軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

甘味屋とプリン

「大丈夫ですか、カリーサ?」

「……です。ただの水なので、染みにもなりません。大丈夫、です」

部屋に戻ってカリーサの着ているメイド服を広げる。

バシリアが使ったのはカリーサが言うようにただの水だったようで、濡れた部分が染みた水で濃く見えるぐらいで、おかしな臭いや色はついていなかった。

これならば、本当に乾かすだけで終わるだろう。

「着替え、ます。少し離れますが、部屋にいてください」

そう言ってカリーサが控えの間へと出て行ったので、私は私でのんびりと過ごすことにした。

暖炉の前に陣取って、ディートの来訪で途中になっていた刺繍を再開する。

……平和だ。

典型的悪役令嬢のような少女だったが、バシリアの登場には感謝をしたい。

故意にカリーサへ水をかけたことは許せないが、反省もしたようなので、子どものしたこととして帳消しにしてもいいだろう。

なにより、ディートの相手を引き受けてくれるところが素晴らしい少女だ。

……問題は、あの子がどれだけリバーシを覚えるか、だよね。

ディートも初心者にルールを教える、という考えはあるようだったが、リバーシを覚えたバシリアがディートの要求に応えられるかは判らない。

弱すぎても、強すぎてもダメなのだ。

ディートと同程度の強さであれば問題ないが、ディートが満足できないほどに弱かった場合はまたこちらへとディートの関心が戻ってくる危険があった。

……今のうちに逃げちゃう?

レオナルドにも言われている。

部屋に引き篭もってばかりいないで、せっかくなので観光もしなさい、と。

……おでかけかぁ。

せっかく旅先にいるのだから、観光をするのは確かに有意義な時間の使い方だと思う。

この世界は前世とは違い、交通網があまり発達していない。

移動手段は徒歩か馬やロバといった動物、それらに引かせた馬車や荷車になる。

必然的に旅行へ行く者など少なく、ほとんどの人間は生まれた村や町から一度も出ずに一生を終えることも珍しくはない。

それを考えれば、レオナルドに引き取られてからというもの、もう一生分の旅行をしたと言っても過言ではない。

メイユ村を出てワイヤック谷へと行き、グルノールの街に住み、不慮の事故でマンデーズの街へ移動して、今度は大都市ラガレットにいる。

このあとはレオナルドと合流をして川を上ってグルノールの街まで帰るらしいのだから、一平民としては驚くほどの移動距離だった。

……これだけ移動してたら、もう観光も十分だと思うんだけどね?

そうは思うのだが、移動ばかりで確かに観光らしい観光はしていない気もしてきた。

これは確かに一度ぐらい観光をした方がいいかもしれない。

…… 保護者(レオ) にも言われてるしね。ディートからも逃げれて、いいかもしれない。

少しだけ観光について前向きになっていると、着替えを終えたカリーサが戻ってきた。

着替えに行ったので服は変わっているはずなのだが、同じに見える。

「……して、申し訳ありません。下に、戻りますか?」

付き添いのカリーサの着替えが終わったため、サンルームに戻ることも出来るが、せっかく堂々と離脱することができたのだ。

わざわざ戻りたい場所でもない。

とはいえ、部屋でのんびりと刺繍をしていても、バシリアとのリバーシに飽きたディートがまた来ないとも限らない。

……一度、お出かけもしてみようかなぁ?

カリーサにお出かけを提案してみたところ、シードルが紹介してくれた甘味屋に行ってみよう、ということになった。

レオナルドの仕込みであるシードルの提案は、女・子どもだけでも行ける場所に限定されている。

護衛も連れて行くことになっているので、それほど危険はないはずだ。

厚手のコートを着て一階へと下りる。

一応カリーサが街の様子を見たいということで、馬車で移動することにした。

ラガレットまで馬車を操ってきた御者は黒騎士だったので、彼は私の護衛の一人として 宿泊施設(ホテル) に残されている。

そのため馬車に乗りたいと思えば、すぐに乗ることができた。

さすがに長旅用の大きな馬車で街を散策、というのも味気ないので、小さいが可愛らしく装飾が施された馬車を借りる。

意匠(デザイン) としてブレンドレル商会の紋章がついているため、宿泊施設の宿泊客であるとひと目で判るようだ。

整えられた馬車が玄関に回されるのを待っていると、サンルームで遊ぶディートたちの姿が見えた。

外は雪景色だというのに、サンルームは暖かそうだ。

……あ、シードルさん。

サンルームでディートのご機嫌取りをしていたらしいシードルと目が合う。

近くのディートに私が外出しようとしているなどと悟られたくなかったので、唇に指をあてて『しー』とジェスチャーをしてみた。

シードルは苦笑を浮かべると、くるりとこちらに背中を向ける。

どうやら気づかなかった振りをしてくれるようだ。

そうこうしている間に馬車が着き、ステップが下ろされるのを待つ。

御者役の黒騎士は準備が出来るまで部屋で待っていて良かったのに、と苦笑を浮かべていたが、できるだけ早くディートから離れたい私に部屋で待つという選択肢はなかった。

御者のエスコートでステップを上り、柔らかいクッションが用意された座席に腰を下ろす。

続いてカリーサが入ってくるのを待っていると、小さな足音と共にディートが馬車の中へと飛び込んできた。

可哀想に、片手にはしっかりバシリアの手を掴んでのご登場だ。

「ずるいぞ! おまえ一人でどこへ遊びに行くつもりだ!?」

さて、どこから突っ込もうか。

こっそり出かけようと思っていたのだが、見つかってしまった。

シードルは見て見ぬ振りをしてくれたはずなのだが、いつ気づかれたのだろう。

我が物顔で私の隣へと腰を下ろすディートに、さらにその隣へバシリアが座る。

小さめの馬車を用意してもらったつもりではあったが、そこは富裕層の用意した『小さめ』の馬車だ。

子どもが三人並んで座るぐらいはなんということはない。

「……つまみだしますか?」

「犯人を見つけるのが先です」

とりあえずは乗り込んできた子ども二人を無視し、カリーサに続いて馬車へと乗り込もうとしてきた男に視線を向ける。

仕立ての良い服を着た間抜けそうな顔をした男は、エセルからの招待状を持ってきた男だ。

ディートの説明によると、偽名はキュウベェ。

名前から察するに、本家ではうっかりなポジションだ。

「満員ですよ。大人はご遠慮ください」

「ならばそちらの 女中(メイド) が外せばよかろう」

「なんでカリーサが追い出されなきゃならないんですか?」

勝手に乗り込んできて何を言っているのか、と眉を寄せると、ディートが面白いことを教えてくれた。

「そう意地の悪いことを言うな。キュウベェはおまえが出かけようとしている、と進言してくれたのだぞ」

「押し込み強盗です。その男をつまみ出してください」

ディートの発言に、キュウベェに対して遠慮はいらないと理解した。

許可もなしに私の馬車へ乗り込もうとしているのだ。

私の護衛たちにとっては、彼は排除対象にして間違いはないし、ディートの付き人をしているのだったら、護衛を連れた相手に対して馬車へと無理に押し込もうとした場合のリスクも当然理解しているはずである。

今回はカリーサが動くよりも早く、外の護衛が動いた。

むんずとキュウベェの襟首を掴むと、そのまま背後へと引き倒して放る。

ポジション的にうっかり者のはずだったが、キュウベェも一応何らかの訓練は受けていたのだろう。

器用に受身をとって、尻餅をつくだけに終わった。

「無礼なっ!」

「無礼なのはどっちですか」

エセルがどんな人物なのかは察することが出来るが、彼は身分を隠して旅をしている。

ならば、エセルが自分で名乗る以上の身分などなく、その従者にこちらが特別にへりくだる必要はない。

ただの旅の隠居を名乗るエセルの従者は、ただの従者だ。

他所の家の娘が乗った馬車に押し込めば、その護衛に排除されるのは当たり前すぎる結果だった。

「お嬢さん、キュウベェが……」

「あなた方はどちらがいいですか?」

遅れてスケベイとマルがやって来たので、有無を言わさずに選択を迫る。

押し込み強盗とみなされて排除されるか、ディートの護衛として影のように付き従うか。

私がすでに怒り心頭であることは表情から判ったのだろう。

スケベイはキュウベェを取り押さえ、マルのみが追従することに決めたようだった。

……まったく、余計なことを。ホントにうっかりポジションですね。

素直に御者席へと座ったマルに、今度はディートへと向き直る。

さて、どうしてくれようか。

私の不機嫌さになどまるで気づかずケロッとした表情のディートと、すでに一度心を折られているバシリアの表情は実に対照的だった。

「……なんでディートは勝手に馬車に乗り込んで来てるんですか? バシリアちゃんと仲良くサンルームで遊んでいたらいいじゃないですか」

「バシリアは弱すぎてつまらないのだ!」

「今日リバーシをはじめたばっかの初心者ですよ? 弱くて当たり前です」

そんな気の短いことでどうするのか。

誰だって最初は初心者だ。

弱くて当然である。

それが育つ間も待てないのなら、セーク等の既存のゲームである程度強い人間とだけ遊んでいればいいのだ。

「とにかく、わたしは 保護者(レオ) の言いつけを守って観光に行きます」

ディートと遊んでいる暇などないので降りろ、とオブラートに包まず直球で言うと、ディートはいかにも親切めかして「自分も一緒に行ってやろう」などと言い始めた。

……一緒に来なくていいよ。ってか、ディートが面倒で外に出かけようとしてるのに、外にまでついてこないでよ!

結局、ディートを追い返すことは諦めた。

追い返すためにアレコレと言葉を選ぶのが面倒になったとも言う。

遠回しに言ってもダメ、ストレートに言ってもダメ、とにかく付いて行くの一点張りで話にならない。

……なんでこんなに付きまとわれるんだろう?

友だちがほしいのなら、すでにディートに対しては従順でおとなしいバシリアがいるのだ。

なにも私に付きまとう必要などない。

ないと思うのだが、なぜかディートは私に付きまとってくる。

……さすがに好かれているはずはないと思うんだけどね?

そんなこと考えているうちに到着した甘味屋で、シードルお勧めのケーキを食べる。

種類がいっぱいあって悩んだのだが、カリーサと半分ずつ作戦で二つ頼んだうちの一つを食べると、思わず眉を顰めた。

……あ、甘い。甘すぎる……っ!

苦い珈琲と一緒に食べて、半分食べるのが丁度良いぐらいだろうか。

とにかく甘い。

砂糖を蜂蜜と水あめで固めて濃縮したらこんな味になるかもしれない。

砂糖の塊で頭を殴られたような衝撃的な甘さだ。

「……お嬢様の、好みとは違いますね」

カリーサも自分の分を食べてみたようだが、やはり口に合わなかったようだ。

僅かに眉間に皺が寄った。

「部屋に戻ったらプリン作ってください」

「はい」

口直しにプリンが食べたい。

宿泊施設(ホテル) の部屋には小さなキッチンも付いていたので、レストランに頼らずとも宿泊客が自分で調理をすることもできる。

道具も材料も宿泊施設で調達すればいいので、戻ったらすぐに作れるはずだ。

「プリンとはなんだ?」

「ディートには関係ないですよ」

油断をするとすぐに会話へと混ざってくるディートは、プリンにも食いついた。

私には甘すぎてつらいケーキだったのだが、ディートは平気なようだ。

すでにディートの皿は空になっている。

まだ食べられそうな顔をしていたので、ディートの口に残りのケーキを小さく切って押し込んでみた。

ディートは一瞬だけきょとんっと瞬いたが、そのまま素直にケーキの残りを咀嚼する。

このまま全部残りのケーキを食べさせてしまおうとしたらバシリアが怒り出したので、バシリアの口の中にもケーキを押し込んだ。

…… 雛(ひな) の餌付けをしてる気分?

口に合わない甘すぎるケーキだったが、残すのは嫌だ。

それだけの動機だったのだが、存外楽しい。

この甘すぎるケーキが口に合わなかったのは、私とカリーサだけだったらしく、ディートもバシリアも完食していた。

……や、食べさせたのは私だけど、ディートはもう少し警戒しようよ。一応王子さまなんでしょ?

出された物を無警戒で食べるのはまずい気がする。

主に、毒殺の危険などという意味で。

ディートはそういう生活を送ってきた人間ではないのだろうか。

……あ、でもアルフレッド様も無警戒で竜田揚げ食べていたし? うん? でもティモン様が先に毒見はしてた? あれ?

嵐のようなアルフレッドだったが、一応食べ物への警戒はしていた。

ということは、ディートの教育が足りていないのだろう。

「……それで、プリンとはどんな食べ物だ?」

「そうですね、私にセークで勝てたら食べさせてあげます」

リバーシでは勝負にならないのでセークを提案してみたのだが、宿泊施設に戻ってから行なったセークでもやはり私が勝った。

ただリバーシよりはやり込んでいたのか、そこそこいい勝負にはなっていたと思う。

それで自信をもったのか、ディートは何故かカリーサとプリンを賭けてセーク勝負をしている。

カリーサはセークが恐ろしく強いので、ディート相手にも接戦を演出することができていた。

ディートが勝たせてもらえるかどうかは、カリーサの気分しだいだろう。

「これがプリンか。美味じゃのぅ」

「わたしはこのぐらいの甘さが好きです」

ディートの相手を私に任せてばかりなのも、と今回の勝負にはエセルも参加している。

さすがに大人であるエセルには普通に負けたので、謹んでプリンを進呈した。

「おじいさま……」

目を離している隙に負けたらしいディートがエセルの元へと戻ってくる。

外見だけは天使のような曾孫に見つめられ、エセルはこのおねだり攻撃を黙殺した。

「このプリンは、勝者の権利じゃ」

今夜のプリンは、勝者のためだけに存在している。

一勝もできぬ者にプリンはない。

エセル老人は意外にも無慈悲だった。