軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ドゥプレ孤児院 1

仕事内容としてはあまりポジティブなものではないと思うのだが。

それでも、やることができたというのは嬉しい。

これまではヘルミーネの授業を受けるぐらいで、グルノールで行っていたような刺繍の内職もなく、ボビンレースを作ったり、本を読んだりとして自由に過ごしていただけなのだ。

ただ飯ぐらいという自覚はあったので、役に立てるかはまだ判らないのだが、仕事を与えられたことは素直に嬉しい。

妃の離宮で預かった書類の山は、自室のもっともプライベートな空間こと畳の上へと持ち込んだ。

預かり物なので、と書類の護衛は 黒犬(オスカー) に命じる。

人間の護衛以外もしてくれるのだろうか、と思ったが、グルノールの館でも見張りを命じれば応じてくれた黒犬は、畳の横で伏せて待機してくれるようになった。

……内容としては『書類を読み込む』ってお仕事なんだけど、ヘルミーネ先生からの評判はよろしくないね。

たくさんの文字を読むことになるので、と楽な姿勢で書類と向き合っているのだが、これがとにかくヘルミーネからの評判が悪い。

淑女としての振る舞いを私へ身に付けさせることを仕事としているヘルミーネにしてみれば、靴を脱いで畳の上に座る姿はたしかにお行儀が良いとは言えないかもしれない。

思い返してみれば、グルノールの館でも 仔犬(コクまろ) と遊ぶ際に絨毯へ座っていたら、注意を受けたことがある。

あの時はお尻の下にクッションを敷くことで一応の納得はされたのだが、残念ながら離宮へは不細工猫枕を持ち込んではいない。

何かをお尻の下へと敷こうと思ったら、新しく作るか、綿の詰まったクッションを犠牲にするしかなかった。

……靴を履かずに足を伸ばせるって、楽なんだけどね?

塗板(こくばん) を台代わりに膝へ載せ、書類の中の気になる一説を紙へと書き留める。

まさか書類に直接書き込むわけにはいかないので、書類の通しナンバーのメモをとって置くことも忘れない。

メモは紙へ、思考は塗板へと使い分ければ、使う紙も少なくすむ。

……フェリシア様の言うように、最初がアルフレッド様への毒殺未遂、っていうのはたぶん当りだね。

アルフレッドの症状とその母親であるエヴェリーナの症状は、重度・軽度という差はあるが同じものだ。

この差はおそらく大人と子どもの体格と、体力差からきているのだと思う。

二十年も前の話ともなれば、アルフレッドは今の私よりも幼かったはずだ。

……オレリアさんの字。

エヴェリーナの症状の詳細が記録された書類の束には、時折オレリアの筆跡で診断書が挟み込まれていた。

薬の名前と使い方も丁寧に書かれている。

……これならなんとかなりそうだけど、診断書にない毒だった場合には、薬の探しようがない気がする。

毒による症状が詳細に記載され、その解毒薬、薬の使い方までもが事細かに残っている。

これだけ資料が残っているのなら、聖人ユウタ・ヒラガの研究資料の中に同じ薬があれば見つけることもできるだろう。

問題は、オレリアの診断書にない毒薬を使われていた場合だ。

残された資料を読み込むことぐらいはできるが、私には薬師としての知識が皆無だ。

自分の知識の中から、新たな毒に対する解毒薬を見つけ出すことはできない。

……やっぱ、研究資料を全部読み込んでみないと、なんとも言えないかも。

私が読み込んでいる書類がなんであるかを知っているため、フェリシアが主催する茶会へと呼ばれる回数は減った。

ゼロにならないのは、『 梟(ふくろう) の姫』というあだ名が定着してしまっているからだ。

時折フェリシアが特別頼りにしていると判る客が来た時には、顔つなぎのために呼び出されることがある。

フェリシアの信者には、杖爵が多かった。

……フェリシア様のお茶会っていえば、服を着るようになって、少し困ったことになってるみたいだね。

美しい身体を惜しげなく晒していたフェリシアは、その女神の美貌から信奉者が多かったのだが、服を着て局部を隠すようになったことで、女神への信仰から美しい人間の女性への思慕へと意識が変わってきたらしい。

いつかレオナルドが言っていたような現象が起こっているとでも言うのだろうか。

女神の彫像相手には欲情しないが、同じ人間の女性であれは劣情も抱く。

ありていに言えば、美しいフェリシアという人間の女性に対し、求婚者が殺到しはじめたのだ。

……そういえばフェリシア様。アルフレッド様のお姉さんなのに、まだ結婚してなかった。

そろそろ結婚適齢期から外れるのではなかろうか。

そうは思うのだが、フェリシアに焦る様子はまるでない。

王位を目指すのなら夫は厳選に厳選を重ねる必要があるし、良い相手が見つからなければ王位を諦めるか、弟妹の子どもを養子にすればいいと考えているようだ。

ある意味では思い切りがよく、フェリシアらしいといえばらしい話だった。

「ティナ、たまには外へ出かけよう」

「なんですか? わたくしは秘密のお仕事中です。お仕事の邪魔はしないでください」

いつの間に手を回したのか、エセルバートから贈られてきた座椅子に座って書類を読みつつ、レオナルドを適当にあしらう。

グルノールにいた時とは完全に立場が逆転しているのだが、私は仕事中のレオナルドの邪魔をしたことはないので、レオナルドの方がひどい。

座椅子と一緒に文机も贈られてきたので、畳の上はちょっとした仕事部屋になりつつあった。

とはいえ、二畳の畳の上に文机と座椅子、書類の詰まった箱があるだけの、ままごとのような仕事部屋ではあったが。

「お茶会から戻ってきてから、ずっと書類と睨めっこしているだろ。たまには外に出ないと、体に悪いぞ」

「あまり外に出ないのは、グルノールの館でも同じでしたよ」

「いや、違うだろ。館では毎日裏庭へ出て散歩をしていた」

離宮へ来てからも、外出こそ誘われでもしない限りはしなかったが、庭の散策ぐらいは時々していた。

それなのに、今は畳の上で置物のようにジッと書類を読み続けていると指摘されて、少し考える。

……そういえば、そうかも?

やっと自分にもできることができた、と嬉しくて書類を読み込みまくっているが、それだけに集中して他がおざなりになっている気がする。

靴を履く時間だって、ヘルミーネの授業中と食堂や風呂場への移動といった、どうしても畳の上から下りる必要がある時だけだ。

妃の離宮から帰ってきてからというもの、ほとんどの時間を畳の上で過ごしている。

次に長いのは、睡眠時のベッドの中だ。

……でも、人の命に関わるかもしれないから、早めに行動しておいた方がいいと思うんだけど?

私の健康のためには、日に当たった方がいいかもしれない。

それは判るのだが、その僅かな時間が惜しくもある。

ついでに言えば、特に出かけたい場所もなかった。

「……では、一足先に秋のお庭の散策にでも行きますか?」

この離宮には季節に合わせた部屋があるように、季節に合わせた庭もある。

夏が終われば秋の部屋へと移ることになるので、秋咲きの花はまだ咲いていないはずだが、庭師の仕事の確認をするのも良いかもしれない。

なによりも同じ離宮内ということで、それほど時間もかからないのが素敵だ。

「俺に行きたいところがあるんだが、付き合ってくれないか?」

「最初からお出かけのお誘いですね、それは」

行き先を考える必要がないのなら、まあいいかと外出を決める。

レオナルドの仕事の邪魔をしたことはないが、仕事が忙しいながらもレオナルドは時折休憩として私を街へと連れて行ってくれることがあった。

それと同じことだと思う。

……どっちにしても、連れ出すのはレオナルドさんの方なんだけど。

「あれ? どこへ向っているのですか?」

早速用意された馬車に乗り、小窓から流れる景色を眺める。

てっきり王城内のどこかへ行くのだろうと思っていたのだが、馬車は正門から出て内街へと入った。

「向っているのは、俺が育った孤児院だ」

「孤児院、ですか? なにか用があるのですか?」

「用ってほどのことはないが……、せっかく王都に来ているんだから、一度ぐらい顔を出しておこうと思ってな」

近くまで来たから実家の様子を見てこよう、といったところだろうか。

交通網がそれほど発達していないこの世界では、実家と違う街へと移り住めば、里帰りは気軽にはできない。

里帰りが目的の王都滞在ではなかったが、折角王都にいるのだから、と様子を見に行っても罰は当らないだろう。

孤児院のある下町へと向う途中、馬車を止めて菓子屋を覗く。

現在の孤児院の住民たちへのお土産を用意するつもりのようなのだが、先方に何人の子どもがいるのかが判らないため、生菓子は買い難い。

それでは焼き菓子を、と購入を決めたレオナルドの袖を引き、瓶にいっぱいつまった飴をお薦めしてみた。

焼き菓子も良いが、飴の方が日持ちするはずだ。

……おねだりのつもりじゃないよ。飴なら日持ちがするよ、って意見を出しただけだよ。

そう思っていたのだが、レオナルドはちゃっかり私の分の飴も買ってくれた。

孤児院へのお土産は瓶づめの飴だが、私の分は缶に入った飴だ。

……それにしても、護衛を連れてのお買い物って、お店の人には迷惑そうだね。

店の入り口に立つアーロンと、店の中までついてきたジゼル。

アーロンはまだ外にいたため良いのかもしれないが、ジゼルは護衛としての責任感からか、とても人前に出せるような顔はしていなかった。

貴族令嬢とはいえ、ここまで無愛想な客の護衛など、店としては迷惑かもしれない。

護衛の顔を見ただけでも、他の客が萎縮してしまう。

……やっぱり私、引き籠ってるのが一番いい気がする。

レオナルドが育ったというドゥプレ孤児院は、古めかしいが綺麗な外観をしていた。

いつか聞いたレオナルドが見た孤児院の実態からは、想像ができない姿でもある。

……孤児院って、初めて。

グルノールの街にもあったはずだが、行ったことはない。

レオナルドに決められた『私が歩いてもいい通り』にはなかったし、わざわざ近づく用事もなかったからだ。

……視線が痛い。

馬車から降りた途端に子どもたちからの好奇の視線に晒されて、エスコートではなくレオナルドの腕に抱きつく。

保護者と常に手を繋いでいるほど子どもではないが、初めての場所で、ついでになにやらチラチラと視線を集めているらしい状況で、レオナルドと離れていることには不安があった。

「なんだか、チクチク見られている気がするのですが」

「ティナのような新しい綺麗な服を着た子は、この辺りでは珍しいからな」

つまりは、自分たちとは違うものである異物を見る目だ。

レオナルドによる内街の簡単な解説によれば、ドゥプレ孤児院は下町に位置しているので、仕方がない。

グルノールの下町に住むミルシェだって、着ている服はいつも着古した中古服や、継ぎ接ぎのある服だった。

この辺りはどうしても保護者の収入による。

「どこのお貴族様が来たのかと思えば……レオじゃないか。久しぶりだね、大きくなって」

子どもの誰かが呼びに行ってくれたのか、馬車の音に気がついたのか、建物の中からこげ茶色の髪をした壮年の男性が出てきた。

レオナルドへと親しげに声をかけているので、レオナルドの知っている人物なのだろう。

どのような知り合いかと問おうとしてレオナルドを見上げると、私が見たことのない顔をしていた。

例えるのなら、父親を前にした幼子だろうか。

レオナルドの表情だけで、どんな関係なのかは察することができたので、あとは邪魔をしないよう黙っていることにする。

今日はレオナルドの里帰りのようなものだ。

あまり私のことで煩わせるのも悪い気がした。

「お久しぶりです、ジュードさん。少し前から王都に滞在していたので、挨拶にきました」

「知っているよ。先日の闘技大会では、ついに白銀の騎士ティモン様に勝ったそうじゃないか。一年は王都にいるんだろ? 今じゃレオが白銀の騎士団団長様か。この辺りの子どもには、きみはちょっとした英雄になっているよ」

「いや、 騎士団長(それ) については……」

白銀の騎士団長であるティモンには勝ったが、騎士団長にはならない、とレオナルドは説明する。

平時なら一考するが、今は手が離せない用事を砦に残してあるのだ、と。

……正しくは離せないのは手じゃなくて目で、砦じゃなくて国境、だね。

国王の鶴の一声でレオナルドの黒騎士残留は決まっていたのだが、一般市民の中にはレオナルドが今年から白銀の騎士の騎士団長になると思われているようだ。

とにかく中へ、ゆっくり話を聞かせてくれ、と誘うジュードに、釣られそうになるレオナルドを引き止める。

無言で馬車の荷台を示せば、お土産を買ってきたことを思いだしたようだ。

「……そうだ、ジュードさん。子どもたちにお土産を持ってきました」

一度私の頭を撫でてから、レオナルドは馬車へと戻る。

どこで聞きつけたのか、お土産という言葉か、レオナルドという名前にか、馬車の周囲には孤児院の子どもたちが集まってきていた。

「焼き菓子と飴なんだが……今は何人兄弟なんだ?」

「二十……五人!」

一番近くにいた男の子へと、レオナルドが子どもたちの人数を聞く。

ここではお互いを『兄弟』として数えているようだ。

ということは、今レオナルドに群がりつつある子どもも、レオナルドにとっては兄弟なのだろうか。

……あ。今、イラッとした。私、すごいヤキモチ焼きだ。

二十五人と答えた男の子は、指で人数を知らせているようなのだが、片手二本、逆の手は四本の指が立てられていて、二十五ではない気がする。

四まで数えたのか、折り返して実は六なのかは、子どもに聞くよりもジュードに聞いた方が早そうだった。

本当は何人なんですか? と聞こうと思って振り返ると、ジュードが不思議そうな顔をして私を見ていることに気がつく。

なんだろうと首を傾げると、お土産をすべて子どもたちへと渡したレオナルドが戻ってきた。

「こちらのお嬢さんは? まさか、レオの娘……とか?」

「ティナは俺の妹です」

「妹? ということは、ご両親とは和解して……」

「いやいや、実の妹と考えるには歳が離れすぎてますよ」

「それもそうか」

ではどういった筋の妹なのか、というジュードの疑問に、レオナルドはこれまでに何度もしていた説明を繰り返す。

自分を助けてくれた恩人の娘で、偶然ではあったが恩人の今際の際に立会い、その時に託されたのだ、と。

名付け親を通しての関係ではあるが、自分たちは兄と妹である、と。

「そうか、サロモン様はお亡くなりになられたのか……」

良い方だったのだが、と懐かしむ目をするジュードに、なんだか不思議な気分になった。

レオナルドの知人であるジュードは、私の知らない父を知っているらしい。

父のサロからは一度もジュードの名を聞いたことはなかったと思うのだが、もしかしたら父が私に行けと想定していた孤児院は、このドゥプレ孤児院なのかもしれなかった。

だとすれば、レオナルドに出会わずにどうにか孤児院へとたどり着けたとしても、私とレオナルドは兄と妹になったのだろう。

もちろん今の関係とはまるで違うものにはなっていたのだろうが、そう考えるとなんとも不思議だった。