軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

お土産

レベッカに髪を結われることに違和感が消えた頃、商人が 炬燵(コタツ) と炬燵布団を納品にやってきた。

炬燵の方は注文通りなのだが、炬燵布団はすでに私の思う炬燵布団とは別物だ。

誰かが言っていたように、テーブルクロスならぬテーブルドレスと言った方がしっくりくる外見に仕上がっている。

……意外に早かったね。

初めての注文になるはずなので、もう少してこずるかと思っていたのだが、ひと月もかかっていない。

大きな物とはいえ、炬燵はほぼただのテーブルなので、それほど難しくはなかったのだろう。

……炬燵布団は、ホントに『布団』って気がしないね。もう、炬燵カバーか炬燵ドレスって呼ぼう。

布団と呼ぶには違和感がありすぎて、脳内でどうしても違和感が生まれる。

これは「こういうものなのだ」「炬燵布団として用いるが、違う呼び名のものである」と自分に言い聞かせることにした。

字面と実際の見た目に差がありすぎるのだ。

「良い出来ですね」

「は。お嬢様にご満足いただけましたようで、職人たちも喜ぶことでしょう」

私の代わりに商人と直接やり取りをしているのはレベッカだ。

忠爵と功爵の間に明確な力関係はないが、忠爵の方が長く爵位が続いているということで、優位性が必要な場面では忠爵が上にくる。

ありていに言えば、ヴァレーリエの仕事をレベッカが引継ぎ、それまでの仕事はウルリーカとスティーナが分担することになった。

二人の手が足りない場合には、 女中(メイド) としてヘルミーネがさらに手を貸している。

……内側にポケットが付いてる。

炬燵カバーの三枚重ねられた真ん中の布を探ると、注文書には書いていなかったポケットが追加されていた。

手探りにサイズを確認していると、レベッカを通じて商人がポケットの説明をしてくれる。

「炬燵の中に湯たんぽを入れて使う、とおっしゃられていましたので、小さな湯たんぽや 温石(おんじゃく) を入れられるようにポケットを追加いたしました。内側に付けてありますので、外からは見えません」

「良い案だと思います。ありがとう」

とにかく『炬燵』と考えていたため、炬燵布団の側にポケットを作って湯たんぽを入れるだなんて考えもしなかった。

私の頭の中には炬燵そのものがあったのだが、商人の頭の中には冬を暖かく過ごすためという目的の方が残ったのだろう。

温かく過ごすための工夫として、私には思いつかなかった機能を追加してくれていた。

思いも寄らなかった補助機能に喜んで炬燵カバーを撫でていると、一度はホッとした雰囲気になった商人が少しだけ声を固くする。

何か言い難い報告でもあるのだろう。

そう気が付いてみれば、注文した商品は四つだったが、ここにあるのは炬燵と炬燵 布団(カバー) の二つだけだ。

一緒に注文した座椅子がないことを思えば、座椅子カバーが見当たらない理由は判る。

「お嬢様からいただいた課題の、座面が回転する椅子のことなのですが、実は少々難航しておりまして。今しばらくお時間をいただけましたらとお願いに参った次第です」

「炬燵としては冬に使いたいので、秋の後月ぐらいまでかかっても構いません」

急がなくてもいいので、良い物を作ってください、と激励をして、製作中の設計図を見せてもらった。

……さすがにまだ暑いね。

月が替わって秋の中月になったため、気温は下がって肌寒くもあるのだが、冬服を着るにはまだ早すぎる。

それも、神王祭の仮装ともなれば、使われる布の量は普通の冬服以上に多かった。

…… 梟(ふくろう) の仮装は、毛皮も多いモフモフだしね。

フェリシアの注文で作られることとなった梟の仮装は、多くの部分へと毛皮が使われている。

衣装の仮縫いに呼ばれたのだが、うっすらと汗ばんできてしまった。

……でも、我慢がまん。動きやすい被り物に仕上げてもらえば、冬の間ずっと着ていられるしね。

冬の間はまた精霊に攫われないように、と動物の仮装をしている必要があったし、聖人ユウタ・ヒラガの研究資料が届けば火気厳禁の場所で研究資料を読み込むことになる。

冬をできるだけ温かく過ごすための準備なのだから、今少し暑いぐらいは我慢するしかなかった。

「あら、本当?」

いつもは落ち着いた響きを持つフェリシアの声が、わずかに華やぐ。

仮縫いの場へとあとからやって来たフェリシアの侍女が運んできた話は、フェリシアを喜ばせるものだったようだ。

いったいなんだろう、と気になってそちらへと視線をやると、目の合ったフェリシアが嬉しそうに微笑む。

離宮(ここ) へは仕事できているはずの仕立屋たちも、その微笑を視界に捉えた途端に作業の手が止まってしまった。

「アルフが王都に戻ったそうよ。帰還の挨拶を父上にされたら、こちらにも顔を出すでしょう」

「アルフさんが、ですか?」

あれ? と首を捻り、ややあってから思いだす。

フェリシアはアルフレッドを『アルフ』と、クリストフはアルフも『アルフレッド』と呼ぶ。

一瞬グルノール砦で副団長をしているアルフの方を思い浮かべてしまったが、『帰還』と言っていることを考えても、フェリシアの言っている『アルフ』とはアルフレッドのことであろう。

王都へと帰還したのなら、聖人ユウタ・ヒラガの研究資料を持ってすぐにでも離宮に来てくれるかと思っていたのだが、アルフレッドが離宮に顔を出したのはそれから一週間後だった。

毎日のように玄関ホールでアルフレッドが来るのを待っていたら、まずは王都を離れていた間に溜まっている仕事を片付けてからになるはずである、とナディーンが教えてくれる。

愉快な王子さまという印象が強いアルフレッドだったが、この国の王族は公私をきっちりと分けるタイプばかりだ。

仕事を優先するはずだ、と言われてしまえば、確かにと納得ができた。

「おかえりなさい、アルフレッド様」

白銀の鎧に身を包む騎士たちに周囲を固められた馬車の姿を認め、離宮へと馬車が到着すると同時に玄関から飛び出す。

てっきりアルフレッドだけが来るのだと思っていたのだが、アルフレッドの乗った白い馬車の他に、装飾のない黒い馬車が停車していた。

なんだろう? と視線を背後の馬車へ向けると、白い馬車から降りてきたアルフレッドに頬を抓られる。

「おまえは、迎えに出ておいて客人より 土産(みやげ) に気を取られるとは、失礼にもほどがあるぞ」

「ごめんにゃしゃい……」

軽く抓られた頬を押さえ、素直に失礼を詫びる。

確かに、おかえりなさいと言って飛び出しておきながら、お土産に釘付けというのはお行儀がよろしくない。

……うん?

「お土産、ですか?」

たしかグルノールの街へは聖人ユウタ・ヒラガの研究資料を取りに行ってもらっていたはずなのだが、お土産をもらうような用事だったのだろうか。

私の感覚としては、家に忘れた宿題を取りに行ってもらったようなものなので、お遣いをしてもらった人からお土産まで貰うというのは、貰いすぎな気がして気が引ける。

「土産というよりは、後ろの馬車はおまえの秋冬の服だな。グルノールの 使用人(ブラウニー) からアルフ経由で頼まれた」

…… 他人(ひと) のこと言えないけど、王子さまパシらせるとか、我が家の 妖精(ブラウニー) すごいね。

それで本当に大丈夫なのだろうか、と恐々とアルフレッドを見上げると、アルフレッドはアルフレッドで「アルフに頼まれたら嫌とは言えない」とまんざらでもなさそうだ。

双方に利があったようなので、これは私が口を挟む問題ではないのだろう。

……アルフ様々だね。

土産という名の秋冬ものの服の運び入れをウルリーカに任せると、ウルリーカは男性の使用人を呼びに離宮の中へと戻る。

先に私たちが離宮に入らなければ使用人たちの作業ができない、とアルフレッドを促そうとしたら、アルフレッドは自分の乗ってきた白い馬車を振り返っていた。

「アルフレッド様? 忘れ物ですか?」

「忘れ物というか、こちらはアルフからの土産だ」

「アルフさんから?」

なんだろう、と首を傾げながら白い馬車へと視線を向ける。

私の関心が馬車に移ったと確認すると、アルフレッドは「来い」と馬車に向って指示を出した。

僅かに爪が床を引っ掻く音がしたと思ったら、馬車の中から黒い犬が降りてくる。

アルフレッドに呼ばれて馬車から降りてきた黒い塊に、私のテンションはうなぎ登りだ。

「コクまろ! コクまろですっ!!」

私の感覚としては黒い柴犬に見えるのだが、コクまろの犬種はアビソルクと言うらしい。

真っ黒な毛並みと特徴的だった白い 麻呂(まろ) 眉は変わらないのだが、身体つきはすっかり成犬だ。

番犬として鍛えると言って、グルノール砦の調教師へと預けられたはずなのだが、こうして私の元へ戻されたということは、訓練が終わったのだろう。

タビサとバルトの気遣いも嬉しかったのだが、 黒柴(コクまろ) の帰還は淑女の仮面が吹き飛ぶほどに嬉しすぎた。

「まろー、コクまろー」

内心の喜びのままに、馬車から降りてきてアルフレッドの横へと座る黒柴の頭を撫でる。

モフモフとした少し硬い毛並みが手に懐かしいのだが、黒柴の反応はなんとも冷たいものだった。

以前のように喜んで尻尾を振ったりも、興奮して飛び回りはじめたりもしない。

「……あれ? もしかして、コクまろに忘れられちゃいましたか?」

「折角訓練をして我を抑えられるようになったのだから、甘やかせるな」

「撫でるのもダメですか?」

「褒めるのはいいが、褒めすぎはダメだな」

番犬として鍛えたのだから、甘やかして元の甘えん坊の仔犬に戻してくれるな、ということだろう。

そういえば、一年間訓練をすると聞いていたが、こうして黒柴が私の元へ戻ってくるまでには一年以上経っている。

もしかしなくとも、私が可愛がりすぎたことが原因だったのかもしれない。

……コクまろには悪いことをしましたかね?

私としては可愛い仔犬を可愛がっていただけなのだが。

番犬として訓練をするためには、甘えん坊な性格に育ってしまっては不味かったのだろう。

改めて自分の元へと戻ってきた黒柴を見つめていると、ピクリと耳が左右に動き、静かに座っていた腰を持ち上げる。

何に反応したのか、と背後を振り返ると、玄関から 黒犬(オスカー) が出てくるところだった。

「え? やですよ。また喧嘩とかしないでくださいね」

黒犬は頭が良いので、私の言葉を理解できるだろう。

そう思って喧嘩はしないように、と言ったのだが、なぜかこれをアルフレッドから止められる。

「上下関係を決めるのは犬にとって大切なことだ。主として見守ってやれ」

「吠えたり噛みあったりするのは、怖いから嫌です。オスカーは前にコクまろのことを噛んでますし」

「見えないところでならいいのだな?」

「見えないところで、怪我をしないようにならいいです」

「聞いた通りだ。ティナに見えないところで、上下を決めて来い」

行け、とアルフレッドが指示を出すと、黒柴が「オウ」とまるで返事をするようにひと鳴きして春の庭がある方角へと走り出す。

同時に指示を出されたはずなのだが、黒犬は私の横に座って動く素振りを見せなかった。

「……あれ? オスカー?」

行かないの? と不思議に思っていると、アルフレッドが苦笑を浮かべる。

番犬としては、黒犬の方が優秀である、と。

「ティナ、オスカーに命じろ」

「……あ、そういうことですか」

黒柴が動いて、黒犬が動かなかったのは、単純なことだ。

命令を出したのはアルフレッドであって、私ではない。

番犬として訓練を受けた黒柴は私に引き継がれたとはいえ、ここまでの道中で主であったアルフレッドの命に従い、黒犬は主でもなんでもないアルフレッドの命令には従わなかった。

ただそれだけのことだ。

……コクまろは出だしからしてオスカーに負けてるね。

訓練犬としての経験の差か、主の引継ぎが上手くいっていなかっただけなのかはわからないが、私の番犬としては、アルフレッドの命令を聞いていては困る。

アルフレッドが私の敵だった場合に、アルフレッドの命令を聞いてどこかへと行かれては、番犬として役に立たないのだ。

「オスカー」

改めて一声かけると、オスカーは「オン」と一つ吠えて腰を上げる。

いかにも面倒臭そうな表情をしている気がするのだが、おそらくは間違いではない。

去っていく二匹の犬を見送ると、黒い馬車の扉が開く。

黒い馬車には服が積まれていると聞いていたのだが、なぜひとりでに扉が開くのかと不思議に思っていると、馬車を降りてきた人物を見てそんな疑問は吹き飛んだ。

今日はなんの日だろうか。

嬉しいことの連続で、淑女の仮面という名の猫を被り直す余裕がない。

「ジャスパー! 来てくれたんですね、お久しぶ……いたいれすー!!」

馬車から降りてきたジャスパーを大歓迎で迎えにいくと、目の前に着いた途端に頬を抓られた。

アルフレッドはまだ加減がされていたが、ジャスパーからは遠慮も加減も感じられない。

とにかくギュムッと頬を抓られて痛い。

「なんで頬抓るんですかー?」

「来てくれた、んじゃなくて、召集令状だろう、どう考えても」

聖人ユウタ・ヒラガの研究資料を解読するから、秘術の復活にまつわる実際の作業を手伝え、といった内容の呼び出しは、ジャスパーにとっては断るという選択肢は最初からない脅迫めいた文面だったらしい。

セドヴァラ教会に所属する人間としても、日本語の研究をしている者としても、飛びつかない理由などない内容だ。

「……そこまで強制力があるとは思いませんでした」

なんというか、ごめんなさい、と続けると、今度は逆側の頬を抓られた。

「痛いれすよ! 今度はなんれすか!?」

「そもそも、自分が転生者だと馬鹿正直に話すヤツがあるか! 大馬鹿者っ!!」

「だって、ワーズ病の薬の 処方箋(レシピ) が載ってたんですよ! 伝えなきゃって思うじゃないですか!」

なんで私が怒られているのだろう? と少し理不尽に感じて怒鳴り返す。

たまにキツイ物言いをすることもあったが、ジャスパーからこんなにも頭ごなしに怒られるのは初めてだ。

「……館でこっそり俺に教えれば、それだけで済んだことだろ」

グルノールの館でこっそり研究資料を読み、その内容をジャスパーへと伝える。

そうすれば、程よい時期に「解読に成功した」として表へと出せ、私が転生者とばれることもなかった、とジャスパーは言う。

……あれ? なんだか変だね?

ジャスパーの物言いでは、転生者を名乗る人間に対して当然挟まれると思われるものが抜けている。

転生者を名乗ったとして、それを信じるか信じないか、という当然の要素がまるで挟まれていなかった。

「ジャスパーは、わたしが転生者だって、知っていたんですか?」

そんなはずはないと思うのだが、一応聞いてみる。

転生者かどうかということは、ジャスパーの中ではまるで問題になっていないような口ぶりだったのだ。

まずはそこから確認したい。

「おまえは、初めて会った日にニホン語をしゃべってただろ。『アナタハ清々シイマデノ棒読ミデスネー』って」

「え? そんなことありましたか?」

そんなことがあっただろうか。

すぐに思いだせなくて、少し真面目に記憶を探ってみるのだが、やはり思いだせない。

ただ、指摘を受ければ、そんなことがあった気がする。

あの頃は、どうせ周囲には解らないのだから、と日本語で毒を吐くことがあった。

「おまえがアルメルと同じ言葉を話しているから、驚いた。恐ろしくうかつで、大馬鹿だ、と」

アルメルはそれで売られたんだぞ、と続いた言葉に、ジャスパーが今怒っている理由を理解する。

ジャスパーは私のうかつさに怒り、心配もして怒っているのだ。

「……ジャスパーが日本語を聞き取れるとは思いませんでした。わたしのことは、最初から気がついてたんですか?」

「ニホン語はアルメルが半々ぐらいで使っていたから、少しは聞き取れる。おまえが使っていたのも、おじさんたちが教えた可能性もあったが……」

普通、日本語が理由で子どもを売られた人間が、その災厄を運んできた言葉など他所の子どもには教えないだろう。

「普通の子どもとは違う、っていうのは隔離区画で見ていたらすぐに判ったしな」

幼馴染(アルメル) と同じ村に生まれ、同じ日本語が読める転生者として同じ運命を辿るのかと思ったら、私を保護した 人間(レオナルド) は村長とは似ても似つかない善人だった。

このまま自分が転生者と告げずに暮らして行くのなら、なんの問題もなく平凡な人生を歩めるだろう。

そう安心しかけたところで、王都への呼び出しと、聖人ユウタ・ヒラガの秘術を復活させるから手を貸せ、という手紙である。

これを召集令状といわずして、なんと呼ぶのか、頬を抓るだけでは足りなくなったのか、頭をおもいきり掴まれた。

苛立ち紛れに掴まれているので、少しどころではなく痛いが、甘んじて受ける。

これはジャスパーが私を心配してくれていたという証拠のようなものだ。

……メイユ村が滅んで村から出たのに、村の人から心配してもらえてるだなんて、考えたこともなかったよ。

ジャスパーは私のことをずっと黙って見守ってくれていたらしい。

なんだかとってもむず痒くて、たまらなく嬉しかった。