軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

青い背表紙の本

アンセルムに差し出された青い背表紙の本を見つめ、淑女の笑みを顔に貼り付ける。

これは心のままに感情を表へ出してはいけない代物だと、嫌でも判った。

……絶対アカン。危険毒物&混ぜたらヤバイもん見つけただけ全部。

危険性を伝えたいのか、とにかくタイトルが長い。

これだけ書いてもまだ気がすまなかったのか、最後にもう一言「対処法も書いとくけど、そもそも手を出すな」と書かれていた。

……そんな危険なものを、どうして残したのかな?

本として残さなければ、筆者の死と共に闇へ消えたものを、と考えて、もう一つ気がつく。

こんな危険な本を、なぜアンセルムのような子どもが持っていたのか、と。

……そもそも、最初からおかしいよね?

アンセルムが突然私のことを姉か姪だと誤解して離宮に押しかけてきたというのも不自然だ。

アンセルムは第二王子に吹き込まれたと教えてくれたが、そこを踏まえて考えると、この本自体が第二王子の仕込みという可能性もある。

……つまり、馬鹿正直に読まない方がいいし、第二王子と繋がっている可能性のあるアンセルム王子は早々に追い返すか、フェリシア様にでも預けた方がいいってことかな。

期待に満ちた目で私を見上げてくるアンセルムを騙すのは心苦しいが、私の一存では決めない方がいいと判るので、心を鬼にした。

これも淑女教育の授業である、と気持ちを切り替えて、アンセルムに接する。

「申し訳ございません、アンセルム王子。こちらの本はどこかの国の言葉で書かれているようで、わたくしには読むことができないようです」

期待に応えられず、申し訳ございません、ともう一度謝っておく。

本音としては、読めないのではなく、読むわけにはいかない、だ。

一応の確認をする体を装って、何ページかを声に出さずに読んでみる。

読めないというフリをしているのだから、じっくりと読み込めないのは残念だった。

「クリスティーナでも読めないのですね。父上から、クリスティーナは難しい本を読むことをおしごとにしているので、しごとのじゃまをしてはいけない、と言われていたのですが」

「あら、アンセルム様には、わたくしのお仕事の邪魔をしに来た、という御自覚はあらせられたのですね」

「ち、違います! クリスティーナは難しい本を読むのがしごとだときいたので、これもおしごとだとチャドウィック兄上に教わったのです」

……またチャドウィック兄上ですか。

どうやらアンセルムは、チャドウィックの影響が強いようだ。

これは早めに引き離しておいた方がいいだろう。

仕事の邪魔をしにきたのではない、と慌てるアンセルムは可愛いのだが、これは間違いなくアルフレッドかフェリシアへと報告をしておいた方がいい。

……まだ会ったこともないけど、近頃チラチラ気配がするね、チャドウィック王子。

会ったことがない、と考えて、チラリと頭に引っ掛かる姿がある。

会ったことはないが、見たことぐらいはある気がするのだ。

……いつだっけ? それっぽい人を見かけたことがある気がするんだけど?

アンセルムに強い影響力があるようなのだから、アンセルムの近くで見かけていると思う。

アンセルムに会ったのは、今日と昨年の闘技大会の二回だけである。

一人で乗り込んできたらしい今日はともかくとして、闘技大会にはお付の 子守女中(ナースメイド) の姿があった。

女中(メイド) は女中なので、チャドウィック王子ではない。

では気のせいかと考えて、もう一度だけアンセルムの姿を見たことがあるのを思いだす。

……お妃さまの離宮に呼ばれた時に、チラッとだけ見たね。

あの時のアンセルムは、誰かと一緒にいたはずだ。

金色の髪をした男性で、当時はまだエルヴィスの顔を知らなかったから、彼が第一王子かと思った気がする。

そのあと会ったエルヴィスは別人で、私の関心ももとからなかったため、そのまま忘れていた。

……あれ? あの時って、たしかレオナルドさんが視界を遮ったような……?

アルフレッドから聞いた話によると、第二王子チャドウィックは困った人物どころか、はた迷惑な人間だ。

それを知っていれば、そんな面倒な人物に私の存在など知られたくはないだろう。

日本語を読むことができる私は、愉快犯に面白半分で殺されてしまっては、惜しいなんて存在ではない。

あの時のレオナルドは私の視界を遮ったのではなく、第二王子の視界から私を隠したのだ。

「アンセルム様、この本はどちらで手に入れたものですか?」

「チャドウィック兄上の本棚にありました」

……うん、ビンゴすぎる。

にっこりと笑って青い背表紙の本をアンセルムへと返す。

判りやすく揃い過ぎた要素に、これ以上この本を持っていると危険だということが判った。

……私が難しい本を読むことを仕事にしていると知っていて、私のところへと行くように仕向けたのがチャドウィック王子で、怪しげな本もその王子の本棚から出てきた、と。

これで「怪しむな」と言う方が、無理がある。

レベッカをフェリシアの元へと遣いに出して、アンセルムの相手をしつつ情報を引き出す。

素直なアンセルムは私の意図になどまるで気付かないようで、隠すべき情報もなにもなく、聞かれるままに答えてくれた。

アンセルムによると、チャドウィックの本棚から本を持ってきたというのは、チャドウィックが誕生日の贈り物として、好きな本をあげると言い出してのことらしい。

難しい本もあるが、アンセルムに読めるかどうかと煽られて、まんまと日本語の本を選ぶように誘導されたようだ。

……アンセルム様、私以上に騙されやすいと思うよっ!

こんな素直な子を、愉快犯の近くになど置いていてはいけないと思う。

良くも悪くも、子どもは周囲の大人の影響を受けて育つ。

素直で可愛いアンセルムが、将来的に周囲へと混乱をもたらす愉快犯になってしまっては嫌だ。

聞き出せるだけ情報を聞き出して、まだ迎えが来ないので、とアンセルムに 物語(おはなし) を聞かせてやる。

この世界の物語は私以上に知っているようなので、こっそりと日本の童話を魔改造してみた。

本を読んでくれと持ってきたアンセルムは、魔改造した日本の童話を気に入ってくれたようだ。

それで、それで、と続きを急かしてくるので、私も少々悪乗りしていく。

ここまで素直に信じ込まれると、困った人である第二王子がアンセルムにいろいろと吹き込む気持ちも理解できてしまいそうで怖い。

「クリスティーナお嬢様」

桃太郎が金太郎と手を取り合い、竜宮城へと攫われたかぐや姫(男)を救うべく亀型の 巨人(ロボット) へと乗り込んだところでウルリーカにそっと声をかけられる。

王子(アンセルム) の前だというのに声をかけてきたということは、アンセルムの迎えが来たのかもしれない。

「クリスティーナお嬢様に、お客様です」

「……どなたですか?」

今日は誰とも約束をしていなかったはずだが、と来客の名前を聞いてみる。

アンセルムといい、来客といい、離宮へと訪ねる人間の態度ではないと思う。

「それが、チャドウィック王子がアンセルム王子をお迎えにいらしてくださいまして……」

言葉を濁すということは、ウルリーカも第二王子の素行については知っているのかもしれない。

いかがいたしましょうか、と問われ、アンセルムへと視線を落とす。

アンセルムはすでに物騒なタイトルの書かれた本になど興味はなく、私の魔改造したデタラメな童話に夢中だ。

ただ、どうやらお開きらしいという雰囲気は感じ取ってか、若干泣きそうな顔をしている。

「……アンセルム様、お迎えがいらしてくださいましたよ」

「まだお話は終わっておりません。かぐや姫はぶじにネズミのおむこさんのところへ帰れたのですか?」

結末を聞くまでは帰りたくないと思っているのがよく判る顔で、アンセルムが唇を尖らせた。

楽しませてやろうと適当なアレンジを入れたのだが、完全に裏目に出ている。

魔改造しすぎたせいで日本人なら誰もが一度は聞いたことがあるであろう桃太郎が、すでに収拾がつかない物語へと変化してしまっていた。

「では、こうしましょう。次は作法通りに事前にお約束をしてから、離宮を訪ねてきてください」

続きはその時にお話します、と言って、もう一押し念を押す。

「このお話は、誰にも聞かせてはいけませんよ?」

「なぜですか?」

……きみを操ってるっぽい第二王子が、続きが気になるとか言い始めて、それを理由に離宮に乗り込んできかねないからです。

などとは思っていても言えず、「どうしてもです」とだけ言い含める。

約束を破ったら、私はお話の続きを忘れてしまうかもしれない、と軽く脅かしてもおいたので、素直なアンセルムならば守ってくれることだろう。

「クリスティーナお嬢様」

アンセルムを玄関ホールへと送って行ったはずのウルリーカが戻り、困ったように私の名を呼ぶ。

なにかあったのかと聞けば、第二王子が私を呼んでいるらしい。

「アンセルム様が迷惑をかけたと、直接謝罪をしたいそうです」

「会いたくないから、アンセルム様のお見送りを 侍女(ウルリーカ) に任せたのですけどね」

しかし、これで今回のアンセルムの行動が、チャドウィックの企みによるものであったということが確信できた。

これまでは可能性がある程度の警戒だったのだが、これからは要注意人物として積極的に避けていきたい。

さて、どう追い返そうかと悩んでいると、レベッカの先導でフェリシアが客間から出てきてくれた。

「チャドウィックの相手は 私(わたくし) がします。クリスティーナは部屋へ戻っていなさい」

「はい、ヘンリエタ」

頼もしいフェリシアの登場に、お言葉に甘えて自室となっている夏の部屋へと戻る。

どっと疲れて椅子へ座り、カリーサの淹れてくれたお茶へと手を伸ばすと、ふと視線を感じた。

「……わっ!?」

べったりと窓に張り付いている猫頭の少年ことディートフリートの姿を見つけ、思わず固まってしまう。

よく考えればディートフリートも不審者や侵入者と数えていいはずなのだが、二匹の番犬は完全にディートフリートを無視していた。

自分たちの相手にならないと知っているのだろう。

「なんなんでしょう?」

ディートフリートは、私と目が合ったと悟った瞬間に窓から飛びのき、全速力でいずこかへと走り出す。

先日からチラチラと見かけるようになったといえばディートフリートもだが、こちらはまったく意図がわからなかった。

……まあ、害がないだけいいけどね。

去っていったディートフリートに、改めてお茶を飲んでホッと一息ついていると、無事に第二王子を追い返したらしいフェリシアが顔を出す。

お疲れ様です、とお茶を用意してもらったのだが、フェリシアはお茶を飲むより先に私をその豊かな胸へと抱き込んだ。

「今日のクリスティーナは良い判断をしたわ。よくいつものようにうかつに玄関ホールまでアレを迎えに出なかった、と褒めてあげてよ」

フェリシアは私の頭を抱きしめつつ撫でてくれているのだが、私としては豊かで柔らかすぎる胸が気になってしかたがない。

ぽゆんぽゆんっと頬が両胸から圧迫されて、少し息苦しいぐらいだ。

「第二王子といえば、アルフレッド様からよくないお話を聞いていましたので、警戒させていただきました」

「あら? アルフはちゃんと話していたのね? あとであの子も褒めてあげなくては」

褒めるのは良いと思うが、この褒め方はやめてあげてほしい。

成人男性に、際どい衣装を着た美女の胸の谷間へと顔を埋めて頭を撫でられるだなんて体験は、きっと苦行だ。

女神の美貌を持つフェリシアにそんなことをされれば、実の姉であってもいろいろと思うことがあるだろう。

「アンセルム様は、第二王子に唆されて離宮に来たようです」

忘れないうちにこれだけは報告しなければ、とフェリシアの胸から顔をあげる。

少し距離を取ろうとしたら、そっとフェリシアの拘束が解かれた。

「アレがアンセルムを唆す、とはなんのことかしら?」

「はい。第二王子がアンセルム様に、わたくしのことを姉か姪かもしれない、と吹き込んだそうです」

アンセルムから聞き出した話を、そのままフェリシアへと伝える。

誕生日の贈り物として、本棚から好きな本を持っていっていいと誘われ、日本語の本をとるように誘導し、まんまと選んだ読めない本に、私ならば読めるかもしれないとまで言われたらしい、と。

事前に難しい本を読むのが私の仕事だと 父親(クリストフ) から聞いていたアンセルムはそこで一度仕事の邪魔をしてはいけないと踏みとどまったのだが、家族に会いに行くのに仕事の邪魔もなにもないだろう、と髪と目の色を理由に姉か姪ではないのかと第二王子がアンセルムを唆している。

第二王子がどこから私が日本語を読めるという話を掴んだのかは判らないが、これはもう確実になんらかの悪戯の標的にされているとみて間違いないだろう。

「……あと、アンセルム様の持って来た本なのですが」

少し内容を見た限りでは、タイトルどおりの本だった。

本というよりは、研究資料を本の形に装丁しなおした物と言った方が近い。

中身は手記だった。

そして、手記の筆跡には、私も見覚えがある。

「筆跡からして、聖人ユウタ・ヒラガの物だと思います」

改めて見比べないと断言はできないが、見覚えのある癖字だった。

あの本の作者は、ほぼ間違いなく聖人ユウタ・ヒラガだ。

「そんなものを、どうしてチャドウィックが……」

「それはわたくしには判りませんが、アンセルム様が管理をするのなら取りあげるか、第二王子の手に戻る前に処分した方がいいと思います」

「……聖人ユウタ・ヒラガの本に対してそう言うということは、中身を読んだのね?」

「少しだけですが」

少しだけだが、危険な本だということは充分に判った。

『絶対アカン。危険毒物&混ぜたらヤバイもん見つけただけ全部。』『対処法も書いとくけど、そもそも手を出すな』という、タイトル通りの本だ。

扱いを間違うと毒になってしまう薬の 処方箋(レシピ) 、その毒に対する解毒薬の処方箋、同時に服用してはいけない秘術の組み合わせ、有毒なガスを発生させる水の作り方、偶然に見つけてしまった火薬の作り方など、少し読んだだけでも『手を出すな』と注意される意味がよく判るものが並んでいた。

では、なぜそんな本を残したのかという理由も、ちゃんと記載されている。

自分以外の誰かが偶然に同じ組み合わせを見つけ、暗殺や毒殺といった使い方をした時に、素早くそれに気づき、対処できるようにと願いを込めて書き留めてくれたようだ。

本の内容としては毒物といった有害な物が多いのだが、あの青い本は人を生かす目的で作られている。

間違っても『愉快犯』だなどと表現される人物の手にあっていいものではない。

「……その本については、私たちに任せなさい」

クリスティーナはチャドウィックに近づいてはダメよ、とフェリシアの白い指が私の眉間を撫でる。

どうやら知らないうちに寄っていたらしい。

皺を伸ばすように何度も眉間が撫でられているうちに、少しだけ気分が上向いてきた。

……そうだよね。どれだけ危険な内容が書いてある本でも、私が読まなければ処方箋がもれることだってないんだから、大丈夫だよね?