軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

十二歳の目標『脱・ブラコン』

なんだかんだと忙しくしているうちに春が終わった。

ジークヴァルトの離れでは、ムスタイン薬とグリニッジ疱瘡の予防薬の 処方箋(レシピ) と調薬方法が実作業込みで薬師たちへと伝えられ、バルバラから合格の出た者は各地のセドヴァラ教会へと移動することになっている。

いずれは多くの秘術を復活させる予定だが、今はこの二つだけだ。

クリストフとセドヴァラ教会が[『今必要である』と判断し、復活させた薬なので、今はこれだけでいい。

安全を考えてしばらくは王都プロヴァルでのみ処方箋を伝えていくが、いずれは他の薬のように製法が定着してくれればいいと思っている。

……十二歳の誕生日なーう。

何もしなくとも月日は進む。

毎日遊んでいたつもりはないのだが、私も気が付けば十二歳だ。

……十二歳っていえば小学六年なんだけど、小六の頃の私って、どんな子どもだっけ?

少し考えてみるのだが、何も思いだせない。

個人的な記憶はないのだが、当時の周囲の状況などは漠然と思いだせるのだから不思議だ。

小学六年といえば、早い子は初潮が始まっていた気がする。

恋だなんだと騒ぎ始めるのは、もう少し前だ。

小学生までは『男子なんて子どもで嫌』という価値観だったのだが、中学生になって突然男児から異性を選別する目に変わり、高校生ともなれば完全に発情期だ。

それを考えれば、出会った頃から恋に興味津々だったエルケが普通で、ペトロナの初恋は少し遅いのかもしれない。

好きな人なんてピンと来ないと言っている私は、完全に我が道を行きかけている。

……十二歳の目標は、脱・ブラコン?

物事を前向きに捉えるのなら、レオナルドがルグミラマ砦へ行っていて私の側にいないというのは、良いことかもしれない。

レオナルドが側にいる間はべったりと甘えているので、兄離れも何もあったものではなかった。

……逆に寂しくなってブラコンが悪化してる気がするけどね。

さすがに中学生を目前にしてブラコンはどうかと思うので、意識して改めていこうと思う。

思うだけなら、私にもできるはずだ。

達成できるかは、また別の話である。

……それにしても、一年も王都にいることになるとは思わなかったな。

昨年の誕生日にグルノールの街を出たので、まる一年グルノールの街へは帰っていない。

ひと月ほど馬車で移動していたため、王都に来て一年にはなっていないが、春にアドルトルの卵の入手に失敗しているので、少なくとも来年の春までは王都にいることが確定している。

アルフレッドたちは私を国境から遠ざけたかったそうなので、彼らにとっては都合がよかったのかもしれないが、私としてはこのまま王都に定住させられそうで落ち着かない。

離宮の暮らしに不満があるわけではないが、気持ち的にグルノールの館の方がゆったりできるのだ。

塗板(こくばん) に今後の予定と『脱・ブラコン』と目標を何気なく書いてみる。

ブラコンという言葉はエラース語にはないので、そこだけカタカナだ。

英語でブラザー・コンプレックスと書いてもいいのだが、やはりそこだけ言葉を変えるのなら日本語でも問題はないだろう。

なにより、カタカナで『ブラコン』と書いた方が、少しだけ症状が軽く感じるのだ。

……気休めだけどね。

私のブラコンはすでに重症の部類に片足を突っ込んでいるという自覚がある。

英語で書こうが、カタカナ四文字で書こうが、あまり意味はない。

「クリスティーナお嬢様、アルフレッド王子がお越しです」

「アルフレッド様がですか?」

はて、今日は午前中のうちから離宮に来る予定などなかったはずだが、と記憶を探るのだが、やはりそれらしい記憶はない。

となれば、アルフレッドの来訪は本当に突然だったのだろう。

そして、用件もいつもの私のご機嫌伺いとも違ったようだ。

普段はそのまま部屋へと通されてくるアルフレッドが、今日は応接室で待っているとソラナが言う。

これは本当に珍しいことだ。

「十二歳の誕生日おめでとう、クリスティーナ」

「ありがとうございます、アルフレッド様」

扉を開けて応接室へとはいった私に、アルフレッドは涼やかな笑みを浮かべて誕生日を祝ってくれる。

それはたしかに嬉しいのだが、私の視線はアルフレッドを通り過ぎて背後に立つ従者へと吸い込まれた。

アルフレッドが従者を連れているのは珍しいことではないが、二日おきぐらいに顔を出してくれるアルフレッドの従者とはほぼ顔見知りになっている。

その中で、初めて見る顔の従者が今日はいた。

そして、私の目が引き付けられるのは、従者の顔が初めて見るものだからではない。

「……アルフレッド様、後ろの方は?」

「名はヴァルドと言う」

「ヴァルド……」

少しそのまま過ぎませんか、と突っ込んだら笑顔で頬を抓られた。

ヴァルドの本名については、うっかりでも洩らしてはいけない物らしい。

「本当に生きていたので……痛いれす」

「おしゃべりな口だな、クリスティーナ」

放されたばかりの頬を再び抓られて、アルフレッドの手を払って距離をとる。

これ以上うっかりで痛い思いはしたくない。

……まあ、死んだはずの王子さまが生きているとか、いろいろまずそうだしね。

アルフレッドに抓られた頬を撫でながら、後ろで素知らぬ顔をして控えるヴァルドことランヴァルドへと視線を向ける。

ほんの一時離宮ではレオナルドの双子説が流れたが、こうして近くで見るとそれほど似ていない。

レオナルドと親しくない人間が、遠目に見れば背格好からレオナルドと見間違えるか、といったぐらいだ。

つまり、多くの場合はランヴァルドとレオナルドを見間違える。

見分けられるのは親しい友人・知人や家族ぐらいだろう。

……あと、レオナルドさんよりそこそこ年上だよね?

前髪をあげたレオナルドは年より老けて見えるので、実年齢は見た目よりも若い。

そしてランヴァルドは老けて見えるレオナルドに似ているので、三十代だと思われる。

少し歳の離れた兄弟、といった雰囲気だ。

「それで、だ。話は最初に戻るのだが……クリスティーナの誕生日の贈り物に、このヴァルドをやろう」

「要りません。持って帰ってください」

なんですか、その判りやすい厄介者は、と胡散臭いものを見る目でアルフレッドを見上げる。

本名を口に出すことも憚られ、生存を確認するだけでも頬を抓られるような厄介者だ。

どう考えても面倒ごとの予感しかしない。

「……クリストフ国王陛下からのお願いだ。しばらく預かってください」

「最初からそう言えばいいのです」

『やる』と『しばらく預かる』の間には、大きな隔たりがある。

前者ではいつまで厄介ごとを抱え込む必要があるのか判らないが、後者は『しばらく』という一応の時間制限があった。

アルフレッドにもクリストフにも世話になっているという自覚はあるので、手伝える範囲であれば私だって手を貸したい。

「ところで、なぜわたくしが預かる必要があるのですか?」

「夏に向けてグーモンスから王都に出てくる方がいるのだが……」

「親……、いえ、対面させてはいけないのですか?」

親子ではないか、と言いそうになり、言葉を飲み込む。

名前がダメならば、親子という血縁関係を匂わす言葉も頬を抓られる対象だろう。

「私としては、対面させても良いと思うのだが……」

「縁を切って野に下ったというのに、のうのうと王城にいるのが見つかったら、今度こそ殺されるな」

「のうのうと離宮を使っていたみたいではありませんか」

すでに猫を被るのはやめたのか、従者の振りをしていたランヴァルドは姿勢を崩す。

ドカッとアルフレッドの隣へ腰を下ろすと、なんとも偉そうに腕を組んだ。

とてもではないが、『しばらくエセルバートの目から逃れるために匿ってほしい』と言っている側の態度とは思えない。

……でも、怒れないよ。この自信たっぷりな仕草……お仕事モードのレオナルドさんに似てるんだよっ!

ちょっとカッコイイ、とチラリとでも考えてしまった私は、本気でブラコンを卒業しなければならないだろう。

このままではレオナルドより強い旦那様を探すどころか、本気でお兄ちゃんのお嫁さんになりたい、とか言い出しかねない気がする。

「そう頻繁に離宮へ来ていたわけではないぞ。今回は本当に、必要があって仕方なく……」

「今回はともかく、前回がある以上、何度も王城に戻ってきていますよね」

「……アルフ、これはどこの娘だ? こんなに警戒心の強い頑固者は、うちの家系にはいないだろう」

ランヴァルドはアルフレッドを『アルフ』と呼んでいるらしい。

アルフとアルフレッドは顔が似ているので、『アルフ』と親しげに呼ばれると、うっかりレオナルドがそこにいるように錯覚してしまう。

……老けたレオモドキ。老けたレオモドキ。レオナルドさんじゃないよ、これはランヴァルド様。

それていく私の思考を引き戻したのは、アルフレッドの言葉だ。

ただし、あまり歓迎したい言葉ではない。

「クリスティーナの祖父は英雄ベルトランです。その妻は貴方の 又従姉妹(はとこ) ですので……間違いなくうちの家系ですよ」

王族の特徴もはっきり出ている、と思いもしなかった言葉まで出てきて瞬く。

この国の王族の特徴といえば、偏愛傾向だ。

なにかにひたすら偏った愛を注ぐ、と考えて、思い当たるものが確かにあった。

「わ、わたくしはただのブラコンです。王族の特徴なんて出ていませんよ」

恐ろしいことを言わないでください、と睨んだのだが、二人には『ブラコン』という言葉がまず通じなかった。

ブラザー・コンプレックスの略であると教えたところ、英語は貴族の必須科目と聞いていたように二人はすぐに『ブラコン』を理解し、やはりうちの家系だな、と納得されてしまう。

……そこで納得しないでくださいっ!

うんうんと頷き始めたアルフレッドとランヴァルドを、これがレオナルドならば足を蹴っているところなのに、と恨みがましく見つめる。

たとえ相手がレオナルドだとしても、テーブルを挟んで座っているので、すぐに足を蹴ることは不可能だ。

「それで、ヴァルド様はどんな必要があって不法侵入をしていたのですか?」

「ヴァルドで良い。 離宮(ここ) へは従者として滞在するからな。人探しの伝手を求めて、知人の多い王城に来た」

知人という言葉にアルフレッドが連れた白銀の騎士が僅かに反応を見せる。

どうやら彼らがランヴァルドの言う『知人』なのだろう。

アルフレッドの護衛としてはよくは見かけない顔なので、もしかしたらランヴァルドの護衛なのかもしれない。

……もしくは、またフラッといなくならないようにクリストフ様が付けた見張りとか?

護衛か見張りかと考えて、両方の可能性もあるな、と気がつく。

王族につける護衛と、また姿を隠さないようにと見張らせているのだろう。

……仲のいい兄弟だった、ってどこかで聞いた気がするしね?

お化けでも嬉しいとクリストフは言っていた。

それが、お化けどころか本当に生きていたのだ。

また黙っていなくならないよう、見張りぐらい付けても誰も反対はしないはずだ。

そもそもが、死んだ振りをして出奔したランヴァルドの方が悪い。

「伝手でお目当ての人は見つかりそうですか?」

「難しいな。単純な人手が必要なものと、書類を確認する必要がある」

人手は王城に戻らなくとも用意できたが、書類の確認は王城などに勤めている身分ある人間が必要だったらしい。

身分にものを言わせて、一般には公開されていない書類を覗き見るつもりだったようだ。

「……そのような間者のようなお客様は預かりたくないのですが」

なにか厄介ごとに巻き込まれそうで嫌だ。

そう至極真っ当な主張をすると、アルフレッドは判りやすく話題を変えてきた。

すでに従者の皮なんてものは脱ぎ捨てているランヴァルドを無視し、アルフレッドの侍女に向って合図を送る。

合図を受け取った侍女は、静々と前に出てきてジゼルへと小箱を渡す。

小箱の中身を確認したジゼルは、今度はその箱を私の目の前へと置いた。

「クリストフ国王陛下より預かってきた、クリスティーナへの誕生日の贈り物だ」

「これは……カメオ、でしたか? すごく綺麗」

小箱を開くと、一見シンプルな金のペンダントが入っていた。

シンプルなのは、本当に一見だ。

ペンダントトップの側面には筋が入っていて、爪を引っ掛けて開くことができる。

いわゆるロケットペンダントかと思ったのだが、開いた中にあったものは写真や肖像画を入れる窪みではなく、人の横顔が掘り込まれたカメオだ。

恐ろしく精緻な彫刻で、レオナルドの横顔が描かれている。

「……でも、なぜレオナルドお兄様の顔が彫られているのでしょうか」

「まあ、それがあれば当分寂しくはないだろう、という国王陛下からの気遣い……だな」

「ペンダントに兄の横顔を潜ませておくほど、レオナルドお兄様に依存していませんよ」

むしろ本物が一番です、とラガレットの街ではレオナルドの 素描(デッサン) を懐にしまっていたことを棚に上げて澄ました顔を作る。

彫刻としての出来が素晴らしく良い物なので、良い物を頂いたという意味で嬉しいのだ。

兄の顔が刻まれているからと喜んでいるのではない。

「そうは言っても、さっそく懐にしまうのではないか」

「頂き物ですからね。さっそく身に付けさせていただきます」

いそいそとペンダントをつけようとしたら、ソラナが手伝ってくれた。

自分の胸元へと下りてきたペンダントトップに、そっと蓋を開いて中のレオナルドを見る。

「……実はもう一つ預かっているのだが」

「なんですか?」

侍女の手からジゼルの手へと渡り、一応の安全確認がされて、私の前へと小箱が置かれる。

もう一つの箱を開けると、中には金のペンダントが入っていた。

……あれ? 同じもの?

やはり側面に溝のあるペンダントトップに、不思議に思いつつも蓋を開く。

てっきり同じペンダントかと思っていたのだが、こちらのペンダントトップに描かれた彫刻は私の顔だ。

子どもらしい丸みを帯びた頬が可愛らしい。

「えっと、……これは?」

「レオナルドへでも送れば喜ぶのではないか?」

自分の顔が描かれたペンダントトップに困惑していると、アルフレッドが教えてくれた。

おそらくは、これはもともとセットで私とレオナルドへと贈られるものだったのだろう。

私とレオナルドの誕生日は、ほんの半月ほどしか離れていない。

二人一緒に贈り物を用意するのは、いい機会といえるだろう。

……普通はただの臣下でしかないレオナルドさんに、国王様が誕生日の贈り物なんてできるわけがないもんね。

私へのご褒美としての贈り物を隠れ蓑に、レオナルドへと誕生日の贈り物を用意したのだろう。

クリストフは大のレオナルド贔屓だ。

……たぶん、それもランヴァルド様がらみだと思うけどね。

遠目に見ればランヴァルドとレオナルドは似ている。

病死したということになっていたランヴァルドを、クリストフはレオナルドを遠くから眺めることで思いだしていたのかもしれない。

……とりあえず、レオナルドさんへは手紙と一緒に送ってみようかな?