軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

女性に人気の職場です

翌朝の目覚めは最悪だった。

なにしろ、眠りに落ちる直前の記憶が、白々と明るんだ世界だ。

ほとんど眠れていないと言った方が正しい。

……でも起きるよ。お寝坊さんだなんて思われたくないし。

旅の疲れが残る初日ぐらいは寝坊をしても許されるような気がするが、なにごとも最初が肝心だ。

朝寝坊をする子どもだとは思われたくない。

シパシパとする瞼を閉じたまま、重たい頭を持ち上げる。

のそのそとベッドの上を移動して降りようと思ったのだが、伸びてきた髪を手で踏んでしまい、柔らかなベッドへと顔を突っ伏して転んだ。

今年も追想祭が終わったら切ろうと思っていたのだが、どうやら今年は精霊の寵児として追想祭に参加をすることはなさそうな気がする。

髪を編み込みたいというカリーサもいないので、少し早いが切ってしまおうか。

そんなことを考えていると、扉の開く音がした。

「……起きたのか?」

「おきましたよー」

夜の護衛をしていてくれたアーロンに、起きたかと問われたので起きたと答える。

自分の声だったのだが、想像以上に眠そうな声で、自分でも少し驚いた。

「おはようございます、ティナお嬢様」

アーロンと入れ替わりに、ヘルミーネの声がする。

足音が続くので、部屋の中へと入ってきたのだろう。

出迎えようと今度こそベッドから降りて天蓋を開くと、洗顔用のお湯を持ったヘルミーネが立っていた。

……そうだった。ヘルミーネ先生、ここでは授業の時間以外は 女中(メイド) をしてくれるんだった。

女中として働く時間は服までメイド服を着ているので、なんだか新鮮な気分だ。

ヘルミーネに朝一番の挨拶をして、タオルとお湯の用意された洗面台で顔を洗う。

少しだけ眠気は飛んだが、まだスッキリとはしてくれない。

「お風呂にでも入られますか? 前の主はティナお嬢様とは違って、朝に入浴をされる習慣があったそうです」

同じように新しい主も朝に入浴するのだろう、と使用人が朝から風呂の準備をしてくれている、と報告を受けて思いだした。

とにかく昨夜は早めに寝なさい、と言われたので、お風呂にも入らずに寝てしまっている。

つまりは旅の埃を落とせていないし、風呂に入ればさすがにスッキリするだろう、とも思えた。

……あんまりスッキリしなかったね。

離宮の広すぎる湯船に落ち着かず、たっぷりのお湯に浸かって逆に疲れた気もする。

風呂から出てヘルミーネに髪を整えて貰っていると、わらわらとジゼルと昨日の侍女たちが脱衣所へと入ってきた。

……なんだろ?

全員目が微妙に泳いでいる。

何か言いたそうにチラチラとヘルミーネへと視線を送っているのだが、ヘルミーネはそれを無視して私の髪をハーフアップに編み込み、左右に小さなお団子を作った。

「おはようございます、レオナルドお兄様」

「おはよう、ティナ」

ヘルミーネに先導されて居間へと移動すると、レオナルドが長椅子に座って珈琲を飲んでいる。

場所こそ違うが、いつもどおりの光景になんとなくホッとした。

「昨日は一人で眠れたみたいだな」

偉いぞ、と頭を撫でようとレオナルドの腕が伸びてきたので、そのまま頭を撫でられることにする。

一人で過ごしてはいたが、眠れてはいないという事実の報告は、レオナルドの手を堪能したあとでいい。

「眠れなかったので、レオナルドお兄様の部屋へ行こうとしたのですが、アーロンに止められました」

十一歳はそろそろ子どもではないので、保護者とはいえレオナルドと一緒に寝るのは不味い、と。

一応は納得のできる話だったので、私もこれに従った。

初めての部屋で不安ではあったが、一人で眠るよう私なりに努力はしたと思う。

「レオナルドお兄様は初めてのお部屋で、よく眠れましたか?」

「俺は絶対にティナが夜中に訪ねてくると思ったから、半分は起きていたな」

だから少し眠い、とあくびを噛み殺すレオナルドに、やはり行ってよかったのか、と内心で突っ込む。

そろそろ兄離れしなくてはならないということも納得はできるが、時と場合によると思うのだ。

来たばかりの場所の、広すぎる初めての部屋で、子どもが不安を感じないわけがない。

すぐ近くに保護者がいるのなら、保護者を頼ってもいいはずだ。

「それより、ティナも何か飲むか? 後ろのティナの侍女たちが、働きたそうにソワソワしているぞ」

「そわそわ?」

レオナルドに促され、背後を振り返る。

壁際には四人の侍女が整列していて、とてもではないが『ソワソワ』とした雰囲気ではない。

どちらかと言えば、『ヒヤヒヤ』とした顔つきである。

……あれ? ヘルミーネ先生は?

居間までは一緒に来たのだが、ヘルミーネの姿が見えない。

それから遅れて気が付く。

ナディーンは離宮のまとめ役だと聞いた気がするのだが、今朝はまだ姿を見てはいない。

変だな、と思いつつも侍女に「何か飲み物をください」と言ってみた。

そうすると、四人の侍女が一斉に動き出す。

……あ、うん。わかった。

慌てふためきながら飲み物の準備を始める侍女と、時折もれ聞こえる言葉を繋げると、彼女たちは私に戸惑っているのだ。

正確には、以前の主人とは違いすぎることに、だ。

……脱衣所に後からわらわらと入って来て、目を泳がせてた理由もわかった。

朝入浴をする習慣があった、という以前の主は、なにも早起きだったわけではない。

たまたま午前の間に風呂に入っていた、というだけで、起きる時間は遅かったのだろう。

その主の起床に合わせて仕事をしていた侍女たちは、私の起床時間も当然のように前の主と同じであろう、と確認を怠った。

つまり、脱衣所に後から姿を現したのは、単純に侍女たちが寝坊をしたからだ。

ヘルミーネとナディーンがこの場にいないのは、ヘルミーネがナディーンに侍女たちの怠慢を報告しているためだと思われる。

「どうぞ、お嬢様」

コトッとコップが置かれる音が四回続き、目の前に四種類の飲み物が用意された。

これはもしかしたら私の失敗かもしれない。

先ほど「何か飲み物を」と注文したので、私の好みなど知っているわけもない侍女たちが思いおもいに飲み物を用意したのだ。

レオナルドと同じ珈琲、レモンの添えられたハーブティー、柑橘系のジュース、ミルクが並ぶテーブルを見ると、彼女たちの試行錯誤が窺える。

……選びづらい。

どのコップが選ばれるのか、と四対の視線が私の手元へと注がれた。

その視線に晒される身としては、逆にどのコップも選びづらい。

さて、どうしたものかと考えて、卑怯ではあるが五つ目の選択肢を用意することにした。

「……空のコップと、水をください」

「ただちに」

風呂上りに少し喉を湿らせたかったぐらいなのだが、四つも飲み物が用意されてしまったのは私の責任だろうか。

人を使う立場というのも、案外難しい。

用意された空のコップに水を注ぎ、そこにハーブティーに添えられていたレモンを絞って数滴落とす。

これだけで少しだけ爽やかな水になった。

風呂上りに飲むにはこの位で丁度良い。

「ジュースは朝食に回してください。ミルクは寝る前に温めたものを飲みたいです。珈琲は……レオナルドお兄様、もう一杯飲めますか?」

ハーブティーはどうしようか、と自分の失敗をフォローするべく頭を悩ましていると、レオナルドの忍び笑いが聞こえる。

食べ物を無駄にしたくない、とお腹に入れようとする努力は認めるが、自分のお腹は朝食を入れる隙間を残しておきたい、と。

……たしかに、珈琲でお腹がタプタプになったら、朝食が入らなくなるもんね。

「侍女はティナの生活を手助けするためにいる。彼女たちは人に仕えるために訓練をされているが、ティナに仕え始めたのはまだ昨日からだ。ティナの望みにすぐ添えるわけじゃない」

何が欲しい、どうしてほしい、をすぐに察せられるわけがないので、お互いのためにも指示は明確に出すべきだ、とレオナルドは言う。

好みの傾向がわからない新しい主に「何か」飲み物を、と言われて侍女は混乱してしまったのだ、と。

「わかりました。次からは『何が飲みたい』って明確にお願いします」

「お願いもいいが、侍女には命令だ。主従の区別はきっちり付けておけ」

お互いのためにも区別は大事だ、と諭されて、つい「はぁい」と甘えた返事をしたのだが、間が悪く、居間へと戻ってきたヘルミーネに聞かれてしまった。

ギラッと目が光った気がするので、これは午後の授業でお説教をいただくと思って間違いはないだろう。

朝食は、半分ほどしか食べられなかった。

ジュースはするりと喉を通っていったのだが、寝不足のせいか固形物がつらい。

せかされているわけではないのでゆっくり咀嚼してもいいのだが、段々辛くなってきたので無理をするのはやめた。

……スープの味が濃い。

体調のせいか、これが王都の味付けなのか、ジュースは美味しくいただけたのだが、スープは飲むのも少し辛い。

体調が戻れば普通に感じるのかもしれないが、これが王都の味付けだと言うのなら、レオナルドの野菜スープをヘビロテでいただきたいぐらいだ。

……ヘビロテは嫌だ、って前は思ってたのにね。

朝食が終わると、午前中は自由時間になる。

自由時間というよりも、私の場合はヘルミーネによる午後からの授業以外に予定がない。

どうしようかな、と考えて、昨日は味もみずに終わったノラカムの存在を思いだす。

……エルヴィス様からの贈り物って聞いたけど、お礼状とか送った方がいいのかな?

……珈琲がレベッカ、ハーブティーがウルリーカ、ジュースがヴァレーリエ、ミルクがスティーナ、と。

人数が多すぎて正直一度に覚えられる気がしないのだが、いただいたノラカムを話の種として使わせてもらいつつ、手始めに侍女四人の名前を聞き出した。

ノラカムを配りつつ、侍女や使用人に挨拶をしてくるとヘルミーネに言ったところ、それは主の行動ではないと注意されたが、ナディーンには背中を押された。

離宮の主は私なので、私の思うようにしていい、と。

ヘルミーネの注意も理解はできたのだが、とにかく私が新しい環境に慣れないことには満足に眠ることもできないのだ。

多少型破りな主かもしれないが、まずは離宮でどんな人がどれだけ働いているのか、人数ぐらいは把握しておきたい。

侍女四人は、それぞれ貴族の娘とのことだった。

行儀見習いとして王城で勤めていたのだが、今回の私の移動に合わせて特に若い娘が離宮へと集められたらしい。

以前の主に仕えていた侍女たちは、三分の二ほど解雇され、残りはまだ私の前へと出て来ていないだけで、レオナルドの世話をしたり、護衛二人の世話をしたりしているとのことだった。

早く私が王都に馴染めるように、と話し相手をかねて若い娘たちで私の周りを固めることにしたのだとも聞く。

「家の爵位を名乗る子と、名乗らない子がいるのはなぜですか?」

離宮に到着したばかりの私の前へは出て来なかった別の侍女を捕まえ、ノラカムと交換で名前を聞きながら離宮を散策する。

侍女仲間はともかく、使用人にまで会いにいくのは、と四人の侍女は抵抗があったようなので、置いてきた。

誰の気遣いで私の周囲に置かれたのかはわからないが、あまり仲良くはなれない気がする。

……まあ、私の予感ってあまり当らないけどね。

エルケやペトロナとも最初は苦手意識があったのだが、今では普通に友だちだと思っていた。

彼女たちに対する最初の苦手意識は、ほとんど私の人見知りが原因だ。

「爵位を名乗らない理由など、ティナお嬢様でしたらすぐに思い浮かぶでしょう」

「……一番下の爵位だから、とかでしょうか?」

同行しているヘルミーネの言葉に、少しだけ深く考えてみる。

爵位を言いたくない理由があるとすれば、没落間近と言われる華爵だから、という理由がパッと浮かんだ。

家名にしても、本当に没落間近であれは、貴族間では名が知れ渡っているということもあるかもしれない。

「あまり自分からそういった立ち位置にいる、と新しい主に言える者はおりません」

「あれ? それだと……」

……昨日、ジゼルも私に爵位と家名を教えてくれなかったんだけど?

「ジゼルがティナの護衛でいるのは、最長でも三年だな」

考えていることがわかったのか、レオナルドがこんなことを言い始めた。

私の存在については、貴族の情報網であればある程度知ることができる。

となれば、国王が目をかけて護衛を付けるほどの存在に、自分の娘を近づけるチャンスがあるのなら、これに乗らない者はいないだろう。

護衛対象は子どもとはいえ女性だ。

女性の騎士は必ず必要になる。

必須条件は女性であることなので、そのほかの騎士に必要な技量などは後回しにもなるだろう。

女性の白騎士には良い職場のはずだ。

特に、功績を挙げて家を持ち直したいと考える華爵と、忠爵になって貴族として安定したい功爵には狙い目の職場と言える。

「三年、というのは?」

「貴族の子息がヴィループ砦に送られて、形だけでも騎士として認められるまでに三年かかる」

今頃は娘を私の護衛として付けたい功爵家が、娘をヴィループ砦へと送る相談をしているはずだ、とレオナルドは言う。

華爵と功爵では、功爵の方が強い。

先に華爵のジゼルが護衛についているからといって、あとから来た功爵の娘が護衛の座を奪うことは簡単だ、とも。

「つまり、ジゼルがわたくしの護衛をしているのは、功績が欲しかったのですね」

「いや、ジゼルの場合はもっと単純に、他に女性の騎士がいなかったからだろう」

事前に離宮の間取りを調べていたアーロンとは違い、ジゼルは情報というものを軽視していた。

自分の護衛対象がどういった価値のある人間かなど、調べもしていないかもしれない。

「いずれにせよ、女性の身でありながら白騎士になるほどに功績を求めている家柄でもある」

必死さ加減から察するに、本当にギリギリで貴族といった崖ぷちにいるのだろう。

護衛として黙って背後についているのだが、なんとなく不憫になって振り返ると、私と目の合ったジゼルはそっと顔をそらした。

……あ、わかった。女性に人気の職場になりつつあるのには、もう一つ理由があった。

ジゼルに目をそらされた瞬間に、思いついたことがある。

功績を求めているのなら、なにも私の護衛をして国王の目に留まる必要はない。

私の兄であるレオナルドが、その求めてやまない功績を持っていた。

私の護衛として身近にいるうちに、なんとかレオナルドを口説き落として婿にすれば、それだけで彼女らの目的は達成できるだろう。

……嫌な意味で女性に人気の職場だ。