軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

オレリアの墓

おもいきり泣いたら、すっきりした。

我慢はやはり体に良くない。

今生はまだ子どもなのでいいが、一度成人しているはずの私の前世では、どのようにして家族の死をやり過ごしていたのだろうか。

まさか今のようにわんわんと泣いてはいなかったはずなのだが、心の折り合いの付け方がどうしても思いだせなかった。

……まあ、いいか。今は私も子どもだもんね。

自然にやり過ごし方を身につけるまでは、子どもらしく素直に保護者の胸へ甘えて泣けばいい。

それを許してくれる兄であったし、レオナルドの前では私も素直に泣ける。

これがもう少し成長してお年頃にでもなったら、家族といえども目の前でなんて泣けなくなるのだろうから、本当に今だけのことだ。

帰り道は記憶にない。

泣き疲れて、ほとんどレオナルドの腕の中で眠っていたからだ。

「……ティナ、パウラに挨拶は?」

「んぁ?」

優しく揺り起こされて、オレリアの家へと戻ってきたのだと知る。

まだぼんやりとする頭で周囲を見渡せば、今日何度かすれ違っているはずなのに、初めて見るパウラの顔があった。

「お久しぶりです、ティナちゃん。今日はお師匠に会いに来てくださって、ありがとうございます」

「こんにちは、パウラさん」

レオナルドに合図を送って、地面へと下ろしてもらう。

抱き上げられたままで挨拶、というのも格好がつかなかった。

「お久しぶりですね。オレリアさんの遺品を送ってくださり、ありがとうございました」

泣いてすっきりした頭で、ヘルミーネに教えられた淑女の皮を被る。

散々みっともない姿を見せたあとではあるが、仕切りなおしは大事なことだ。

「いえいえ、どういたしまして。ティナちゃんに遺品を送ろう、って言い始めたのはバルバラさんなので、お礼はバルバラさんに言ってあげてください」

親族である自分が遺品を持つよりも、私に渡した方がオレリアは喜ぶだろう、と遺品を整理したのはバルバラだったらしい。

バルバラがオレリアの親族だっただなんて、今はじめて聞いた。

しかし、言われてみれば納得もできる。

オレリアもバルバラも高身長で、同じ赤い髪をしていた。

「バルバラさんは、今はどちらに?」

「彼女なら、王都にあるセドヴァラ教会へ移りました」

長い時間の中で手抜きを覚えてしまった 薬師(くすし) の性根を叩き直すために、まずは国内で一番薬師が多い王都への移動を希望したのだ、と。

……王都にいるんなら、お礼は言えそうだね。

間違ったことを言ったつもりはないが、バルバラには一度不用意に傷つけるような発言をしてしまっている。

傷つけたことは詫びて、遺品についてはお礼を言いたい。

「私の方は、ワイヤック谷に残ることにしました」

もともとオレリアが街へと引っ越す気になっていたため、谷の管理にまつわる引継ぎは事前に教えられていた。

そのおかげで、オレリアが急死したからといって、これまで谷で取れていた素材のすべてが失われることにはならなかったようだ。

オレリアの知る秘術の多くは失われてしまったが、ゼロになったわけではない。

「……きょ、今日は、オレリアさんのお墓参りに来たのです」

案内していただけますか、と言う声が少し震えた。

泣いたし、受け入れもしたが、やはり悲しいものは悲しいのだ。

パウラはこんな私の心情を理解してくれているのか、賑やかな女性だと記憶していたのだが、今日は少しおとなしい。

穏やかな微笑みを浮かべると、こちらですよ、とオレリアが埋葬されている場所へと案内してくれた。

パウラが案内してくれた墓地は、位置関係的にはちょうど逃げ出した弟子たちの屍が転がる崖の反対側だった。

私が谷にいる間は一度も来たことがない場所なのだが、短い下草は生えていても雑草はない。

そう考えれば、ちゃんと定期的に管理がされている場所なのだろう。

……やっぱり、何も思い浮かばないや。

両親の墓の前に立った時もそうなのだが、故人に告げるべき言葉が浮かんでこない。

自分は薄情なのだろうか、とも思うが、今日に限っては先にレオナルドへと八つ当たりをしたあとだからだとも思う。

なんで死んだの、もっと一緒にいたかった。そんな愚痴を延々レオナルドにぶつけたあとなので、いざ墓の前へと来てみれば、ぶつけたい言葉が何も残ってはいない。

……さびしいお墓だね。

メイユ村の墓地に比べれば大きな石が目印としてあるだけ墓らしい体裁を保っているのだが、慰霊祭で見たグルノールの街の中にあった整えられた石で飾られた墓を思えば、やはり急ごしらえの墓でしかない。

周囲には他に整えられた石の墓が幾つかあるので、オレリアの墓もいつかはちゃんとした石が用意されるのだろう。

……ボビンレース、少しずつだけど綺麗に織れるようになったよ。オレリアさんに褒めてほしかったな。

……カリーサの進化がすごいの。カリーサっていうか、マンデーズの館の使用人たち? がもうボビンレースを覚えたみたいで、いろいろ作ってくれたよ。

……イリダルの飾り襟とか、ホントに凄いんだから。オレリアさんにも見せたかったけど、今回も突然ここに来れることになったから、用意できなかったよ。

……ニルスがね、あ、ニルスっていうのはグルノールの街にいる私のお友だち。ニルスが、ボビンレースを広げるなら本を作ったらどうか、って教えてくれたの。オレリアさんはどう思う?

文句が出てこなかったので、ひたすら私の近況を報告した。

ボビンレースについて思ったこと、感じたことを次々に報告し終えたあと、ちらりと横で黙祷を捧げているレオナルドの顔を盗み見て、また視線をオレリアの墓標へと戻す。

……レオナルドさんに、ちゃんと私が日本人の転生者だって話したよ。

…… 家族(いもうと) を売る兄なんていない、って言ってくれて、嬉しかった。

……たまにとんでもないおバカ野郎だったりするけど、私のお兄ちゃんです。

……私、このままブラコンに目覚めたらどうしよう。お嫁にいけないかもしれない。

逸れはじめた思考に、自然と唇の端が上がった。

さっきまでは赤ん坊のように泣いていたのだが、今はもうちゃんと笑えるようだ。

……お墓参り、来てよかったな。

少しどころではなく、すっきりとした気分で顔をあげる。

ちょうどレオナルドもオレリアとの会話が終わったのか、私を見下ろす黒い瞳と目があった。

「レオナルドお兄様は、オレリアさんとどんなお話しをしたのですか?」

「ティナのことは安心して任せてくれ、と。あとは近頃のティナのお転婆っぷりの報告だな」

さっきも脛を蹴られた、とおどけた顔を作ったレオナルドが言うので、リクエストに応えてあげることにした。

今日二度目の特注靴の洗礼を受けたレオナルドは、その場にうずくまって痛みを堪える。

私はというと、丁度レオナルドの頭が下りてきたので、首へと腕を回して抱っこ待ちだ。

「……ティナ、抱っこは禁止じゃなかったのか?」

「ヘルミーネ先生にばれなかったら怒られない、ってさっき気がつきました」

甘えたい気分です、抱っこしてください、と言ったら、珍しくもレオナルドが抵抗してみせた。

十一歳は成人まであと数年しかない、と気が付いたのかもしれない。

しかし、そんなことは今さらだ。

ここしばらく抑えていたはずの私の甘えん坊魂を目覚めさせたのはレオナルドなので、責任をもって落ち着くまで甘やかせてほしい。

おねがい、お兄ちゃん。と甘えついでに可愛らしくおねだりをしてみた。

トドメとばかりに頬へとキスをしたら、レオナルドのなけなしの保護者としての自負と自制心はどこかへと飛んでいく。

あとにはもう、妹の奴隷と化した兄が残されただけだ。

オレリアの家の前へと着く前に下ろしてもらったのだが、ヘルミーネにはたっぷり怒られた。

バレなければ大丈夫かと思ったのだが、予想以上にデレデレとしたレオナルドの顔がすべてを物語る。

レオナルドの顔が外へ出せない状態に崩れるなど、私がかかわる以外にはあり得ないことだ。

……騎士団長としては、ちゃんとお仕事してる人なんだけどね!

そんなレオナルドの顔が崩れていれば、私が何かしたのだとすぐに判る。

パウラと別れの挨拶をすると、再び馬の背へと乗せられた。

オレリアの家から出てきたアルフレッドに、墓参りはいいのかと聞いたところ、私たちが森へ入っている間に済ませたらしい。

アルフレッドも、アルフや自分の近況と、これからも王家としてはセドヴァラ教会と手を取り合って医療を民の手に届くものにしていく、と誓ったようだ。

帰路は少しだけ馬の速度が落とされて進む。

お陰で馬の背に揺られていても、私でも大人たちの会話に加わることができた。

パウラによると、オレリアは眠るように静かに逝ったらしい。

というよりも、夜は普通に寝室へ入り、太陽が高い時間になっても起き出してこないオレリアを不審に思ったパウラが起こしに行くと、ベッドの中のオレリアは息を引き取っていたそうだ。

死因としては、老衰だろうか。

特に持病を患っていたという話は聞いていないので、穏やかにポックリと逝ったのだと思う。

そうもパウラは言っていた。

……オレリアさんが死んじゃったから、セドヴァラ教会は大変だね。

本当に大変なのはジャスパーかもしれないが。

写本作業はまだ終わらないのか、日本語の研究に早く移りたい、とセドヴァラ教会からの催促が多い。

無事に日本語が解読できたとしても、できるものは研究資料だ。

資料を基にした薬の研究が、そのあとに待っている。

……私が読めば、解読作業はまるっと省略できるんだけど?

とりあえず面通しをしたい、という話しか聞いていない。

国王に会ったあと、そのままグルノールの街へと帰ることができるのか、それとも王都に留まって日本語を読まされることになるのかも聞いてはいなかった。

馬車を待たせた町まで戻ると、一晩休んで王都への旅を再開する。

馬車での移動も、十日もすればすっかり慣れて、午前の涼しい時間はレオナルドの馬に乗り、午後は馬車の中でヘルミーネの授業を受け、他の時間はアルフレッドとセークやリバーシをして過ごした。

補給のために少し大きめの町へと立ち寄るたびに思うのだが、アルフレッドは本当にアルフがかかわらない場面ではまともな王子さまだ。

身分を隠して時折視察へと出かけて行くのだが、視察から戻った日は遊びへは誘われない。

ずっと寝室に籠って、報告書を書いているようだった。

……まあ、やっぱり負けず嫌いな王子さまではあるんだけどね。

公私をしっかりわけることができる人物である。

いつか聞いた評価は、実にアルフレッドにピッタリとくる評価であった。

公人としてのアルフレッドは、謙虚で公平な為政者だ。

私人としてのアルフレッドは、何事にも全力で、自覚しつつも他人の迷惑に目を瞑り、 盤上遊戯(ボードゲーム) で負けが続けば勝つまで退席を許してくれない少々困った青年だ。