軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

隠し通路探索

翌日には熱が下がり、念のためにと丸一日追加でベッドへと拘束されることになったが、そのお陰か体調は完全に回復した。

長期間の移動のあとに寝込むことには変わりはないが、回復までの日数は確実に減ってきているので、やはり成長とともに体が丈夫になってきているのだろう。

……でもやっぱり、料理の味付けは濃いね。

体調を崩したせいで舌がおかしいのかと思っていたが、回復しても濃いと感じるのだから、やはり味が濃いのだろう。

これが王都の味なのかとも思ったが、よく考えてみれば王都までの旅程ではアルフレッドの用意した料理人が作った食事を食べている。

その時は味が濃いとは感じなかったので、王都の味というよりも離宮の料理人の味なのだろう。

料理人の個性か、以前の主の好みの味なのかは、まだわからなかった。

……サラダや果物を搾ったジュースは美味しいんだから、やっぱり味付けが濃すぎるんだと思う。

特に手を加えない料理は美味しくいただけるので、そういうことなのだろう。

離宮の料理人は、前の主の影響か、とにかく味付けが濃い。

……タビサのシチューが食べたいよ。

ついでに言うのなら、サリーサの作るラザニアが食べたいし、三羽烏亭の照り焼き鶏サンドも食べたい。

食べられないと思えば思うほど余計に食べたくなってくるのだから、 性質(たち) が悪い。

……料理人の味付けって、どうしたら変えられるんだろう?

せめて前の主と私は味の好みが違うのだから、と私が離宮に滞在中は違うものを作ってくれないものだろうか。

いつまで滞在するのかもわからない離宮で、毎日口に合わない食事というのも辛い。

「……本来であれば、料理への不満もナディーンへ伝えるものなのですが」

ヘルミーネに料理の味について相談したところ、こんな出だしで返答がきた。

料理人も侍女も、離宮のまとめ役であるナディーンの管轄であり、不満や注意点、改善要求などがあるのなら、主はまとめ役であるナディーンへとそれを伝えるものである。

離宮の主の相談役として、間に女中を兼ねているヘルミーネが挟まるのはおかしいのだそうだ。

ヘルミーネが私の淑女教育の家庭教師であるから、授業の一環として間に挟まってくれているが、本来であれば私がナディーンと一対一で対峙して伝える内容らしい。

もっと厳しく言うのなら、私が不満を覚える前にナディーンが気づき、侍女や料理人を教育し直すものでもあるのだとか。

「つまり、わたくしがすぐにヘルミーネ先生を頼ることは、ナディーンとしては面白くないのですね」

「ある種の越権行為に相当すると思われます」

もちろん、ナディーンは主である私の決定には逆らえないはずなので、越権行為とみなされるのはヘルミーネの側だ。

少々どころではなく、理不尽にも感じる。

ただ、今はグルノールから連れて来たヘルミーネばかりを私が頼るのは当然である、とナディーンの側でもヘルミーネを立ててくれている。

今しばらくは、間にヘルミーネを挟むことも許されるだろう。

「料理人とナディーンへは、 私(わたくし) から伝えておきます。ナディーンへはティナさんお一人では会いに行かれませんように」

「一人ではダメだとおっしゃるのは、なぜでしょうか?」

「ディートフリート様をとにかく甘やかせてお育てした方ですから。主の不興を買った料理人など不要だ、と解雇するかもしれません」

料理人の解雇までは望んでいないのでしょう? とヘルミーネに問われ、慌てて首を縦に振る。

私としては、濃すぎる味付けを改善してほしいだけなのだ。

レオナルドに色目を使う侍女や、病人の看病を拒否して他者に押し付ける侍女とは違い、真摯に料理をしてくれる料理人の職を奪いたいわけではない。

料理人へは少し味付けを薄くしてくれるよう、ナディーンへの説明は私の体調不良を理由にしばらく味を薄くするようにと、ヘルミーネが頼まれてくれた。

……先にアーロンが見てきた、っていうから、探検感はないけど。

暖炉の隠し扉を調べよう、という約束がようやく果たされる。

離宮の中、という実にお手軽な場所にある探検スポットだったのだが、熱を出して寝込んでいたために、今日まで冒険の旅に出ることができずにいた。

冒険と呼べるほどの物は何もないはずなのだが、そこは気持ちの問題だ。

子どもなのだから、子どもらしく隠し扉などというドキドキ要素に心を躍らせてみた。

「レオナルド殿には報告をしてあるが、おま……ティナお嬢様にも報告をしておきます。春の部屋の暖炉には、確かに設計図に描かれていた隠し扉と通路、それから階段がありました」

「それはすごいですね!」

「ついでに言うと、中には……」

「それ以上はいいです! 言わないでください!」

楽しみがなくなります、とアーロンの口を両手で塞ぐ。

私が聞きたいのは、隠し通路自体に危険はないか、ということだけだ。

アーロンによる事前の確認で危険が見つかっていれば、レオナルドが隠し通路へと私が入ることを許すわけがない。

今が夏のせいか、前の主がほとんど離宮を使っていなかったというせいか、暖炉の中はきちんと掃除がされていて綺麗なものだった。

一度隠し扉を開いたあとでもあるので、ほとんど汚れることもなさそうだ。

「大きな暖炉ですね」

「王族の離宮の暖炉だからな」

マンデーズ館の暖炉は私でも膝立ちするのがやっとだったのだが、春の部屋の暖炉は、隠し扉が設置してあるためか作りが広く、高さもある。

低い口を抜けて中へと入ってしまえば煙突へと続く縦穴が大きく作られており、レオナルドはさすがに腰を屈める必要があったが、私や侍女の誰かであれば立つことができるぐらいに天井が高かった。

……これはたしかに、隠し通路の出入り口になるね。

離宮を与えられる多くが未成年であることから、アーロンが説明してくれる隠し扉の開閉口は私にも容易に手が届く場所に作られている。

石が積み上げられているように見えるのだが、触ってみると一つだけ感触が違い、石ではなくタイルだと判った。

アーロンに教えられるままにタイルをずらすと、中からレバーが出てくる。

レバーを引くと、頭上から鈍い音がして、扉部分が少しだけ開いた。

「……暖炉の口が、目隠しになっているのですね」

少し段になっている隠し通路の入り口に立ち、暖炉の入り口を振り返る。

低い口が目隠しになり、外からでは覗き込まないかぎりこの隠し扉は見えなくなっているのだろう。

「奥に行ってみてもいいですか?」

「危険がないことは確認してあるが、先に俺が行こう」

事前にアーロンが探索をしているため、危険らしい危険はないと確認してあるが、それでも先行するのは私以外が良い。

レオナルドがそう言うので、一度通路から降りて順番をかわる。

体の大きなレオナルドは、暖炉の中ではとても狭そうだった。

「おいで、ティナ」

「はい」

通路に立ったレオナルドが手を差し出してきたので、自分の手を重ねる。

引っ張り上げられて入った隠し通路には不思議と先が見える程度の明るさが有り、通路自体の天井も高い。

「……光はどこから来ているのでしょう?」

「離宮の建設当時から作られていた通路だからな。明り取りも設計のうちだ」

「これぐらいの暗さなら、昼間は明かりを持って入る必要はなさそうですね」

「というよりも、明かりを持って入ったら敵に見つかる仕組みだ。離宮の中で、たまに壁にはめ込まれた鏡があっただろう?」

熱で寝込んでいる私の近くで延々資料を読み込んでいたらしいレオナルドは、離宮についてかなり詳しくなっていた。

どの回廊に鏡があり、その鏡が実は仕掛け鏡で、外から光を取り込んでいるのだと私に教えてくれる。

……えっと、マジックミラーみたいなものかな?

光の屈折を利用して、表からはただの鏡に見えるが、裏からはガラスのように表の様子が見える、という仕掛けだったはずだ。

原理としては、前世ではどの家庭にも普通にあった薄いレースのカーテンに近いらしい。

カーテンはただの糸が編まれたものだが、一枚間に挟むだけで昼の間は太陽に照らされた外の方が明るいために家の中を覗けなくなり、夜は逆に灯りのともされた部屋の方が明るいため、外から家の中が丸見えになってしまう。

レオナルドが『明かりを持って入ったら敵に見つかる』と言ったのも、この仕掛けのためだろう。

室内の自然光よりも、暗い通路へと持ち込まれたランタンやランプの火の方が明るい。

そのため折角の隠し通路も、通路を使う状況次第では、ランタンの明かりが逆に命取りとなる。

「新しい見取り図と古い設計図を見比べたが、この通路は故意に残されたようだ。他の通路へ明かりを取り込むための鏡や窓は、すべて塞がれていた」

あまり通路が多くても、逆に侵入路として使われる場合もあるからな、と話しながら通路を進む。

薄暗い通路は、意外に長かった。

時折小部屋のようになっている場所があるのだが、そういったところは表では石作りのベンチやはめ込まれた棚になっていると説明される。

表からはこんなところに小部屋が隠されているだなんて、まったく判らないようだ。

「……扉、ですね」

どのぐらい歩いたかは判らないのだが、時折階段を下りたので、ここは地下だと思う。

通路や時折作られた小部屋を抜けた先にあったのは、一枚扉だった。

腐食を考えてか、金属製の扉だ。

「鍵がかかっています」

試しにノブを回してみたが、扉は開かない。

少し錆びたような反応と音がするだけで、ノブは回るのだが扉はびくりとも動かなかった。

「ここが離宮と外を繋ぐ通路の出口なんだが……」

「これでは、脱出路としては役に立ちませんね」

鍵の在処は判っているのか、と事前に隠し通路を調べていたはずのアーロンに聞いてみる。

私の問いに、アーロンは静かに首を振って答えた。

「この扉の鍵は見つかっていません。扉自体は離宮の改修をした時に取り替えた、という記録がありましたが、その当時離宮に住んでいた王族はすでに亡くなられており、鍵の保管場所は確認ができません」

離宮の改装を支持した主が鍵を管理し、誰にも鍵の在処を伝えることなく病死したのか、何者かの手に渡って行方知れずになっているのかはわからない。

ただ確かなのは、出口の扉の鍵を現在の離宮の主が持っていないということだ。

「扉ごと鍵を換えましょう。このままでは扉として役に立ちませんし、鍵が行方不明というのも怖いです」

「しかし、王族の離宮の鍵など……勝手に換えてもいいものなのでしょうか」

「わたくしが生きている間はわたくしの離宮のようですから、わたくしが安心して暮らせるようには鍵を交換したいです」

問題があるかどうかは、ナディーンとアルフレッドに一応聞こう、とジゼルが不安そうな顔をしていたので、責任を投げることを提案する。

私だけの思いつきで問題があるのなら、離宮のまとめ役であるらしいナディーンや、王爵を持った王族であるアルフレッドに確認を取ればいい。

これなら私の独断にはならないはずだ。

隠し通路探検を終えて春の部屋へと戻ると、ナディーンとヴァレーリエが待ち構えていた。

暗い通路の中にいたので気づかなかったのだが、明るい室内へと出てくると、私の体はあちこち埃塗れで汚れている。

体が汚れるぐらいは洗えば落ちるので構わないのだが、服についた煤や埃はそう簡単には落ちてくれない。

悲鳴をあげるナディーンと、問答無用で私を抱き上げたヴァレーリエは実に対照的だった。

……判った。杖爵のヴァレーリエが私付の侍女なのって、身分的には私も逆らいづらいからだ。

本来であれば、王の子にこそ付けられる身分の侍女なのだろう。

身分を笠に言うことを聞かない王の子どもに対し、毅然とした振る舞いができる者として選び抜かれた存在がヴァレーリエのような杖爵の侍女だ。

とてもではないが、客分でしかない私に付けられるような人間ではない。

……そして意外に力持ち?

小柄とはいえ、私はもう十一歳だ。

女性が抱き上げて運ぶには少々どころではなく無理があると思うのだが、重たそうに表情を崩すことなくヴァレーリエは私を抱き運ぶ。

そして、そのまま風呂へと運び込まれると、頭のてっぺんから足の爪の先までゴシゴシと洗われた。

無心になって洗わずにはいられない程に、私は汚れていたらしい。

着替えて自室へと戻ると、ナディーンに懇々と小言をいただくこととなった。

要約すれば、隠し通路の探索など、護衛に任せておくべきで、離宮の主が自ら赴くものではない。

しかも、私は女の子であるのだから、余計に危険になど顔を突っ込むものではない、というものだった。

ディートフリートは野放しなレベルに甘やかして育てたと聞いているので、なんとなくナディーンに私が叱られるのは納得がいかない。

なにか変だぞ、と思って顔を上げると、ナディーンの後ろにはヘルミーネが控えていた。

楚々とした淑女の顔をして立つヘルミーネに、ピタリと腑に落ちてくるものがある。

……ナディーンに隠し通路探検をバラしたの、ヘルミーネ先生ですね!?

なんという裏切り行為、と一瞬だけショックを受けたが、遅れて気がつく。

ヘルミーネは私へと淑女教育を行なうための家庭教師だ。

その家庭教師の前で、私は隠し通路探索についてを語っていた。

隠し通路探索などという淑女にあるまじき行為を、最初からヘルミーネが止めないということ自体がまずおかしい。

それをしなかったということは、離宮内において私を叱る役はナディーンへ、とヘルミーネの中で役割の交代が行われ始めているのだろう。

先日の抜き打ちテストのようなものだ。

いつまでも私を子ども扱いはしてくれない、というヘルミーネからの意思表示でもある。

叱られる前に、叱られることだと気づき、行動を改めよ、と。

……教育レベルが急に上がった……?

もしくは、私がグルノールから連れてきたヘルミーネばかりを頼り、狭い世界に閉じ籠ろうとするのを予見し、阻止に動いたのかもしれない。

外へと目を向けることも大切である、と。

……ヘルミーネ先生、スパルタです!

つまりは、これも抜き打ちテスト第二弾だ。

淑女として正しい振る舞いを、私がとれなかっただけである。