軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

家庭教師ヘルミーネ・ハルトマン

夜祭は避けたが、昼間の神王祭を遠慮する必要はない。

ということで、今年の仮装は小熊だ。

昨年の梟のコートはフード部分の顔がリアルに作ってあったのだが、今年の熊はデフォルメされている。

神王祭の仮装ということで、資金面でも頑張られていた。

普段使いする猫耳や犬耳は髪飾り程度の扱いなのだが、神王祭の仮装はすっぽりと全身を覆う物が多く、今年も私の顔は外からほぼ見えない。

今生の顔は姿絵が売れるほど可愛らしいので、見えない方が都合のいいこともあるのだが、迷子イベントと同意語な気がしてきた神王祭では、保護者たちには不評でもある。

……まあ、保護者から私の顔が見えないのは、手を繋いで歩けばいいだけだけどね。

引率のヘルミーネと手を繋ぎ、昼の神王祭を見て歩く。

今年はヘルミーネも熊の被り物をしているので、ヘルミーネは小熊を三匹連れたお母さん熊になっていた。

「平和ですね」

誰も迷子にならない神王祭も珍しい、と露店を覗きながら感想を洩らすと、ヘルミーネからはそもそも迷子になる方が稀なのだ、と突っ込まれてしまう。

たしかに、ヘルミーネの言う通りだ。

なにかが起こりすぎて感覚が麻痺していたが、普通は迷子になどそうはなるものではない。

内街を歩いている間中ヘルミーネの手が離されることはなかったのだが、エルケとペトロナは自由に歩いていた。

特にエルケは、暖炉に手形を付けるのはそろそろ卒業だ、と大人びたことを言っていたのだが、仮装をしては『そろそろ大人の仲間入りである』という自負もどこかへと飛んでいくらしい。

ペトロナを振り回す勢いで、あちこちの露店を覗き込んでいた。

片手で持てるだけのお菓子を買って離宮へと戻ると、クリストフから夕食への招待状が届いていた。

フェリシアの 言(げん) によるなら『荒れるだろう』と言われているクリストフに近づきたいとは思わないのだが、これは招待状を持ってきたアルフとナディーンに説得されてしまう。

ランヴァルドのまたの出奔に、新年早々機嫌が最底辺にあるクリストフを、 私(し) の部分を見せるわけにはいかない私を同席させることで無理矢理持ち直させたいらしい。

……これも一応、ご機嫌取りなのかな?

クリストフも人間なのだから、一日ぐらいランヴァルドについて怒っていてもいいと思うのだが、早め、早めに気持ちを切り替えさせないと、あとが大変なのだとか。

国王ともなると、弟の心配をして怒る自由すらないようだ。

……や、でも体を壊すまで落ち込まれても困るけどね。

朝から私の記憶にないフェリシアは、あちらこちらへと積極的に出かけている。

もう少し詳しく触れるのなら、友人知人へとランヴァルドの包囲網を展開しに出かけたようだ。

さすがに死んだはずのランヴァルドとは言えないので、レオナルドの偽者が現れたという体裁で捕縛するつもりでいるらしい。

フェリシアは顔が広いので、今回はさすがに捕まえることができるのではないだろうか。

……や、なんだかランヴァルド様だと逃げ切りそうな気もする。

なんといっても、ランヴァルドには精霊が味方をすることがあるのだ。

そう簡単には見つけることができないかもしれない。

「お招きありがとうございます、クリストフ国王陛下」

新年の挨拶をして、今回の招待へのお礼を言う。

ご機嫌取りに引っ張り出された気がしないでもないが、夕食への招待だ。お礼を言うのが筋というものだろう。

アルフのエスコートで席に着き、テーブルについている初対面の王族を紹介される。

私を呼ぶぐらいなので人は少ないかと思っていたのだが、紹介された人物の名前とヘルミーネに叩き込まれた王族の家系図とを照らし合わせると、この場には王と王爵を持つ王族だけが呼ばれているようだ。

はっきり言って、私が場違いすぎた。

……なんでこんな場所に呼ばれているんだろう、私。

内心で冷や汗を流しながら、背筋を伸ばす。

ここはさすがにいつものように気の抜けた態度ではいけないだろう、と嫌でもわかった。

クリストフの音頭で夕食が始まり、運ばれてくる食事をヘルミーネの授業を思いだしながら口へと運ぶ。

気分的には、抜き打ちテストだ。

豪華な夕食だとは思うのだが、作法通りに食べることだけに集中してしまい、味なんてほとんど判らない。

ただ、王爵ばかりの場へと私が呼ばれた理由は判った気がする。

次期国王はフェリシアが最有力と言われているが、決まっているわけではない。

そのため、誰が次期国王になったとしても私と面識があるように、もしくは私という人間の性質が解りやすいように、とお互いの顔合わせを兼ねていた。

……クリストフ様には娘が多いからか、王爵も女性が多いね。

この辺りは女性が跡継ぎとして望まれる風潮のため、もあるかもしれない。

王族と数えられるのは国王の孫までなので、クリストフの世代にも王爵がいた。

ほとんど味のわからない夕食が終わり、デザートが運ばれてくる。

ようやく窮屈な食事会が終わるのか、とホッとして少しだけ味を感じる余裕がでてきた。

……美味しい。桃と林檎? コンポートって言うんだっけ? あ、でもカラメルの味。カリーサに言ったら、作ってくれるかな?

果物の入ったサクサクのパイをフォークで切って、口へと運ぶ。

作法は気になるが、美味しい物を食べるためならもう少し頑張れる気がした。

「そなたが最後に見たランヴァルドの様子を聞かせてくれぬか」

「……はい」

デザートでこの息の詰まりそうな夕食会も終わりだ、と気を抜きかけていたのだが、突然話を振られて息を呑む。

背筋はもうこれ以上ないというほど綺麗に伸ばしているので、気を抜きかけていたことは気付かれていないと思いたい。

……でも、今日呼ばれた理由はわかった。ランヴァルド様の情報収集だね。

不本意ながら、ランヴァルドと最後に会ったのは私だ。

私から話を聞いておきたかったのだろう。

この場で話を出されたということは、エセルバートへと連絡をするかは別として、王爵内ではランヴァルドが生きているという情報を共有するつもりなのだ。

……場違いすぎるよ、私!

そうは思うのだが、聞かれたことへは素直に気をつけて答える。

今日の私が気にすることは、淑女としての受け答えぐらいだ。

兄や姪へ心配ばかりかけているランヴァルドなど庇ってやる筋合いはないので、聞かれるままに答えた。

「あれはグルノールの街のことを聞いたのか?」

「はい。話しぶりから、しばらく滞在したものと思われます」

子守中の雑談にまで話が及び、言葉が乱れないように注意しつつあの時の会話を思いだす。

妙にメンヒシュミ教会について聞いてくるな、と思ったことも伝えておいた。

「あのような無責任な馬鹿者、放っておけば良いのです」

「その無責任な馬鹿者は、無責任ながらも一応は王族としての責務を果たそうとして、ノコノコ顔を見せたようだぞ」

ランヴァルドなど放置しておこう、と言う王爵の一人に、クリストフがランヴァルドを庇う発言をする。

あのフラッと現れて、またフラッと消えたランヴァルドに、王族としての責務がどうとかいう考えがあるとは、にわかには信じられなかった。

そして、信じられないのは私だけではない。

私などより余程よくランヴァルドを知る王爵たちは、クリストフの言葉が受け入れ難いようだった。

まさかあのお調子者が、と口々にざわめく。

……王族としての責務って、探し物のこと?

およそ『王族としての責務』などというランヴァルドには似合わない言葉に、姿を消したランヴァルドについて考える。

死んだ振りをしてまで逃げ出した王城なので、ノコノコ顔を出すわけにはいかない、という自覚は本人にもあった。

それなのに、探し物のために王都までやって来た、と言うのだから、本人的には我を曲げてでも成さなくてはならないことだったのだろう。

……少しは親身になって話を聞いてあげてもよかったかもね?

係わり合いになりたくない、とランヴァルドの話を聞かないと決めたのは私だ。

王族の持ち込む話など、厄介ごとでないわけがない、と。

……あれ? でも神王様の見立てでは、届けるべき場所へは届いているって話だったし、実は探し物って、探さなくてもいいのかな?

なんだかおかしいぞ、と思ってアルフを見る。

デザートを口へと運ぶアルフは、どこからどう見てもアルフレッドだ。

所作の一つひとつまで真似ることができているということは、入れ替わるのは今回が初めてではないのだろう。

王爵たちに囲まれているというのに、実に堂々とした王子さまっぷりだ。

神王の見立てについては、アルフレッドだと思っていたアルフに伝えてある。

情報の取り扱いについてはアルフに任せたのだから、ランヴァルドはアルフから『探しものは届いている』と聞き、王都での用事が済んだために王城から姿を消した、とも考えられた。

……アルフさんが何も伝えていないとしても、何か変化があったから出ていったんだよね? たぶん。

どちらにせよ、やはり私が考えることではない。

ランヴァルドの都合は、王族の都合だ。

何を探していたのかは判らないが、私にはなんの係わりもないことである。

「……ティナさんは、お兄様がいない場では甘えが出ずにきちんと淑女として振舞えるようですね」

離宮へ戻るまでがお出かけだと聞いている。

離宮へ帰ったとしても、部屋へ入るまでは気を抜くなとも教わった。

ヘルミーネに教わったことが頭に残っていたので、今夜はきちんと馬車の中でも姿勢を崩さず、私室へと戻るまでは気を抜かなかった。

その代わり、私室へ入った途端に盛大な溜息とともに肩の力を抜くと、同行していたヘルミーネからはこんな評価を頂いた。

どうしても甘えの出てしまうレオナルドさえいなければ、私の猫は完璧らしい。

「やはり問題は、ドゥプレ氏が妹離れできていないことでしょうか」

……あ、それは否定しません。

王族の夕食に呼ばれた、ということでおめかしとしていつもより複雑に編みこまれた髪と髪飾りをソラナに解いてもらう。

髪が自由になると、私の緊張も少しほぐれてきた。

猫耳も外したいところなのだが、これは寝る時以外は外さないようにと言われているので、もう少し我慢だ。

「そういえば、ヘルミーネ先生はエルヴィス様に話しかけられていたようですが、どのようなお話をされていたのか、お聞きしてもよろしいですか?」

「かまいませんよ。……ティナさんの教育が終わったら、再びディートフリート様の教師として雇いたい、というお誘いでした」

カリーサの淹れてくれたハーブティーのカップを持ち、しばし固まる。

向かいの椅子に座ったヘルミーネは、ジッと私の様子を観察していた。

これもなんらかの 試験(テスト) だろうか。

そうチラリと気づいたのだが、私の口から出たのはいつも通りの発言だ。

「わかりました。ヘルミーネ先生の教育がまだまだ終わらないよう、わたくし腕白になります」

「……ティナさんはそのような無駄な手間を 私(わたくし) にかけさせるような子どもではないと、私は知っていますよ」

「その信頼が辛いです」

信頼が辛くて、裏切りづらい。

そもそも反射として「腕白になる」と言ったが、どう考えても私には向かない方法だ。

腕白に庭を走り回るより、部屋の中で刺繍でもしている方が楽しめる。

「そのようなお話があった、という程度のことです」

「……わたくしの教育は、終わりそうなのですか?」

「骨の髄まで淑女の嗜みを叩き込むことはできないと思いますが、お兄様さえいなければご自分で体裁を整えることは御出来になるでしょう」

貴族の必須科目とされる英語も、貴族の一般教養レベルには身に付いているらしい。

素はやはり庶民らしさが抜けないのだが、人を使うことも覚えてきた。

黒騎士の家の子どもとしては十分すぎ、貴族の娘としてはこれからは専門家を雇って学ぶ段階なのだとか。

どちらにせよ、『家庭』教師の役目はそろそろ終わる。

「ティナさんは、変に手を煩わせる子どもではありませんでしたので、楽をさせていただきました」

「……精霊に攫われたりはするのですけどね」

「それは、他の子どもではできない体験ですね」

クスリとヘルミーネが笑う。

珍しくも冗談を言っているようだ。

私としては、降って湧いたヘルミーネの転職話に、モヤモヤとし始めている。

「ティナさんが九歳の秋からお側にいますので……もう三年経つのですね」

「……もう、ヘルミーネ先生にこれからもわたくしの側にいてもらうためには、お 義姉(ねえ) 様になっていただくしか」

家庭教師は卒業しても、レオナルドがヘルミーネを口説き落とせば、義理の姉としてこれからも一緒にいてくれるのではないだろうか。

これは名案だ、と思ったのだが、ヘルミーネにはいい笑顔で笑い飛ばされてしまった。

「ドゥプレ氏では十年かけても私は落とせませんよ」

「……ですよね」

言ってみただけです、とハーブティーを口に含みながら、頭の中で頼りにならない兄に八つ当たりをする。

妹の私が言うのもなんだが、あの兄の嫁が務まる人間など本当にいるのだろうか。

仕事を優先する夫はともかくとして、嫁よりも 妹(わたし) を優先しそうな気がして、この二つを許せる人材にしかレオナルドの妻は無理だと思う。

そして、それができそうな女性を、私は知らない。

「なにか良い手はないでしょうか? ヘルミーネ先生にはまだまだ側にいてほしいのですが……」

「そういうお話があった、というだけですよ。今すぐにどうこうということではありません。私の雇い主はドゥプレ氏でもありますので、氏の判断も必要になります」

「……家庭教師なのですから、いつかは出て行かれてしまうのですね。考えてみればあたり前のことなのに、考えたこともありませんでした」

いつかの話だと聞かされても、その『いつか』を想像してしまって、今から寂しい。

こんな時、レオナルドが隣にいれば脇腹へとハグをして寂しさを誤魔化すのだが、今は私が甘えていい巨体はいない。

これはあとで天蓋の中に籠ってから、黒い犬のぬいぐるみのお腹へと抱きつくことになるだろう。

ぬいぐるみへのハグは、心を落ち着ける効果があるらしいのだ。

「ティナさんが早めにお嫁に行って、早めに子どもを産んだら、早めに私を呼び戻せるかもしれませんね」

その頃にはディートフリートの教育も終わっているだろうから、今度は私の子どもの家庭教師として雇ってくれ、と続けたヘルミーネに私も作り笑いで応える。

和ませてくれようと冗談を言ってくれているのだから、私もそれに応じるべきだ。

「ディートフリート様の教育に、いったい何年かかる予定なのですか」

「あの方は、本当に手の掛かる子どもでしたから」

多少改善はされたようだが、王族として相応しい振る舞いがとれるよう躾け直すのだ。

まずはあの猫の被り物を取ることから始める必要があるだろう、とヘルミーネは力強く笑う。

その笑みに、本当にただの卒業であって、今生の別れではないのだと思うことができた。

「……いつか、お手紙を書いてもいいですか?」

「歓迎します」

上品な微笑みを浮かべて答えるヘルミーネに、私の笑みからも固さが取れる。

もう少し自然に作り笑いができるようになったら、その時がヘルミーネによる私の淑女教育終了の時なのだろう。

そんな予感がした。