軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

通路の出口と銀盆の手紙

ナディーンによる長々とした説教のあとに待っていたのは、ヘルミーネの授業という名の反省会第二部だ。

言い方を変えれば、引き続きのお説教タイムである。

「……どちらへ行かれるのですか、レオナルドお兄様?」

隠し通路の探索についてを『淑女にあるまじき行為』と叱られ、淑女としてはこうするべきであったという模範解答とその解説の講義を受けていると、長椅子で資料らしき物を読んでいたレオナルドが立ち上がる。

レオナルドが立ち上がっただけで私の気が逸れたものだから、ヘルミーネの眉間に皺が生まれた。

「ティナが授業を受けている間に、通路を出口の側から調べてくる」

どうやらあの通路の出口を資料から見つけ出したらしい。

簡潔に行き先を教えてくれるレオナルドに、私も行きたいと口を開きかけたのだが、ヘルミーネの突き刺さる視線に口を閉ざす。

これ以上怒らせるのは不味い、とさすがに判った。

……そりゃ、怒られた直後にまた同じことしようとしたら、怒るよね。

手を挙げかけて下ろす私に、レオナルドは苦笑を浮かべて頭を撫でてくれる。

資料によると通路の出口は王城の外にあるようなので、どちらにしても私が付いて行くことはできないらしい。

まだ王城の敷地内どころか、離宮にすら慣れていないのだ。

さらに広い王城の外へなど、連れて行くことはできない、と。

「外へ出るついでに、ティナにはお土産にノラカムを買ってきてやろう。先日のノラカムは、結局食べれていないだろ」

第一王子から贈られてきたノラカムは、寝込んだことと、離宮の使用人へと挨拶回りをしたことで、私の口へは一つも入っていない。

お礼状はナディーンが定型文で出してくれたそうなのだが、せっかく戴いたものなのに味もみずに終わってしまったのは失礼だとも思う。

そしてなりよりも、マカロンにしか見えないノラカムが、本当にマカロンなのかは食べてみなければ判らなかった。

などと、さまざまなことを考えてはみるが、なんということはない。

単純に私がノラカムを食べてみたいだけなのだ。

ノラカムを土産に、と言われてしまえば、今の私は不承不承でもレオナルドを見送るしかない。

おとなしくレオナルドを見送ることにした私に、ヘルミーネの怒りがほんの少しだけ収まるのがわかった。

学習の成果が微々とではあるが現れている、と判断されたのだろう。

ヘルミーネによる反省会は、思ったよりも早く終わった。

……うん、ノラカムはやっぱりマカロンだね。

さっそくレオナルドが持ち帰ってきたノラカムを口へと運びながら、その味を堪能する。

色とりどりで可愛いノラカムは、前世で見たものよりも色数が多く感じた。

赤や濃い緑の物はいいのだが、青や毒々しい紫の物は少し口にするのに勇気がいる。

味は変わらないのだが、元日本人としては特に青は食べ物という気がしてくれない。

……外国のお菓子が、こういうすごい色だったよね。

写真ではあったが、七色のパンケーキなるものを前世では見たことがある。

日本人としてはどうしても食べたいとは思わない色合いだったのだが、現地ではあれが普通だったのだろうか。

……あと、一つ一つが大きい。

日本のマカロンは一口サイズしかなかったのだが、ノラカムは私の手とおなじぐらいのサイズだ。

色とりどりで可愛いのだが、このサイズでは子どもの私には一つしか食べられない。

レオナルドはいろんな味を買ってきてくれたようなのだが、はんぶんこで食べても試せる味は二つまでだろう。

……流行ってるってことは、他のお店もあるのかな?

どこかで小さいサイズが売っていないだろうか、と考えていたのだが、レオナルドはノラカムを口へと運びながら探索の成果を教えてくれた。

「結論としては、隠し通路の先にあった扉の鍵はすぐにでも取り替える必要がある」

資料にあった隠し通路の出口から遡って扉のある位置まで行ってみたところ、何者かが扉を使った形跡を見つけたらしい。

昨日今日の形跡というわけではないが、扉を開閉した跡が埃の段となって残っていたのだとか。

……なにそれ、怖い。

鍵は行方不明なのだが、開閉をした形跡があるということは、鍵は誰かの手にあり、あの扉の鍵と承知で持ち歩いているということだ。

とてもではないが、離宮の新しい住人としては看過できない内容だった。

ノラカムの残りを下げ渡すという名目で、以前から離宮に仕えていた侍女を呼び出して話を聞いてみるのだが、特に侵入者があったという話は出てこなかった。

扉が使われた形跡があるというのに、離宮に仕えていた人間が知らないというのもおかしな話だ。

偶然にも最後に扉が使われたのが呼び出した侍女が離宮に来る前なのか、知っていて黙っているのかも判断ができない。

……でも、レオナルドさんの侍女は代わったんだ。

呼び出した侍女は、先日レオナルドを口説いていた侍女ではない。

レオナルドはレオナルドで、きちんと対処したのだろう。

……レベッカの移動願いは、まだ受理されないみたいなんだけどね?

レオナルドに色目を使っていたウルリーカは、さすがは侍女というのか、私の目のある場所ではレオナルドを口説かないようだ。

他には特に失態らしい失態を見せない。

強(し) いて挙げるのなら、離宮に来た翌日の寝坊ぐらいだろうか。

このまま彼女が私の目の届く範囲でレオナルドに色目を使わないのなら、先日のことは見なかったことにしてもいい。

公私を分けてくれるのなら、私としては解雇する理由がなかった。

……一応、恋愛は個人の自由だとは思ってるしね。

レオナルドが本当に恋人の一人でも連れて来ようものならば、ヤキモチを焼いて邪魔をしそうな気もするが、考え方としては、恋愛は個人の自由だ。

社会人として就業時間とプライベートの区別を付けられるのなら、誰が誰を口説いても構わないと思っている。

……や、でも義理の姉は厳しく見定めさせてもらいますよ。小姑頑張ります。

何者かが使った形跡のある鍵のない扉など、不安すぎる。

ついでに言えば、そんな扉で繋がれた通路が王城の外へと繋がっているだなんて、無用心にも程があった。

そのため、現状を把握したからには春の部屋の暖炉へは扉の交換が終わるまでは見張りを立てることにする。

私の護衛は趣味で護衛をしているレオナルドを除けば二人だけなので、外すことはできない。

幸いなことに、離宮自体の警備をしている白騎士が何人かいたため、彼等を数人借りて交代で見張ってもらうことにした。

「鍵屋が到着いたしました。これより私が見届け役に付き、扉の取替え作業を開始します」

先に打ち合わせがなされていたのか、侍女が鍵屋の到着を知らせるとともにアーロンが私の護衛をレオナルドへと引き継ぐ。

私の護衛は正式にはアーロンとジゼルなのだが、白騎士であるジゼルをアーロンはまったく信用していないようだ。

私もジゼルの実力は知らないので擁護はできないが、実は地味な努力を続けている姿は知っている。

頼まなくとも離宮の設計図を借りて来てくれたり、護衛の合間に資料を読み込んでいたりと、アーロンを見習ってか己の怠慢を埋めようと懸命に努力していた。

……騎士じゃなくて、侍女とか小間使いの方が向いていると思うんだけどね。

見るからに華奢なジゼルは、いかにも貴族のご令嬢といった風体で、まったく騎士には見えない。

白騎士の制服を着ているので、そういう意味でなら騎士に見えることは見えるのだが、創作物によくいる『姫騎士』といった、戦うための筋肉など何ひとつついていない体付きだ。

「ヘルミーネ先生の授業まで、まだ時間がありましたね。わたくしも作業の見学に……」

ついて行きたいと言いかけて、視界の端で笑みを深めるヘルミーネに気が付く。

このままいつもの調子で作業を覗きたいと付いていけば、午後の授業が反省会になってしまう。

……あぶない、あぶない。また失敗をするところだった。

グルノールでオレリアの部屋を整えるために、内装工の仕事を見守ろうとして一度教えられてもいる。

主はあくまで指示を出すだけで、作業の監督は使用人に任せるものだ、と。

今回の作業は場所が場所だけに、護衛であるアーロンが監督役を引き受けてくれることになっている。

「……作業の見学に行きたいと思ったのですが、主の仕事ではない、のでした……よ、ね?」

恐るおそるヘルミーネの顔色を窺いながら言い直すと、ヘルミーネの笑みが苦笑いに変わる。

正解ではあるが、自信なさげに聞く私が情けないのかもしれない。

「以前お教えしたことをティナお嬢様が覚えていてくださり、大変嬉しく思います」

もちろん主の仕事ではありませんよ、と付け加えられてしまったので、おとなしく椅子へと座ろうとしたのだが、アーロンと入れ替わるように銀の盆を持ったナディーンがやって来た。

静々と部屋を縦断し、私の前へと進み出たかと思うと、ナディーンは片膝をついて銀盆を掲げ持つように私へと差し出してくる。

「……お手紙、ですか?」

「恐れ多くもティナお嬢様の元へ、エセルバート様からの招待状が届きました」

げっと顔が歪みそうになるのを、なんとか耐える。

ナディーンには彼女の顔が銀盆より下にあり俯いていたので見咎められなかったのだが、ヘルミーネにはばっちり頬が引きつるのを見られてしまった。

顔に出したのは一瞬であったし、声には出していないので見逃してほしい。

……午後の授業内容が変更になった気がするけどね。

それほど長い反省会は開かれないと思うが、注意ぐらいはされる気がする。

「エセルバート様は、なぜわたくしが王都に滞在しているとご存知なのでしょう?」

本音としては、誰の口から私が王都にいると、かの御老人に洩れたのか、だ。

淑女らしく装飾をしたら、こうなった。

「エセルバート様は国中を見渡す目と、民一人ひとりの声を聞く大きな耳をお持ちの方でございますから。ティナお嬢様の滞在も、お嬢様がご到着になられる以前からお知りになられていたようでございますよ」

国中を見渡す目というのは、諸国ならぬ諸領漫遊の旅のことだろうか。

そうなるのなら、大きな耳とやらはエセルバート独自の情報網かもしれない。

もしくは、風車の人のことだろう。

実のところ、エセルバートからは私が離宮に到着したその日にも招待状は届いていたらしい。

ただ当時は先にアルフレッドと茶会をしていたし、旅の疲れもあるだろうということで、アルフレッドがその招待状を回収して行ってくれたそうだ。

……アルフレッド様っ! アルフさんが絡まないと頼りになる王子さまっ!!

王都に滞在中は全力で頼らせてもらおうと思う。

勝手にそんなことを企みつつ、さっそくこの目の前にある 厄介(てがみ) をなんとかしてくれないものか、と 離宮(ここ) にはいないアルフレッドへと心の中で助けを求めてみるのだが、当然そんなことをしてもアルフレッドに私の窮地が伝わるわけがない。

「エセルバート様は気のいいお爺様だとは思いますが、孫娘になれと言われるので、あまりお会いしたくはありません」

ある意味、告白とお断りの関係と同じだ。

ダメで元々と告白をしてスッキリする方はいいかもしれないが、振った方には多少なりとも罪悪感が生まれる。

エセルバートとのやり取りも、これに近い。

王族の嫁になどなりたくはないが、会うたびに孫の嫁にと誘われ、それを断るというのは、私にとっては負担でしかなかった。

……孫になれ、って言われないんだったら、会いに行くのも嫌じゃないんだけどね?

しかし、現実問題として目の前にはエセルバートからの招待状が差し出されている。

前国王陛下からの、招待状だ。

淑女としては、これを無視はできない。

「…… 手紙(これ) を受け取れなかったら、行かなくて良いってことにはなりませんか?」

「招待状が離宮に届いている以上、お断りする十分な理由もありませんので、それは不可能です」

銀盆の上の手紙へと手を伸ばし、受け取るのが怖くて手を引っ込める。

縋るようにヘルミーネへと視線を向ければ、突然授業が始まった。

「レオぉ……」

怖いので代わりに手紙を読んでください。

そんな願いを込めてレオナルドを見上げるのだが、さすがに今は隠居中とはいえ元・国王陛下からの手紙を、宛名に書かれているわけでもない人間が先に読む訳にはいかない、と断られてしまった。

「……えっと?」

仕方がないので、覚悟を決める。

どうせ私がいくら避けたところで、むこうからやって来るのだ。

本人が直接離宮へと乗り込んできたのではなく、紙が送られてきただけまだ良かったと思うことにした。

「本日……本日? 今日ですか? 急すぎるってことで、お断りの理由になりませんでしょうか?」

「エセルバート様にとっては、急ではございませんよ」

一度アルフレッドが招待状を持ち帰っているので、エセルバートにとっては急でもなんでもない。

お断りできそうな要素を見つけた、と顔を輝かせてヘルミーネへと顔を向けたら、サラッと退路を断たれた。

「あのエセルバート様がティナさんの到着後から三日以上待たれているのですから……」

素直に一度顔を出した方が良い、とヘルミーネは言う。

無駄に行動力のあるエセルバートのやることなので、これ以上の放置はよくて離宮への突撃を敢行するか、水戸のご隠居よろしく寝室へと蜻蛉の人が忍び込んできて夜のうちに外へと連れ出されるかもしれない。

……ちょっとレオナルドさんと蜻蛉の人の護衛対忍者対決が見たいと思ってしまった。

アーロンを寝室へと入れる気はないし、ジゼルは武力面ではあまり役に立たないらしいので除外した。

夢の異種格闘技戦へと思いをはせ、すぐに現実へと思考を戻す。

現実逃避をしても、目の前の招待状は消えてなくなりはしないのだ。

ここはやはり、ヘルミーネのアドバイスに従っておくべきだろう。

……それに私、苦手なものは最初に食べるタイプだしね!