軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

グルノールの街への帰還

「おっきな船ですね……」

グルノールの街への帰路で世話になる船は、馬車ごと移動すると聞いていたのである程度の大きさは想像していたのだが、想像よりも大きかった。

というよりも、想像よりも大きかったのは船だけではない。

川の大きさも、川と聞いて想像するような大きさではなかった。

……見たことないけど、たぶんアマゾン川とかこのぐらい大きいんじゃない?

まっすぐに見つめても、向こう岸は微かに見える程度だ。

山や森といった高さのあるものは見えるのだが、岸辺がどうなっているのかは判らなかった。

「こんなにおっきな川を、レオは馬で渡ったんですか?」

「それはさすがに無理だな」

川を越えた先にあるルグミラマ砦へは、少し川を下った場所にある石橋を渡ったらしい。

古すぎてどういった建設技術が使われているのかは知識が失われているらしいのだが、これほどに大きな川にかかる橋がちゃんとあったようだ。

ただ観光として見に行くためには街を一度出る必要があるから、私には教えていなかったのだとか。

「でも、こんなおっきな船で川を遡るのは大変そうですね」

エンジンやスクリューがあるわけはないので、馬車も平気で運べるサイズの船が川を遡るのは大変なことだと思うのだが、レオナルドは少し片眉を上げて苦笑いを浮かべるだけだった。

危険だから絶対に近づかないこと、と約束をさせられて、船首へと案内される。

船から落ちないように、としっかりレオナルドに抱きかかえられて覗き込んだ船前方の川の中には、 河馬(かば) に似た生き物が七頭、船と鎖で繋がれていた。

「おっき……いっ!」

第一印象で『河馬に似ている』と思ったが、明らかに河馬ではない。

顔は本当に河馬にしか見えないのだが、大きさが前世で見た河馬の三倍はある。

それだけならば巨大な河馬かと思うのだが、この生き物には魚のような尾があった。

……下半身、どうなってるの!?

顔は河馬だが、水に浸かっている胴体がどうなっているのかはわからない。

時折水を蹴って水面へと出てくる尾が魚なことを思えば、河馬頭の魚だろうか。

「ティナはアバックを見るのは初めてか?」

「アバック、って言うんですか、あの生き物」

動物なのか、魚なのか、と聞いてみたら、そのどちらでもあると答えられた。

この河馬に似たアバックという生き物は、肺呼吸もエラ呼吸もできるらしい。

……エラ、あるんだ。

エラがあると聞いたからには、どこにエラがあるのだろう? とつい探してしまうのだが、レオナルドには船から私が落ちそうに見えたようだ。

船の動力が気になった私への説明は終わった、とばかりに船首から離れる。

「アバックに引かせて川を遡るんですか? 七頭……匹? しかいませんよ。こんな大きな船を引っ張れますか?」

「水中のアバックは力持ちだからな。普段はもっと荷物が載った船を引っ張っているぐらいだから、ティナと馬車が載ったぐらいなんでもない」

「すごいですね、アバック」

寒いから中に入ろう、というレオナルドの誘いを断って、流れ始めた景色を眺める。

基本的には森の中を流れる川なので、景観はそれほど良いものではない。

どこまで進んでも木とたまに岩場があるぐらいで、見所らしい見所もなく、折角の船旅ではあったがすぐに飽きてしまった。

くしゅんっとくしゃみが一つ出たところで、カリーサによる強制退去が実施される。

船内に入ると、すぐにカリーサが温かい飲み物を用意してくれた。

この船は客船というわけではないので装飾は実用一辺倒で、柔らかいクッションのある長椅子に座りたかったら馬車に乗り込む必要がある。

当然レオナルドがそんな面倒なことをするはずはなく、無造作に積み上げられた箱を椅子がわりに座っていた。

私も柔らかなクッションがなければ嫌だ、などという貴族のお姫様ではないので、レオナルドの座っている箱の上へと腰を下す。

「どのぐらいでグルノールの街に着くんですか?」

「夕方前、ぐらいか? さすがに正確な時間はアバック次第だが……」

早いですね、と素直に驚く。

マンデーズの街からラガレットの街へ行く時ですら馬車で何日も掛かったのに、まさかラガレットの街からグルノールの街まで一日で行けるとは思わなかった。

「川はほとんど一本道だからな。山道を馬車で進むことを考えれば、それは早いさ」

一日で着く、というだけで驚いたのだが、これは川を遡っているため遅い方だと船員が教えてくれる。

下りの場合は風任せで半日、アバックに引かせれば二・三時間の距離なのだとか。

「……ウィリアムたちが川を下ってたら、今頃わたし、いませんでしたね」

川を下った場合の速さに気がつき、思わずゾッとした。

川を使って逃げられていれば、レオナルドが追いつく前にラガレットの街から遠く離れた場所へと誘拐されていたことだろう。

なんとなく怖くなってレオナルドに抱きつくと、頭を優しく撫でられた。

おそらくは慰めてくれているつもりなのだと思うのだが、口から出てきた言葉は「冬でなければその可能性もあった」という物だったので、逆効果満点だ。

「ところで、ティナをグルノールの館へ帰したら、俺は一度レストハム騎士団の様子を見にメール城砦に行く予定なんだが……」

「お留守番しています。わたしが一緒だと移動が遅いし、 館(おうち) でゆっくりしたいです」

「……そうか」

もう少し誘われるかと思ったのだが、レオナルドはあっさりと引いた。

マンデーズの街へ行ったことから予定外だったのだが、その帰還途中で誘拐されそうになったり、本当に誘拐されたりと、いろいろ忙しい旅になってしまっている。

まだ年齢一桁の私には、一度館でゆっくりと休息する必要がある気がした。

「いろいろありましたが、レオと一緒で楽しかったですよ」

本当に予定外の出会いやら、事件やらが多い旅になったが。

知人も増えたし、カリーサというすぐに館へ入ってもらうことに抵抗のない人材も確保できた。

……なによりも、プリンが食べれるようになったのが嬉しいです。

そうこっそり笑っていると、レオナルドもこの冬のことを思いだしているのか、何故か頭を抱えはじめる。

紹介する予定などなかった人間にまで 妹(わたし) の存在が知られていて、あとが面倒そうだ、と。

「……ティナはあと何年、俺の手元にいてくれるのかな」

お嫁になんて行かせたくない、とどこまで考えが飛躍したのか理解しがたいことをレオナルドが呟き始めたので、気が早すぎると慰めてみた。

「だいたい、誰のトコにお嫁に行くんですか、わたし」

「ディートフリート様あたりが欲しがりそうだ」

「なんですか、それ。お断りですよ、絶対に嫌です」

王子さまの嫁になるとか、貴族の親戚に引き取られるよりも面倒な未来しか見えない。

そんな未来、お断りである。

……結婚なんて、まだ漠然としか考えられないけど、それでも王子さまとか貴族は嫌だ、って思うよ。

結婚するのなら、価値観の合う普通の庶民がいい。

面倒そうな親戚やら、義務や役割が付き纏いそうな王族や貴族など、結婚相手としてお断り物件すぎた。

……ディートの嫁になるぐらいだったら、一生結婚しないで 実家(レオナルド) から離れないよ。

そんな冗談を言っている間に、アバックの引く船はグルノールの北にある桟橋へと到着した。

「……あれ?」

桟橋の向こうに一台の馬車を見つけ、目を眇める。

なんとなく見覚えのある立ち姿が遠目に見える気がした。

「ヘルミーネ先生と、バルト?」

すっと背筋を伸ばした立ち姿はヘルミーネとバルトで間違いないと思うのだが、二人が桟橋で待っている理由がわからなかった。

今日、それも川を使って私とレオナルドが帰ってくるだなんて、ヘルミーネたちに判るはずがないのだ。

不思議に思ってレオナルドに聞くと、予定として事前に報せを送っていたのだと教えてくれた。

アバックに引かせた船は早いが、その船が小型の舟に変わればもっと早い。

その小舟を使えばラガレットからグルノールへの連絡ぐらいすぐに着くのだとか。

なんだか懐かしい気がする顔ぶれに、嬉しくなって馬車が船から下されるのも待たずに桟橋を走る。

あと少しでヘルミーネに手が届くという距離まで近づいて、慌てて足を止めた。

……ヘルミーネ先生、顔、怖っ!?

鬼気迫る大迫力の眼力で睨まれていると知り、思わず後ずさる。

一歩、二歩と下がるだけならあとでなんとでも言い訳ができるが、つい全速力でまだ少し後ろにいたレオナルドの元へと駆け戻ってその背後へと隠れた。

「ティナ? どうした?」

「お願いっ! 一緒に怒られてっ!」

なんだかよく解らないが、とにかく滅茶苦茶ヘルミーネが怒っていることが判る。

自分では聞き分けの良い子を演じてきたつもりなのだが、何故こんなにも怒り顔で睨みつけられているのだろうか。

怒られそうな理由を必死に探せば、確かにそれらしいものは見つかる。

……のん気に旅行気分だったけど、グルノールじゃ私、迷子扱いのはずだった!

記憶は未だに曖昧だったが、ヘルミーネの目の前で迷子になっているはずだ。

これでは顔を合わせるなり怒られるのは当然かもしれない。

レオナルドの足をグイグイと押し進めつつ、ヘルミーネの前へと立つ。

ちゃんと謝らなければ、とは思うのだが、ヘルミーネを怒らせたのが初めてだったため、どう謝ればいいのかが判らなかった。

「あの、ヘルミーネ先生……」

「……別に、 私(わたくし) は怒ってなどおりませんよ」

「でも、怖い顔しています」

「これはもとからの顔です」

抑揚の抑えられた声音に、怒ってはいるが、怒鳴られることはなさそうだ、と覚悟を決める。

怖々とレオナルドの背後から抜け出して、改めてヘルミーネを見上げた。

「……ただいま戻りました」

「おかえりなさい。……よく無事に、戻ってくれました」

微かに語尾に震えが走ったかと思ったら、ヘルミーネの鬼気迫る顔がパッと無表情になった。

怒り顔から無表情への変化に、普通ならより怒らせてしまったかと怯えるところだが、語尾の震えがヘルミーネは怒っているわけではないと伝えてくれていた。

ただ、本当に心配をかけてしまっていたのだと解る。

無事を喜んでくれる感情を、家庭教師としての顔が押し隠してしまっただけだ。

「……ヘルミーネ先生、授業の再開は、明日からでいいでしょうか?」

戻ったばかりで疲れており、淑女らしく取り繕うのは難しいです、と伝えると、ヘルミーネは呆れ顔を作ってため息を吐いたあと、明日からはまた厳しくいたします、と言って微笑んだ。

無事に『今日は休みである』という言質をヘルミーネからとった私は、遠慮なくヘルミーネに「ただいま」と抱きつく。

そんな私にヘルミーネは「淑女がなんですか! はしたない!!」と怒ったが、「授業再開は明日からと確認しました」ととぼける。

ようやくグルノールの街へ帰って来れたという実感が、嬉しすぎた。