軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

閑話:ディートフリート視点 猫頭の軌跡 2

残念ながらキュウベェは僕の友ではなかったが、僕にはもう一人友だちがいる。

その友であるバシリアから届いた手紙だったのだが、今は父と対面中だ。

さすがに後回しにするべきである、ということは 悪辣家令(イリダル) に叩き込まれているので、膝がソワソワするながらもきちんと座っていた。

「……読みたいのだろう? 部屋に戻って友人からの手紙を読んでくるといい」

「いいえ。今は父上が作ってくださった貴重な時間をいただいているのですから、父上とお話しをしたいです」

「そうか。ディートフリートは本当に我慢のできる子になったのだね……」

うんうんと頷きながら感心してくれる父がむず痒い。

当たり前のことを言っているだけなのだが、こんなにも感激されるほど以前の自分が我儘だったのだ、と反省もした。

「そうだ。この父に、きみが文字を読めるようになったところを見せてくれないか? 綺麗な字を書くようになってきたのは時折届く手紙で見てきたけれど、読み聞かせはしてもらったことがないからね」

「はい、父上」

なんだかんだと理由を作って、僕に早く手紙を読ませようとしてくれるところが、父は僕に甘いのだと思う。

これが 陰険家令(イリダル) であれば、わざと話を長引かせて僕が怒り出すまで手紙を読ませなかったはずだ。

バシリアからの手紙の封を切り、薄く暖かな色のついた便箋を広げる。

かすかな花の香りがするのは、さすがは女の子のセンスといったところか、僕には考えつくことではない。

「ええっと、親愛なるディートフリート様へ……」

バシリアからの手紙は、アリーサの教えてくれた手本どおりの書式だ。

季節の挨拶に始まり、近況が綴られ、本題に入る。

近頃のバシリアからの近況と本題は、ティナについての話題が多い。

ティナを追って王都に移動しただとか、ティナをお茶会に招待した、ティナからレースのリボンを貰った、ティナにお茶会に招かれて一緒にケーキを作った、あまりにも可愛いケーキに食べられずにいたら姉に取り上げられた、かと思ったらケーキそっくりな宝石箱を二つお揃いで作ってくれたのでティナに片方を贈った、ととにかくティナティナティナといった内容だ。

ティナの動向を知れるという意味ではありがたいのだが、バシリアは少しティナと仲がよすぎると思う。

今回の手紙も相変わらず七割がティナ情報なのだが、読み進めているうちにとある一箇所で目が止まる。

「……ティナがお見合い?」

「クリスティーナが? 今は 保護者(レオナルド) がルグミラマ砦に行っていて不在だろう。そんな話が持ち上がるわけはないが……」

変だな? と首を傾げる父を尻目に音を立てて椅子から立ち上がる。

のんびりはしていられない気分だった。

手紙では情報が足りない。

幸いなことに、バシリアは王都に来ている。

王城からは少し距離があるが、すぐにいけない距離ではない。

「父上、大変申し訳ございませんが、急用ができましたので、これにて失礼させていただきます」

「ああ、それは構わないが……」

見合いと聞いて飛び出していくのに、それが恋ではないと言うのか? と父は不思議そうにしていた。

数年ぶりに再会したバシリアは、随分と印象が変わっていた。

ラガレットでは僕よりも髪が短かったのだが、髪が伸びて女の子らしくなっていた。

以前はドレスに着られているという様子だったのだが、今はちゃんとバシリアがドレスを着ている。

「クリスティーナ様はお見合いなどではない、とおっしゃられていますが、これは絶対に怪しいと思いますの」

そんなことを言いながら、バシリアが茶会への侵入の手はずを整える。

バシリアが付いて行くと言ったところ茶会の規模が変わり、身内だけの茶会がミカエラ夫人の友人や知人が集まる規模の茶会になったそうだ。

そんな規模の茶会で見合いなんてことがあるのだろうか、とは思ったのだが、バシリアがやる気なので黙っていることにした。

以前は引っ張り回してやらなければろくに動かない女の子だったのだが、たった数年見ないうちに見違えるほど頼もしい参謀に育っている。

茶会の日は、趣向として神王祭に先駆けて獣の仮装をすることになっていたので、猫の仮装をすることにした。

ラガレットでティナはいつも黒猫の仮装をしていたし、バシリアからの情報では今年の冬も猫の仮装をしているという。

バシリア自身も猫の仮装をするということだったし、ならば三人揃って猫というのも楽しいだろう、と思って侍女に仮装を作らせたら、張り切りすぎた侍女が猫の頭部を作ってもってきた。

微妙に不細工なところが気になるが、これはこれでこの中から僕が出てきたらティナは驚くだろう。

そう考えると、楽しみな気がしてきた。

茶会の会場となっているジークヴァルトの館につくと、すぐにバシリアとティナの姿を探す。

バシリアはむこうから僕を見つけ出して駆け寄ってきたのだが、ティナの姿は見えない。

どうやら少し到着が遅かったらしい。

ティナたちは身内同士の話し合いということで、別室へと案内されたようだ。

これではさすがに乱入ができない。

ティナの姿がないので、と暇つぶしにバシリアとリバーシで遊ぶ。

それなりの規模がある茶会で、趣向の一つとして 盤上遊戯(ボードゲーム) が用意されていることはそれほど珍しくはない。

ティナとバシリアが来るということで、子どもも参加を許された茶会では、盤上遊戯には子どもたちが多く集まっていた。

以前は一方的に僕が勝っていたのだが、バシリアもリバーシのルールを覚えたのかそれなりに強くなっていた。

それでもやはり僕が勝ち、バシリアの勧めで少し年長の少年と対決してまた勝って、今度は女の子と対決してまた勝った。

そうして勝ち続けているうちに、気が付けば僕の周囲には子どもがいっぱいいた。

猫頭の被り物の下が王族だなんて知らない子どもたちは、実に気兼ねなく僕を応援し、その対戦者を応援する。

顔が見えないということは良いことだな、と少しだけ思った。

顔が見えないために僕を王族だなんて思わない子どもたちは、父の離宮の侍女や使用人たちとは僕の扱いがまるで違う。

まるでマンデーズ館の使用人たちのように、僕に対して遠慮がない。

それが少しだけ嬉しくて、夢中になって遊んだ。

最初の目的を忘れた頃になって、ティナが別室から現れた。

ラガレットではずっと負けていたので、強くなった僕を見てほしい、と勝負を挑みたかったのだが、言葉が出てこない。

残念ながらティナの仮装は猫ではなかったのだが、そんなことはどうでもいい。

少し背と髪の伸びたティナは、記憶の中の九歳の姿よりも輝いて見えた。

辛辣家令(イリダル) によると思い出は美化されるものらしいのだが、本物の方が可愛らしい。

頭をサリーサに盆で殴られたかのようなガツンとした衝撃が襲い、何も言葉が発せなくなる。

とにかくティナの仕草一つひとつに目が奪われて、喉がカラカラに乾いてしまった。

言葉が出てこないかわりに、肉球のついた手袋でティナを手招く。

声が出ない僕の代わりに、周囲の子どもたちがこちらの意図をティナへと伝えてくれた。

リバーシの勝負を申し込む、と。

「わたくしは遠慮いたします。他の子と遊んでください」

「従姉妹はリバーシを知らないようだから、僕が相手になるよ」

僕はあくまでもティナとリバーシをしたかったのだが、ティナの従兄弟を名乗る少年が間に入ってくる。

ティナがリバーシを知らないはずがないのだが、この少年はそんなことも知らずにティナの従兄弟を名乗っているのだろうか。

……たしか、名前はアリスタルフといったか?

事前に調べた情報から、ティナの従兄弟の名前はわかる。

体が弱くてほとんど外へと出ない、英雄ベルトランの孫だ。

バシリアがティナの見合い相手、と言ってきた少年でもある。

……絶対に勝つ!

そう意気込んで挑んだ勝負に、僕は負けた。

上には上がいるものです、と 正直家令(イリダル) が言った通りだ。

ティナとマンデーズ館の使用人には負け続けたが、王都に戻って負けたのはアリスタルフが初めてである。

僕がしばし呆然としていると、ティナはアリスタルフを引っ張ってリバーシのテーブルを離れた。

どこへ行くのかと見つめていると、ティナとアリスタルフは別のテーブルでセークを始めた。

ティナは昔からセークが強かったのだが、アリスタルフとティナの対戦は、アリスタルフの勝利で終わる。

ティナはそれほど悔しそうな顔はしていなかったのだが、ここで僕がアリスタルフに勝てばティナの口から『カッコいい』と僕を見直す言葉が聞けるのでは、と思った。

思いついたままにテーブルを移動すると、僕に気が付いたティナが席を譲ってくれる。

ティナは勝っても負けても、「もう一戦!」と相手に喰らい付くことはないようだ。

僕はいつもティナに喰らいついていたので、本当に迷惑がられていたのだろう、と今更ながらの自覚がやってくる。

……次こそは勝つっ!

そしてティナに過去の己の行いを謝罪し、もう一度勝負を挑むのだ。

そう意気込んでのアリスタルフとのセーク勝負は、呆気ないほど綺麗に負けた。

力(りき) みすぎましたわね、とはバシリアが僕の背後で呟いた評価だ。

よく考えなくとも、ティナに一度だって勝てたことのない僕が、ティナに勝ったアリスタルフに勝てるはずもなかった。

「お、覚えていろよ! 次は絶対に私が勝つからな!!」

セークに負けた悔しさから、ティナの目の前でようやく言葉らしい言葉が出てきた。

ただし、内容としてはアリスタルフへの負け惜しみだ。

ティナに対して話しかけることもできない自分と、ティナの仇を打つこともできない自分が情けなくて、悔しくて、その場から逃げ出した。

なぜかバシリアが後に続いてきてくれたけど、昔のようにオロオロと僕の周囲を回ることはなかった。

ただ静かに頬へと手を当てて、淑女の笑みを浮かべてこう言った。

「見事な負け犬の遠吠えでしたわ!」

次は猫を脱いで、直接相手の目を見て言いましょう、と言ったバシリアは、たぶん僕の味方だ。

たぶん。

王爵を得る気があるのなら、まずは離宮を治めてみるかと、祖父である国王陛下が僕に離宮を整えてくださった。

王族の子は、いつか国を治めるための練習として、まずは自分の離宮を与えられ、離宮を治めることで人の使い方を学ぶ。

いわば王城を治めるための練習台が離宮だ。

次代の王を目指す気はないが、王族に生まれたからにはその責任の一端を支えたいとも思っている。

父のように王爵を得て、国王陛下と次期国王を支えていくのも良いかもしれない。

そう考えて、国王陛下が用意してくださった離宮をありがたく戴く。

せっかく戻ってきたのに、と父は僕が父の離宮を出ることに反対したが、最後には僕の気持ちを酌んでくれた。

自由に動かせる人材を得て、離宮を自分好みに整えながらティナについての情報を集める。

ティナはなぜか、王族の子でもないのに国王陛下から離宮を与えられて王城内に住んでいた。

それはそれで近くでいいなと思っていると、僕の様子を見に来た父がお土産を持って来てくれる。

部屋に飾るといい、と言って渡された薄い箱を開けてみると、精巧な細工の施された額に納められた、ティナの姿絵が入っていた。

「これは……なんですか、父上」

「追想祭で花の女神メンヒリヤの衣装を着ていたクリスティーナの姿絵だね。功爵のグレゴワール君がクリスティーナの姿に感銘を受けて、お抱えの画家に描かせたものを譲ってもらったんだ」

可愛いね、よく描けている、と父が言うように、絵の中のティナは花のように可憐だ。

しゃべっているところを思いだせばラガレットでの生意気な表情ばかり出てくるのだが、初めて会った時のティナはこの絵の中のように愛らしく微笑んでくれた。

……本物は、もっと可愛い。

画家の腕に文句を付ける気はないが、絵に描かれたティナと、本物のティナでは、憎まれ口しか叩かないとしても本物のティナがいい。

そういえば『ティナが可愛い』ということで思考がいっぱいだな、と気がついて、猫の頭部を被った。

このすっぽりと顔を包み込んでくれて、外からは自分の顔が見えない、という状況が近頃はお気に入りだ。

これを被っていれば、自分がどんな顔をしていようとも、父にも侍女にも悟られないというところが特に良い。

ティナについては調べると、功爵の描かせた姿絵の他にも絵が存在していた。

誰が描いたのかは謎だったが、花の女神メンヒリヤの衣装を着たティナの姿絵は人気らしい。

商品として貴族男性の間で取引されているようで、見つける度に回収するようにと使用人には命じておく。

使用人といえば、ティナの離宮では少し前に事件にあったようだ。

何人もの使用人が解雇され、最近でも侵入者騒ぎがあって捕まった白騎士がいる。

これはそっと守ってやらねばと思って離宮の周囲を散歩するようになると、時折離宮の生垣へと顔を突っ込んでいる不審者を見かけるようになった。

自分の護衛を使って不審者を捕まえてみると、不審者の正体は絵描きだ。

どこから王城内に侵入してきたのか、ティナの姿絵は売れるということで、ひと目本物のティナを見て自分も姿絵を描こう、と企んでのことだった。

手引きをしたらしい白騎士も一緒に捕縛し、白銀の騎士へと突き出す。

ティナ自身はあまり離宮から出ないために気がついていないが、こういった人間は結構多いのだそうだ。

春になると、バシリアから春華祭の贈り物が届けられた。

近頃被っている猫の頭が刺繍されたハンカチに、どうやらバシリアからは好かれているらしいと知る。

見事な負け犬の遠吠えだなどと言われたが、あれはバシリアなりに僕を励ましてくれていたのだろう。

前向きに考えて。

母からの贈り物を見つめ、名前ぐらいしか知らない令嬢たちからの贈り物の山を眺める。

贈り物の数は多いが、ティナからの贈り物はなかった。

これはきっと送り忘れたのだろう、と前向きに考えて、こちらから贈り物を受け取ってやりに行くことにした。

なにか理由がなければ訪ねられない、とかそういうことではない。

無理矢理に用事を作った、ということでもない。

同じ王城内に住んでいるのだ。

ティナには会おうと思えば、いつでも会いにいける。

今回はたまたま春華祭の贈り物を送り忘れているらしいティナの元へ、僕の方から行ってやろうというだけだ。

ティナの離宮は不審者がいないかと毎日のように 巡回(さんぽ) していたため、警備の白騎士とも顔見知りだ。

猫の被り物をしていたとしても怪しまれることなどなく、離宮の門をくぐることができる。

ウルリーカという名のティナの侍女に案内されて玄関ホールへと入ると、たくさんの花に囲まれたティナの姿が見えた。

ティナはたくさんの花の中から小さなエノメナの鉢を抱き上げ、ふんわりと嬉しそうに笑う。

ほかの花には、見向きもしなかった。

ティナが愛おしんだのは、手にしたエノメナの鉢だけだ。

あの鉢だけが、ティナの微笑みを得られたのだ。

……春華祭は、男の側から花を贈ってもいいんだった。

そんなあたり前のことを思いだし、自分がすでに出遅れていることを自覚する。

ティナの心はすでにエノメナの鉢にあって、他のどの花へも向けられていない。

ここでこれまでのように待っているだけでなんの行動も起さなければ、ティナの中で自分の存在は黙殺され、あれらの花を贈った一人のうちにも入ることができないだろう。

……それは嫌だ。

そう気がついた瞬間に、ティナへと背を向けていた。

ティナが何か言いかけていたが、振り返らずに走る。

慌てすぎて途中で転び、猫の被り物が大きくへこんだ。

まずはティナに花を贈らなければ、と花を求めて離宮に戻る。

離宮の庭は、庭師が綺麗に整えてくれていた。

贈り物にできそうな花など、花壇を覗けばいくらでも咲いている。

その中からとにかくたくさんの花を抜き取り、侍女に命じて花束としての体裁を整えてもらい、再びティナの離宮を訪ねたのだが、ティナは不在だった。

離宮のどこを探してもティナの姿が見えず、マンデーズの舘でしばらく一緒だったペトロナに遭遇したら悲鳴をあげられた。

どうやらへこんだ猫の被り物に驚いたらしい。

部屋に入れてもらって猫の被り物を直していると、ティナが帰って来たという知らせが届いた。

今度こそ花を渡そう、とティナの姿を探したのだが、ようやくティナの後姿を見つけても、話しかけることができなかった。

ラガレットの街ではどれだけ嫌われていても、気にせず毎日のように部屋へと押しかけて行けていたのに、今の僕にはそれができない。

あの頃の僕と今の僕でなにが違うのか、と考えても答えがわからず、客間に滞在しているというフェリシア叔母上の知恵を借りることにした。

ティナに花を贈りたいのに、話しかけることができないのだ、とフェリシア叔母上に相談すると、フェリシア叔母上は楽しそうに微笑む。

少し姿を見せない間に、甥が男の子になっていた、と微笑ましいものを見る目でみつめられ、少々居心地が悪い。

それに、僕は生まれた時から男の子だ。

フェリシア叔母上の言葉は、少しおかしい。

フェリシア叔母上の手を借りて、ティナへと花束を贈ることには成功したのだが、ティナの反応は鈍いものだった。

もしかしなくとも、玄関ホールに並んだ花たちよりも反応が悪い。

僕の贈った花を、配達を頼まれたと理解したのか、そのままフェリシア叔母上へと渡そうとしたのだ。

「違う。その花はティナのために摘んできたんだ」

猫の被り物の下でそう呟いてみたのだが、ティナの耳へは届かなかった。

ティナは青い目をきょとんっと瞬かせると、なんですか? と首を傾げる。

その仕草が可愛くて、解ってくれないことが悔しくて、悲しくて、わけがわからなくなって、僕はティナの目の前から逃走した。

後日、この話をどこから仕入れてきたのか、バシリアには手紙で『頑張りましたわね。今回は負け犬ではなく、負け猫の遠吠えですの? にゃああん』と言われた。

ティナと頻繁にお茶会をしているせいか、バシリアの性格がラガレットでの物とは大分変わってきているようだ。

王子(ぼく) に対して容赦がない。

時折届くバシリアからの罵倒にも似た叱咤激励に背中を押され、その後もティナの周囲を巡回する。

たまに現れる覗きを狩っているうちに、夏がやってきてティナは十二歳になった。

もうすぐ追想祭があるので、その衣装を早めに見られないだろうか、と離宮の庭へと忍び込んだらティナと目が合った。

びっくりして青い目を丸くしたティナに僕まで驚き、必要もないのにまた逃走してしまう。

折角目があったのだから、それをきっかけに話しかければよかったのに、と自分の離宮へと飛び込んだあとで気がついた。

……まあ、いいか。今日は顔が見れたぞ。

こんなささやかなことに喜びを感じる自分に驚きもする。

いよいよ追想祭という日がやってきて、ティナを誘って内街へと遊びに行こうかな、と考える。

バシリアを誘うのもいいかもしれない。

こんなことを考えながら朝食を取っていたら、護衛の白銀の騎士から「のんびりしていて大丈夫ですか?」と聞かれた。

なんのことかと聞き返すと、白銀の騎士は僕が知らないということに驚いたようで、少し罰の悪そうな顔をする。

知らないのなら、知らないままの方がよかったかもしれない、と。

その白銀の騎士によると、ティナは『精霊の寵児として、追想祭の祭祀を見守る』という大切な仕事があるらしい。

当然、内街へは遊びに行かないし、祭祀の時間は『精霊の座』へと籠ってしまうので、こちらから遊びに行くこともできない。

「今年もクリスティーナ嬢が『精霊の座』へと移動する姿が見られるのでは、と朝から何人も画家をつれた貴族が回廊の見える中庭や廊下に待機していましたが……」

続きは最後まで聞かなくとも解った。

今日は一日『精霊の座』へと籠ることになるティナを見るためには、早くから回廊の見える場所へと移動し、そこでティナが通りかかるのを今か、今かと待ち構えなければいけなかったのだ。

慌てて朝食を飲み込み、護衛の白銀の騎士だけを連れて王の居城へと向かう。

王の居城は、国王の生活の場でもあるため、入ることができる人間は限られていた。

そのため、居城へと入ってしまえば、他の貴族を出し抜くことは簡単になる。

……どこからなら、よく見えるだろうか。

そう考えて、先人の知恵を借りることにした。

先人と言えば聞こえはいいが、ようは覗きの先達だ。

彼らが時間を潰せるようにとお茶の準備をしている場所へと乗り込み、そこで素知らぬ顔をして覗きの仲間に加わる。

可愛いティナの姿など、本当は自分ひとりで見たいのだが、もしまた目が合いでもしたら逃げ出してしまいそうな気がして、一人にはなりたくなかった。

居城まで入れる貴族となると、杖爵が多い。

杖爵までくると情報収集にも長けていて、猫の被り物をしている僕を、なんの疑問を抱かずに茶会の和の中へと入れてくれた。

「今年はいつも横に張り付いているレオナルド殿がおらぬから、姿がばっちり見えるのではないか?」

「いやいや、昨年はエスコートされているアルフレッド様に遮られて、チラリとしかあの愛らしい姿を拝めなかった」

「あの柱の角を曲がる時に、丁度アルフレッド様が隠れてクリスティーナ嬢の姿がはっきり見える計算だ。間違いない」

「今年は芸術の女神アシャテーの衣装だと聞いているぞ。宝石商が精魂込めて作った髪飾りを納品したらしい」

杖爵たちのそんな会話を聞きながら、いつティナが通るかと回廊を見つめる。

ところが、杖爵たちが集めてきた情報の時間になってもティナは姿を見せず、回廊の向こうが騒がしくなってきた。

なにか変だぞ、と回廊の先の異常に気がついた頃には、杖爵たちの冗談も止まる。

いったい何が起こっているのかと回廊を見つめていると、白銀の騎士を一人連れたアルフレッド叔父上が通り過ぎた。

次に姿を見せた時には、『精霊の座』に籠っているはずの国王陛下も一緒だ。

何人もの護衛を連れた国王の登場に杖爵たちが驚き、各自で情報を集め始める。

回廊の騒ぎが一時的にとはいえ落ち着いた頃になって、杖爵の使用人が一つ情報を拾って戻ってきた。

ティナはメンヒシュミ教会の人間とアルフレッド叔父上の目の前で、忽然と姿を消したらしい。