である。

アルフレッドのアルフに促され、館の中へと足を向けた。

いつまでも私たちが玄関先にいては、使用人たちが馬車から荷物を下ろせないのだ。

外の様子が見られるように、と居間ではなく食堂へ続くサンルームへと案内される。

まずはお寛ぎください、とお茶を入れてくれたのはアルフのアルフレッドが連れて来た使用人だ。

団長が留守にしている館を守るため、アルフレッドはアルフの館から何人か使用人を連れて来て滞在してくれていたらしい。

……やっぱり、うちも使用人を増やす必要があるね。

ただでさえ、バルトとタビサは歳なのだ。

いつまでも 使用人(ブラウニー) が二人だけというわけにはいかないだろう。

アルフレッドがレオナルドへと、留守の間の街と砦についての報告をする。

それをなんとなく聞きながら、馬車から荷物を下ろす使用人たちの仕事ぶりを観察した。

グルノールの街へ戻ったらお友だちに戻る、という約束だったのだが、エルケとペトロナも働いている。

荷解きが終わったら、改めて仕事の終了だと言っていたので、もう少しだけ二人は女中だ。

カリーサの指示で私の荷物が下ろされ、軽い物はミルシェへと手渡される。

中にはエルケたちのお土産や荷物もあるのだが、それらはまず一度玄関ホールへと置かれるようだ。

……あ、私の宝物。

行きは自分の手で馬車へと積み込んだのだが、カリーサが裁縫箱を下ろしているのが見えた。

運んできた荷物を下ろすまでは自室へも入れないので、私が自分の手で荷物を下ろそうとしたら居間や食堂へと持ち込むしかなかったので、仕方がない。

単純に宝物だったから自分の手で運びたかったのであって、私以外に触らせたくないというわけでもなかった。

「……ミルシェの母親についてはどうだ?」

……うん?

砦の近況についての報告から、突然ミルシェの名前が出てきて私の注意が向く。

使用人たちから視線をレオナルドたちへと向けると、ミルシェには聞かせられないような話が出てきた。

「おまえの予想通り、ミルシェの母親が館に来たぞ。娘を返せ、とな」

「自分で売ったんだろうに、娘を『返せ』とはおかしなことを……」

アルフレッドからの報告に、レオナルドの眉間に皺が刻まれる。

私もつい同じ表情になっている気がして、眉間を指の腹で伸ばした。

「娘を返せ、安く売りすぎた。もっと金を出せ、というのが主な主張だった」

「それは……」

「呆れる程に欲張りですね」

呆れて物が言えない、というように口を閉ざすレオナルドの代わりに、私が口を開く。

そもそもミルシェは娼館へと母親の手によって売られた。

その娼館からレオナルドがミルシェを買い取ったこととは、まったく別の話である。

一度ミルシェを売って手放したのだから、母親にはもうミルシェに対して何を主張する権利もない。

「欲をかいたんだろうな。娼館の主がミルシェの母親に自慢でもしたのだろう。他所へと高く売れた、と」

それでレオナルドへ売ればもっと値が付いたのに、と母親は考え、レオナルドへと追加で金をと無心に来たのだ。

母親にとって不運だったのは、レオナルドがグルノールにいなかったことだろう。

アルフとして振舞うアルフレッドに対応され、無心を断られ、ならばミルシェは連れ帰る、とミルシェの腕を引っ張って敷地外へと出た瞬間に門番の手によって『窃盗』の現行犯で捕らえられた。

すでにミルシェの所有権はレオナルドに移っており、実母といえども勝手にレオナルドの館から連れ出せないのだ。

……そして、判っていてアルフレッド様は見ていたんだね。

ミルシェが引っ張られたその瞬間にでも、アルフレッドであれば母親を撃退することはできたはずだ。

しかしアルフレッドはそれを行わず、ミルシェの母親が窃盗犯になるのを見送った。

もしかしなくとも、故意であろう。

アルフも以前カーヤに対して罠をはり、窃盗の罪で捕縛していった。

アルフとして振舞っているのだから、アルフと同じ方法をとって排除したのだ。

……怖い。貴族の報復方法、マジ怖い。

しかし、確かにアルフのやり方は勉強になる。

罪を犯すのを見守った上で合法的に捕縛して排除、といえば気の毒な気もしてくるのだが、そもそもはミルシェの母親が悪いのだ。

母親さえミルシェにかかわってこようとしなければ、起こらなかった犯罪である。

アルフレッドは自分の手を汚さず、法に則ってミルシェの母親を排除しただけだ。

「ミルシェには父親がいただろう。父親はどうした?」

「ミルシェの母親が捕まったと聞いた途端に、裏口から逃げ出していったと報告にはあった」

砦の主に喧嘩を売ったのだから、報復を恐れるのは当然だろう、とアルフレッドは言う。

むしろ、そのぐらい悪い意味で思い切りのよさがなければ他人に迷惑などかけられないし、 強請(ゆす) りや 集(たか) りなどできないだろう、と。

……ミルシェちゃんの父親って、そういう人だったんだ。

これは親に売られたこと自体は気の毒でしかないのだが、ミルシェにとっては良いことだったのではないだろうか。

テオは父親の作った借金のために売られたと聞いているし、今売られなかったとしても、やはりいずれは売られることになっていたのだろう。

ミルシェに取り返しの付かない傷が付く前に、レオナルドに保護されてよかった、としか言いようがない。

「母親は投獄されて、父親は家に寄り付かない。借家の大家が困っていたから、家は引き払っておいたが……あの家庭はもう駄目だな」

最初の子どもを売ってしまったことで、家庭の崩壊が始まった。

二人目を売って、売った先でより高く売れたと聞いて欲をかき、さらに金を搾り取ろうとして自滅した。

父親が逃げ出したのは、本当に情けない話だ。

ミルシェが売り買いされ、その母親が窃盗の罪で捕まったぐらいならば、父親が逃げ出す必要などどこにもない。

元からなにか後ろ暗いものがある男だったのだろう。

父親が姿を消したことで、ミルシェには本当に帰る家が無くなってしまった。

片付けが終わりました、とカリーサと一緒にサンルームに入ってきたエルケとペトロナは、すでに着替えていた。

普通の商家の娘といった装いで、女中の服装ではない。

つまりは、二人の女中としての仕事の終了を表していた。

「エルケちゃん、ペトロナちゃん、お疲れ様です」

お茶でも飲んで休憩してください、と席を勧めると、エルケとペトロナは顔を見合わせたあと、申し訳なさそうに口を開く。

「そうしたい気はするんだけど……」

「久しぶりだから、早く家族の顔が見たいかな、って思ってるの」

ようやく仕事は終わったが、両親も心配しているはずなので、早く元気な顔を見せてやりたい。

そう言う二人に、無理に引き止めることはできなかった。

私だって同じ立場だとしたら、同じことを考えると思うからだ。

「では、送って行きます」

今なら空になった馬車があるし、と椅子から降りようとすると、レオナルドに止められた。

長旅のあと、私は必ず熱を出す。

今夜あたりから熱を出すのだから、疲れるような真似はしないように、と。

「気を抜いて休むから、ドッと疲れて熱を出すのです。まだ気を抜いていませんので、大丈夫ですよ?」

「それは熱を出すことが前提だろう。二人はアルフが送っていくから、ティナはゆっくりしていろ」

どうせ熱を出すのは決定事項のようなものなので、日中の私がどう動いても関係はないと思うのだが、レオナルドの中では違うらしい。

無理に逆らう程のことでもないので、ならば玄関まで見送ろう、ということで話は纏まった。

「エルケちゃん、ペトロナちゃん。本当にお世話になりました。二人が側にいてくれたから、王都でも心強かったです」

「私たちの方こそ、いい経験ができました」

「平民向けのボビンレースの指南書を印刷したら、絶対に教えてね」

実家で商品として取り扱いたい、と言うペトロナは、本当にしっかりした娘だと思う。

すぐにエルケも便乗してきたので、この二人の実家は安泰だろう。

実にしっかりした娘たちだ。

アルフとアルフレッドに連れられて去っていく二人を玄関先で見送る。

アルフレッドの振りをしたアルフが付いていったのは、どこかのタイミングで入れ替わるのだと思う。

まさか王子様に送るだけ送らせてとんぼ返りなどさせられないので、アルフレッドはしばらくグルノールの街に滞在することにもなっていた。

……やっと帰って来れたね!

改めて、帰ってきたばかりの玄関ホールへと振り返る。

これまでは周囲に人がいたので、淑女という名の猫を被っていたのだ。

ここからは思い切り素の私で帰還を喜ぼう、と一歩足を踏み出したらレオナルドに腕を捉まれる。

なんだろう、と振り返ると、レオナルドは少し困ったような顔をしていた。

「ティナ、やっと帰ってこれて喜んでいるのは判るが、興奮して倒れないように。喜びすぎて館中を走り回って疲れ果てるとかやめてくれ。喜ぶのはいいが静かに、自分の体力にトドメをささないようにな」

「……判っていますよ」

自分がやりそうなことを指摘され、そっとレオナルドから目を逸らす。

開放感という名の喜びのあまり、階段を駆け上がって廊下を端から端まで走り回り、一つひとつの部屋へと「ただいま」と挨拶をして回りたいだなんて思ってはいない。

本当に、これっぽっちも思ってはいない。

ちょっとだけやるかもしれないが、それだけだ。

「……館中を見て回りたいのなら、俺も一緒に行こう」

「ホントに走り回ったりはしませんよ?」

「さっき少し考えただろう」

ほんの少しの沈黙だったのだが、これでレオナルドは私が信用できないと判断したらしい。

確かに、興奮状態になったら絶対にやらないとは言い切れないので、レオナルドの判断は正しい気もした。

「……コクまろ?」

結局レオナルドと一緒に階段を上り、数段上ったところで 黒柴(コクまろ) の異変に気がつく。

いつもは私の隣を歩いているのに、と振り返ると、黒柴は階段の手前でちょこんと座っていた。

「そういえば、コクまろは一階だけでしたね」

離宮ではそんな区切りをしてはいなかったが、仔犬時代の黒柴にはそんな制約を付けていた。

犬は一階までで、レオナルドの執務室がある二階と家族の生活空間である三階へは入れない、という。

……まあ、結構オスカーは入れてたけどね。

どうしよう、とレオナルドを見上げる。

これまで通り二階へ上がってはいけない、としておくのなら、私の護衛も難しいだろう。

とはいえ、私は館では基本的に三階で過ごしている。

怪しい人間が忍び込んでくるにしても、まずは一階の警備を強化しておいた方がいいという考え方もあった。

「……おいで、コクまろ。おまえはティナの護衛で、二階とベッドへ上がることは許さないが、それ以外は入っていい」

しっかりティナを守ってくれ、とレオナルドが階段下の黒柴へと語りかけると、黒柴はピンっと尻尾を立てて立ち上がった。