軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

蒼い目の男

見上げた先にあったのは、恐ろしく整った顔だ。

前世と今生を合わせてもこれほど整った顔は見たことがない。

非のつけようのない美丈夫だった。

普段であれば人違いをしてしまった、という羞恥で頭が真っ白になってしまうのだが、整いすぎた男の顔にすべての思考が埋め尽くされる。

どこか 歪(いびつ) なところが一つでもあれば落ち着けるのに、と息をするのも忘れて探したのだが、なにも見つからない。

しばし男の顔に魅入られていたのだが、ふと男の青い瞳が落胆に揺れ、微かに唇が動いた。

――違う。

読唇術など心得てはいないが、瞳と唇の動きから、そんな言葉が聞こえた気がする。

「……だれかを、おさがしですか?」

なんとか声を発することができて、少しだけホッとした。

呼吸の仕方も、別に忘れてはいなかった。

一言を発することができたら、あとは呪縛から解き放たれたかのように普段の私だ。

ようやくいつもの私に戻れた、と私は安堵したのだが、男の方は私が答えるとは思ってもみなかったのか、僅かに目を見張って驚いている。

少しだけ間抜けな顔のはずなのだが、彫像のように整った無表情を見たあとでは、生気を感じて逆に親近感が湧く。

不思議と初対面の男である、という警戒心はなかった。

……あ、この人。さっきイツラテル教会にいた人?

二階からは瞳の色など判らなかったが、黒髪と薄汚れた旅装束は覚えている。

礼拝堂の中で、女神像に祈りを捧げるのではなく、そこに集まった人の顔ばかりを見ていた男だ。

「見られていたのか」

「ほ?」

あれ? 今声に出していましたっけ? と瞬くと、男は僅かに目を細めて笑う。

本当に、僅かな変化だ。

無表情の時は彫像のようで整いすぎた顔が怖くもあったのだが、こうして微かにでも笑みを浮かべると、ポッとこちらの心が温かくなる不思議な微笑みだ。

この男のためになら、なんでもできる。

自然とそんな気持ちになってくるのだから、怖い。

それから一つ、記憶に引っかかることがある。

……前にも、こんなことがあったような?

以前にも、誰かに心の中を読まれた気がする。

そう私が思いだすのと、男の眉が顰められるのは同時だった。

「おまえはあれに会ったことがあるのか」

「あれ?」

どなたですか、と聞いてみるが、答えはない。

ただ、男は一人で納得しているようだ。

あれの気配が残っていたからこそ、間違えたのだろう、と。

……えっと、つまり、誰かと間違えて私の頭を撫でた、ってことでいいのかな?

男が答えてくれないので、わかっている情報からそう 見当(けんとう) をつける。

私の考えていることが解るらしい男は、間違いを指摘されて僅かに目を逸らした。

そのまま気まずい沈黙が落ちるかと思ったのだが、男の腹がクルルと情けない悲鳴をあげたため、私の思考はすぐに切り替わる。

「玉子サンドが残っていますけど、食べますか?」

男の返事も待たずに席を立ち、手を引いて椅子を勧める。

私の隣の席にはニルスが座っていたはずなのだが、いつの間に席を立ったのか、今は姿が見えなかった。

一瞬だけ違和感が湧きかけ、それが明確な形になる前にどこかへと霧散する。

テーブルの下に控えていたはずの 黒犬(オスカー) の姿もないのだが、それが異常なことだとは思わなかった。

カリーサが昼食の残りを片付けた籠をあさり、皿に玉子サンドを載せる。

お腹が空いたら摘めるように、といつもより多めに用意された昼食は、意外なことで役立ってくれそうだ。

どうぞ、と男の前に玉子サンドを運び、コップには少しぬるくなってしまったジュースを注ぐ。

なんだか男の世話をしているのが楽しくて笑顔になってくるのだが、頭の片隅ではカリーサはどうしたのだろう? と考えていた。

いつもであれば、私が客人の世話などしない。

私が行動をする前に、カリーサやバルトが客人の世話をするのが普通だ。

なにか変だな、と思いながらも、男を見守る。

男は目の前へと並べられた玉子サンドを一度は辞退したものの、食べ切れなかった分なので、食べてくれると助かります、と促すと素直に誘いに乗ってくれた。

ゆったりとした仕草で玉子サンドへと手を伸ばした男は、腹の虫が鳴いていたはずなのだが、食べ方はとても上品で洗練されている。

「 他者(ひと) が物を食べる姿を見るのは楽しいか?」

「え? あ、失礼……でしたね、ごめんなさい」

指摘されるまで、じっと男を見つめていた自覚がなかった。

今でも見つめていた気はしない。

ただ不思議と男から目が離せないのだ。

指摘されたばかりだと言うのに、意識をしていないとどうしても男に目が向く。

手が大きいな、指が長いな、あ、喉仏、とつい見つめてしまうのだ。

「……おまえは異世界の魂だろう。それほど俺の影響は受けないはずだが」

異世界の魂、と呼ばれて、浮かぶたびに霧散する違和感の正体に気が付いた。

これはあれだ。

神王祭で精霊に攫われた時と同じだ。

普通に考えたら異常でしかない状態なのだが、その場ではすべての異常が自然だと思え、受け入れてしまう。

そう確信すると、ニルスがいないことも、カリーサと黒犬の姿が見えないことにも、すべて納得がいく。

私はまた、どこか不思議な世界に迷い込んでいるのだ、と。

「そうやって、頭で答えに辿りつくのは異世界の魂の特徴だな。この世界の魂は、ただあるがままに受け入れるだけだ」

「あるがままに……」

それはそれで大変そうだな、と首を傾げると、男はそれほど大変ではない、と教えてくれる。

もとからこの世界の魂であれば、すべての現象が自然なことであり、不思議だなどと違和感を覚えて受け入れるのに思考をする必要がないのだと。

「異世界の魂だから影響を受けない、ってそういうことですか?」

「少し違う」

この世界の魂であれば、自分に対して跪かずにはいられないらしい、と男は教えてくれた。

常に自分は上位の者であると魂に刻み込まれており、同じテーブルで食事を、などと言える者はまずいない。

まして、手を引いて席へどうぞ、などと誘われたのは、今日が二度目だと男は言う。

「なんだか不思議な話ですね?」

この世で最も上位にいる者、と線引きされ、大事にされているのは解るのだが、まるで一人だけ 除(の) け者にされているようでもある。

それは少し寂しいかもしれない、と思っただけなのだが、男には私の思考がだだ漏れだった。

この世界の魂であっても、血族だけは自分に縛られない。膝を折らずに接することができるのだ、と教えてくれた。

「じゃあ、完全に一人ぼっちってわけでもないんですね」

少し安心した、と笑うと、じっと顔を見つめられる。

「なんですか?」

「……似ていると思ったが、違った」

そういえば、最初に私の顔を確認した時に男が『違う』と言っていたことを思いだす。

彼はもとから誰かを探している風だった。

「誰をお探しですか? イツラテル教会でも、誰かを探していましたよね」

「片方の瞳が、俺と同じ色の女を捜している」

「青い目なんて、いっぱいいますよ?」

私の目も青いです、と指摘すると、男は少しだけ考える素振りを見せたあと、おまえなら大丈夫か、と言って前髪をかき上げる。

目がよく見えるようにしてくれただけだと判ったが、なんとも惹かれる仕草だった。

「……あれ?」

前髪の奥から出てきた男の瞳は、青は青だが、なんとも不思議な色合いの青だった。

ただ青いと言うよりは、蒼いと言いたい。

そして瞳孔の奥は普通影になって黒く見えるものなのだが、男の瞳孔は違う。

確かに影で暗くはあるのだが、奥に何か金にも銀にも見える輝きが潜んでいた。

……色だけならどこかで見た気がするんだけど、こんな不思議な目、見たことないや。

「いっぱいいる青い目、か?」

「確かに、なかなかいない色合いだと思います」

会話の終わりに、男の食事も終わる。

用意したものはすべて男の胃の中へ収まったようだ。

皿の上にも、コップの中にも、なにも残ってはいない。

「……久しぶりに人と話した。世話にもなったな」

ついでに一つ頼まれてくれ、と言われ、気軽に「いいですよ」と答える。

ついでと言うぐらいなのだから、それほど難しい頼みごとではないのだろう、と油断した。

「少ししたらここに黒髪で左右の目の色が違う男がやって来る。その男にも玉子サンドとジュースを出してやってくれ」

「え? でも、玉子サンドは今出したもので終わりですよ?」

カリーサに改めて作ってきてもらう必要があるのだろうか。

そう思考がそれると、その辺は心配しなくてもいい、と男が言った。

「俺の願いを叶えてくれたら……そうだな、一度だけおまえを助けてやろう」

「玉子サンドぐらいで、そんな大それたお返しはいりません」

「異世界の魂に罪はない。俺とおまえが出会った以上、必ずなんらかの意味があるのだろう」

今の自分にできることは守護を与えるぐらいだ、と言いながら男は私の前髪を掻き分ける。

出てきた額に唇が触れると、そこに祝福を与えられたのが解った。

……お願いも果たせてないのに、先に御褒美貰っちゃった。

これは願いを叶えないわけにはいかないだろう。

やはりカリーサに玉子サンドを作ってきてもらう必要があるかもしれない。

「くれぐれも、俺の指定した男以外には与えないように」

「与えたら、どうなるんですか?」

「どうということは無いが……まあ、気の毒ではある」

小首を傾げる男には、僅かながら表情らしきものが戻ってきた気がする。

会ったばかりは凍りついたかのような無表情だったのだが、今はなんとなく冗談を言っているのだと判った。

久しぶりに他人と会話をしたせいだろう。

「解りました」

きっと指定どおりの人物に玉子サンドを食べさせてみせます、と改めて男を見上げるのと、私の頭が後ろから撫でられたのは同時だった。

「……あれ?」

頭を撫でられて、反射的に背後の人物へと振り返る。

見上げた先には、今度こそレオナルドの黒い瞳があった。

レオナルドとばっちり目が合って、すぐに今の今まで男がいた場所へと視線を戻す。

男がいたはずの席にはニルスが座っていて、黒髪の男の姿はどこにもなかった。

男に出したはずの玉子サンドは、私の目の前にそのままの形で残っている。

……やっぱり、今のって不思議体験?

どうにも思考が追いつかなくて、首を傾げるしかない。

私が困惑しているのに気が付いたのは、足元の黒犬だけだ。

足元から動いた気配がしたと思ったら、テーブルの下から顔を出してこちらを見上げてきた。

なんでもないよと鼻筋を撫でると、黒犬は再びテーブルの下へと頭を引っ込める。

「甘辛団子を買って来たぞ。一緒に食べよう」

「……お昼に玉子サンドを食べたばかり、ですよ?」

少しだけ時間感覚に不安が残り、語尾が小さくなってしまう。

昼食を食べたあとは、劇を見ていただけだ。

三時のおやつと考えるにしても、早すぎる時間だと思う。

「ティナはお腹が空いたんじゃないのか?」

片付けたはずの玉子サンドがテーブルに載っている、と指摘されて、 理由(わけ) がわからないながらも、一つだけ判ったことがある。

……確かに、食べたはずの玉子サンドが残ってるなら、カリーサに新しく用意してもらう必要はないね。

あの男は玉子サンドを食べたはずなのだが、こうして形は残っている。

私が彼に対して行なったことは、子どものままごとにつき合わせたようなものなのだろうか。

ますます判らなくなって困ってしまうと、目の前の皿を空にしようとでも思ったのか、レオナルドの手が玉子サンドへと伸ばされた。

「ダメです!」

パッとレオナルドの手が玉子サンドを掴むより早く皿を手に取り、膝の上へと退避させる。

指定した男に玉子サンドを、と言われている人物の特徴とレオナルドは一致しない。

先にご褒美を貰ってしまっているため、この玉子サンドは指定された人物が現れるまではなんとしてでも死守しなければ。

「なんだ? ティナには甘辛団子があるだろう?」

「さっき会った人が、指定した人以外に食べさせたら気の毒だから、って言ってたから、レオはダメです」

「さっき会った人……?」

怪訝そうに眉を寄せ、レオナルドはカリーサに振り返る。

誰か来たのか、と聞くレオナルドに、カリーサは首を振って答えた。

「ティナ、どこで誰に会ったんだ? 会った人ってことは、知っている人間じゃないな?」

「今、ここでお話ししていたんですけど……」

カリーサは見ていませんか、と一応確認をする。

あの男がここにいた時は、周囲に黒犬すらいなかった。

そういうものだとあの時はすんなり納得できていたのだが、 子守女中(ナースメイド) のカリーサが私を一人にして離れることはまずない。

私がここにいたのだから、カリーサも当然ここにいたはずだ。

「……お嬢様は、ずっとこちらにおられましたが、他はニルスとオスカーだけです」

「やっぱりですか」

ある程度予想はできていたが、本当に私は不思議体験をしていたらしい。

やっぱり、と言った私に、レオナルドは顔に疑問符を浮かべた。

「さっきまで、また精霊か何かがいたみたいです」

「それは――」

レオナルドが何事かを言いかけると、背後から足音がする。

室内とバルコニーの境には黒騎士とメンヒシュミ教会の用意した警備員が立っていて、足音はその奥から聞こえた。

誰かがここへやって来るのだ、としばらく待っていると、部屋の奥から導師アンナと旅装束の黒髪の男性が現れる。

アンナは自分たちに視線が向いていることに気がつくと、柔和な笑みを浮かべた。

「お疲れさまです、ティナさん。初めてのお役目はいかがですか?」

「座って儀式を見ているだけですから、逆にこんなに簡単でいいのかな? って思っています」

当たり障りなくアンナへ答えるのだが、私の関心はアンナの背後に立つ黒髪の男性に釘付けである。

彼が男の指定した人間であるのなら、膝の上の玉子サンドを渡せばお役目は達成だ。

早く紹介してくれ、とアンナへ視線で訴えると、アンナはゆったりとした仕草で背後の男性を紹介しはじめた。

「こちらの男性は、レミヒオ様と申します。神王国クエビアからの巡礼者で……新しく見出された精霊の寵児に挨拶をしたいということで、ここまでご案内いたしました」

「はじめまして、新しき精霊の寵児よ。今日の貴方との邂逅に心より感謝を」

自然な仕草で背の高い男が私の前に膝をつく。

手をとってキスをしようとでも思ったのか、膝に載せた皿へと添えられている私の手にピタリと一連の動きが止まった。

少し困ったような顔をして微笑む顔に、誰かに似ていると思ったのだが、そんなことはどうでもよかった。

先にご褒美を貰ってしまっているので、なんとしてもあの男からの頼まれごとを果たしたいのだ。

「レミヒオ様、瞳の色を見せてください」

「瞳の色を、ですか?」

さすがに無作法だとは思うのだが、まずは確認すべきことを確認したい。

直球で目の色を見せてくれだなどと、失礼にも程がある気がしたが、子どもの戯言とでも受け取ってくれたのだろう。

レミヒオは別段気を悪くする様子もなく、黒い前髪を掻きあげて顔がよく見えるようにしてくれた。

……一見すると両目とも青だけど、片方はあの男の人と同じ色だ。

不思議な蒼だ、と思ったのと同じ色の瞳が目の前にある。

彼が探していたのは片方の目が同じ色の女性、とのことだったので、レミヒオの姉かなにかを探しているのかもしれない。

「左右の色が違う、と判断してもいいでしょうか?」

色としては同じ青系なので、少しだけ判断に困ってしまう。

突然子どもに目の色を見せてくれ、とねだられ、要求のままに目を見せてくれたレミヒオも、これには困惑を隠せないようだ。

なぜそんなことを自分に聞くのか、と聞かれてしまった。

「エルポエプ・ネソホック・スドッグ・フォ・グニック・エフトが、もうすぐやって来る黒髪で左右の目の色が違う男に玉子サンドとジュースを渡してくれ、って」

よし、男からの伝言をつたえたぞ、と満足してから、ふと首を捻る。

口から自然にあの男の名前が出てきたのだが、一度も聞いたことのない響きだ。

もともと不思議な男に関することなので、こんな不思議なこともあるかも知れない。

そうあっさりと割り切れ始めているあたり、私も不思議な出来事に対し感覚が麻痺してきたようだった。