軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

閑話:アルフ視点 砦の留守番 2

砦の主が帰還したため、 統轄(とうかつ) がレオナルドに戻る。

引継ぎが終わると休暇代わりに一晩たっぷり睡眠をとり、ようやく本来の仕事に戻ることができた。

これは個人の 性質(せいしつ) だと思うのだが、自分には隊を率いるという仕事は向いていない。

どちらかと言うと、隊を率いる長の補佐をする方が向いていると思う。

小利口で小回りの利く自分は、その分他者に警戒されることもある。

信頼を得て相手の 懐(ふところ) に入り込むことが苦手なのだ。

しかし、レオナルドは違う。

賢しい知恵など使わず、常に正面突破で相手の懐へと飛び込んでいく。

多少暑苦しくはあるのだが、鬼や蛇しかいない環境で育った自分には、とても新鮮な人物だった。

今では谷の賢女の次ぐらいに信頼する友人でもある。

全体の指揮をレオナルドが取るようになり、情報の整理に集中できるようになった。

町や村への感染状況、商人の販路など様々な情報を集め、一つに纏め上げる。

雑多な情報の中に一つ、気になるモノが紛れ込んでいた。

南東の町で旅の商人が病に倒れ、そのまま宿を取りつつ闘病生活を送ったが、ついには死んだというものだった。

「……商人の遺体には 疱瘡(ほうそう) があり、体中を掻き毟った 痕(あと) もあり、と」

伝染病の症例とも一致する。

調査をしなければ断言はできないが、おそらくはこの商人が感染源を運んでいた者だろう。

「問題は死んだあとだな」

報告書によると、商人の遺体と商品の処理に困った宿の主人に、別の商人が商談を持ちかけたらしい。

商人の残した商品を買い取ることで、自分が葬式代を出してやろう、と。

宿の客とはいえ、長い闘病生活の果てに客室で死んでしまった者に、宿の主が埋葬の世話などしてやる義理はない。

死んだ商人の荷物を売って、その死んだ商人を埋葬することになるのなら、理にかなうだろうと宿の主も納得してしまった。

そうして本来ならばそこで止まったはずの感染源が、再び王都へと向かって移動を開始したのである。

病死した商人の荷物を宿の主から買った商人を探していると、街道で旅人と思われる男の遺体が見つかった。

刃物による傷跡から最初は商人とは関係のない旅人が山賊にでも襲われたのだろう、と思われていたのだが、探している商人と特徴が一致した。

荷馬車や馬が残っていないところを見るに、山賊に馬ごと荷物を奪われ、自身は殺されたのだろう。

……今度は山賊探しか。

移動先が人家の密集している町や村でなくなっただけマシと思うべきだろうか。

それとも捜索範囲が街道から周囲の山や森に広がった、と嘆くべきだろうか。

……死ぬほど忙しいのに、レオナルドがティナティナうるさい。

基本的には剣を振るしか能の無い男である。

それでも持ってしまった自分の責任を果たそうと真摯に仕事に向き合い、苦手な書類仕事も精力的に 行(おこな) ってはいた。

これまでは愚痴を吐くことはあっても仕事を放りだすことは無かったのだが、今は愚痴の代わりに 妹(ティナ) 自慢が出てくる。

一応仕事はしているので文句は言えないのだが、もう少し落ち着けないものだろうか。

他人の『うちの子自慢』ほど聞かされて退屈なものはない。

……まあ、長いこと天涯孤独だったから、突然できた妹に浮かれるのも解らないではないが。

どこぞの馬鹿女のせいで、レオナルドは結婚に消極的になってしまった。

普通ならば結婚して妻に自分の血を引く子どもを産んでもらうことで家族は増えていくものだが、それをレオナルドが望めるようになるのは失恋の痛手が癒えた頃だろう。

レオナルドは未だに自分を捨てた女が忘れられないようで、別の相手を探す気になるとしても早くて数年後だ。

そんなレオナルドの前に現れた 妹(・) である。

しかも、外見は文句のつけようがない程に可愛らしく、両親に躾けられたのか行儀も良い。少々舌っ足らずな喋り方も、幼女がしている分には愛らしく保護欲をそそる。

突然できた可愛らしい妹に浮かれるな、と言う方が無理かもしれない。

「……オレリアと二人だけで寂しくないだろうか」

書類を睨みつけながらも心は谷にいるらしいレオナルドに、つい嫌味を言ってやりたくなった。

「ウザイ兄貴がいなくなって清々してるんじゃないか?」

レオナルドにこの調子で構われまくったのなら、今頃ティナは清々と手足を伸ばしている頃であろう。

何をするにもティナ、ティナと手を出されては、若干どころではなく息苦しい。

半月ほど一緒に暮らしたとはいえ、まだほとんど他人のようなものだ。

幼いティナにはどれほど大切にされようとも、家族として気を緩めることなど難しいだろう。

むしろ、レオナルドが構いすぎたせいで忙しく、両親を失った心の整理等が全く付いていない可能性すらある。

「ウザくないぞ。ちゃんとティナの自主性に任せて、一緒には寝ていたが、風呂は別だったし……」

「……風呂に、一緒に入ろうとしたのか?」

聞き間違いかと思って聞いてみたのだが、レオナルドはこともなげにこれを認めた。

一緒に風呂に入ろうとして、ティナに嫌がられた、と。

「おまえ、絶対嫌われているぞ。八歳とはいえ女の子だろ? 赤の他人と一緒に風呂なんて入りたがるわけがない」

「他人は他人だが、俺たちは名付け親を通して 兄妹(きょうだい) ……」

「血の繋がった兄妹だったとしても、昨日今日あったばかりのオッサンと風呂に入れる幼女なんていないぞ」

女児は男児よりも精神的な成長が早い。

幼くとも男女の差には気が付いているものだ。

たとえ男の方に下心などないと理解していても、嫌なものは嫌だろう。

レオナルドも嫌われているということに思い当たるものがあったのか、書類から視線を逸らしてしばし考え込む。

やがて何か思いだしたのか、眉間に皺が刻まれた。

「……オレリアとちょっと口論になった時、何を言っていたかなんて判らないはずなのにティナがオレリアの肩を持ったことがある」

「オレリアの味方をしたのか。ティナは人を見る目があるな」

自分の中でティナは『可愛らしい幼女』『レオナルドの妹分』という印象でしかなかったが、オレリアの味方をした、という情報は実に興味深い。

恩人オレリアの味方であるのなら、自分にとっても保護対象だ。

彼女の養育に対してレオナルドの足りないところぐらいは補っても良いか、と思えた。

……とりあえず、この暴走しつつある兄馬鹿をなんとかしよう。 男児(じぶん) と同じように育てるのは絶対に不味い。

ティナに嫌われている可能性を指摘したところ、ちょうど谷へ荷物を運ぶことになったローレンツに彼女へのお土産を持たせることにしたようだ。

またなにか頓珍漢なことをしなければ良いが……と確認したら、妹馬鹿を発病中のレオナルドにしては普通の贈り物だった。

……ユルゲンが飴玉を持ってきたところティナが大層喜んでいたから、ってそれ二番煎じって奴だろ。

内心でそう突っ込んだのだが、ティナには意外にも好評だったらしい。

ティナの反応を身振りも交えて語るローレンツが「ローレンツしゃん、好き」と抱きつかれた話をしたところ、飴を贈ったのは自分なのに、とレオナルドが拗ねて面倒くさいことになった。

……ローレンツも幼女に好かれて嬉しかったんだろうな。普段は 強面(こわもて) な顔のせいで女性から逃げられるし、子どもにも泣かれているからな。

あちらこちらで「団長の妹、超可愛い」と自慢しまくったおかげで、ひと目可愛い幼女を見ようと谷への荷運びを希望する者が増えた。

厳正なるくじ引きで見事荷運び権を手に入れた者は、いそいそと飴玉を買い込んで出かけていく。

……ティナは虫歯の心配をした方がいいんじゃないかな?

荷物を運んだ者が戻ってくるたびに、噂のレオナルドの妹がどんなに愛らしく飴を喜んでいたかが砦内で噂される。

騎士たちは単純に喜んでいるようだが、飴玉ばかり贈られ続けるティナはどうなのだろうか。

本当に喜んでいるのだろうか。

……毎回律儀に喜んで見せてはいるみたいなんだよな、ティナ。

話を聞く限り、ティナの喜び方にはいくつかのパターンがある。

定型があるとでも言うのか、何味の飴であっても平等に喜んでいるようだった。

平等に喜ぶということは、裏を返せば特別嬉しい物はない、とも受け取れる。

……群がるオッサン共に、幼女が気を使って喜んだふりをしているだけに聞こえるのは、私だけなのか……?

そんな場合ではないはずなのだが、本気でティナの虫歯が心配になってくると、谷から戻ってくる騎士たちの自慢話に焦れたらしいレオナルドがティナを迎えに行きたいと言い始めた。

「今連れてきても、館に放置することになるぞ。ティナ一人に構っている暇なんてないだろう」

まだまだ伝染病が終息する気配はないし、効果的な薬もない。

そんな状況でティナを呼び寄せたところで、家に閉じ込めておくことしかできないのだ。

どこまで養育するつもりかは知らないが――レオナルドは養育の範囲すら考えてはいない可能性がある――メンヒシュミ教会へ行かせるにしても、家庭教師を雇うにしても、準備は必要だった。

そもそも生活をするだけでも、ティナは身の回りの物全てが新しく必要になる。

にもかかわらず、レオナルドにはそれを揃えてやる為の時間がない。

人を使って集めさせることもできるが、その『人』に指示を出す時間すら惜しいのだ。

オレリアの元から呼び寄せたところで、ティナを着の身着のまま家に閉じ込めておくことしかできない。

「館ではなく砦に連れてくれば……。ティナはおとなしくて聞き分けもいいから、仕事の邪魔になるようなことは……」

「却下。色々と問題外だが、まず隔離中とはいえ伝染病を抱えた砦に幼い子どもを呼び寄せようだなど、何を考えているんだ、この馬鹿」

確認の終わった請求書を丸め、寝ぼけたことばかりを言う上官の軽い頭を叩く。

上官とはいえ、むしろ上官だからこそ、公私の区別は付けさせねばならない。

「……ティナは伝染病の蔓延した村で暮らしていたが、病に感染していなかった。その生活態度を観察し、取り入れれば感染予防の一助になると思うのだが――」

「おまえに建て前を用意する、という知恵があることに驚いた」

ほとんど武力のみで現在の地位を手に入れた男だ。

最低限の書類仕事はこなせるが、悪知恵を働かせるということができない男でもある。

そんなレオナルドが、無い知恵をしぼってティナを呼び寄せる口実を作ろうとしていた。

……妹なんて、そんな良い物じゃないぞ。

レオナルドとティナは血が繋がらないぶんだけお互いに遠慮があり、一般家庭の兄妹よりは良好な関係が築けるかもしれないが。

実際に血の繋がった妹をもつ兄としては、レオナルドがここまで突然できた妹に 拘(こだわ) るのが理解できない。

「まあ、どんな口実を用意したとこで、現状あの子を呼び寄せるのは反対だ。だいたい、呼ぶにしろ、迎えに行くにしろ、動かせる暇な騎士など……」

「おまえもしばらく休暇を取っていなかっただろう。三日やるからオレリア殿の家へ……」

「六日だ」

無理。お断りだ。却下する。

拒絶の言葉を用意していたのだが、オレリアの名前に口から出た言葉は提示された休暇の延長だった。

昔大きな恩を受けたオレリアは、用が無ければ様子を見に行ける相手ではない。が、そろそろ老齢の域に達しているため、健康状態が気になった。

直接様子を見に行ける機会があるのなら、多少の無茶ぐらいはなんとでもしてみせる。

「私だけなら三日で戻れるが、ティナを乗せては無理だ。振り落とす」

レオナルドに上手く乗せられた形になったのは、少々面白くないが。

久しぶりにオレリアの様子を直接見られる、と馬を飛ばしてワイヤック谷に入れば、信じられないものを見ることになった。

ティナを迎えに来た旨を伝え、脇屋から彼女の着替えを取って戻ったところ、人間嫌いで有名なオレリアがティナの髪の毛を丁寧に編みこんでいたのだ。

二人の姿が仲の良い祖母と孫娘にも見えて、そのまま砦へ帰りたくなった。

オレリアがティナを可愛がっているのはひと目でわかったし、ティナもオレリアを慕っているように見える。

自分はそんな二人を引き裂きに来たのだ。

レオナルドが妹を手元において構いたいがためだけに。

……オレリアが珍しく気を許しているみたいだし、ティナは意外としっかりしてるし、ティナはこのままここにいてくれた方が私も安心できるんだが。

ティナならば、オレリアに何か変事があれば黒騎士に連絡をすることもできる。

老齢のオレリアが一人で暮らすよりは、よほど安心できた。

……オレリアが英語以外で会話をするってことは、ティナを気に入ってる証拠だよな。

ティナは『おそらくはもうオレリアに会えない』と聞くと、自分の飴玉を全部オレリアにあげると言いはじめた。

子どもがお菓子を全てあげても良いと思えるぐらいに、ティナはオレリアを慕っているらしい。

これだけ慕われれば、人間嫌いのオレリアもさすがに 絆(ほだ) されるだろう。

……オレリアのためにティナを連れて帰りたくない。

気が進まないのだが、ティナを馬の背にのせて帰路につく。

ティナを落とさないよう膝に載せると、所在なさ気に髪のリボンが揺れていた。

こういった物を見たことは無かったのだろう。

ティナはまったく価値を理解していなかったようだが、上質の絹糸と宝石がちりばめられたレースのリボンだ。

幼女が身につけるには高価すぎて恐ろしい。

こんなものを身につけていたら、おいそれと外は歩かせられない。

……オレリアのレースか。

オレリアは幼い頃にセドヴァラ教会へ売られ、谷で先代の賢女に薬術を叩き込まれて薬を作るようになり、ほとんど谷から出なくなった。

そのため、これを知っている人間は極少数しかいない。

オレリアのレース作りの技術は素晴らしい。

凄く複雑で、 精緻(せいち) で、優美で、真似できる者がおらず、似た技術を持つ者も、今のところ知られてはいない。

英語が話せる程度のハズレ転生者、というのはセドヴァラ教会がオレリアに下した評価だった。が、セドヴァラ教会に売られさえしなければ、オレリアはレース作りの職人として名を馳せ、新しい商品としてこの国を潤していたかもしれない。

……本当に、転生者は何をもたらすか判らないな。

判るのは、オレリアのように幼いうちから飼い殺しにするのではなく、自由にさせておいて自ら頭角を現すのを待った方が良い、ということぐらいだ。

……うん? この柄は?

ゆらゆらと目の前で揺れるリボンを見つめ、その柄に見覚えがあることに気がつく。

どこで見たかと考えれば、自分の母親が持っていたレースのハンカチ以外にはないだろう。

自分が知る限り、ティナと母だけがオレリアからレースを譲られた人間だ。

……母と同じ柄のレースのリボン、か。コレは怖いお守りだ。

簡単に言うと、ティナに何かあればオレリアの勘気に触れる、という意思表示である。

深読みをするのなら、アルフの実家も黙ってはいないぞ、と勝手に自分の実家がティナの後見に名乗りをあげていた。

セドヴァラ教会のトップと、一応は貴族という立場にある実家の睨みである。

これは怖い。怖すぎる。

怖すぎるのだが。

……まあ、オレリアがそう望むのなら、いいか。

オレリアには命を救われた。

彼女自身に恩を返す機会は少なそうだから、代わりにティナを守るのも良いかもしれない。

オレリアには返しきれない恩があるのだ。

少しずつでも返していきたい。