軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

手芸屋と怪しい商人

闘技大会が終わると、各砦の副団長たちはそれぞれの砦へと帰っていった。

城主の館はあまり変わらないのだが、副団長が三人も滞在することになっていたアルフは少し楽になったようだ。

どちらにしても、私の生活はあまり変わらない。

一応、闘技大会でレオナルドが負けたら住む場所が変わる、という変化があるはずだったのだが、レオナルドとアルフの試合は闘技大会の最初に行われている。

私が闘技大会を見にいった時間には、すでにレオナルドの団長続投は決定していた。

ちなみに、昨年レオナルドとアルフの試合が最後だったのは、砦で広がったワーズ病を警戒して例年とは違い、他の砦の副団長を呼ばなかったからだ。

見所になる強者が例年より少ないため、場を盛り上げるためにもと本来ならば最初に行われるグルノール砦の団長対副団長の試合が最後へと移動された。

普段から団長対副団長の試合が最後でないのは、レオナルドが特殊な団長だからだ。

レオナルドの試合数が偏りすぎるのを防ぐために、早々にアルフよりレオナルドの方が強いと示す必要がある。

レオナルドが特殊なだけなので、他の砦では団長対副団長の試合は最後に行われているというのは、カリーサが教えてくれた。

……さて、どうしようかな?

屋根裏部屋のベッドへと下絵の描かれた布を広げ、しばし考える。

……ヘルケイレスの金髪にしょうか、レオナルドさんの黒髪にしようか。

メインである人物の髪の色だ。

これだけで絵の仕上がりの印象は変わるはずである。

……いっそ、どっちにも見える両方とか?

普通に考えれば金髪と黒髪など、両立できるわけがない。

けれど、私には前世の記憶がある。

漫画やアニメといった文化が溢れる日本には、素人であっても美麗な絵を描く者がいっぱいいたし、それらの作品を見る機会は私にもあった。

光の表現だと思うのだが、赤毛と金髪が両立しているイラストだって見たことがある。

光の表現の一つと考えれば、黒髪と金髪を両立させることも可能だとは思うのだ。

……変わった色使いになるかもだけど、ジェミヤン様に見せるなら、そっちの方が面白がりそうだしね?

黒髪も、ただ黒い糸を使うだけでは面白みがない気がする。

濃い青やグレーの糸を混ぜても、面白い効果がでそうだ。

光の表現として黒髪と金髪を同居させるのなら、光や艶にこだわっても面白いかもしれない。

……そういえば、CGではピンク色で影を塗る、とか聞いたことがあったような?

せっかくなので、いろいろ考えて遊んでみよう。

最終的にはレオナルドへ贈る予定だが、下絵を協力してくれたジェミヤンへはお礼に完成品を見せる約束になっている。

絵画といった芸術品を愛するジェミヤンの目にかなう物が私に作れるとは思わないが、こういう表現もあるのか、と刺激のひとつにでもなれば借りを返すことにはなるだろう。

……影だけにピンクを入れたら浮かないかな? 全体に少しピンクを混ぜてみる?

糸自体に色を混ぜることを考えているうちに、普段はまったく考えない様々なことが思いだされてきた。

色の三原色は赤、青、黄の三色である。

緑やオレンジといった三色以外の色は、この三色を混ぜることで作れるはずだ。

これが印刷物になると黒が足されて四色。所謂CMYKというものになる。

カラーの印刷物は点の集合体で、よく見るとそれぞれの色で『点』が描かれているだけだ。

それが少し距離をおいて『点』が『面』になると一枚の写真や絵に見えるのだから、人間の目は面白い。

……いっそ、三色縛りで色を作るのも面白そうだね。

さすがに初挑戦でそこまでの冒険はできないが。

考え方としては面白いかもしれない。

ヘルミーネにもらった裁縫箱を覗いて刺繍糸の色を確認したあと、カリーサと糸屋へ行ってみることにした。

ヘルミーネには淑女は館へ商人を呼び、自分から店に行くようなことはしない、と教えられたが、糸屋でお買い物の雰囲気も楽しみたいのだ。

淑女らしいお買い物は、次回以降に挑戦することにした。

カリーサが連れて来てくれたのは、大通りに面した手芸屋だった。

てっきり糸屋に連れて行ってくれるものと思っていたのだが、手芸屋だ。

「糸屋さんじゃないんですか?」

「……糸屋は路地にはいった場所にあるので、私だけではお嬢様をお連れできません」

「わかりました」

つまりはレオナルドの言いつけの、私が行動してもいい範囲外に糸屋がある、ということだ。

店向けの問屋と、客向けの商店の差とでもいうのだろうか。

細かいことを言えば違うが、大雑把に分けるのなら糸屋が問屋で、手芸屋が商店だ。

手芸屋は商品だけではなく店構えも 見栄(みば) えよく整えられているが、糸屋の商品は必要な者が必要なだけ買えばいいというスタンスのため、商品の質は同じでも店内の見栄えや店の外観に凝ったりはしていない。

お嬢様扱いである私が近づくには相応しくない店構えをしている、と考える方がわかりやすいかもしれなかった。

「……こは、糸屋ではありませんが、刺繍糸の他にも、ボタンや布も売っていて」

楽しいですよ、とカリーサは言う。

こちらです、とカリーサの案内で店内を歩けば、刺繍糸の陳列された場所にはすぐに着いた。

「いろんな色がありますね」

「……好きな色を選んで、糸屋に注文することもできます」

そういえば、自分で刺繍糸の売っている場所へと来たのは初めてだ。

レオナルドの袖へと刺繍をした時は仕立屋が糸を用意してくれたし、ヘルミーネの授業ではヘルミーネの用意した刺繍糸を使っていた。

オレリアへ贈るためのハンカチを刺繍した時は、アルフが刺繍糸を用意している。

……お嬢様はお屋敷から出ない、って本当だね。

自分の性格上、インドア派なため館から出ないのかと思っていたら、館から出なくとも必要なものが用意されている生活だったため、それに気づかず館から出なかっただけだ。

「あら、見かけないお嬢様……ではありませんでしたね。これは失礼しました。砦の主の妹様」

店の奥から身なりの良いふくよかな女性が出てきた。

女性は私を知っているようなのだが、私には彼女の顔が記憶にない。

返事に困ってカリーサの影に隠れると、私が警戒しているのが解ったのだろう。

女性はこの店の主であり、私のことは追想祭で知ったのだ、と教えてくれた。

……そういえば、追想祭の最後はレオナルドさんに抱き上げられながら、いろんな人とお話ししたね。

神王祭では迷惑をかけた、というお詫びとお礼を追想祭の最後に 行(おこな) った。

店主の女性はあの場にいたか、あの場にいた誰かから私のことを聞いていたのだろう。

「今日はどういったものをお探しでしょうか?」

「えっと……」

店主の登場には驚いたが、扱っている商品に一番詳しいはずなのがその店の主だ。

せっかくなので相談に乗って貰いながら刺繍糸を探すことにした。

店主によると、刺繍で絵を一枚描こうとしたら、刺繍糸はとんでもない量が必要になるらしい。

私としては足りなくなったら買い足せばいいと思っていたのだが、いつも同じ色があるとは限らないし、同じ色でも微妙に違うと説明された。

まったく同じ色の糸が欲しければ、同時期に染められた糸を大量に買うか、あらかじめ必要な糸の量を計算してその色に染めさせるかした方がいいのだ、と。

……そうだよね。工場生産なわけがないもんね。いつもまったく同じ色になるわけがないか。

どうせ糸から染めるのなら、材質からも選べるだろうか、と相談したところ、いろいろな材質の白糸を見せてくれた。

これらの見本から糸の材質を選び、好きな色に染めるよう糸屋と染色屋へ注文を出すことができるのだと教えてくれる。

「……となると、まず私がすることは刺繍糸を買うことじゃなくて、どのぐらい糸が必要になるのか計算することですね」

「はい。そちらの方がよろしいかと」

必要な量が判れば、あとは既製品から選んでもいいし、糸から染色から、すべてを注文してもいい。

おおよその必要な量の計算方法を教わると、最後に店主は次からは館へ呼んでくれれば自分が伺う、と言いはじめた。

やはり砦の主の妹が前触れもなくやって来るのは心臓に悪いらしい。

……悪いことしちゃったかな?

館の主の妹特典か、先行投資かは判らないが、産地と材質の書かれた糸の見本をいくつかくれたので、ありがたくいただいておく。

これを参考にして、次に館へ呼ぶ時までに注文を決めてくれればいい、と。

いつでも相談に乗るので、気軽に声をかけてほしいとも言われた。

店を出ると、入り口で待っていた 黒犬(オスカー) が近づいてくる。

こうして命じなくても店の外で待っている姿を見ると、本当によく躾けられた犬だと思う。

……そのわりに、近頃はベルトラン様の言うことを聞いていないみたいなんだけどね。

ベルトランは黒犬に人探しを命じているらしいのだが、黒犬は放されるたびに私のところへとやって来る。

これは本格的にベルトランへの反意でもあるのだろうか。

そんなことを考えながら帰路につくと、背後から聞き覚えのない声に呼び止められた。

「ちょ、ちょっと! そこのお嬢ちゃん!」

聞き覚えのない声だったが、なんとなく自分に向けられた言葉だとわかって足を止める。

誰だろう? と振り返ると、痩せ型の見知らぬ男が私の方へと駆け寄ってきた。

「ああ、よかった! 止まってくれた! お嬢ちゃん、ちょっと……おぉうっ!?」

男の声が後半から尻上がりになったのは、黒犬が私と男の間に割り込んだからだ。

どうやらこの見るからに胡散臭く感じる男は、黒犬から見ても警戒対象らしい。

……なんか、面倒そうな人に話しかけられちゃったな。

すでに呼び止められてしまったことを後悔している。

人を見かけで判断してはいけないと知っているが、それでも第一印象というものは大切だ。

そして、対面で築かれる場合の第一印象はまず間違いなく外見が元になる。

……相手をしない方が吉。

黒犬と私との間にさらにカリーサを引っ張り込み、その後ろに隠れた。

これで相手にも自分が警戒されているということは伝わるだろう。

「なにかご用ですか?」

「見慣れない綺麗なレースのリボンをしているね。よかったら、おじさんによく見せてくれないかな?」

「 嫌(や) です」

なんだ、目的はオレリアのレースか、となんとなく目つきの怪しい男から隠すためにリボンを両手で押さえる。

お出かけ気分が楽しくて今日はオレリアのリボンを付けてきたのだが、とんだ災厄を呼び込んだようだ。

基本的に初対面の人間は苦手だし、人見知りをする 性質(たち) である私に、道で出会った見ず知らずの、それも怪しい風体の男と会話をするというのは災厄でしかない。

お出かけ気分やたくさんの刺繍糸を見て浮かれていた気持ちが、頭から泥水を被せられたかのように沈んでいく。

「まあ、そう言わずに! 可愛いリボンだなー。綺麗なレースだなぁ。おじさんよく見たいなぁ」

「知らないおじさんとはお話ししません!」

少し声を荒げて威嚇すると、私が完全に敵とみなしたと黒犬にも伝わった。

男との間に割り込んでいただけの黒犬だったが、僅かに頭を低くして唸りはじめる。

黒犬からの威嚇に、男はこれ以上私に近づくことはできないと諦めたのか、両手を胸の前で合わせて懇願のポーズをとりはじめた。

「せめて、どこで買ったかおじさんに教えてくれないかな? おじさんはこう見えて商人さんなんだよ?」

怪しくないよ、と男は必死にアピールしてくるのだが、それが私の目にはますます怪しい人物に見えてくる。

「買ってません。頂き物です」

「どこの誰からの頂き物なのかな? 教えてくれたら、おじさんがその人のところへ直接行くから……」

「祖母のような大事な人から頂きましたが、個人情報なので、怪しいおじさんには教えません」

「おじさん怪しくないよ。そーだ、見せるのがダメなら、そのリボン、おじさんに売ってくれないかな?」

銀貨一枚で買おう、と言いはじめた男に、必死で『人を見かけで判断してはいけない』と自分に言い聞かせていたのが馬鹿らしくなった。

この男は、見た目どおりの怪しい人物と確定して間違いない。

私にはひたすら良い物を、と兄馬鹿を発揮するレオナルドのおかげで、それなりに良い物が判るようになっている。

オレリアのレースのリボンは、銀貨一枚だなんて捨て値ではない。

「このリボンは売りませんし、おじさんの相手はもうしません」

行きましょう、とカリーサの手を引いて館とは逆の方向に歩き出す。

この手の怪しい人間は、なにをしてくるか判らない。

警戒しすぎだと言われようがなんだろうが、まっすぐ館に帰っては、家まで付けてきそうで気味が悪い。

「ちょ、ちょっと待ってよ、おじょう……わっ!?」

追いかけて来ようとしたのか、黒犬の吠える声がする。

唸り声が大きくなったので、まだあの男はこちらを窺っているのだろう。

早歩きで中央通りと大通りの交わる広場へと向った。

「……まだついてきます」

背後をチラリと確認して、カリーサがそう報告をしてくれた。

黒犬が間に入っているため、近づいてくることはないのだが、怪しい男はまだ私たちを尾行している。

正確には、オレリアのレースを、だ。

「もうすぐですよ。好きにつけさせてあげましょう」

などと言っているそばから、街角に立つ黒騎士の姿を発見した。

この時間の広場であれば、どこかに必ず巡回中の黒騎士がいると思っていたのだ。

「……あ、テディさんだ! こんにちは」

近づいてみれば、顔と名前の一致する黒騎士だった。

今日は運がいい気がする。

「こんにちは、ティナちゃんとカリーサ。今日は珍しくお買い物かい?」

「カリーサに手芸屋さんに連れてきてもらったんですけど……」

と、言葉を区切り、おもいきり不安そうな顔を作った。

今にも泣き出しそうに瞳を潤ませて、カリーサの腰へと抱きつく。

「変なおじさんに付き纏われてて、館に帰れません……っ」

「変な、おじさん……?」

あの人です、と訝しがるテディに背後の自称商人を指差す。

商人の足元には進行を邪魔するように黒犬が纏わりついているので、テディにもすぐに判るだろう。

「突然声をかけてきて、リボンを銀貨一枚で売ってくれって。断ったのに、ずっとついてくるんです」

「そのリボンを……銀貨一枚で? それは確かに怪しい人物だな」

やはりテディから見ても銀貨一枚というのは捨て値だとひと目で判るらしい。

捨て値で子どもからしつこくリボンを奪おうなんて不審人物は、通報条件として十分だ。

テディが指笛を吹くと、三人の黒騎士が集まってきた。

黒騎士の巡回は数人で班を作って行なわれているので、気付かなかっただけで周囲に他の黒騎士がいたのだろう。

黒犬と入れ違いで、三人の黒騎士が自称商人の男へと近づいて行く。

黒騎士三人に商人が囲みこまれるのを確認すれば、あとはとりあえず安心だ。

黒騎士に連れて行かれる商人の姿が完全に見えなくなったあと、私たちのことはテディが館まで送り届けてくれた。