軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

グルノールの春

黒騎士に守られたグルノールの街は平和だ。

たまに事件や事故が起こって城主の館へと報告の黒騎士が駆け込んでくることはあるが、ラガレットの街のように私自身に災厄が降りかかってくることはない。

館の外へ出るのは相変わらずメンヒシュミ教会へ通う時やタビサの買い物について行くぐらいと少ないが、ラガレットの街はホテルの中にいても誘拐されかけたのだ。

やはりグルノールの街は治安がいいのだろう。

メンヒシュミ教会で基礎知識を学び続けていると、春の中頃には随分読み書きができるようになった。

まだ完全ではないのでカリーサやヘルミーネに判らないところを読んでもらうこともあるが、九歳の子どもと思えば十分な成果だと思う。

……真面目に授業を受けるようになったテオって、結構頭いいんだよね。

館でもヘルミーネの授業を受けているため、勉強時間自体は私の方が長いはずなのだが、メンヒシュミ教会の教室で、たまにテオから教わることがある。

それがなんだか不思議な気分だった。

……ルシオとミルシェちゃんは、とくに変化なしだね。

春華祭(しゅんかさい) でミルシェの髪に花を挿すルシオを目撃して以来、そういうことなのかと意識して二人を観察していたのだが、これといった変化はない。

あれは単純に手元にあった花でミルシェを飾ってみただけのことだったのか、と思いはじめてもいるのだが、意識して観察してみるとルシオは一緒に行動をしている時にはミルシェと手を繋いでいることが多い気がする。

あれは年少者への気遣いなのか、好意から来るものなのか、どうにも気になっておませなエルケに相談したところ、ルシオの妹とミルシェが同じ歳だからだろう、と教えてくれた。

学者を目指したルシオは早々に家を出てメンヒシュミ教会で働き出したため、たまに家族と暮らしている妹のことが気になるのだろう、と。

ルシオの行動を邪推している間に、ミルシェが八歳になった。

ミルシェの誕生日は春だったらしい。

事前に知っていればお祝いができたのだが、私がそれを知ったのは翌日の教室でだったので、なにも用意できなかった。

……お菓子でも喜ばれそうだけど、高いものは受け取ってくれないだろうしなぁ?

それでもなにかお祝いがしたい、とレオナルドに相談したところ、昨年オレリアの家にいた頃に着ていた服を贈ればいい、と教えられる。

オレリアの家にいた頃の服は急遽用意された古着だったので、平民が着るのに違和感がない。

しかしグルノールの街へ来てから買った中古服は仕立てが良いので、ミルシェが暮らす貧民街で着て歩けば、要らぬトラブルを呼ぶ可能性があるとのことだった。

レオナルドが私のために仕立屋で仕立てた服など、私のお古という意味では中古の品になるが、仕立ての問題でもっての外である。

……私、一年で結構大きくなった?

ミルシェに贈れる服を探しつつ、昨年の春に着ていた服へと袖を通す。

普段はあまり実感がないが、こうして昨年の春に着ていた服へ袖を通すと、裾が短くなっていたり、肩に違和感があったりとした。

私の体が大きくなり、服が小さくなったのだ。

「このワンピースはお気に入りだったけど、今年はもう着れそうにありませんね」

中古ではなく、レオナルドが仕立屋で誂えてくれた服なので惜しくはあるが、今の私が着ると袖の長さが足りなくて少しかっこ悪い。

半袖であればそれでもまだ着ることができたかもしれないが、残念ながらこのワンピースの袖は長かった。

「……に入りなら、直します」

少しサイズを直せばまだ着られる、とカリーサが袖周りや裾を直す。

さすがに生地が足りないので、来年も同じ物が着たければ、新しく同じものを作るしかないと言われた。

「……お嬢様の服は、ズボンは一着しかないのですね」

「レオがスカートを穿かせたいみたいですからね」

一着だけあるズボンは、乗馬用にとレオナルドが用意したものだ。

それも、秋に一度しか穿いていない。

冬の旅行へと私を連れて行こうと仕立てさせたものだったが、私はマンデーズ行きを拒否したし、マンデーズへと行った方法も精霊に攫われるというイレギュラーな方法だったため、乗馬用のズボンの世話にならなかった。

「……お嬢様は、ズボンお好きですか?」

「好きですね。スカートが捲れるの気にしなくていいですから」

服装は自由な風潮があるが、レオナルドは女の子にはスカートを、と思っている節がある。

そのせいかレオナルドが仕立てる私の服は、すべてがワンピースやドレスといったスカートだ。

付け加えるのなら、レースやリボンでフリフリのヒラヒラでもある。

「……では、レオナルド様の好みから大きく逸脱しない範囲でズボンを作りましょう」

そう言ってカリーサが作ってくれたのは、キュロットスカートだった。

股下が縫われているためズボンと言えばズボンなのだが、一見しただけではスカートにも見える。

私にはスカートを穿かせたいらしいレオナルドも、キュロットには文句を言わなかった。

ただ苦笑いを浮かべて「お転婆が悪化しなければいいが……」と心配していたので、いつものように特注靴で励ましておく。

脛を 擦(さす) るレオナルドは、カリーサが桜に着想を得たというワンピースを見るとすぐに脛の痛さも忘れたようだ。

早速着て見せてくれ、と上品な桜色のワンピースに着替えさせられる。

……うわぁ。お淑やかなお嬢様に見える。

鏡に映った自分の姿に、思わず感嘆の溜息を漏らす。

八重桜に着想を得たというワンピースは、白に近い上品な桜色の布を幾重にも重ねた贅沢なワンピースだった。

裾にも動きがあって、愛らしい。

本当に八重桜を着ているようだ。

動くたびにヒラヒラと広がるスカートが嬉しくて、くるくるとその場で回っていたらレオナルドが外に出せない顔になった。

近頃レオナルドの兄馬鹿は、悪化し続けていて止まる気配がない。

「そういえば、乗馬用にってレオが作ってくれたズボンは一回しか穿いてませんね」

ぴたりと足を止めると、花びらのようなスカートが足にくるりと巻きつく。

次に反動で逆方向へと回ってふわりと広がり、レオナルドの目を楽しませているのが判った。

……今ならどんなおねだりも聞いてくれそうな顔してるね。

我が兄ながら、情けない顔である。

「ティナがズボンを穿いたのは……」

と少し考える素振りをみせたレオナルドは、私の言いたいことに察しがついたのだろう。

だらしなく緩んでいた顔が、多少見れる顔に戻った。

「そのうち開拓村の様子を見に行くか?」

「約束ですよ!」

ジャン=ジャックたちのいる開拓村の様子を見に行く約束をするうちに、十歳になったら乗馬の練習もするか、という話になった。

レオナルドは私をお淑やかな淑女に育てたいのだろうと思っていたのだが、違うのだろうか。

しかし、少しだけ興味があったので、あえて指摘するのは止めておいた。

どんな方法を使ったのか、セドヴァラ教会を挟まずにオレリアへ手紙を送れるようになったのは嬉しい。

オレリアの元へと食料等を運んでいるのは黒騎士だったので、オレリアからの返事もセドヴァラ教会を通さないことになった。

オレリアもそれに開放感を覚えたのか、少しだけ手紙の文面が柔らかくなった気がする。

……ん、誉められた。

オレリアに贈るために、と冬の間刺繍をしていたハンカチは別人の物になってしまったので、新たにハンカチを作って贈ってみたところ、綺麗に縫えているとの感想をオレリアからもらえた。

嬉しくて頬が緩むのが自分でも判る。

ヘルミーネにはレオナルドと同じ顔をしている、と言われてしまった。

血は繋がっていないはずなのに、似たもの 兄妹(きょうだい) だ、と。

……さすがにセドヴァラ教会もやり方を変えてみたんだね。

オレリアの手紙には近況の他に、弟子の育成状態に対する報告書のような内容も書かれていた。

それによると、以前は 薬師(くすし) として優秀な人材を弟子として送り込んできていたのだが、今回の弟子は二人で、片方はこれまで通りのすでに優秀な薬師として完成している人間で、もう片方はこれまで薬師に師事などしたこともないような素人とのことだった。

昨年私に材料作りを少し手伝わせたところ、意外に使えたことが素人を送り込んできたきっかけらしい。

下手に薬師として完成しているせいで自分なりの 矜持(プライド) があり、オレリアの指導に反発する者よりは、まったく知らないからこそ素直にすべてを吸収するしかない素人を。

……素人の方が覚えるのが早くて、プライドを傷つけられたもう一人はいつ逃げ出してもおかしくない、と。

また森の外れの岩壁に骨が増えるのだろうか。

それを考えると、薬師の方にはなんとか逃げ出さずに踏みとどまってほしいものだ。

秋に館の一員となった 仔犬(コクまろ) は、春ともなるともう成犬とほとんど変わらない姿に成長した。

成犬と比べれば、一回り小さいぐらいだろうか。

私と同じで夏に生まれたそうなので、そろそろ一才になる。

大きくなったコクまろは、将来的に私の護衛犬にするつもりだと言って、レオナルドが砦の訓練師へと預けてしまった。

こうなってしまうと、甘えを出させないために訓練が終わるまでは館へと帰って来られないし、私も会いに行ってはいけないのだとか。

今では完全にコクまろのベッドになっていた不細工猫枕も、主が不在で少しだけ寂しそうだ。

いつも足元にいた仔犬がいなくなって寂しがっていると、レオナルドに遠出をしようと誘われる。

約束通り、開拓村の様子を見に行こう、と。

聖人ユウタ・ヒラガの研究資料の護衛はいいのか、と聞いたところ、冬にマンデーズの街へと行っていた時のように、アルフが館へ泊まってくれることになっているのだとか。

「……荷物多くないですか?」

馬の背に括り付けられた荷物の山に、少しだけ違和感を覚える。

秋に様子を見に行った時には、もう少し荷物が少なかったはずだ。

「主な荷物はティナのお菓子と、ティナの飴と、ティナのお菓子だな」

「こんなに食べ切れませんよ」

開拓村へは馬で片道一日かかるので、往復で余裕をもって考えても三日の小旅行だ。

違和感を覚えるほどの菓子の山はおかしい。

「食べ切れないぶんは、置いてくればいいだろう」

「ジャン=ジャックたちへのお土産ですか」

それなら最初からそうと言ってくれればいいのに、と頬を膨らませて抗議する。

まるで私が食いしん坊を通り越して、お菓子好きの妖怪か何かのような非常識な量の菓子ではないか、と。

開拓村で暮らしているかつての感染者たちへの土産であるのなら、この量にも納得はいく。

開拓村の様子は、秋に様子を見に来た時とは随分変わっていた。

以前は建物が三軒しかなかったのだが、今は十軒ほどの新しい家が建っている。

ところどころ黒く焼け焦げた地面が見えていたはずなのだが、春という季節のおかげか野花や雑草が生えて黒い地面を覆い隠していた。

「畑にも芽が出ていますね」

レオナルドに馬から下してもらい、畑の様子を見てみる。

でこぼことした形の悪い 畝(うね) が作られていて、そこにこれまたバランス悪く密集したり、まばらだったりとする新芽が生えていた。

……おおむね良好?

私に見て取れる範囲からの感想としては、問題はなさそうである。

ただ、やはりまったく問題なく開拓村が機能しているという訳ではないようで、レオナルドへと寄せられる報告には不穏な物も混ざっていた。

冬の間は特に寒さと閉塞感から住民たちの空気が悪くなったが、食料の配達と同時にグルノールの街で暮らす家族や知人からの手紙を届けたところ、落ち着きを取り戻したそうだ。

……慰霊祭であった男の人の恋人も、元気だったね。

ロサリオという女性の 魂鎮(たましず) めの 灯(ひ) を探していた男性が送った手紙が、冬に住民たちを落ち着けた手紙のきっかけになってくれたらしい。

久しぶりのジャン=ジャックと『ジャック』か『チャック』かで馴れ合っていると、報告を聞き終えたレオナルドが戻ってきた。

「前回はメイユ村へ墓参りに行ったが……」

メイユ村へ行きたいか、と問われ、首を振って答える。

「お父さんたちとは、ちゃんとお別れできたのでいいです」

「……いつのことだ?」

「神王祭の時に、お父さんたちが帰り道まで送ってくれました」

精霊に攫われていた時のことは、思いだせたり、思いだせなかったりとするのだが。

不思議とこれだけは自信を持って言える。

あの日、自分は両親と逢えた。

そしてゆっくりとお別れもできたのだ、と。

だからメイユ村には行かなくてもいい、と伝えると、レオナルドは少し安堵したかのような顔をして微笑んだ。

「……あれ? 方向違いませんか?」

開拓村で一泊して、さあグルノールの街へ帰ろう、ということになっていたはずなのだが、どうも馬の進む方向がおかしい気がする。

私にはすぐれた方向感覚などないので、思い違いということもあるかもしれないが、それでも来た道と逆方向へと馬が進めば判る。

道が違いますよ、と指摘すると、レオナルドは折角の遠出だからな、と意味深にニヤリと笑った。

メイユ村へは寄らなくていいと言ったのに、やはり寄るつもりなのだろうか。

そう考えてみたのだが、どうもメイユ村へ寄るつもりでもないらしい。

二日ほど野宿が続き、そろそろアルフが心配をしているのではないだろうか、と思いはじめた頃、レオナルドがどこへ向っているのかが判った。

前に来た時とは季節が少しずれているので木々の様子が違うが、さすがに見張り小屋や視界を塞ぐように現れた霧を見れば思い当る場所がある。

一年ぶりに、オレリアの住むワイヤック谷へとやって来たのだ。