軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

しつこい商人

「あ! いたいた! やっと見つけた! きみだよ、きみ! そこの黒髪の可愛いお嬢さん!」

嫌な予感ほどよく当たる、とは言った物だ。

あまり歓迎したくない忠告を受けて早々に、忠告内容であった怪しい商人に遭遇してしまった。

私としては商人には用がないので、聞こえてはいるが無視をして歩く。

一緒にミルシェからの忠告を聞いていたエルケたちも、それは同じことだった。

ただ一人、正直者のニルスだけは商人と私とを見比べて困惑している。

正直者のニルスには、話しかけられていると承知で無視をすることができないのだろう。

「待ってよ、お嬢さん!」

目の前へと回りこんできた商人に、強引に足を止めさせられる。

肩でも掴んできてくれればカリーサが私への攻撃と判断して排除してくれるのだが、その辺を承知でこの商人は振舞っているのだろう。

ギリギリで黒騎士へ通報できる要点を満たすことを避けているようだった。

……つまりは、こういう迷惑行為は慣れている、ってことだね。

かかわらないが吉、という判断は 覆(くつがえ) りようもない。

邪魔ではあるが、捕まえられはしない距離を商人が取っているのだから、私も障害物だと判断してこれを避けて通るだけだ。

「今日はあの可愛いリボンはしていないのかな? おじさん、あのレースのリボンをもっとよく見せてほしいんだけど……」

……無視無視。相手にしたらダメ。

商人を自称する男の横をすり抜けると、男は平行して私に付いてきた。

何日も私を探していた、探すのに苦労した、聞き込みをしたが街の住人の口が堅かった、などと苦労話を聞かせてくれるのだが、私からしてみれば付き纏い行動に勤しんでいました、というストーカーの犯罪告白でしかない。

苦労話をして私の同情を引きたいのかもしれないが、逆効果満点である。

あまりに辟易としていたら、男と私の間にカリーサが割り込んできた。

カリーサも微妙に距離を保つ商人に手が出せずにいるが、カリーサにうっかりでも商人が触れようものならば、私は遠慮なく痴漢として叫び声をあげてやる気まんまんだ。

そして迷惑行為に慣れているらしい商人は、私とカリーサの考えなどお見通しだったのだろう。

逆側の隣へと回り込んできた。

「ここで再会できたのも、なにかの縁だ! おじさんが奢ってあげるから、少しお話しをしよう」

……何日も探したとか先に言っておいて、縁があったから再会できた、ってのは無理がありますよ。

しつこく探した結果であり、間違っても縁があったわけではない。

「それでどうかな? あのリボンをおじさんに売ってくれる気にはなったかな?」

「売らないって言いましたよ! しつこいです!」

商人のあまりのしつこさにうっかり答えてしまい、すぐに失敗した、と気が付く。

これは詐欺の常套手段と一緒だ。

少しでも譲歩して反応を返してしまえば、しつこく付き纏えば反応が得られる、と学ばれる。

そしてずるずると付き纏われることになるのだ。

「銀貨二枚出そう! この間の倍だよ? いやぁ、お嬢さんは商売上手だなぁ」

ニヤァといやらしい笑みを浮かべて、自称商人が早速値段交渉を持ちかけてきた。

これだから無視が一番だと思っていたのだ。

あまりのしつこさに、うっかり答えてしまった自分が恨めしい。

「あのリボンが銀貨二枚? 捨て値にも程があります!」

わざとらしく大声をあげて私と商人の間に割り込んできてくれたのは、ペトロナだ。

お洒落に興味があるペトロナにも、あのリボンの価値が判る。

「物を見る目が随分ないようですけど、失礼ですが、本当に商人なんですか?」

商人だと言うのなら、営業許可証を持っているはずだ、と今度はエルケがペトロナと商人の間に割り込む。

そういえば、二人とも大きな商家のお嬢様だった、ということを今さらながらに思いだした。

この自称商人が本当に商人かどうかを見極めることが私にはできないが、彼女たちならなんらかの方法や商人ならではの決めごと等で見分けることができるのだろう。

間に入って詰め寄る商家の娘二人に、商人は渋々ながらも木製の札を取り出した。

木札は削り取って内容を書き換えてしまえば悪用が容易にできそうに思えるのだが、そこだけ平面がへこんでいれば偽造に気づくことは簡単だ。

エルケとペトロナも内容の確認というよりは、商人の差し出した木札の表面を撫でて偽造かどうかの確認をしていた。

「……一応、商人であることは本当のようです」

「サエナード王国から来た、旅の商人ですね」

木札を商人に返しながら、二人が私を見つめる。

一応は本物の商人であるという確認はとれたが、私が商人であるこの男自体に用がない。

……サエナード王国っていったら、ラガレットの誘拐犯の国じゃないですか。

やはり、どこをどう考えても商人とかかわる理由にはならないどころか、かかわらない理由にしかなっていなかった。

リボンを売る気はないです、と改めて断り、商人の前を辞する。

こちらとしては何度も断っているはずなのだが、やはり商人は私の後についてきた。

……ホント、しつこいっ!

無視をしても何度も話しかけてくる商人に、割り込んで 遮(さえぎ) ってくれるのはカリーサだけになった。

ニルスはもとから強引なことはできない 性質(たち) だし、エルケたちは木札を確認したあとは考えがあるようでだんまりを決めている。

間に割り込んで体力を無駄にするより早く、いい手があるのかもしれない。

助けを求めて祭り警備のために作られた臨時の黒騎士詰め所へと飛び込むと、さすがに商人もついてはこられなかったようだ。

黒騎士の報告によると、詰め所の周辺をうろついてはいるようなのだが、中までは入ってこられない。

「旅商人というだけあって、売れそうな商品にはしつこいですね」

「そのわりには値段設定が甘すぎですけどね」

天幕の布を捲り、外の様子を見ながらエルケとペトロナが言う。

二人とも商家の娘というだけあって、 者(・) を見る目は厳しい。

「みんな、ごめんね。せっかくのお祭りなのに、変な人に付き纏われて」

「ティナちゃんのせいじゃありませんよ」

「そうです。みんなあのしつこい商人のせいです」

付き纏われて迷惑をしてはいるが、決定的な手出しはされていないので、黒騎士に訴えたところでどうしようもできない。

仕方がないのでしばらく黒騎士の天幕に匿われながら、お土産に買った皿焼きを食べておしゃべりに花を咲かせる。

……少し余分に買っておいて、本当によかった。

天幕でおしゃべりをしながら時間を潰していると、黒騎士が城主の館へと報せを入れてくれたらしい。

バルトあたりが迎えに来てくれるかと思っていたのだが、なぜかアルフが迎えに来てくれた。

「あれ? アルフさんが迎えに来てくれたんですか?」

「こういうことはレオナルドより、私の方が得意だからね」

レオナルドでは物理になる、と答えるアルフに、エルケとペトロナは不思議そうな顔をしたが、ニルスは意味が解ったのだろう。

困ったような苦笑いを浮かべた。

「ティナはもう館へ帰る、でいいのかな?」

「はいです。もう充分お祭りは見てまわりました」

でも怪しい商人を名乗る男が館まで付き纏って来そうで怖いのだ、と不安を訴える。

黒騎士を使って強制的に排除することは簡単だが、今のところ迷惑なだけで商人には強制退去させるほどの非はない。

一つも非のない一般人を黒騎士が排除しては、黒騎士の評判に傷が付くことになってしまう。

……ホント、あの付き纏いは絶対に慣れてるよね。ギリギリ排除できない範囲で付き纏ってくるし。

排除するだけなら簡単なところがもどかしい。

先に手を出した方が負けだ、ということも解る。

ある意味で根競べだ。

アルフと一緒に帰ることになり、ニルスたちとはここで解散をする。

あの商人の目当ては私のリボンなので、私と行動を別にすれば他の子が付き纏われることはない。

「……さて、帰ろうか」

「はい」

バイバイ、と去っていくニルスたちに手を振っていると、アルフに促される。

商人が気になったが、やはり他の子どもを追いかけて行くことはなかった。

微妙にこちらから見える位置に立って私たちを見張っている。

「また黒騎士で足止めしてくれるんですか?」

「いや、今日は是非とも、付いて来てもらおう」

「え?」

てっきり黒騎士を使って足止めでもするのかと思ったら、今日は違うらしい。

追跡してくる商人を撒く気もないようで、アルフの歩みはゆったりとしたものだった。

ただ、アルフの穏やかな笑みがいつもとは少し違い、なにか企んでいる顔なことは解ったので、私も安心してアルフに続く。

アルフがいいというのだから、きっとこれでいいのだろう。

「……あれ? アルフさん、館は逆ですよ?」

城主の館と砦への分かれ道に来て、ここまではまっすぐ館へと向かって歩いていたアルフが向きを変える。

街中から砦と城主の館は同じ方向にあるので、もしかしたらアルフの目的地は最初から砦だったのかもしれない。

「いいんだよ。せっかくだから、砦までつけて来てもらおう」

……あれ? 砦? 砦まで、あの商人が付いてくるの?

薄っすらとアルフがやろうとしていることが解った気がして、まだ少しだけ疑問はあったが黙ってアルフに続く。

いつもなら愛嬌を振りまいて通り抜ける正門だったが、今日はわざと不安げな 表情(かお) を作って門を抜けた。

これならば、私を知っている黒騎士からは『怪しい商人に付き纏われて不安を感じている』ように見え、商人からは『慣れない黒騎士の詰め所に匿われることに不安を感じている子ども』に見えるだろう。

どちらにしても、私には痛くもなんともない視覚効果だ。

「確かに、砦なら部外者は入ってこれませんね」

むしろ、一歩でも中へ入れば侵入者として捕縛するこれ以上ない理由になる。

「しかも、城主の館の裏門と繋がっているから、ティナは不審者に見られることなく館へ帰れる」

さすがに建物をぐるりと迂回して裏へ回れば目論見がばれてしまう可能性があったので、一度建物の中へと入る。

少し時間を潰してもよかったが、建物を経由するだけで真っ直ぐ館へと帰ることにした。

事情を門番に話し、裏門を使わせてもらう。

裏門からの帰宅という少々おかしなことになってしまったが、無事に怪しげな商人を撒いて館へと帰ってくることができた。

「お世話になりました」

送ってくれたアルフにお礼を言って、お土産に買っておいた皿焼きを渡す。

たぶん夜に顔を出すだろうな、と思って買っておいたのだが、今渡せるのなら今渡してしまってもいいだろう。

「ただいま戻りました」

「おかえり、ティナ」

アルフとわかれて館に入ると、玄関ホールにレオナルドがいた。

てっきり仕事をしている時間だと思ったのだが、玄関で出迎えられたことを思えば、不審者に付き纏われているという報告はすでに来ているのだろう。

アルフが迎えに来てくれたことを思えば、もともとはレオナルドが迎えに来てくれようとしていたのかもしれない。

周囲への配慮として、お祭り気分を台無しにしないようスマートに私を連れ出せるアルフがレオナルドを引き止めたのだろう。

「……外で怖い目に合いました」

「聞いている」

「わたしとしては少々頼りない兄ですが、レオナルドさんにぎゅっと抱きついて安心したいところなのですが……」

十歳の淑女として保護者に甘えて抱きつくのはいかがなものだろうか、と相談してみたところ、最後まで言う前に抱きしめられた。

ラガレットでは要求しなければ抱きしめてもくれなかったのだが、少しは兄として成長してくれているらしい。

「怖い目にあったから不安だって時に、淑女だとか十歳だとか気にしなくていい。怖かったな、ティナ」

無事でよかった、と頭を撫でられたので、遠慮なくレオナルドの首筋に腕を回す。

兄としては不満も多いレオナルドだが、抱きしめられればちゃんと安心することができる相手だ。

私が頼るべき家族である。

ひとしきりハグをして落ち着いた頃、体を離すとレオナルドに抱き上げられた。

一応落ち着いたのでもうハグはいいのだが、もう少し甘えたままでいることにする。

お土産の皿焼きを渡して、街での出来事を報告した。

以前もしつこく付き纏われた商人に出くわし、今日もまた付き纏われた、と。

「……困った商人だな」

「グルノールの街では、もうお仕事できなさそうですけどね」

「うん?」

レースのリボンを売ってほしい、お断りします、そこで引いていれば、それで終わったのだ。

けれどあの商人は、それをしなかった。

素直に諦めないどころか私に付き纏い、その姿をほかの 商売敵(しょうばいがたき) ――エルケとペトロナ――に見られている。

あの二人は大きな商家の娘だ。

その二人から伝達されれば、あの二人の家と交流のある商店はあの商人との接触は避けるだろう。

それに私の顔だって、追想祭で街中に知られている。

砦の主の妹に付き纏い、黒騎士の手を煩わせた旅の商人など、街の中で店を構える者がかかわり合いになりたいわけがない。

「……それは、引き際を見誤ったその商人の責任だから、助けてやるいわれはないな」

エルケとペトロナの様子を話して聞かせると、レオナルドは少しだけ困ったような顔をして笑った。

街で商売ができなくなる、といえば災難どころではない話だが、すべては商人の身から出た錆びだ。

レオナルドが街に店を構える商人たちに取り成してやる必要もない。

……でも、こんな面倒を呼び寄せるんなら、リボンは館の中だけで使うしかないね。

可愛いし、お気に入りなのだが。

気分がいいからといって、街へ付けて行くのは避けた方がいいだろう。

付けるとしても、レオナルドが同行している時や、誕生日などの本当に特別な日だけにした方がいいかもしれない。

「そういえば、今年も慰霊祭はやるんですか?」

昨年は収穫祭の夜に行なわれていたが。

今年もやはり夜に慰霊祭が行なわれるのだろうか。

なんの話も聞こえてこないので、自分から今夜の予定を聞いてみた。

レオナルドの答えによっては、今からお昼寝をした方がいいかもしれない。

「昨年のような祭祀をやる予定はないが……開拓村から戻ってきた者たちが、それぞれに墓参りには行くみたいだな」

私も墓参りへ行きたいか、と聞かれ、少し考えてみた。

両親の眠るメイユ村の墓もそうなのだが、両親の死については私の中でしっかりと区切りがついている。

そう何度もお別れをしに行くのも、おかしな気がした。