軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

家族というもの

とにかく牢屋から出ろ、とアルフに促される。

レオナルドと私が牢に入っているのはとても目立つらしく、私の情報漏えいを揉み消すのなら長居をするのはよろしくないのだとか。

「……いや、もう少しここでいい」

アルフに促され、一度は牢から出ようとしたのだが、レオナルドは足を止めて私を振り返る。

私の犯した罪を 大事(おおごと) にしない、ということでは一応の納得をしたようなのだが、やはり気になることがあるのだろう。

私としても気になることがある。

……さらっと日本語読めますって伝えたけど、誰も突っ込んでこないのが逆に怖いです。

レオナルドならどんどん流されていった話につい聞き逃してしまうこともあるかもしれないが、アルフに限ってそれはないだろう。

私の発言の意味には、ちゃんと気が付いているはずだ。

「せっかくアルフが人払いをしてあるんだ。ティナにいくつか確認したいことがある」

「なんですか? なんでも聞いてください」

答えられることなら、なんでも答えるよ、とレオナルドの言葉の続きを待つ。

ドサクサ紛れに投げた爆弾発言だったが、まったく触れられないというのも気味が悪い。

それだったら真正面から問い質された方がよかった。

「さっきティナは研究資料の内容が読めた、と言っていたが……読めたのか? ニホン語で書かれているはずなんだが」

「癖の強い字でしたけど、ちゃんと読めましたよ。英語はまだもう少しお勉強が必要ですけど、 楷書(かいしょ) の日本語だったらだいたいは読めると思います」

旧字や独自の略字、 行書(ぎょうしょ) で書かれていたら完璧に読める自信はないが、聖人ユウタ・ヒラガが残したとされる研究資料はギリギリ楷書と言えなくもない字で書かれていた。

癖の強い汚い筆跡ではあったのだが、なにかのテレビで見た読める気のしない江戸時代のひらがなや漢文ではない。

私にも十分読めるものだった。

「カイショ? ……ニホン語が、読めるのか?」

「一般的な範囲でなら、読めると思います」

漢字検定を取れるような特別難しい勉強はしてこなかったが、義務教育は終えていたし、その先の教育も受けたとなんとなく覚えている。

難しすぎる漢字は読める気がしないが、ある程度は問題なく読めるはずだ。

……それに、ユウタ・ヒラガって漢字苦手だったみたいだしね?

簡単な漢字以外はひらがなで殴り書きされている箇所が多かった。

あれは自分以外の他者が読むことを考慮していない、ただのメモ書きだからだろう。

自分用のメモなので、自分さえ読めればいいのだ。

「一般的な範囲というのは……」

「レオナルドさん、本当に聞きたいことはなんですか?」

そこは今こだわるべき場所ではないだろう、と指摘する。

私が読める日本語の範囲など、私を利用したい人間以外には用がない話だ。

私の指摘を受けて、レオナルドは一度目を閉じる。

逡巡していると判る時が過ぎ、次にレオナルドが目を開いた時には覚悟を決めたのか、真っ直ぐに私を見つめてきた。

「……ティナはニホン人の転生者なのか?」

「何回か前に日本人だったみたいです」

戸惑いながらも『ニホン人』という単語を出したレオナルドに、私の方は『日本人』とはっきり断言する。

いつかはちゃんと話した方がいいと思っていたので、その『いつか』を『今日』にしたい。

話そう、話そうとは思っていたのだから、多少なし崩し的であっても、今話してしまった方がいい気がした。

「いや、しかし……以前は前世のことを覚えてはいない、と言っていただろう? あれは嘘だったのか?」

「何回か前のことなので、前世のことは覚えてない、は嘘じゃありません」

屁理屈ですけどね、と以前の己の発言を補足する。

不思議な青年によると、私は何回か前の人生で日本人だったらしい。

前世ではなく、前々世や前々々世の話だ、と。

レオナルドの目を真っ直ぐに見てそう答えると、レオナルドが困惑しているのがよくわかる。

目は私から逸らされないのだが、動作が多くなった。

今日は旅から帰ってきたばかりなのでお仕事モードの髪型をしていないのだが、顔にかかる前髪が邪魔になってきたらしい。

何度も前髪をかき上げたり、そのまま額に手を当ててうなだれたりとしている。

私にも判るほどはっきりとした動揺を見せるレオナルドとは逆に、アルフは冷静なままだった。

顎に手を当てた考える仕草で、少しだけ首を傾げている。

「ニホン人の転生者を探している、というのは最初に話していたはずだけど……どうして今まで話してくれなかったんだい?」

「それは、レオナルドさんたちが転生者を買いに来た、って言ったからですよ」

ダルトワ夫妻の子どもが転生者だった、というのはレオナルドたちが村へ来て初めて聞いたが、村長が他人の子どもを勝手に売る、という話は以前から聞いていた。

村長に子どもを売られた当のダルトワ夫妻と、我が家は親密な付き合いがあったのだ。

会ったこともない子どもが売られたという話ではあったが、売られた側の親はすぐ身近にいた。

人を売り買いするという話に、私が拒否反応を持つのは当然のことだと思う。

……それに、あの頃って、レオナルドさんたちとは出会ったばっかだったしね?

なんでも正直にすべてを話せるような信頼感はまったくなかった。

ただの出会ったばかりの大人だ。

しかも出会った理由は『人を買いに来た』という、歓迎できない内容でもあった。

これでは出会って早々に信用してすべてを話せ、という方が無理である。

「……ティナは段々レオナルドに似てきたと思っていたが、ちゃんと自分に不利な情報を伏せることができるんだな」

レオナルドより利口である、と褒められているのか貶されているのか判らないことを言って、アルフは肩を竦めた。

私が小細工や屁理屈を言うのは認めるが、レオナルドほどの正直者はそうはいないと思う。

良くも悪くも、レオナルドは類稀なる正直者だ。

……上に馬鹿がつくけどね。

「俺は、最初からティナに信用されていなかったんだな」

上に馬鹿がつく正直者、と評価する兄がため息をはく。

私は出会ってすぐの人買いを信用することはできなかったが、レオナルドは出会ってすぐの私を妹として受け入れてくれた。

仕方がないことだとは思うのだが、やはり申し訳なくなって、レオナルドの手を取る。

「そろそろ話した方がいいかな? って、思ってはいたんですよ」

まったく信用がないわけではない。

当時はともかくとして、今はちゃんと信用している。

それを伝えたくてレオナルドを見上げると、レオナルドの中でもなにか思い当たることがあったのだろう。

少しだけ気分が浮上してくるのが見て取れた。

「……そういえば、夏の終わり頃あたりから……なにか物言いたげに見られていた気がする。あれか?」

「はいです」

ずっと言い出せなくてごめんなさい、と謝ると、レオナルドの大きな手が私の頭を抱き寄せる。

されるがままに任せていると、ポンポンと頭を撫でられた。

「子どもが売られた前例のある村で育ったんだから、人を買いに来た黒騎士を信用できないのは当然だろう。ティナの行動は正しい、と思う」

兄を自称する者として、少し寂しくはあるが、とレオナルドの言葉は続く。

「……ただ、やはり相談はしてほしかったな。オレリアに情報を洩らす前に」

「ごめんなさい」

伝えようとは思ってくれていたのだろう、と言われれば、あとはもう謝るしかない。

自分が日本人の転生者だとは伝えようと思っていたし、オレリアへ研究資料の内容を伝えることについても相談したいと思っていた。

レオナルドさえ目を瞑ってくれたら、オレリアへと情報を流すことは簡単だったのだ。

私が一生懸命英語を勉強する必要もないほどに。

ただ、簡単に情報が流せるのと同じぐらい簡単に想像できたのが、レオナルドは決して頷かないということだった。

良くも悪くも実直なレオナルドが、いずれ誰かの命を救うことになる薬の 処方箋(レシピ) だからといって、情報漏えいなどという犯罪に加担するはずがない。

抱き寄せられたために目の前にあるレオナルドの腰へと抱きつく。

謝罪については誠心誠意対応したいので目を見て話せたが、これから先のことは怖くて目が合わせられない。

オレリアにも忠告を受けているのだ。

信頼は裏切られることもある、と。

ぎゅっとレオナルドの体にしがみ付いて、大きく深呼吸をする。

緊張からか、心臓がバクバクといっているのがわかった。

「レオは……、レオナルドさんは、日本人の転生者な私を売りますか?」

緊張しすぎて、少し声がかすれる。

私としては一世一代の質問をしたつもりなのだが、レオナルドの答えは簡潔に、少しの迷いもなく返って来た。

「売るわけがないだろう。俺の妹だぞ」

妹を売る兄がどこにいる、と余程気分を害したのか、優しく撫でられていたはずの頭がガシッと掴まれる。

そのままグリグリと若干乱暴な手つきで捏ねるように頭を撫でられた。

少し目が回りそうだ。

「出会ってから一年以上、何度も、何度も言ってきたが、ティナは俺の妹だ。ティナが俺を兄として全然まったくこれっぽっちも信用していなくても、ティナは俺の妹だ」

そろそろ理解しろ、と言って頭を撫でる手つきがまた優しくなる。

私が兄としてレオナルドを信用していなかろうとも、自分が私の兄であることに変わりはない、と。

「……でも、わたしは悪い子ですよ?」

館で知り得た情報を、外へと無断で持ち出そうとした。

砦を預かる騎士の妹として、やっていいことではない。

「選んだ方法はたしかに悪かったが、よかれと思ってしたことだろう」

「怒らないんですか?」

「思慮の足りない行動をしたことには怒っているが、それ以上に、行動を起す前に一言も相談してくれないほどに兄として信頼がなかったことが悲しい」

信頼のなさが悲しい、というレオナルドに、ごめんなさい、と今日何度目になるかもわからない謝罪をする。

たしかに、自分は丸ごと信頼を捧げていた相手に、逆ではまったく信頼されていなかった、というのはなかなか辛いものがあるだろう。

犯してしまった罪も、日本人の転生者だと話せなかったことも、悪かったと心から思っているが、今のようにレオナルドを悲しませたかったわけではない。

「ごめんなさい、はお互い様だな。俺も何度もティナを悲しませたり、怒らせたりしてきた」

よし、今度こそやり直そう、と言ってレオナルドが私を抱き上げる。

目線があったせいでこっそり滲んでいた涙に気づかれたが、レオナルドは指摘することなく指で拭ってくれた。

「俺はレオナルド。融通の利かない察しの悪い男だが、ティナの兄になりたい」

俺の家族になってくれるか? と問われ、少し考える。

「……家族って、気に入らないところがあったって取り替えられるものじゃないですよ」

良い家庭も、悪い家庭も、簡単には縁が切れないのが家族というものだ。

家族の誰かが気に入らないからといって、簡単に取り替えたり、切り捨てたりできるものではない。

「わたしの方こそ、転生者で、前の人生の記憶があったりするヘンテコな妹ですけど、家族になってくれますか?」

「俺ぐらいズボラな兄には、前の記憶があるぐらい大人びたしっかりものの妹で丁度良いんだろう」

これからもよろしく、と言ってレオナルドの 額(ひたい) が私の額に重ねられる。

至近距離から見るレオナルドの黒い瞳には、少しだけ照れが覗いていた。