軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

閑話:レオナルド視点 恩人の娘 2

ティナと名乗った幼女の話は、予想を超えるものだった。

せいぜい病人が出ているだけだろう、という程度の予想だったのだが、村は全滅と言って間違いがない。辛うじて生き延びているのがティナとその父親だけで、他は全て病死した。

村長の要求した物資は時既に遅く、役に立たない物となっている。

……まいったな。俺も感染の疑いアリだ。

謎の 病(やまい) が蔓延し、ほとんどの村人が病死した村で生き残った少女ティナ。

そのティナがいまだ病に 侵(おか) されていないという保障はないし、感染経路がはっきりしていない今、彼女を抱き上げた俺も感染を疑った方が良いだろう。

村一つを滅ぼすほどの病など、砦へは持ち帰れない。

部下には自分に触れぬように指示を出し、村の家々を調べさせる。

なにぶん幼い少女の言うことだ。どこかにまだ生きている村人もいるかもしれない。

さしあたりの指示を出し終えて、部下を散開させる。

抱き上げたままだったティナを地面に下ろして案内を頼むと、アルフから薪を受け取ったティナが自分の手を引いた。

「こっち」

ティナに案内された家は、普通の家だった。

家に着くとティナは繋いでいた自分の手を離し、薪を抱えたまま家の裏へと回り込む。

なんとなくティナの後を追って裏へと回り込むと、勝手口らしき扉の横に薪を置いたティナに怒られた。

「お客様は、玄関から、です。こっち、違う」

ムッと可愛らしく眉を寄せて押し返される。

体の向きを変えると、すぐに前へと回りこんだティナに手を引かれた。

改めて玄関から室内へと案内されると、外から見た時よりも狭く感じる。

作業台や農具が居間の片隅にあり、中央のテーブルには椅子が五脚。

うち一脚にはクッションやら何やらを積んで高さが調節されているので、あの椅子がティナの席なのだろう。

「こっちが、寝室です」

小さな家に廊下などという通路はない。

居間の扉を開けるとすぐそこが寝室へと繋がっていた。

「とーさん、騎士さん、来たよ」

先に寝室へと入っていったティナの声が聞こえる。

少し遅れて寝室の扉を抜けると、ティナがパタパタと室内を移動していた。

引き出しを開けて何かを探るティナから視線をはずし、ベッドに横たわる人物へと顔を向ける。

咳をするたび肩を大きく揺する男の顔には、見覚えがあった。

このような辺鄙な村の、粗末なベッドに寝かされているような人物ではなかったはずだ。

「サロモン様、何故このようなところに……っ」

よく似た別人かと思い、ベッドに駆け寄って確認する。

輝く黄金の髪は艶を失っているし、紫水晶のように 煌(きらめ) いていた瞳も輝きを失っている。

とても同一人物とは思えない有様なのだが、俺がサロモンの顔を見間違えるはずがない。

サロモン本人が俺の顔を忘れていたとしても、俺は決して忘れない。

その自信があった。

呼びかけられたサロモンは少し考えるように視線を彷徨わせると、昔見せてくれたのと同じ柔和な笑みを浮かべた。

「レオナルドか。……立派な騎士になったね、見違えたよ」

「はい。全てはサロモン様のおかげです」

十年以上前、本当に短い期間世話になっただけではあったが、サロモンは俺の顔を覚えていてくれたらしい。

それだけで胸がいっぱいになり、疑問はどこかへと吹き飛んだ。

多少薄汚れていても目の前の男は恩人その人であり、よく似た別人ではない。

「ティナ、彼はレオナルド」

ベッドから離れようとしたティナを引き寄せて、サロモンはそう俺を娘に紹介してくれた。

父娘(おやこ) が並ぶと、ティナが父親に似ていることがよくわかる。

鼻筋だとか、目の形だとかが、サロモンの幼い頃はこういった顔立ちだったのだろう、と連想させた。

不思議そうに俺と父親の顔を見比べてきょとんとしている顔は、いつも凛々しい表情をしていたサロモンとは似ていない。

仕草や表情は母親に似たのだろう。

「昔、私が名前をつけた。……謂わば、私は彼の名付け親だ」

名付け親と説明されて、ティナは首を傾げている。

名付け親という言葉の意味が解らないのかもしれない。

しかし、サロモンは娘の理解を待つことはなく話を続けた。

「私を親とするならば、おまえたちは兄と妹ということになる」

ますます 理由(わけ) が解らないといった様子で困惑するティナの横で、俺はというと奇妙な感動を覚えていた。

もう十年以上前に天涯孤独の身となった俺に、名付け親の娘という関係性ではあったが、突然妹ができた。

家族ができたのだ。

理由としては、それだけで十分だった。

「同じ親を持つ兄として、ティナのことを託されてはくれないだろうか」

「はい。お任せください」

躊躇いがちにではあったが恩人に――名付け 親(・) に――頼られ、一も二もなく了承してしまう。

昔は頼るばかりであった俺が、今は恩人であるサロモンに頼られることが嬉しかった。

少しでも恩を返すことができるのならば、できたばかりの家族のためならば、悩むことなど一つもない。

かつてサロモンが俺にそうしてくれたように、ティナが自分の道を決めるまで、兄として、親代わりとして、彼女を庇護していこうと決めた。

「……きみに任せられるのなら安心だ」

そう笑って、サロモンは静かに息を引き取った。

気力だけでもっていたのか、愛娘を託す相手が見つかって安心したのだろう。

別件で訪れた村でサロモンと再会できたのはまったくの偶然ではあったが、神に感謝せずにはいられなかった。

今日村を訪れることがなければ、恩人の死を知ることもできず、その娘を託されることもなく、恩を返すこともできなかった。一人村に残されることとなる妹は飢え死にか、人買いに攫われるか、仮に生き延びられたとしてもまともな暮らしはできなかっただろう。

信仰心はあまり 篤(あつ) い方ではないが、今日ばかりは神の存在を信じずにはいられなかった。

父親を亡くしてティナは泣き出すかと思ったが、次々に死んでいく村人に、覚悟はできていたのかもしれない。

ティナは父親の死を悟ると、一瞬だけ顔を歪めて泣き出しそうな顔になり、すぐにスッと表情を消した。

泣いたところで死んだ人間は生き返らない。

それをよく理解しているのだろう。

サロモンの埋葬についてティナに相談すると、すでに墓穴は用意してある、と答えられた。

妻の墓穴を掘る際に、サロモン本人が自分の墓穴を掘っていたらしい。

ティナも手伝ったと聞いた。

まだ生きている父親の墓穴を掘る手伝いなど、ティナはいったいどのような気持ちで、と考えるとやるせない。

……もう少し早く、この村に来ていれば。

結果は何も変わらないが。

ティナが父親の墓穴を掘る手伝いをすることはなかったかもしれない。

天寿を全うした父の墓穴ならば将来的に掘ったかもしれないが、病で突然父を失い幼い身で墓穴を掘ることはなかったはずだ。

シーツで包んだサロモンの遺体を墓穴に横たえ、ティナの見つけた箱を載せる。

一つはサロモンの身元を、もう一つはティナがサロモンの娘であることを証明する指輪だ。

……いつかティナが必要になった時、掘り返す必要があるな。

それを考えると、サロモンと一緒に埋葬するのは少し考えた方が良いかもしれない。

遺体はいつか土に返るが、必要に迫られて箱を掘り起こす際にサロモンの遺体まで掘り返されることは避けたい。

死者の安らかな眠りを妨げるのは、たとえその娘であっても避けた方がよいだろう。

遺体が完全に隠れるまで土を戻し、改めて指輪の入った箱をサロモンの胸の位置へとおく。

あとは黙々とティナと二人で掘り起こされた土を墓穴へと戻し、サロモンの埋葬を終えた。

父親の遺体が土の下へと完全に隠れても、ティナは泣かなかった。

幼い子どもとしては少し不自然な気もしたが、注意深く観察していると、箱を埋めた位置に目印をつける作業の手を止めては時々鼻をすすっている。

よく知らない大人の前では、泣きたくとも泣けないのだろう。

そう気が付いて、初めて会った時の様子を思いだす。

見知らぬ 強面(こわもて) の騎士に怯えていたためか、久しぶりに出会えたであろう健常な大人に安心したためか、ティナは大声をあげて泣き出した。

子どもらしく全力で、しゃっくりをあげながら泣いていた。

……あれが本当のティナなんだろうな。

サロモンのこじ付けではあったが、俺とティナは 兄妹(きょうだい) となった。

早く兄として、妹の信頼を勝ち得たい。

大声で泣いても良いのだと、甘えても良いのだと、ティナを安心させてやりたい。

そうは思うのだが。

……会話が続かない。

ティナを引き取ることは決めたが、実際問題としてすぐに街へは連れて行くことができない。

謎の病で滅んだ村の、ただ一人の生き残りだ。

ティナ自身の感染を疑った方が良いし、ティナを抱き上げ、サロモンと会話をした自分も安全とは言えない。

病や薬に関することならば、とワイヤック谷に住む賢女を頼ることにしたのだが、その道すがら馬に同乗させたティナに会話を振ってはみるのだが、なかなか会話は弾まなかった。

聞かれたことに対しては素直に答えるのだが、自分から話題を振ってくることはない。

……しゃべるのが苦手、なのか?

最初こそ『です』『ます』とたどたどしく付ける様に、丁寧にしゃべるのが苦手なのかと思っていたが、どうもそうではないらしい。

少し長めに話すと舌が回らないのか『にゃ』や『にょ』が頻発する。

本人もそれを自覚しているのか、失敗が続くとこれ以上の失敗をしないように、と口を閉ざす。

しゃべりが上手くないのは、失敗を恐れてしゃべることを避けているからだろう。

……レオでいい、って言ってるんだけどな。

どうもティナには『レオナルド』という名前が長すぎるらしく、何度練習しても『レオにゃルド』となってしまう。

何度も愛称の『レオ』で良いと言ったのだが、ティナは 頑(かたく) なに『レオにゃルド』と呼ぶ練習をしていた。

……おまえなんて兄と認めないっ!! って意思表示か?

ぽつんっと一つの考えが浮かんだが、すぐにそれを否定する。

八歳だと言ったティナは舌っ足らずなしゃべり方をするが、聞き分けは良く、よく物を考えている。

サロモンの躾けが良かったのか、八歳にしては 利発(りはつ) な少女だ。

内心は複雑であったとしても、これから自分の保護者となる者に対してわざわざ確執を作ろうとはしないだろう。

となると、逆に考えられるのは。

……色々考えすぎて、あったばかりの人間には直ぐに甘えられないんだろうな。

頭が回りすぎるのも考え物である。

うつらうつらと目の前で揺れるティナの頭を見て、「眠くなったのか?」と聞いてみる。そのたびにティナは小さく頭を横に振って「違う」と答えた。

何時間も馬の背に揺られていれば、子どもの体力ではそろそろ限界だろう。

それでなくとも今日は父を失い、その埋葬を済ませと体力を使っている。

さらに言うのなら、知らない大人たちに囲まれているという精神的な疲れもあるだろう。

いつティナが寝落ちても良いように、落とさないようにと小さな体を抱き寄せる。

一瞬ティナの体に緊張が走り、僅かばかりの抵抗はあったが、とくに暴れるようなことはなかった。

自分の体が固定されただけだと悟ると、ティナの体から力が抜けていく。

しばらくすると胸に小さな体重が預けられた。

ついに睡魔に負けたらしい。

夢を見ているのか、ティナは何度となく両親を呼び、手を彷徨わせる。

伸ばした手を握ってやると、ティナはパッと微笑んで一筋の涙を流した。