軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

頭に『残念』と付く

聖人ユウタ・ヒラガの秘術復活に関する計画書をアルフレッドへと手渡した数日後、そのアルフレッドは目が自然と吸い寄せられてしまうような美女を連れて離宮を訪れた。

……わっ。美人だ。すごい美人さん……っ!

あまりに美しすぎて、頭の中が『美人』という単語で埋め尽くされる。

とにかく美人だ。

顔全体はそうでもないのだが、目元が少しアルフレッドに似ている。

ということは、アルフレッドの姉か妹なのかもしれない。

髪は艶やかな黄金色に輝き、青い瞳の色はアルフレッドよりもアルフに近い。

洗練された所作から淑女と呼ばれる身分にいる女性だということは判るのだが、髪は意外にも男の子のように短かった。

ただ、こだわりがあるのか、遊び心を入れたのか、後ろへと流した前髪の一部に癖が付けられていて、まるでミミズクのピッとたった 羽角(うかく) のようで愛嬌がある。

……でも、なんというか……?

淑女であろうことは判るのだが、服装に少し違和感がある。

この世界には『各人に似合うものを着れば良い』という風潮があるらしく、街へ出ればコスプレのような服装の若者を見かけることもあるのだが、美女の服装はコスプレ系とは違う。

丈の長いエレガントな袖の無いドレスを着ているのだが、『淑女』が纏うドレスとしては、少し布が少なすぎる気がした。

「クリスティーナ様、フェリシア様にご挨拶を」

「へ? あ、はい……」

少し見惚れすぎたらしい。

普段は私の行いを見守ることに徹するナディーンから促されてしまった。

「わたくしは……」

ティナです、はさすがに不味いので、クリスティーナと名乗った方がいいのは判るのだが、どうにも舌が上手く回らない。

行儀よく挨拶をするだけでいいのだが、対面する美女が美しすぎて頭がいっぱいになってしまう。

結果として、私は陸の上にあげられた魚のように、間抜けに口をパクパクと開くことしかできない。

思考を奪うこれほどの美女など、そうはお目にかかれないだろう。

「あぅ……」

言葉は出てこないが、目は離せない。

このままでは不味いという 焦(あせ) りが背筋を駆け上がってくるのだが、自分の意思ではどうにもできなかった。

せめて背後のレオナルドへと助けを求めたいのだが、美女から目が離せないせいでそれもできない。

「クリスティーナ様……」

「構わなくてよ。 私(わたくし) の美しさに見惚れることは、自然の摂理。まだ少女としかいえない年齢であっても、美というものを正しく理解しているのでしょう。どうか叱らないであげて、ナディーン。私を前にしては、これは仕方がないことなのよ」

美を愛でる感性のある、素晴らしい子どもである、と続いた美女の言葉に、『美人』という言葉で埋め尽くされた思考に『うん?』と疑問が差し込まれる隙間が生まれた。

これで少し冷静さを取り戻せた気がする。

……すっごい美人だけど、同じぐらい自信家のお姉さんだ。

性格は残念そうな気がしてきたところで、美女を連れて来たアルフレッドが私へと耳打ちをしてきた。

美女は三日で慣れる、と。

……それを言うなら、美人は三日で飽きる、ブスは三日で慣れる、だと思うけどね。

しかし、おかげで緊張はほどよく抜けた。

改めて背筋を伸ばし、顎を引いて美女へとヘルミーネ仕込みの淑女の礼をとる。

「はじめまして、フェリシア王女殿下。わたくしはクリスティーナ。ここにいるレオナルドの妹です」

「あら、もう魅了は解けてしまったの? 小猿の玩具みたいで可愛らしかったのに」

……小猿?

褒められているのだろうか、貶されているのだろうか。

判断が付かないながらも、疑問は淑女の仮面の奥へと押し込めた。

「私はアルフレッドの六番目の姉、フェリシア・クリストフ・エヴェリーナ・アンゲラ・イヴィジア。貴女には特別に私を『ヘンリエタ』と呼ぶことを許します」

「ヘンリエタ様、ですか?」

ヘンリエタはどこから出てきた名前だろう? という疑問への答えはなく、フェリシアによって『様』は取られた。

どうやら私はアルフレッドの姉を、出所不明な『ヘンリエタ』と呼ぶことになったらしい。

……いいのかな? 相手は王女さまなんだけど。

そうは思うのだが、『ヘンリエタ』と呼ばない限り私からの呼びかけは一切が艶やかな微笑みで黙殺されるようなので、仕方が無い。

なんとなく居心地が悪いながらも、遠慮なくフェリシアを『ヘンリエタ』と呼ぶことにした。

……うん? 六番目の姉?

六番目の姉ということは、第六王女ということになるのだろう。

第八王女は離宮の元の主で、間の第七王女については噂を聞いたこともない。

噂を聞いたことがない王女といえば第一から第五王女までも聞いたことがないのだが、第六という数字には聞き覚えがあった。

「噂の全裸王女さ……むっ」

思い当たった事実が口から飛び出しかけ、咄嗟に両手で口を塞ぐ。

全裸王女などと、普通に当人を目の前にして言っていい台詞ではない。

「あら、私が普段は布など纏っていないということは聞いているのね? アルフ、やはりこんな布など必要はなかったようよ」

ぴらりとドレスの裾をつまみ、フェリシアは不満気に柳眉を寄せてアルフレッドを睨む。

美人の怒り顔は迫力があるのだが、それでもやはり見惚れてしまうほどに美しかった。

……それにしても、フェリシア様はアルフレッド様を『アルフ』って呼ぶんだね。

もともと同じ名前だというのだから、混乱するのは仕方が無いと思うが、アルフが普段から『アルフ』を名乗ってくれているのは、こういうことだったのだろう。

両方を知っている人間からしてみれば、混乱の元でしかない。

そして、フェリシアがアルフレッドを『アルフ』と呼ぶので、私も絶賛大混乱中だ。

「成長途中のティナが姉上の見事すぎる裸身を見たら落ち込むので、隠していてください」

「そうかしら? 落ち込む必要などなくてよ。私の美貌は神々が与えたもうた一つの奇跡。多少見目が愛らしく整っていようとも、凡人が並び立てる道理などないのだから」

……これはたぶん、励まされているんだよね?

自分が美しいのは神々の祝福であり、凡人が同列になれるわけなどないのだから、比べて落ち込む必要などない、と。

そもそも比べること自体が無意味だ、と。

どうやら第六王女ことフェリシア姫は、聞いていた通りの王女様らしい。

スコーンとある意味でいろいろなものが突き抜けた人柄のようだ。

……でも、初対面の女児と会う時には服を着る、って理性はあったんだね。

アルフレッドが服を着させたようなのだが、全裸主義のお姫様であっても弟の進言を聞く耳は持っていた。

突き抜けた人柄ではあるようなのだが、一応は理性的でもある。

これがこの国の王族の特徴だろう。

公私をきっちり分けてくれているのは国民として尊敬するが、その 私(し) の部分が明後日の方向すぎた。

「……このように少々愉快で賑やかな姉だが、信用はできる。私が不在の間は、フェリシア姉上を頼るといい」

「アルフレッド様が不在になると言うと……」

グルノールの街にある聖人ユウタ・ヒラガの研究資料の回収が決まったのだろう。

いつ王都を出立するのか聞こうと思ったのだが、フェリシアの白い腕が伸びてきて私の頬を包み込んだ。

優しい力ではあるのだが、がっちりと顔を固定されてしまってアルフレッドの顔を見ることができなかった。

「貴女が噂のニホン人の転生者ね? ああ、やっと会えたわ。こんなに面白そうなことなのに、お母様たちも兄上も、私に離宮への接近を禁止するのだもの。酷いと思わない? まあ、父上も母上からの接近禁止を律儀に守っておられるようだったから、娘の私が我慢をしないわけにはいかなかったのだけれど」

うふふ、と美人が目の前で微笑んでいるのだが、背筋が少しくすぐったい。

悪寒ではないが、今すぐにこの綺麗すぎる顔の前から逃げ出したかった。

……き、綺麗過ぎて怖いです。

アルフレッドは三日で慣れると言っていたが、慣れる前に気疲れで熱を出しそうだ。

……あれ? でも、初対面なのにあんまり苦手意識がわかないような……?

綺麗過ぎて怖いとは思うのだが、いつものようなレオナルドの後ろに隠れたいだとか、返答に困ってしまうこともない。

美しさに目と思考を奪われて、うだうだと人見知りを発揮している余裕がない気がした。

「あらあら、また黙ってしまったわ? せっかく楽しくおしゃべりをしたいと思って来たのに」

「初対面の人間に姉上の顔を間近で見て平然としていろ、というのは無理な話です」

「レオナルドは初対面から平気だったわ。その妹なのだから、当然私を間近く見てもお人形さんにならないと思っていたのだけど……」

「フェリシア様、その話はどうかティナの耳へは……」

「普段の私を見て膨らませなかった男は家族以外では貴方だけよ、レオナルド。貴方は正しく美を感受できる者なのです。そこは誇ってもよろしくてよ」

こんな会話が頭上で交わされているのだが、フェリシアの青い目はジッと私を見つめている。

一度も逸らされない美しすぎる顔に、そろそろ息が苦しくなってきた。

……レオナルドさん、見たんだ。全裸王女が全裸なところ。

本当に全裸で闊歩しているらしいことにも驚いたが、レオナルドが無反応だったという話にも驚く。

これだけの美女の裸を見て、無反応でいられる男性などいるのだろうか。

……や、あれですか。たとえ全裸でも堂々としすぎていて萌えない。チラリズムこそが本当のエロス。恥じらいこそが正義、って奴ですか。

変なことを考えて気を紛らわしていたら、少しだけフェリシアの顔にも慣れてきた気がする。

美しい顔についつい目がいってしまうのだが、発言を加味するのなら残念ながらフェリシアは『残念美女』だ。

賑やかなフェリシア王女を紹介したあと、アルフレッドは自分の留守中はフェリシアの側にいろ、と言葉を重ねた。

アルフレッドが側にいない場合にも、私の後ろには王族の後見があると周囲へアピールしておけば、減らせる害もある、と。

……私の安全のための 保険(フェリシア) だったんですね。

自分の館に帰ってから早速出立するというアルフレッドを見送ると、その日からフェリシアは離宮の客間へと陣取った。

時折様子を見に来てくれる程度のお付き合いになるのだろうと思っていたのだが、まさかの住み込みだ。

王女であるフェリシアが離宮へと移り住んでくると、その護衛としてついていた白銀の騎士も離宮へとやって来た。

結果として、離宮の警備面での不安が少しだけ緩和されたことはありがたい。

噂の全裸王女が服を着ていたのは、最初の三日間だけだった。

どうやら、私がフェリシアの顔に慣れるのを待っていたようである。

三日目には見惚れて言葉も返せない状態からは脱せられたのだが、それが面白くなかったようでフェリシアはついに脱いだ。

噂どおりの全裸だ。

つんと上を向いた形の良い胸も、しなやかな曲線を描く腰のくびれも、すべてが白日の下に晒されている。

ただ、一応金隠し的な小さな下着は付けられていた。

前張りというのか、支えるものの無い小さな金属性の下着に、いったいどういう仕組みになっているのかと首を捻る。

そうすると、フェリシアの侍女が同じ下着を持ってきて見せてくれた。

……前世でチラッと写真か何かで見たことがあるよ。カーニバルの踊り子さんの衣装だった気がする。

局部を覆い隠す金属板に、あきらかに板とは違う形状の突起がある。

つまりはそういうことだ。

紐パンのように紐で支えるでもないこの金属の下着は、突起を穴に差し込むことで下着としての役割を果たしている。

……や、これもう下着って言わないよね? 何か違うものだよね?

いっそ、ここまで本気で裸族であるのなら、なぜ金隠しだけは身に付けているのかが気になった。

……気になるといえば、レオナルドさんとフェリシア様の関係も気になる?

娼婦の世話になるぐらいにはある意味で健全な性欲を持っているらしい我が兄は、ほぼ裸といっていいフェリシアの姿には無反応だ。

王女様相手に平民が反応しても困るのだが、本当になにもない。

さすがに言葉を暈して理由を聞いてみたところ、彫刻と思えば特になんとも感じない、と答えられた。

美しすぎて人間と思わなければ問題ない、と。

……それはそれで、どうなんだろうね?

とはいえ、裸婦像と思えば私も目のやり場に困ることはなくなった。

全裸になって四日後、出会って一週間後には目を逸らすどころか、目を見て話せるようになった私に、フェリシアは大層満足したようだ。

やはりレオナルドの妹である、と。

「私はレオナルドのそういうところを気に入っているの」

同じ意味では貴女も好きよ、と女神の美貌を持つ美女が私の頬へとキスをする。

早々にフェリシアの裸に慣れた私に、フェリシアはコツを聞いてきたのだが、別段隠し立てすることでもないと思い、正直にレオナルドから教わったことを答える。

彫像と思えば、裸であってもいやらしくは感じない。

目を逸らす必要などないのだ、と。

「家族以外では、レオナルドぐらいだったわ。私の美貌ではなく、そのままの私自身を見てくれたのは」

なにやらうっとりと頬を赤らめているのだか、なぜだろう。

フェリシアからはレオナルドへの思慕といった物は一切感じられない。

言葉だけを拾い取るのなら、レオナルドに懸想しているように聞こえるのだが、これは絶対にそんな話ではないとわかる。

「え? 今の話でそう受け止めるのですか?」

「堂々としすぎていて、本来感じるモノが何も感じられないだけなのだが……」

「むしろ、自分自身を見てほしいのなら、まず服を着ればよいと思います」

「というか、ティナが真似をしたいと言い出したら困るので、服を着てください」

「真似しませんよ」

なんの心配をしているのか、と特注靴でレオナルドの足へと洗礼を浴びせる。

最近気がついたのだが、王都にいる間はつま先を強化した特注靴の注文ができない。

これは由々しき事態である。

「まだまだお子様で、見せられるような立派な体はしていませんっ!」

薄い胸を張って、レオナルドの心配など無用である、と主張する。

胸もお尻もぺったんこなお子様である私がフェリシアの真似をしたとしても、滑稽なだけだ。

「隠すことこそ神への冒涜! むしろ見せるための見事な身体をしていてよ」

私の横へと並び、フェリシアが大きな乳房を揺らして胸を張る。

同じポーズを取ると、私の幼児体型のがっかりさ加減がより強調される気がした。

「ティナは可愛いが、フェリシア様は恥じらいを持ってください」

「私の身体に恥らう必要のある場所などひとつもありません」

……あ、この台詞聞いたことがある。

いつだったか、似たことをレオナルドが言っていたはずだ。

つまりは、レオナルドとフェリシアは口癖が移るぐらいには親しい関係なのだろう。

……え? ってことは、フェリシア様が義理の姉になる可能性もあるってこと……?

美人でさっぱりとした気性のようだが、姉と慕うには少し抵抗があった。

姉と呼ぶためには、せめてもう少し隠す面積を増やしてほしい。

……レースの下着とか作ったら、付けてくれるかな?

美しい自分が好きで、隠すことは神への冒涜だと言うぐらいなのだから、美しいボビンレースで下着を作ったら、身に付けてくれないだろうか。

……いや、どうだろ? そのままの自分が一番美しい、ってお化粧もアクセサリーもしないみたいだし。

そんなことを考えていたら、レオナルドがそっと耳打ちをしてきた。

フェリシアの服装については決して真似てはいけないが、振る舞い方はよく見て学んでおけ、と。

フェリシアは扇情的な姿をしているが、性的な犯罪被害にあったことは一度もない。

多くの美の賛同者という名の信者がついてはいるが、付き纏いや離宮への侵入といった愚行に走る者はなく、フェリシアがすべてをちゃんと支配している、と。

……つまり、アルフレッド様がフェリシア様を紹介してくれたのは、第二、第三のニコなんとかさん対策ですね。

全裸はともかく、フェリシアから見て学べ、ということだろう。

フェリシアの美しさは次元が違う気がするが、今生の私はたしかに可愛らしい顔をしている。

言い寄ってくる男性の捌き方は、将来的に必要になってくる技能だろう。

……あ、でもフェリシア様の側にいたら私なんて霞んで、隠れられるんじゃないかな。

そういう意味でも、私の平穏な暮らしにはフェリシアが最適な人材と言える気がした。

全裸でなければ『お姉様』と呼んでもいい。

お義姉様と呼ぶかは、また別の話だ。