軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

家庭教師と過ごす冬の生活 1

オレリアに手紙を出すことができる大義名分を手に入れたので、早速手紙を書いてみた。

私に扱える単語はまだ少ないので、実に子どもらしい文章が 綴(つづ) られる。

オレリアの性格上、あちらのことを聞くと怒られそうな気がするので、主な内容は私の近況だ。

メンヒシュミ教会へ通い、基本文字を覚えた。

短い文章なら書けるようになった。

慰霊祭で遺族の案内をした。

仔犬を飼っている。

コクがあって、まろやかな味わいと名付けた。

新しい家庭教師は厳しいが信頼できる人だ。

レオナルドはとにかく私に甘い。

そんな他愛のない内容を綴り、最後に一言だけオレリアへの問いを書いた。

お元気ですか? と。

……セドヴァラ教会にはオレリアさんを説得しろ、とか言われてるけど、最初の手紙からそんなこと書いたら、あからさますぎるよね?

そんな考えもあって、オレリアへの問いは一言だけだ。

これまで外部との接触は最小限に抑えていたらしいので、いきなり届くはずの手紙に『街へ引っ越しませんか』だなどと書けば警戒されることは間違いない。

少なくとも、私なら警戒する。

差出人(こいつ) 何か騙されてないか? と。

セドヴァラ教会に唆されて手紙なんてものを出してきたのではないか、とまず考える。

……なーんて、私はちゃんと計算してお手紙書きましたよ!

だというのに、なぜオレリアからの返信が怒り混じりの内容なのだろうか。

早速オレリアに手紙を、とセドヴァラ教会へ手紙を送り、そこで検閲作業はあったはずだが、三週目に届いたオレリアからの返事は黒騎士が直接伝言という形で持ってきた。

この世界の言葉など忘れたと思われているオレリアなら、黒騎士が手紙を読みあげるだろうとは思っていたのだが、申し訳なさそうな顔をした黒騎士の口から出てきたのは怨嗟の呪文にしか聞こえない内容だった。

「……待ってくらさい。年寄り扱いするにゃ、ってなんのことれすか?」

私がオレリアへの手紙に書いた内容は、私の近況とオレリアの健康を問う一言だけだった。

とても『年寄り扱いするな』と怒りを買うような内容ではなかったはずだ。

オレリアからの返信ということで、一緒に聞いていたアルフも首を傾げている。

アルフには手紙の文面が間違っていないかを確認してもらったし、オレリアの説得についてはかなり乗り気だったので最初は何気ない会話から、と策の相談にものってもらっていた。

ここまでの怒りを買う内容ではなかったと、アルフも把握している。

「ティナちゃんが手紙に書いたんだろう? もういい年なんだから、いつまでも谷になんて引きこもっていないで、街で暮らしましょう。街なら世話をする使用人を付けてやれるぞ、って」

「……なんれすか、それ。わたし、そんなことお手紙に書いてましぇんよ?」

そんな内容の手紙を送れば、オレリアでなくとも怒り出すだろう。

代読をして口頭でオレリアに手紙の内容を伝えたところ、おもいきり杖で殴られた、と黒騎士は薄くなりつつある青痣を見せてくれた。

どういうことだ、とアルフを見上げると、アルフは忌々しげに眉を顰める。

「検閲をする時にでも、セドヴァラ教会で追記したのだろう」

「それでこれだけお怒りなんれすね」

一つ聞いただけでも失礼な内容であったが、黒騎士に全文を確認してみることにした。

一度読んだだけで一字一句覚えているはずはないが、おおよその内容は覚えているはずだ。

……私の書いたこと、全然伝えられてないね。

セドヴァラ教会の検閲の結果、オレリアの元に届いた私の言葉は封筒の記名と、最後の「お元気ですか?」だけだった。

最後を結んだ言葉が最初へと移動され、あとは年寄りなのだから街へ住め、というセドヴァラ教会の要求が丁寧かつ幼女を偽った文面で綴られている。

しかも、幼女を演じているせいで文面が清々しく慇懃無礼だ。

「その内容をわたしが書いたって、オレリアさんに思われたくないれす」

「オレリアは賢い女性だからな。たぶん何があったかは見抜いていると思う。その点は安心していい」

あまり慰めにもならない慰めだったが、悔しい思いをしているのは私だけではないので、とりあえずは怒りを収めることにする。

というよりも、アルフのセドヴァラ教会への怒りが判りやすいほど目に見えているので、私の怒りなどすぐに収束した。

いわゆる、同じ出来事に対してより感情を荒げている者を見ると、逆に周囲は冷静になるという現象だ。

可哀相に、伝言を届けただけの黒騎士が、アルフの顔を見て固まってしまっている。

パッと見は静かに微笑んでいるだけなのだが、なんとも言えない迫力のある笑みをしていた。

「……セドヴァラ教会の人って、本当にオレリアさんに街に来てほしいっれ、思ってるんれすかね?」

ただでさえ仲が悪いそうなのに、改ざんされた手紙の内容があまりにも酷い。

とても街へ住んでくれ、と誘っているようには思えない改ざん具合に、首を捻るしかなかった。

最初の手紙は失敗に終わったが、アルフが良い考えがあるようなことを言って去っていったので、あまり心配はしていない。

すぐには改善されなくとも、アルフが必ずなんらかの手をうってくれるだろう。

レオナルドよりも頼りになるアルフだ。

オレリアが関わっているとなれば、普段から頼りになるのがさらに心強い。

……まあ、結果的に元気なのはわかったしね?

黒騎士の腕に浮かんだ青痣を思いだす。

もしかしたら、あれがオレリアから私への返事かもしれない。

セドヴァラ教会の検閲で改ざんされることがない、元気だというメッセージになっていた。

……杖で殴られる黒騎士には悪いけど。

遠いところお疲れ様です、とハグでお礼を伝えておいたので、次も殴られると解っていても喜んで使者に立ってくれるだろう。

なにはともあれ、オレリアの近況を知ることができるのは喜ぶべきことだ。

冬も中頃に近づいてくると、私の外出禁止も解けた。

だからと言って外へ出かける用事はないので、やはり外出禁止はあまり意味のないものだった。

館に滞在するヘルミーネは、二十四時間私の家庭教師である。

この世界には労働基準法などないのだろうか? となんとなく心配してしまうのは、私が前世で日本人だったからだろう。

御邸などに住み込みで働く使用人には、基本的に休日というものがないらしい。

考えてみれば、私の世話をしているタビサとバルトにしても、常に館で働いていた。

使用人が二人しかいない城主の館では、この二人のうちどちらかが休むだけでも生活が成り立たなくなってしまうだろう。

レオナルド一人の時は主の不在も多く、バルトたちも休めていたようなのだが、現在は常に幼くとも主になる私が館にいるため、本当に休みなしで働いている。

私が来てからはもう少し人を増やした方が良い、という話も出たそうなのだが、家庭教師を探すことを優先したせいで、新たな使用人の雇用は後回しにされていた。

……バルトさんたち、倒れないといいけどね。

私一人の世話ならば、一人分の家事が増えるだけだったが、今は館に大人が六人も増えているし、そのうち四人は騎士だ。

逞しい筋肉を維持するための食事量は、私やヘルミーネと比べるまでもない。

……冬はひと月ぐらいお休みのはずだったのに、今年は写本作業のせいで人が多いからなぁ。

本格的にバルトたちの休める時がない。

「兵士は斜めの動きでなければコマを取れませんよ」

「あえ?」

いつの間にか考えごとに没頭していたらしい。

ヘルミーネの声に現実へと意識が引き戻され、パッと開けた視界には形勢不利なセークの盤面が広がっていた。

……そうだった。ヘルミーネ先生とセークしてたんだった。

ヘルミーネは勉強時間と定めた時間が終わると、こうして盤面を出してきて私の遊び相手になってくれる。

それ自体は嬉しいのだが、セークは苦手だ。

コマの動かし方が私には複雑すぎて、なかなか勝てない。

……ヘルミーネ先生、リバーシはすぐに覚えちゃったしね。

家庭教師というのは盤上遊戯まで 嗜(たしな) んでいるものなのだろうか。

ヘルミーネは何をやらせても強い。

そして、意図的に負けることや、接戦を演じることもできる本当の強者だった。

ルールの単純なリバーシはヘルミーネも気に入っていたのだが、リバーシの流行はグルノール砦限定である。

グルノールの街を出てしまえば、社交の役には立たない。

そのため、いつかは私にも社交が必要になるということで、今の私には半分授業の一環としてセークを習う時間が設けられていた。

セークは一般的にも有名な盤上遊戯なので、どこへ行っても、誰とでも対戦できるものらしい。

……リバーシを街の外まで流行らせたら、セークは覚えなくてもいいんじゃない?

もう少しオブラートに包んでこう言ったところ、ヘルミーネには王族にでも嫁げばあっという間にリバーシを広められるのでは、と真顔で返された。

なんでも、第一王子の子どもに一人、私と年回りの合う男児がいるのだとか。

……いや、そんな無理すぎる嫁ぎ先のお勧めはいりませんから。

こんな理由から、苦手ではあるが現在真面目にセークを勉強中だ。

「セークは戦争だと思ってください。王の首を取られたら負けです。王妃は王を支え、時には王の剣となり、盾となって戦場を進みます。兵士は最弱のコマですが、活かせば相手の王の首を取ることもできます」

「難しいれす」

ルールもコマの動かし方もなんとか覚えてはきたが、勝つためにはどうコマを動かせばいいのかがまるで判らない。

単純なコマ遊びではない、駆け引きのいるゲームはどうにも苦手だった。

「……戦争って考えるのなりゃ、王様を戦場に出すより敵のご飯を燃やしたい、ほきゅうをたったらいいってまず思いましゅ」

「 兵糧(ひょうろう) を攻めるなど、子どもの発想ではありませんよ」

「ひょうろう……?」

子どもの発想ではない、と指摘されたので、内心の焦りを誤魔化すように目を丸くする。

兵糧だなどと言われても、子どもであれば理解などできるはずがないと思い至ったのだ。

兵糧ってなんですか? とヘルミーネを見上げると、兵士のための食料だと簡単に説明してくれた。

ヘルミーネも 幼女(わたし) が兵糧なんて言葉を知っているわけがない、と気がついたのかもしれない。

「ひょうろう攻めはダメなんれすか? おなか空いたら戦えましぇんよね?」

あと、盤面のような綺麗な平地で両軍に王様まで出てきて正面からぶつかる戦争なんて、まずないと思う。

そんなことを思いつくままに子どもらしく呟いてみると、ヘルミーネは少し困ったように頬に手を当てた。

「……よくわかりました。ティナさんは細かなことが気になるせいで、セークに集中できないのですね」

「コマの動かし方とルールは覚えましらが、なんていうにょか……」

勝ち方がわからない。

コマ運びやルールの難しさにばかり頭がいって、 理論(セオリー) のようなものが掴めずにいた。

「そうでしたね。ティナさんはまだセークを始めたばかりですから……蓄積はまったくないのでしたね。ではまず先人の棋譜を学ぶことから始めましょう」

「きふ、れすか?」

「棋譜というのは対局を記録したもののことです。ただ棋譜どおりにコマを動かすだけでも勉強になるのですよ」

先人の打った何十、何百という対局の棋譜を読めば、その中から自然と理論も見えてくるだろう、とヘルミーネは言う。

まだ理解できる気はしないのだが、自分の頭でうんうんと唸りながらコマを動かすことを思えば、棋譜どおりに並べるだけでいいと言うヘルミーネの勉強法は受け入れておきたい。

まだまだセークでは誰にも勝てる気がしなかった。