軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

レオナルドの買い物

帰還の報告から戻ってきたレオナルドを改めて出迎え、夕食を一緒にとる。

夕食時の話題は、主にお互いの近況についてだ。

「誕生日の贈り物に、お米をありがとうございました、レオナルドお兄様」

「ティナこそ、可愛いカメオをありがとう」

「カメオをくださったのは、クリストフ様ですけどね」

私のカメオはレオナルドお兄様の横顔ですよ、とペンダントを開いて見せる。

いつの間にかモデルにされていろいろと作られていることは珍しくないのだが、顔だけというのは初めてらしい。

言われてみれば、私の作った刺繍絵画はほぼ裸の肉体美を全面に押し出したものだったし、離れにある壷を持った噴水は全裸だ。

カメオの横顔も、首筋が見えて服を着ているわけではないが、本当に首までなので裸であるとは言いがたい。

「そういえば、レオナルドお兄様が戻られたら聞いてみようと思っていたことがありました」

アルフレッドのことで気になっていることがある、と言うと、レオナルドは私の背後に控えるソラナを見た。

ソラナはアルフレッドから借りている 女中(メイド) なので、アルフレッドといえばつい目が行ってしまうのも仕方がない気がする。

「アルフレッド様は……ええと、なんと言えばいいのか……アルフ、レッド様?」

近頃アルフレッドに覚えている違和感を、そのまま口にしていいものなのかは判らない。

そのため、どうとでも取れるように、言葉を少しだけ区切ってアルフレッドの名前を口にしてみた。

「……ティナは気付いたのか。いつからかは判らないが、アルフ、レッド様だな」

「ああ、やはりアルフ、レッド様だったのですね」

違和感の正体が判り、ようやくスッキリとした。

いつ入れ替わったのかは判らないが、今王都でアルフレッド王子として働いている人物は、アルフレッドではなくアルフだ。

ソラナに確認をしても「アルフレッド王子とアルフお兄様は全然違いますよ。別人です」ときっぱりと否定されるのだが、レオナルドが言うのだから、私の勘が正しかったのだろう。

ソラナに 惚(とぼ) けているような雰囲気はなかったので、本気で気がついていないのかもしれない。

それを考えると、誰が気付いているのか、気付いていないのかを観察してみるのは少し面白そうだ。

……そういえば、アルフレッド様とアルフさんで、微妙に呼び方が違うよね。

后の解毒薬についても、アルフレッドは初めて聞く話のような反応をしていた。

いくらなんでも、自分の母親の容態を知らないというのはおかしい。

あくまで、現在の容態として知らなかっただけなのか、とも思っていたが、アルフレッドとアルフで人が違ったのなら、母親の容態を知らなくとも不思議はなかったのだろう。

アルフかアルフレッドかに一応の納得がいって、次の話題へと移っていく。

ボビンレースの指南書が完成したこと、聖人ユウタ・ヒラガの秘術の二つ目を復活させたことを報告して、レオナルドに褒めてもらった。

フェリシアやアルフも褒めてはくれるのだが、やはり 家族(あに) に褒められるというのは別格である。

私に尻尾が生えていたら、尻尾を全力で振り回していただろう程に嬉しい。

「あと一つ復活させたら、グルノールの街へ帰る許可が下りますよ」

採取が難しいだろうと思われていた雪帽子、ラローシュの花粉は手にいれた。

残る素材はアドルトルの無精卵だけなのだが、これは入手が難しいとコーディにも悲鳴をあげられたばかりだ。

来年も入手に失敗したら、さすがに復活させる薬を替えた方がいいかもしれない。

「……コーディがラローシュの花粉を持ってきた時に聞かせてくれたのですが、戦は結構前に終わっていたようなのに、戻ってくるまでに随分間がありましたね」

戦後処理の話し合いで長引いたのか、と聞くと、話し合い自体はすぐに終わったと教えてくれた。

ほぼ一方的にイヴィジア王国が勝ったので、そもそもサエナード王国には何を要求されても嫌という権利すらなかったようだ。

レオナルドとしては、当分我が国へと戦を仕掛ける気になどならないように磨り潰してやった、ということらしい。

おおむねコーディから聞いたような状況だったようだ。

「では、どうして戻って来るまでにひと月以上かかっているのですか?」

「王都へ戻る前に、グルノールの様子を見てきた」

長く離れているし、グルノール砦を任せたはずのアルフが王都に来ていたので、その辺りも気にしてのことらしい。

「夕食のあとに話がある、と言ったのはグルノールの館についてだ」

「改まったお話なのですよね? なんでしょう……まさか、クリストフ様からグルノールの街へは帰さないという謎の圧力がレオナルドお兄様にかけられたのでは……っ?」

断固拒否します、と他に思い当たる節がないので勝手にクリストフを悪役にする。

今頃クリストフは謎のくしゃみでもしているかもしれない。

「そんな話は出ていないから、安心していい」

二十歳になったら王都に出てきてもいい、と言っている私に、わざわざ喧嘩を売るような真似はしないだろう、とレオナルドは言う。

せっかくここまで友好的な関係を築いているのだから、それを壊すようなことはしない、と。

「それで、改まったお話とはなんでしょうか、レオナルドお兄様」

夕食後は居間へと場所を移す。

長椅子へとレオナルドが腰を下ろしたので、その隣に私も並んだ。

居間の長椅子に座るレオナルドの横へと並んでいると、ようやくレオナルドが帰ってきたのだな、と実感する。

食後はいつもお茶を飲んでいるのだが、今日はレオナルドに付き合って 珈琲(イホーク) だ。

子ども舌の私に珈琲は苦すぎるので、砂糖とミルクが入っている。

……レオナルドさんのお話って、なんだろうね?

なかなか話を切り出そうとしないレオナルドに、なんの話だろうか、と予想してみることにした。

たしか、私に怒られる案件だと言っていたはずだ。

私が怒るといえば、妹へ無事な顔を見せる前に娼婦のお姉さんに会いに行ったことだが、今回それはなかったので、私が怒ることではない。

急かすべきか、レオナルドが自分から話し出すまで待つべきかと、珈琲を口へと運びながら考える。

私個人としてはさっさと話を聞き出したいが、淑女としてはレオナルドが話し出すまで待つべきだろう。

十二歳の歳相応の行動としてはどちらだろう、と考えている間にレオナルドの決心がついたようだ。

レオナルドはこの世の終わりのような顔をして、重い口を開いた。

「……王都へ戻る前に、グルノールの様子を見てきたと言っただろう」

「はい。先ほど聞きました」

グルノールの街で何かあったのか、と私が怒りそうな内容を考える。

屋根裏部屋を取り上げられたら怒る気はするが、ヘルミーネの手前、屋根裏部屋は私のお籠り部屋と化していて、普段は三階の子ども部屋を使うようになっていた。

今更レオナルドが取り上げる意味はない。

では、私の居ない間に巨大な熊のぬいぐるみの腹枕で寝て、涎でも付けたのだろうか。

これだってシーツ代わりに服を着せてあるので、着替えさせれば終わりだ。

そもそも、ぬいぐるみ本体まで珈琲を染みこませたとしても、もともとはレオナルドが買って来たものだ。

がっかりはするが、怒る程のことではない。

……本当に何をしたんだろうね、レオナルドさん。

首を傾げながらレオナルドを見上げると、レオナルドは私の追及から逃れるように目を逸らす。

どうでもいいのだが、痛いところを突かれると目を逸らす、というのはランヴァルドと同じだ。

全体の雰囲気が似ているので、同じ癖を見せられると他にも類似している点を探したくなってくる。

……そういえば、髪も目の色もレオナルドさんと同じだね、ランヴァルド様。

王族には青い目が多いらしいのだが、ランヴァルドの目は黒い。

よくよく考えれば、クリストフの髪は金色なのに、その弟の髪は黒かった。

エセルバートに妻が複数いたという話は聞かないのだが、奥方の髪が黒だったのだろうか。

そんなよそ事を考えていると、ようやくレオナルドの第二声が発せられた。

「……ティナに、怒られそうな買い物をした」

そんなこと? というのが正直な感想だ。

この世の終わりのような顔をして、一言発するだけでも悩んで、悩んでやっと口にした、というような様子でただの散財を報告されては、こちらとしても反応に困る。

「えっと……怒られそうだと判っていて、買ったのですか?」

私が怒りそうな買い物とはなんだろう、と考えてみた。

黒柴(コクまろ) のように相談もなく生き物を買われたら、たしかに怒るかもしれない。

もしくは、また大きなぬいぐるみだろうか。

知らない間に王都で家を買われていたら、これも怒るだろう。

しかし、グルノールの街で買い物をしたようなので、これはないはずだ。

「……買わなければ買わなかったで、怒られそうだからな」

「だったら、きっと買って正解だったのですよ。わたくしはレオナルドお兄様の判断を信じます」

長椅子から腰を上げて、レオナルドの頭をよしよしと撫でてやる。

子どもを慰めているような気がしてくるのだが、きっと気のせいだ。

「それで、いったい何を買ったのですか? 怒らないから、正直に教えてください」

「……ミルシェだ」

レオナルドの口から出てきた名前に、頭を撫でていた手が止まる。

しばし無言でレオナルドの頭頂部を見つめ、それから両手でレオナルドの両頬を捕まえた。

「ミルシェって、あのミルシェですか? ちっちゃくて可愛い」

「今の身長はティナぐらいになっていたが、そのミルシェだ」

私に怒られる買い物をした。

買い物の正体はミルシェだった。

それはレオナルドの妹としても、ミルシェの友人としても、たしかにショックだったのだが、私の頭の中は別のことでいっぱいになる。

……小さい小さいと思ってたけど、二つ下のミルシェちゃんにまで身長抜かれたっ!? 地味にショックだ。

いろいろとショックで呆然とレオナルドの黒い瞳を見つめていると、一度言ってしまえばレオナルドは気が楽になったらしい。

ミルシェを買うことになった詳しい経緯を聞かせてくれた。

王都へ戻る前にグルノールの街へ寄ったレオナルドは、娼館のある区画へと足を伸ばしたらしい。

これについては聞き流すつもりでいたのだが、レオナルドはワーズ病が街へと持ち込まれた際に一度潰し、また再建した娼館があったので、それらの様子を見に行ったのだ、と見事な言い訳をしてくれた。

レオナルドがなにも追加しなければ、見回りの一環だろうと私も素直に考えられたのだが、これは完全に黒だと思う。

とにかく、レオナルドは娼館のある一角で働くミルシェと遭遇したらしい。

場所が場所なので驚いてミルシェに話を聞いたところ、母親に三羽烏亭から連れ出され、その足で娼館へと売られたようだ。

私が王都に出ていて、レオナルドもグルノールの街から離れていた。

アルフならもう少し頻繁にミルシェを気にかけてくれたかもしれないが、今グルノールの街にいるのはアルフレッドだ。

もしかしたら、アルフレッドはミルシェの存在を知らない可能性もある。

そんなアルフレッドが、ミルシェを助けるのは不可能だ。

三羽烏亭の店主たちもミルシェを庇ってくれたようだが、やはり親権を握る実母には最後に負ける。

そうしてレオナルドの睨みがなくなった母親は、ミルシェを娼館へと売り、それを見つけたレオナルドが娼館からミルシェを買い取ったという流れのようだ。

「それはレオが正解です。ミルシェちゃんを買うのも、生き物を買うのも、よく考えないとダメですが、それは絶対に正解です」

心中非常に複雑ではあったが、これだけは間違っていない。

娼館にそのまま十歳のミルシェを置いておくよりも、レオナルドが買い取った方が絶対にいい。

感謝を込めてレオナルドの首筋へと抱きつく。

ハグはそろそろ卒業しなければと思っているのだが、前世で見た外国人は大人でも普通にハグをしていた。

愛情表現の一種なので、家族へは淑女であってもハグをしていいと認めてほしい。

認められないのなら、やはり 人目(ひとめ) を避けてでもハグを続けたい。

「……それで、ミルシェちゃんはどうしていますか?」

ひとしきり抱きついて全力で感謝を伝えたあと、少し体を離してレオナルドを見つめる。

ミルシェを買い取ったところまでは聞いたが、その後の話はまだ聞いていない。

「今はタビサに預けてある。グルノールの館で、下働きとして修行中だ」

「ということは、グルノールの館へ戻ったら、もう『ミルシェちゃん』とは呼べないのですね」

「そうだな。ミルシェはもうティナの友だちのミルシェではなくて、下働きのミルシェだ」

やはり怒っているか? と顔を覗き込まれ、ゆるく首を振る。

十歳の友人が娼館に売られたと知っていて、買い取らずに知らないふりをした方が怒ります、と。

「少し寂しいだけです。エルケとペトロナは、王都にいる間だけ女中として働いてくれる約束ですからね。グルノールへ戻れば、またお友だちです」

でもミルシェは違う。

売られてしまったせいで、ミルシェ自身にミルシェのことを決める権利はなくなってしまった。

ミルシェは一生買われた人間として、レオナルドの所有物になったのだ。

「とりあえず、ミルシェは俺の金で買ったから、 使用人(ブラウニー) としてグルノールの館に縛られることはない」

「それは、どう違うのですか?」

「バルトとタビサとは違って、俺がグルノール砦の主でなくなれば、その引越し先へと付いてくることになる」

本当にレオナルドの所有物だ。

使用人(ブラウニー) のように館に付属し、主だけが変わるのではないらしい。

ある意味では、『生き物を買った』責任というものを、レオナルドはきっちり取るつもりなのだろう。

「ミルシェが自分を買い戻せるだけ稼げればいいんだが……まあ、無理だろうな」

衣食住とて、タダではない。

まだ子どもで大人ほどは働けないミルシェに、自分が消費するもの以上に働けというのは無理だろう。

大人であっても、ほとんどは生活費に消える。

ミルシェが自分を買い戻すことができるとしても、それは何十年もお金を貯めたあとのことだ。

「ちなみに、ミルシェのお値段は?」

「見つけた瞬間に買い取ろうとしたからな。娼館の主には幼女趣味かと疑われて、値を吊り上げられた」

子どもの値段としては相場以上だったのだが、すぐにでもその場からミルシェを連れ出したかったため、レオナルドは言い値で買ってしまったらしい。

それはそれで娼館側へ思うことがあったが、その辺りはアルフレッドに任せてきたようだ。

グルノールの街では領主のような役割を担うレオナルド相手に、足元をみて値を吊り上げた方が悪い。

今頃はアルフのふりをしたアルフレッドによって、アルフがする以上の報復を受けていることだろう。

アルフとアルフレッドは入れ替わりに気づかれないためか、少し大げさなぐらいにお互いを演じている。

アルフレッドことアルフが、アルフレッドの変態じみたアルフ愛を演じてみせた時に、私もどん引いた覚えがあった。

「……わたくしがレオナルドお兄様にお金をお支払いして、ミルシェを買い取ることはできますか?」

「可能は可能だが、俺は認めないぞ。ティナはまだ未成年で、ミルシェも未成年だ」

成人して社会的な地位もあるレオナルドが下働きとしてミルシェを所有し、ある程度自分でなんとかできる年齢まで手元に置いた方がいい、とレオナルドは言う。

所有者と所有される側が共に 未成年(こども) というのは、それだけでトラブルの元にもなるのだ。

「レオナルドお兄様は、ミルシェちゃんをいつか手放す気があるのですか? 買った時のお金を稼げなくても」

「親に売られた子ども、という意味では、俺とミルシェは同じだからな」

自分と同じ体験をした子どもだ、とレオナルドはすでにミルシェを私の友人枠からは外し、また別の位置へと置いているようだ。

妹の友人でも、使用人でもないどこかへ。

「金を払って買い取るのは簡単だ。しかし、簡単に買い取ったからといって、簡単に放置もできん」

成人するまではグルノールの館で使用人として働かせ、そのあとのことはミルシェの相談に乗ってくれるそうだ。

そのままレオナルドの所有物として働き続けるにしても、自由を買い戻すにしても、今はまだ十歳のミルシェが考えることではない。