軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

春のメンヒシュミ教会とアルフの釣果

庭の雪がすっかり解け、木々に新緑の芽が目立ち始める。

まだ少し肌寒い気はするのだが、コートの生地は薄いものに変わった。

そのコートも、少し動けばすぐに体が温まるので、仔犬と庭を駆け回っている間に脱いでしまうことの方が多い。

庭を走り回るには邪魔になる仮装の尻尾もコートを脱ぐついでに取ってしまいたいのだが、さすがにこれは止められた。

精霊に攫われた子どもは、 春華祭(しゅんかさい) まで獣の仮装をしていなければならない、という風習がある。

また精霊に攫われないように、というちょっとしたおまじないだ。

多少駆け回る邪魔になろうと、尻尾を仔犬に噛み付かれようと、保護者たちの気持ちを考えれば外さない方がいいだろう。

……ちょっと待って? 春華祭より先にメンヒシュミ教会の授業が始まるんだけど?

ふと今さらながらに気がついた可能性に、ピタリと足が止まる。

突然足を止めた私に、コクまろが遊びはもう終わりかと問うようにこちらを見上げた。

……さすがにお友だち誰も猫耳付けてないのに、私だけ仮装とか嫌ですよ!?

慌てて確認を取るべく館へと駆け込む。

カリーサの呼び止める声が聞こえたが、今は後回しだ。

ノックをしてからレオナルドの部屋へと飛び込むと、ちょうど書類から顔をあげるところだった。

「メンヒシュミ教会へも 猫耳(これ) 付けて通わないとダメですか!?」

一人だけ神王祭でもないのに仮装は恥ずかしい、と訴えたのだが、レオナルドの返答は無情なものだった。

ダメだ、とたった一言で私の訴えを退ける。

「猫耳が気になるんなら、夏から通うか?」

「 嫌(や) ですよ! 季節をずらしたらミルシェちゃんに会えなくなります」

「じゃあ、猫耳をつけたままで通うか、アルフとハルトマン女史とタビサとバルトと門番十五名とコクまろがいい、と言ったらいいぞ」

「コクまろは喋れません!」

頬を膨らませて抗議して、しかしすぐに怒りを治める。

レオナルドが挙げた名前は、全員がこの冬の迷子で私が迷惑をかけた人たちだ。

まだ黒騎士全員から許可を取って来い、と言わないだけ加減がされているとも受け取れる。

「……どうしてもダメですか?」

押してダメなら引いてみろ。

今度はしおらしくおねだりしてみるのだが、レオナルドの答えは変わらなかった。

「精霊に攫われた子どもが、春華祭まで獣の仮装を続ける理由は話したよな?」

「聞きました」

「じゃあ、心配をかけた皆の心労が少しでも減るように、ティナは春華祭まで恥ずかしくても猫耳だ」

可愛いんだからいいじゃないか、と続けたレオナルドに、悔し紛れにあかんべと舌を出す。

レオナルドは一瞬だけ瞬いたあと、すぐに苦笑いを浮かべた。

「……どこか変じゃないですか?」

出かける先は貧民の子どもから富豪の子、ついでに人によっては大人まで集まるメンヒシュミ教会なので、服装になど気を配る必要はないのだが。

どうしても頭に付けられた猫耳が気になる。

ご丁寧なことに、春物のコートにはついてなかったはずの猫耳フードまでが追加で付けられていた。

館を出る前に何度となくレオナルドやヘルミーネへと『学びに向う場で仮装はおかしい』と訴えてみたのだが、すべて却下されている。

最後の望みとばかりに、送迎役のバルトを見上げるのだが、バルトの答えも 保護者(レオナルド) と変わらない。

仮装は精霊に攫われた子どもにとっては、また攫われないためのまじないであり、恥かしがる必要はないのだ、と。

メンヒシュミ教会の門をくぐると、秋と同じようにニルスが待っていた。

その頭には、当然のように猫耳などの仮装はない。

「ニルスはなんで仮装してないんですか?」

ニルスも精霊の寵児なんですよね? と聞いてみたところ、ニルスは幸運続きから父親が精霊の寵児と気づいただけで、精霊に攫われたことがあるわけではないとのことだった。

そのため、私のように春華祭までの間を仮装で過ごす必要がないのだとか。

……同じ精霊の寵児で、精霊に攫われる子と攫われない子がいるのはなんでだろうね?

そんなことを話しているうちに教室へとついた。

「……あれ?」

「あ、ティナおねえちゃん!」

私をみつけてパッと顔を輝かせたミルシェの頭には、茶色の犬耳がついている。

残念ながら尻尾まではついていないが、可愛らしい犬耳幼女だ。

これで毛並みが髪の色と同じであれば完璧だったと思うのだが、残念ながらミルシェの髪の色はテオと同じで黒い。

色があっていないせいで『いかにも仮装です』という雰囲気なのだが、それはそれで可愛らしいのでいい。

可愛いは正義だ。

……うん、ごめん。レオの気持ちわかった。可愛いからいいや。ケモミミ付けた幼女は可愛い。問答無用で可愛い。

あくまで勉強のためメンヒシュミ教会へ行くというのに、猫耳を外すことを許さなかったレオナルドに腹を立て、何度か脛を蹴ってはいたが、これはあとで謝らねばならない。

それほどに犬耳を付けたミルシェが可愛かった。

「ティナおねえちゃん、よかった! おねえちゃんが迷子になったって、街中の人がおねえちゃんのこと探してたんだよ」

街の住民を巻き込んだ私の捜索は、ニルスとルシオを伝言役にして一応の収束を向かえたらしい。

ミルシェの住む貧民街へは、ルシオが伝言を運んだようだ。

「……心配してくれて、ありがとう。嬉しい」

ほんのりと、心が温かくなる。

マンデーズの街へ行った辺りから出会った同年代の子どもには酷い目にあったが、ミルシェの優しさと純朴さには心癒された。

「ところで、ミルシェちゃんの犬耳は? ミルシェちゃんも精霊に攫われたの?」

「え? おともだちが精霊にさらわれたら、ほかの子もお祭りまでどうぶつのかっこうするんでしょ?」

そう言って付け耳をペトロナが用意してくれた、とミルシェは言う。

促されてペトロナの方へと視線を向ければ、ペトロナとエルケが白い猫耳を、テオがミルシェと同じ犬耳を付けていた。

ついでに言うのなら、教室にはいった時点でニルスも羊の角と耳を付けられている。

「精霊に攫われた子を精霊の目から隠すために、お友だちみんなでお祭りまで動物の仮装をするのだと、導師アンナが仰っていました」

「神王祭でもないのに仮装をするだなんて、少しわくわくしますね」

言いながらエルケとペトロナが近くまでやってきた。

最初はなんとなく苦手意識のあった二人だが、今は少し心強い。

……同年代のお友だちって、いいなぁ。

同年代、と浮かんだ単語に、ディートフリートの顔が思い浮かぶ。

ディートフリートの顔は天使のように可愛らしいのだが、中身は少し前のテオと大差ない暴君だ。

……やっぱり、私は身の丈にあった人間関係を作ります。

王子の嫁だとか、貴族の親戚など私には必要ない。

私はこのままグルノールの街で、気心の知れた友人を作りながら平凡な人生を歩んでいくのだ。

我ながら調子がいいとは思うのだが、仮装をしているのが自分だけでないと判れば、猫耳への忌避も薄れた。

その後は普通にメンヒシュミ教会へと通い、順調に知識を増やしている。

そして、薄物のコートも必要がなくなったうららかな春の午後。

あまり頻繁に書いては嫌がられる、と遠慮していたオレリアへの手紙を書くことにした。

……とはいえ、どう書けばセドヴァラ教会の検閲を潜り抜けられるんだろうね?

先日の英語での返事も、内容から考えればほとんどが検閲により削除されたと考えて間違いないだろう。

特に、刺繍のハンカチについて一言も触れていないのは不自然だ。

……そう言えば、アルフさんが何か企んでいたのって、どうなったんだろう。

企みごとの進行状況を聞きたくなって、館で仕事中のレオナルドの元へと報告書を運んできたアルフを捕まえてみた。

「オレリアへの手紙? そのことだったら、もう心配はいらないよ」

「へ?」

企みごとの経過はどうなのか、と聞きたかったのだが、経過どころかすでに解決していたらしい。

セドヴァラ教会を通さずに自由に手紙を送っていい、との許可をアルフはいつの間にかもぎ取ってきていたようだ。

「……何か、したんですか?」

秘術を漏らさないよう、厳重に見張られているオレリアへの手紙を、セドヴァラ教会の検閲もなしに送れるようになるとは。

普通に考えたらおかしい、と子どもの私にでもすぐに判る。

恐るおそるとアルフの顔を見上げれば、アルフはいつものように人のよい笑みを浮かべていた。

「私からは、特には何も……?」

……私からは、ってことは、逆に考えるとセドヴァラ教会が何かした、ってことですね。

セドヴァラ教会がいったい何をしたら、オレリアへの手紙に検閲が入らなくなるような条件をアルフがもぎ取れるのかは判らなかったが。

私には考えもつかないことを、アルフが何か仕掛けたのだろう。

……とぼけてるけど、刺繍の確認をした時に『釣る』とかなんとか言ってたしね?

じっとアルフを見上げて、いったい何をしたのだろう、と考えていたら、アルフは話題を変えるためかお財布を持ってくるように、と私に言った。

私の財布になどどんな用事があるのだろう、と思いつつも、言われるままに黒猫のお財布をアルフへと手渡す。

黒猫財布を受け取ったアルフは、財布の口を開くといくつかのお金を入れた。

「お小遣いは、レオから貰っていますよ?」

「これはお小遣いじゃなくて、ティナが縫ってくれた刺繍の代金だよ」

あのハンカチの材料費はすべてアルフが出している。

だから代金などいらないのだが、と財布を確認して頭が真っ白になった。

「……金貨五枚とか、いくらなんでも多すぎます、よ……?」

何度数え直しても、金貨が五枚増えている。

金貨一枚が10000シヴルだから、全部で50000シヴルだ。

日本円の感覚にすると、ゼロを一つ追加する感じだろうか。

単純に考えただけでも、アルフがあの刺繍をしたハンカチに五十万円支払ったことになる。

「子どもに持たせる金額じゃないですよっ!」

怖くなって財布から金貨を抜き出す。

お返しします、とアルフの手に握らせようとするのだが、アルフは笑顔で受取を拒否した。

「……実は、あのハンカチがどうしても欲しいって人がセドヴァラ教会にいてね。彼に言い値で譲ったから、この金額がティナの刺繍に対する彼の評価だよ」

「あのハンカチ、オレリアさんの名前が刺繍してあったじゃないですか! 彼ってことは男の人ですよね? 女の人の名前の入ったハンカチなんて……っ」

なんとか金貨を引き取ってもらえないだろうか、と言い募れば言い募るほど、なにかが見えてくる。

不自然な点をいくつか挙げて線で繋ぎ合わせれば、アルフがセドヴァラ教会からオレリアへと手紙を送る許可をもぎ取って来た手段がみえてきそうで怖い。

結局、材料費はちゃんと引いてあるからと言って、アルフは金貨を受け取ってはくれなかった。

大きすぎる金額に困り果て、ヘルミーネに相談したのだが、正当な報酬なので受け取っておきなさい、と諭されてしまう。

それでも『はい、そうですか』とは思えなかったので、今度はレオナルドに相談したのだが、やはり私が稼いだお金なので好きに使えばいい、と言われてしまった。

「子どもが持つには多すぎますよ。銀貨一枚ぐらいだったら受け取れましたが」

持ち歩くのも、隠しておくのも怖くなってくる額だ。

となれば保護者に預けてしまうか、臨時収入としてみんなでご馳走でも食べた方がいい気がする。

……ご馳走?

とりあえずひとつだけお金の使い道が思い浮かび、レオナルドに外食をおねだりしてみた。

この金貨で、ご馳走を食べよう、と。

「ご馳走ぐらい、俺がいくらでも食べさせてやるぞ」

「違いますよ。レオのお金で食べたいんじゃなくて、わたしの初めてのお給金で、家族とご馳走が食べたいんです」

自分で稼いだ金で、家族と食事がしたいのだ、と力説してみる。

レオナルドは妹に奢らせるなんて、と最初は渋っていたが、初めて自分で稼いだお金を家族のために使いたい、という私の気持ちを最後には 酌(く) んでくれた。