軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

閑話:レオナルド視点 俺の妹 13

夏も終わりが近づいて、メンヒシュミ教会でティナが受けている基礎知識3の授業もじきに終わる。

この先には応用・復習といった学もあるのだが、そこまで学ぶ平民は半分ぐらいだ。

さらにその先となると、成績と学費が必要になってくる。

知を授けるメンヒシュミ教会といえど、誰でも受けられるものではなくなるのだ。

「……ティナは秋からのメンヒシュミ教会はどうしたい?」

「どう、ですか?」

食後のまったりとした雰囲気を、居間でリバーシをしながらティナと過ごす。

はじめた頃は全敗していたリバーシだったが、今はティナにも勝てるようになってきた。

ルールは単純なので、あとはコツを掴むだけだ。

ティナはというと、俺に負けるようになってもとくに悔しいといった感想はないようだった。

盤上遊戯(ボードゲーム) として楽しみはするが、勝敗には興味がないのかもしれない。

負け続けるとムキになるアルフレッド王子やディートフリート様とは、ほぼ対極にいるのがティナだろう。

近頃はヘルミーネとカリーサから教わり、セークで対戦相手に悟らせず意のままに勝敗を決める練習をしているらしい。

貴族の社交に必要な技能なのだが、ティナは平民のままでいたいと言う。

……少し、勿体無い気はするな。

能力的にも性格的にも貴族向きだと思うのだが、とそれ始めた思考をティナの声が遮った。

なにに対して『どう』と聞いているのか、と。

どうやら少し俺の言葉が足りなかったらしい。

「基礎知識3の授業が終わったら、応用・復習の授業があるだろ? 続けて習っておくか?」

そう言葉を追加すると、ティナは顎に指を当てて考える素振りをみせた。

年端もいかぬ少女が難しい顔をして考えている様は、少しだけ滑稽で可愛らしい。

……正直に思ったことを伝えたら、またつま先で蹴られそうだけどな。

「せっかくなので、最後まで習っておこうかな? とは思いますけど、どうしましょう?」

「習う気があるのなら、習っておけ」

平民として生きるにしても、貴族になるのだとしても、知識というものは身につけて邪魔になるものではない。

むしろティナのこれからの人生において、武器になるものだ。

習える機会があるのなら、早めに習っておいた方がいい。

わかりました、と答えるティナは、春の終わり頃までの素直さに戻ってきている気がした。

夏のはじめに怒らせてしまって以来、ティナの俺への態度はどこか固かったのだが、近頃はだいぶ軟化している。

……やはりオレリア効果か。

オレリアに城主の館へ住んでもらうことはできないだろうか、と少し前にティナへ相談した。

話を聞いた直後のティナは期待に青い目を輝かせて俺を見つめ、すぐに怒っていたことを思いだしたのか顔を引き締め、また頬を緩めていた。

ティナにとって、オレリアは俺への怒りを帳消しにできるほどの効果があったのだろう。

……オレリア様々だな。

館で一緒に暮らせば毎日のようにあの杖で俺が殴られるのだろうが、ティナが喜ぶのなら構わない。

ティナは俺には一年をかけて懐いたが、オレリアにはひと月足らずで祖母を慕うように懐いている。

やはり俺だけでティナを育てるには無理があるのだ。

初夏の喧嘩以来、ティナについてはよく観察している。

まだまだ『つもりなだけ』とアルフには釘を刺されるが、形からでも、つもりなだけでも、なにもしないよりはいいはずだ。

そんな感じでティナを観察するようになったから気づけたのだが、ティナにはなにか悩みごとがあるらしい。

ふとした瞬間に、なにか物言いたげな目をして俺を見上げていることがある。

なにか相談ごとがあるのか、それともまたなにか知らないうちにティナの逆鱗に触れてしまったのか、俺としては気が気ではない。

数日は『ティナから話してくれるまでは』と待っていたのだが、結局待つことに堪えきれずに自分から聞いてみることにした。

「なにか悩みごとでもあるのか?」

「ほ!?」

背後からジッと見つめてくるティナの視線を感じて、振り返らないままに聞いてみる。

まさか気づかれていないとでも思っていたのか、ティナは奇妙な驚きの声をあげたあと、戸惑いながらこう答えた。

「……まさかレオナルドさんが、わたしの悩みごとに気づくとは思いませんでした」

……信用ないな、俺。

仕方がないことではあるが、ティナからの自分に対する評価が素晴らしく低い。

おそらくは最底辺であろう。

背後から物言いたげに見つめていても気づかないだろう、と逆に気づかれたら驚くほどに信用がなかった。

「で、ティナは俺になにを言いたいんだ?」

「んー、レオナルドさんに話したいことがあるんですが……」

話を聞く姿勢でしばらく待ってみたのだが、ティナは考える素振りを見せるだけで、悩みを口にはしない。

これはどうやら俺の信用がないのが問題ではないらしく、ティナの気持ちの問題らしいとは態度を見ていてわかったので、深く追求するのはやめた。

無理に聞くより、ティナが言い出してくれるまで待つ方がいいだろう、と自然に思えたのだ。

――が、さらに数日経ってもティナはなにも言っては来なかった。

さすがに心配になって、ティナが言いづらい悩みごとについて考える。

……小遣いが足りない、とか?

最近は刺繍で絵を描くのだ、と言って沢山の刺繍糸を買っていた。

そろそろ 黒猫(サイフ) の中身が心許ないのかもしれない。

「え? 違いますよ」

思い余って小遣いが足りないのか、と聞いてみたところ、きょとんっと瞬いたティナにやんわりと否定された。

刺繍糸はアルフの支払ったハンカチの代金で間に合ったし、以前渡した小遣いがまだたくさん残っている、といって黒猫の財布まで見せられる。

あまり小遣いを渡した気はしないのだが、確かに黒猫の中身は十分に詰まっていた。

ティナはやりくりが上手だな、と誉めたら、保護者の買ってくるお菓子が多すぎて、自分では買う必要がないだけだ、と答えられた。

「じゃあ、他にティナが悩みそうなこととなると……ミルシェのことか?」

「なんでミルシェちゃん?」

首を傾げる様子から察するに、ミルシェのことでもなかったらしい。

むしろ思ってもいなかったことを指摘されたようで、ティナは逆に食いついてきた。

「ミルシェの家庭環境を考えれば、応用・復習の授業を受けにメンヒシュミ教会に来るかは微妙だろう?」

そうなれば、ティナとミルシェの接点はなくなる。

テオとは違う形になるが、ティナは友人を一人失うことになるのだ。

「え? あ、そう……か? そうなの!?」

どうやらティナは本当に気づいていなかったらしい。

ティナの顔に段階を踏んで焦りの色が浮かんだ。

……しかし、ミルシェのことでもなかったのか。

ティナがなにかを言いたげにしているのは解るのだが、それがなにかが判らない。

思いつくままにカマをかけたいところだったが、ティナの思考は自分の悩みよりもミルシェの方へと向いて固まってしまったようだ。

「なんでミルシェちゃんはメンヒシュミ教会に来れないかも、って思うんですか?」

根拠を教えてくれ、と言い始めたティナに、思いつく限りの根拠を並べる。

貧しい家庭環境から基礎知識3の修学でよしとし、働きに出される可能性がある、と。

基礎知識も3まで終わっていれば、街で働くにはほぼ不足がない。

頭を使うだけ、体力的に楽な仕事にも就けるだろう。

ただし、ミルシェがもう少し歳を重ねれば、だが。

現状のミルシェは、まだ八歳の女児だ。

いかに読み書きに加え計算ができようとも、そんな幼い子どもに頭を使う重要な仕事は任せられない。

あと数年は、読み書きを身につけていない子どもたちと大差のない仕事にしか就けないだろう。

となると、安易に子どもを売るような母親であれば「メンヒシュミ教会になど通わせて知識をつけさせても、なんの役にも立たない」と判断するはずだ。

「……あと二年ぐらいしたら、ミルシェちゃんもいい仕事に就けますか?」

「ミルシェの場合は、他にも問題があるからな。少し難しいだろう」

基本的に読み書きと計算が必要になる仕事は、同じく教養を身につけた人間が周囲にいることになる。

となれば、当然身だしなみを整えることも重要になってくるはずだ。

ミルシェの場合は、身だしなみを整える資金がないため、いい仕事に就くことは難しい。

子どものうちに働いて資金を貯め、身だしなみを整えてからいい仕事を探す、ということができればいいが、そもそも八歳の子どもを働かせようだなどという家庭で、働いた金を貯めることは難しいと思われる。

稼いだそばから生活費として吸収されていくだろう。

「なにかないですか? ミルシェちゃんがメンヒシュミ教会に通える方法」

「……ティナがどうしても、というならミルシェを館で雇ってもいいが」

ミルシェを雇い、ティナがメンヒシュミ教会へ通う時間は休みとし、教室へと一緒に通わせればいい。

手を差し伸べるだけならば、簡単なのだ。

それこそ金貨を袋につめてミルシェの両親の顔に投げつけてやればいい。

俺の誘いを受けて、ティナは一瞬だけ顔を輝かせたが、すぐに難しい顔になる。

テオが売られた時にミルシェも売られるかも、と怯えていたティナに、俺がこれを提案しなかった理由が解るのだろう。

ティナは賢い子なのだ。

「ティナ、ミルシェが欲しいか?」

はっきり言って、ミルシェを館で雇用する利点はまるでない。

読み書きや計算ができるのは館に仕える者には当たり前すぎる技能であったし、ミルシェにやらせるよりは他の者にやらせた方が早くて正確だろう。

ならば 女中(メイド) や下働きとして働かせればいいが、ミルシェを働かせるためには一から仕事を教える必要がある。

体力も腕力もない八歳児に仕事を教えようとすれば、バルトやタビサの負担が増えるだけだろう。

結果として、俺がミルシェを雇用するとしたら、それは『ティナを喜ばせるための愛玩動物を買った』というぐらいの意味にしかならない。

それが判っているので、これまでは提案しなかった。

が、ティナがどうしてもと望むのなら、ミルシェに仕事を与えてもいい。

「……やめておきます」

長く考え込んだあと、ティナはそう声を振り絞った。

ミルシェの安心は買いたいが、友情にお金は挟みたくない、と。

「ミルシェちゃんのことは大好きです。でも、友だちがいい。お嬢様と使用人には、なりたくないです」

泣き出しそうな顔をしながらも、そう結論を出したティナを嬉しく思う。

ティナはミルシェと対等の友人でありたいのだ。

そこに雇用関係など、挟んではいけない。

「じゃあ、明日にでもミルシェに相談してくるといい。俺にできるのは、ミルシェにできそうな仕事を探してやるぐらいだが、ミルシェ本人の話も聞いてみないことにはな」

自分の希望を押し付けて失敗するのは、ティナで散々懲りている。

それに、俺の妹として扱われるティナと、貧民の子であるミルシェでは、俺の言葉の持つ威力がまるで違う。

ティナは俺の言葉に嫌だと答えることができるが、ミルシェにとって俺の言葉は命令にしかならない。

ミルシェの希望を聞くことが、なによりも優先すべき事柄だった。