軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

プリンと帰還の相談

数日すると、グルノールへ急使として向かった騎士がマンデーズへと帰ってきた。

馬の背に載せられる限界まで荷物を積んできたようで、馬が少し気の毒だ。

運ばれてきた荷物はすべて私の物で、突然の移動で不自由しているかもしれない、と気を利かせてくれたのだろう。

それは判るのだが。

……また服が増えた。

普段着と肌着、それと厚手のコートだ。

どれも普通に考えたら非常にありがたい届け物である。

……まさか私も、マンデーズの館に私の服が十分すぎる数用意されてるとは思いませんでした。

せっかく用意してくれたのだし、と最近では滞在中にすべての服へ一度は袖を通そう、と妙な使命感に燃えていた。

具体的に言うと、午前と午後で服を着替えている。

……すごく無駄で、贅沢なことをしている、って気はするんだけどね?

好意で用意してくれたものなので、完全に無駄にはしたくない。

そう思っての行動だったのだが、今回届けられた服で、もう好意を素直に受け止めるのは難しくなった気がする。

……さすがに、一日に三回は着替えたくありません。

内心で途方に暮れつつ、届けられた荷物を確認していると、刺繍道具が一式用意されていた。

オレリアに贈ろう、とハンカチに刺繍する図案をヘルミーネに相談していたのだが、お勧めの花と花言葉、マンデーズ砦の主の館であれば書斎にグルノールと同じ本があるだろう、とスケッチの載っている本のタイトルがいくつか書かれている。

……ヘルミーネ先生、ありがとう。一番嬉しい。

これで好きな刺繍ができるし、暇も潰れるだろう。

一日中私の遊び相手としてカリーサを拘束することもない。

「ティナお嬢様は刺繍がお好きなのですね」

「少しずつ絵になっていくのが、達成感があって好きです」

ヘルミーネのメモを見せてアリーサに本を探してもらうと、追加でもう一冊本を持ってきてくれた。

本というよりは、刺繍のパターン集だろうか。

ページが紙ではなく、様々な材質、色、厚さの布で作られていて、その一枚一枚に細やかな刺繍が施されていた。

「なんですか、この素敵な本は」

見るからにお宝本としか思えない、素敵な本だ。

これ一冊覚えれば、さらに刺繍の幅が広がるだろう。

「仕立屋が作った見本帳です。生地の見本や、刺繍のパターンが載っています」

館の主が服を誂える時などにイメージしやすいように、とあらかじめ館へと届けられるらしい。

歴代の主が贔屓にしていた仕立屋の数だけ、見本帳があるようだ。

「すごいですね。結構古い年代の見本帳もあります……」

並々ならぬ興味を引かれたので、他にもないかと聞いてみたところ、書斎ではなく書庫から何冊もの見本帳が出てきた。

刺繍で縫い取られた年代は、一番古いもので五十年前のものだ。

少し日焼けした布が歳月を感じさせるのだが、本の形を取っていたためか、陽に当たっていなかったページは作られた当時のまま鮮やかな色合いをしている。

……そうだよね。仕立屋の見本帳だったら、いろんな刺繍があるよね?

盲点だった。

前世では手芸にそれほど興味がなかったので、見本帳という存在の可能性など、欠片も思い浮かばなかったのだ。

……今度レオが仕立屋に行った時にでも、見せてもらおうかな。

なにはともあれ、今はこの新しい本を読み込もう。

アリーサに見つけ出してもらった見本帳を大事に抱きかかえ、早速暖炉のある部屋へと移動した。

私が刺繍に夢中になったため、私の子守から解放されたカリーサはイリダルの書類仕事を手伝い始めたようだ。

イリダルの書類仕事という認識だったが、正確にはレオナルドの仕事だ。

館の主としてのレオナルドの仕事を、主の不在期間が長いためにイリダルが変わりにこなしているとのことだった。

イリダルの説明によれば、他の砦でも同じように使用人が分散して行っているはずである、とのことだ。

……やっぱり、レオが一人で四つの砦の主、てのは問題があるね。

砦の主のための館に、普段は使用人しか住んでいない、というのも無駄な気がする。

せめてレオナルドが団長の間は『団長』を名誉職的な扱いにして、実質団長の仕事をしている副団長を砦の主として館に住まわせた方がいい。

館を管理する面でも、急な裁可が必要な時などでも、普段から砦にいないレオナルドに権力が集中するのは無駄が多いと思う。

……まあ、こんなこと子どもの私が考えることじゃないけどね。

主が不在ということから生じる不足など、当然私でなくとも気がついていることのはずだ。

今さら私が指摘することではない。

イリダルたちの仕事はどんな内容だろう、と覗いたところ、館の収支にまつわる簿記仕事のようだった。

簡単な計算なら私にも出来ると思うので、やり方を教わって挑戦させてもらうことにした。

もちろん、能力の判らない子どもの言うことなので、本当の仕事など手伝わせてはもらえない。

イリダルとカリーサが計算したものと同じ物を横で計算し、仕事の真似事をするだけだ。

「ちゃんと計算できていますね」

「……ます。お嬢様、計算、得意?」

計算結果と書類とを見比べて、イリダルとカリーサが首を傾げる。

教わったとおりに計算しただけのつもりなのだが、そんなに不思議なのだろうか。

……私としては、私の遊び相手ばっかしてたカリーサの計算速度にびっくりだったけどね。

人間計算機という表現が実にピッタリとくる。

ついでに言うのなら、イリダルもまた人間計算機だ。

イリダルが三姉妹を育てたという話だったので、カリーサの計算が速いのはもともとの素質とイリダルによる教育のおかげであろう。

計算は出来る、と一応の信頼は得られたようで、いくつかの書類を任せてもらえるようになった。

確かめ算ならば任せても大丈夫だろう、と。

夕方になって帰宅したレオナルドは、机に向かって計算し続ける私に驚いていた。

私としては、私にも手伝えることがあった、ということに喜びを感じていたのだが、レオナルドにとっては違うらしい。

どこに驚く要素があるのだろうか、と聞いてみたところ、レオナルドは私が計算を苦手としていると思っていたそうだった。

「ティナは計算が苦手なんじゃないのか?」

「苦手でも得意でもありませんよ。なんでそう思ったんですか?」

「計算については何も言わなかっただろう? 意図して話さないのかと思っていたんだが……」

指摘されて、少し考えてみる。

確かに、読み書きを覚えることを優先して、館では文字ばかりを練習していた。

計算の勉強など、メンヒシュミ教会でニルスの出してくれた問題を少しやったぐらいだ。

「……計算はできるので、 館(いえ) でまで教わる必要がないだけですよ?」

そう思ったままに答えたら、レオナルドは不可解といった 表情(かお) をする。

この様子をみるに、レオナルドは計算が苦手なのかもしれない。

少なくとも、今の私と同じぐらいの歳の頃には苦手だったはずだ。

「教会の三階にいる学者さんたちがしているみたいな数学は勉強する必要がありますが、ただの計算だったら大丈夫だと思います」

メンヒシュミ教会の三階にいる学者たちが研究しているのは、歴史であったり、古語であったりと様々なものがあった。

その中には前世で習った数学に近い学問もある、とニルスに聞いたことがある。

所謂(いわゆる) 「学校で習ったことなんて、なんの役にも立たない」と言われてしまう、一般人には理解し難い分野の学問だ。

建築など、それこそいろいろな分野で役に立つ知識なのだが、活かせる人間の方が圧倒的に少ないので、どうしても軽んじられてしまう傾向にある。

メンヒシュミ教会でも、学ぶ気のある者しか迎えない教室として扱われていた。

「……ティナに計算ができるなら、グルノールに戻ったら館で書類仕事を手伝ってもらうのもいいかもな……」

「え? お手伝いできることあるんですか?」

私にできることがあるのなら、なんでも手伝いたい。

レオナルドに引き取られてからずっと、世話になるばかりで、何も返せていないのだ。

ささやかなことであっても、手伝えることがあるのなら嬉しい。

そう言って両手を挙げて喜びを表現すると、レオナルドは不思議そうに首を傾げた。

計算仕事など手伝わされて喜ぶ幼女がいることが、不思議でならないそうだ。

……手伝わされるんじゃないよ! お手伝いできることがある、だよ!

この差は大きい。

そう主張をしてみたのだが、残念ながらレオナルドには理解されなかったようだ。

右に首を傾げていたと思ったら、今度は左へと首を傾げた。

マンデーズの街での暮らしは、ゆったりと過ぎる。

冬の暮らしなど、どこでもこんなものだろうか。

村での暮らしは、薪が切れそうになったら山へ薪拾いへと行く必要のある生活だったのだが、館では違う。

薪を拾いに行く必要もなければ、私が料理をする必要もない。

サリーサによるプリンの再現は、三回目には完成した。

ミルクを増やした二回目は少し滑らかすぎて固まらず、そこからミルクを減らした三回目で型から出しても崩れないプリンができた。

皿を持ち上げてふるふると揺すれば、ぷるぷると美味しそうに揺れるプリンだ。

……もう充分だと思うけどね?

どこからどう見ても立派なプリンが完成したのだが、サリーサの研究心はプリンの完成だけでは満足しなかった。

なにしろ、卵と砂糖とミルクだけで作れるのがプリンだ。

改良をして個性を出す余地はいくらでもある。

……思いつきをすぐに形にしてくれるって、すごいセンスだな。

少なくとも、私には無い才能だ。

完成したばかりのプリンを試食していたところ、カステラ生地に酒でも染みこませて入れたらレオナルドでも美味しく食べられるだろうか、と言った次の日には作ってきたし、ミルクをミルクティーにしてもいけるだろうか、と言ったらこれもすぐに形にしてくれた。

そして、今日のおやつはレオナルド原案の珈琲プリンだ。

長椅子にレオナルドと並んで座り、大きく口を開けてほんのりとしたこげ茶色のプリンを食べる。

……ほのかな苦味があって、美味しい。

もしかしたら、先日のカステラ生地にお酒を染みこませたプリンは、珈琲プリンに入れても合うかもしれない。

そんなことを考えながら無心に珈琲プリンを食べていると、グルノールへの帰還についての話がレオナルドの口から出てきた。

「え? カリーサお持ち帰りできるんですか?」

「お持ち帰り……? いや、ティナが言っただろう。客人が増えた今のグルノールの館では、バルトたちの負担が大きい、と」

「言いました。でも大丈夫なんですか? カリーサを連れて帰っちゃったら、イリダルのお仕事が増えますよ」

カリーサはイリダルの書類仕事の主戦力になっていたはずだ。

とにかく計算が速い。

それを指摘したところ、カリーサは計算が得意ではあるが、残りの二人も遜色なく計算が得意らしかった。

三姉妹に能力的な差異はなく、普段は個性でそれぞれが好む仕事を担当しているのだとか。

「……それだと、カリーサも美味しいプリン作れるってことですか?」

「そのはずだが?」

確信がほしくて、レオナルドと揃ってカリーサを見る。

私とレオナルドから同時に視線を向けられたカリーサは、少し恥ずかしそうに頬を赤らめたあと、小さな声で「作れます」と答えた。

オーソドックスなプリンだけではなく、サリーサが改良を続けているミルクティー味や珈琲プリンも作れるそうだ。

「ジャスパーの写本作業が終わるまで、最低でも一年間カリーサを借り受けることにした」

「一年だけですか……」

「これはイリダルから相談を受けたんだが……」

何代か前の砦の主に拾われた三姉妹は、基本的に館へ詰めているため、視野が極端に狭い。

世間を知らないとも言う。

そこへ主は同じだが違う街にある館へ姉妹の誰かを貸し出すことは、三姉妹にとって外の世界を知るいい機会になるだろう、とイリダルが言い出したようだ。

一年後、まだ人手が必要であれば他の姉妹と交代し、三姉妹にマンデーズの館以外の世界を見せたいとのことだった。

「その一番手がカリーサって、大丈夫なんですか?」

少し一緒にいれば判るが、カリーサは人見知りだ。

他の姉妹を先に連れ出して、その姉妹の体験を聞いてからの方が良いのではないだろうか。

私でもこう思うのだから、カリーサを育てたイリダルもこのぐらいは当然気が付いているだろう。

「カリーサはティナに慣れているからな。一年後に一人でグルノールへ来るより、ティナと一緒にグルノールへ連れて行く方が本人も気が楽だろう、ということになった」

「カリーサは本当にそれでいいですか? 大丈夫ですか?」

そう私が聞くと、カリーサは不安そうな顔をしてはいるが、はっきりと頷いた。

一年後に一人で馬車の旅をするよりは、私たちと一緒に移動する方が心強い、と。

「少し帰りの説明をするぞ」

レオナルドの説明によると、帰りは馬車を使うらしい。

レオナルドと護衛の移動だけなら行きと同じように馬での移動で良かったのだが、予定外に私がマンデーズへと来てしまったので、馬車で帰ることになったようだ。

数日のこととはいえ、子どもの私が冬に馬上生活は無理があるとのことだった。

そして、馬車は馬だけより多少快適な旅路になるらしいのだが、日数が増える。

馬だけなら通れる道でも、馬車は通れない場合もあるからだ。

「冬の終わりまでに帰れますか? レオは馬の方が良かったりしませんか?」

「俺はティナがいるから、急いで帰る必要はない」

「はいはい、妹にメロメロですね」

そういうのはいいですから、と軽く流して続きを促す。

わざわざ旅程を説明すると言うのだから、移動手段以外にも何かあるのだろう。

「ティナが一緒だから、本当なら真っ直ぐグルノールへ帰りたいところだが……」

「寄り道するんですか?」

「寄り道といえば、寄り道だな。ここがマンデーズだ」

広げられた地図の一点へとレオナルドの指が添えられる。

マンデーズの位置は前に聞いたことがあるので、大体の位置は知っていた。

「北のティオールの街から大きな川がグルノールまで流れているだろう?」

「流れてます。え? ティオールの街から川を下って帰るんですか?」

「それじゃさすがに遠回りしすぎだから、中間にある大都市ラガレットに立ち寄る」

「大都市?」

「さすがに王都よりは小さいが、グルノールよりは大きな街だ」

ここだな、と指差された位置は、グルノールとティオールのちょうど中間ぐらいの位置だ。

そこで宿を取り、一度レオナルドは別行動を取りたいらしい。

ラガレットの北西にあるルグミラマ砦の様子を見に行きたいそうだ。

「わたしが付いていったらダメですか?」

「ルグミラマ砦は隣国との国境に接しているんだ。ここ二・三年はおとなしいものだが、できればティナには近づいてほしくない」

「わかりました。宿でお留守番しています」

私だって危険な場所には近づきたくない。

レオナルドに置いていかれるのは少し不安だったが、帰りはカリーサが同行してくれることになっていた。

一人でないのなら、旅先での留守番ぐらいできる。

「ルグミラマの様子を見たらすぐに戻ってくるから、そうしたら川を上ってグルノールへ帰ろう」

「 下(くだ) りじゃなくて、 上(のぼ) りですか?」

「この川は大陸中央あるエラース大山脈の雪解け水から生まれている。海へと流れていくから、グルノールへ戻るのは『上り』だ」

なんとなくレオナルドの指の動きをおっていたので、下りだと私が思い込んでしまっただけらしい。

ついでにルグミラマ砦の位置を聞いてみたところ、ラガレットからそう遠くではなかった。

……往復で一週間ぐらいお留守番かな?