軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ラガレットからの荷物

黒騎士の間で毎年行われる闘技大会が近づいてくると、館にも来客が増えた。

レオナルドはグルノール砦を含めて四つの砦の主なので、すべての砦を闘技大会のためだけに移動することは不可能である。

そのため各砦で行われる闘技大会で勝ち抜き、副団長になった黒騎士が昨年のような例外を除いて毎年グルノール砦へとやって来ることになっていた。

グルノールの街に住んでいれば知りようもなかったが、グルノール砦で行われる闘技大会は他の砦から副団長が到着するのを待つため、他の砦に比べて二週間ほど闘技大会が遅いらしい。

馬車の音が聞こえた気がして、窓辺から外を見下ろす。

黒い馬車から背の高い人物が降りてくるのが見えた。

おそらくは、他の砦から来たレオナルドの客だろう。

黒騎士であることは、軍服を見ればすぐに判る。

……マントの色は青……濃紺、かな? もしくは瑠璃色。

初めて見るマントの色だったので、もしかしたらルグミラマ砦からの客かもしれない。

レオナルドが主として君臨するグルノール騎士団のマントは深紅で、レストハム騎士団はモスグリーン、マンデーズ騎士団は 橙(だいだい) だ。

濃紺のマントなど、初めて見た。

来客が館へと招きいれられるのを見守ると、定位置である長椅子へと私も戻る。

レオナルドから屋根裏部屋の鍵を取り戻しはしたが、結局は三階の部屋にいることの方が多い。

私に淑女としての振る舞いを身に付けさせるための家庭教師であるヘルミーネが屋根裏部屋について難色を示したし、少しずつ慣れてほしいというレオナルドの主張も理解できる。

そのため、現在のところ屋根裏部屋は一人になりたい時に逃げ込む 天岩戸(あまのいわと) 的扱いになっていた。

「……お嬢様、レオナルド様がお呼びです」

部屋の隅に控えていたカリーサがいなくなったと思ったら、伝言を持って戻ってきたらしい。

途中まで読んだ本に 栞(しおり) を挟んで応接室へと向かうと、部屋の中には先ほど見た黒騎士がいた。

……うん? 男の人? 女の人?

一見しただけでは、少々性別が判りづらい。

顔には綺麗に化粧が施されているのだが、体つきはがっしりとしていて背も高い。

喉仏を見れば判るかと思って喉元へと視線を移すのだが、軍服の詰襟に隠されていた。

では名前か声で判るだろうか、と考え始めたところで聞こえてきたレオナルドの言葉に、すべての思考が停止する。

「……ラガレットの領主から、ティナ宛の荷物を預かってきたそうだ」

身に覚えはあるか、とレオナルドが問うのも仕方がないのかもしれない。

普通に考えたら、私とジェミヤンの間に荷物の受け渡しが発生する理由など思い浮かぶわけがないのだ。

レオナルドからしてみれば、ジェミヤンからの荷物など、差出人が本当にジェミヤンかも怪しい不審物でしかないだろう。

それを黒騎士が運んでくるというのもおかしい。

「な、中身……見ましたか?」

血の気が引く思いがしつつも、確認だけは行う。

これはレオナルドへの悪戯の種だ。

本人に知られてしまっては、せっかくの悪戯が台無しである。

「見てはいないが……確認した方がよかったのか?」

「ダメです! レオには秘密です!」

慌ててテーブルに載せられた箱を確保し、胸に抱きこむ。

頭上から押し殺したような笑い声が聞こえてきたので、荷物を運んできた黒騎士はこの箱の中身を確認したのだろう。

ついでに言うのなら、声を聞いても男女の区別が付かない。

「騎士様、わざわざわたくしの荷物を運んできてくださって、ありがとうございました」

ヘルミーネ仕込みの淑女の笑みを浮かべて黒騎士に向き直る。

近くで、それも正面から見ても、性別が謎だったが、この際もうどうでもいい。

可及的速やかにレオナルドの目の前からこの箱を隠す必要がある。

ペコリと黒騎士に礼をし、退室の挨拶を口にした。

私としては早々に部屋から逃げ出そうとしているのだが、相変わらずレオナルドにそんなことは通じない。

「ティナ、箱の中身は?」

などと逆に興味を引かれたようで、聞かれてしまった。

「……これが完成したら、そろそろレオのことを許してあげようかな? って思っています」

つっこまれては困る話題なので、故意に話を逸らそうと違う話題を振ってみる。

レオナルドとしては『レオ』と呼び慕われたあとに『レオナルドさん』と呼び方が戻ったことは、非常に辛いものがあるらしい。

それをまた戻してやる準備がある、と匂わせると、レオナルドは簡単に釣られた。

「完成したらってことは、刺繍糸を取り寄せたとか、なにかか?」

「そんな感じ……です」

よし、話が逸れてきた、と内心で勝利を確信していると、再び黒騎士から笑いを噛み殺したような声がする。

自分の上官である 団長(レオナルド) が、妹と呼ぶ女児に簡単に転がされるさまが面白いのかもしれない。

ついでに言うのなら、男性と考えるには高く、女性と考えるには低い声は、やはり性別を判断する材料にはなってくれそうになかった。

荷物を屋根裏部屋へと運ぶと、さっそく中身を確認する。

ジェミヤンにはバシリアを通じて刺繍の下絵を描いてくれる絵描きを探してもらったのだが、思いのほか早く下絵ができてきた。

もう少し打ち合わせは必要かと思っていたのだが、ジェミヤンの選んだ絵師がいつかの少年だったため、モデルの 素描(デッサン) を用意する必要がないだけ早く下絵が描けたらしい。

あの時の少年画家は腕の傷こそ治癒したが、まだ思うように筆を走らせることができないのだとか。

自分で作品を一つ仕上げることは難しいが、それでも何か描きたい、ということで、下絵のみという奇妙な依頼を引き受けてくれた。

ちなみに、ジェミヤンへのお礼は『完成品を見せること』という約束になっている。

「……少し、悪趣味ではございませんか?」

「え? すごく上手に描いてくれてあると思いますが?」

ヘルミーネにはバシリアへ手紙を出す際に確認をしてもらっていたので、私の依頼内容が筒抜けになっている。

そのため、下絵の仕上がりが気になっていたのだろう。

普段であれば私の手本として屋根裏部屋には決して近づかないのだが、今日は下絵の確認にヘルミーネがやって来た。

「画家の腕が良いのは解ります。モデルも申し分ありません。ですが……」

モチーフがいかがなものか、と指摘されて、下絵を改めて見つめる。

レオナルドをモデルに描いてもらった、軍神ヘルケイレスの神話をモチーフにした下絵だ。

私への誕生日プレゼントに、と私の肖像画を作ったレオナルドへの意趣返しでもある。

……自分の絵を貰ってもそんなに嬉しくないって気持ちを、思い知るがいいよ。

各砦の副団長は、グルノールの街に到着するとまずレオナルドへと挨拶に来る。

そのため、初めて見る人物であっても、私にもどんな人物が到着したのかがなんとなく判った。

ラガレットからの荷物を届けてくれた黒騎士は、ルグミラマ砦の副団長だったらしい。

名前はルミールといって、グルノールへと来る際に立ち寄ったラガレットで荷物を預かることになったのだとか。

現在グルノールの街にはマンデーズ騎士団とレストハム騎士団、ルグミラマ騎士団の副団長とグルノール騎士団の団長と副団長が揃っている。

いくらこの国の軍事関係に疎い私でも、そうそうたる顔ぶれだということは解った。

そして、そんな少年であれば誰もが喜びそうな豪華な面子は、 副団長(アルフ) に与えられる館に滞在していた。

本来ならば城主の館へと滞在してもらうのだが、今年はジャスパーと白銀の騎士で客間が埋まっているため仕方がない。

「……アルフさん、お疲れですね」

相変わらず朝になると 黒犬(オスカー) が私の所へと来るので、たまにベルトランも滞在しているアルフの館へと私が黒犬を連れてくる。

黒犬はアルフの館へ行こう、と誘うと嬉しそうに尻尾を立ててついてくるのだが、いざ館の中へ押し込んで扉を閉めようとすると抵抗をみせた。

締めきられる前の扉からするりと抜け出し、私の隣へと腰を下す。

こうも私に付き纏うということは、もしやベルトランから虐待されているのではないだろうか、とも疑ったが、アルフによるとそれはないらしい。

館にいる間は常にベルトランの傍に寄り添い、寛いだ様子でいるようなのだ。

「そのベルトラン殿が……」

と言葉を区切り、アルフはこめかみを押さえる。

元気すぎるベルトランは、続々と集結する周辺騎士団の副団長たちに触発され、砦で行なわれる闘技大会へ参加したい、と言い出しているのだとか。

……なにそれ、凄そう。

頭を抱えているアルフには申し訳ないが、新旧英雄対決と思えば少しだけ見てみたい。

なんだったらベルトランのファンであるニルスに声もかける。

ニルスには普段から世話になっているので、こういった機会でもなければ恩を返せないのだ。

「……でも、そんなことできるんですか?」

ベルトランはあくまで過去の英雄であり、現在は騎士団を引退した身である。

現役騎士団の闘技大会になど、飛び入りで参加できるものなのだろうか。

そう指摘をしてみたら、こと体を動かすことに関しては理屈の通じる方ではない、とアルフにどこか遠い目をして答えられた。

どうやら我が国の英雄様は、類稀なる脳筋であらせられるらしい。

……そしてアルフさんは苦労性、と。

ご愁傷様です、と頭を撫でようとして背伸びをしたが、まったく頭に手が届く様子はなかった。

この一年で少しは背が伸びたはずなのだが、肩にも届かない。

ただ努力は認められたようで、逆に私の頭が撫でられた。

館に戻り、アルフの疲れ果てた様子をレオナルドへと報告する。

そのついでにベルトランの闘技大会への飛び入りは可能なのかと確認もしてみた。

「いかにベルトラン殿とはいえ、黒騎士の闘技大会への飛び入りは認められない」

きっぱりと言いきるレオナルドに、残念なような、これ以上アルフが疲れることにはならないと安堵するような、複雑な気分になる。

他人事ながら、それでも少しホッとして肩の力を抜いたら、続いたレオナルドの言葉に、やはりアルフは苦労を背負わされる星の下に生まれたのだ、と確信した。

「……飛び入りは認められないが、ベルトラン殿からはすでに申請が出ている」

事前に連絡を入れての参加であれば可能であろう、という先手を打たれてしまっていたらしい。

ご丁寧に推薦人としてグルノール砦の騎士数人と、各砦の副団長の名前まで書かれた申請書が作成されていた。

脳筋のわりに変な方向から筋を通してくることを考えれば、年の功というよりも、これまでも似たようなことをしているのだろう。

ベルトランは現役の黒騎士たちにしてみれば憧れや崇拝の対象である。

その剣技を生で見ることができる機会ともなれば、みんな諸手をあげて歓迎するのも不思議ではない。

おいで、と手招かれたので素直に近づく。

そのままレオナルドの膝の上へと乗せられそうになったので、鼻の頭をぺちんっと叩いて拒否した。

十歳になったのだから膝には乗らない、と何度も言っている。

レオナルドが私に叩かれるのは自業自得だ。

「……昨年のティナの親権争いが、どこかから耳に入ったらしい」

少しだけ視線を 彷徨(さまよ) わせながら、レオナルドはこんなことを言った。

昨年のアルフとの本気すぎる試合の話がどこかから漏れ、ベルトランは自分が勝ったら私の親権ではなく、ジャン=ジャックとの面談を要求しているらしい。

「それは……街にワーズ病を持ち込ませないためにも、レオナルドさんは勝たなきゃですね」

ジャン=ジャックは理由があって隔離されているのだ。

ベルトランがジャン=ジャックにどんな用事があるのかは判らないが、隔離されているジャン=ジャックへの面会など認めることはできない。

「ティナは俺の応援をしてくれるか?」

「見に行くかは、まだ怖いから判りませんけど、応援だけはしてあげます」

「なら、少々迷惑な英雄殿には引導を渡してやろう」

引退したのだから、老いた体で出張ってくるな、と。

現役時代のようにはいかぬ、と誰かがベルトランに勝って教え込まなければならない。

その役目ができるのは自分だけだろう、と不敵に笑うレオナルドが少しだけ格好良く見えたのは秘密だ。