軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

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「お会いできて嬉しいです、エドガー様」

『黒扇』を閉じて、ドレスの生地を少しつまんで持ち上げ、エドガー様へ挨拶をする。

王族で、義理の親子だからこそ、礼儀は大事! ただし、仰々しすぎない程度に。

「こちらこそ、会えて嬉しいよ。気持ちの良い朝だね」

エドガー様から柔らかな応えが返ってきた。――のは良いんだけど、そのままやけにじっくりと私を見ている。たっぷり十秒ぐらい?

と、エドガー様が「うん」と納得した様子で頷いた。

「それに、安心したよ。イーノックから様子は聞いていたんだけどね。自分の目で見たわけではなかったから。かといって、お見舞いに行くのは禁止だと言うし……でも、顔色も良さそうだ」

あー……。

私の部屋へ誰かが訪ねてくるのも制限されている。エドガー様でも、なのか。父上が会いに来たのは例外だったみたいだし。

「はい。日常生活にはまったく支障ありませんわ」

私は笑顔で答えた。

薬を塗って、しっかりと包帯を巻いた左手に『黒扇』を持ち替えてみせる。動かすと少しだけ痛いことは痛い。しかし! ここはやせ我慢。

元気であることをアピール!

「こうして庭へ散歩に出ているほどですから。エドガー様も、今朝も散歩なのですか?」

「……今朝も?」

眼鏡の奥で瞬きしたエドガー様から突っ込みが入った。

真夜中の鍛錬場へ行く前、エドガー様がこの庭にいたのを目撃した記憶があるせいで出た言葉だったんだけど……。

ちょうどいいや。確認してみよう。

「昨夜、兄上と城内を歩く機会がありました。その際、通路に面した窓からエドガー様の姿をお見かけしたのです。この庭園にいらっしゃったでしょう?」

「うーん……」

エドガー様が片手を顎にあてる。

「見られていたんだ?」

問いを発して、ばつが悪そうな顔になった。

「あれは、無断で外出したんだよ。できればイーノックには黙っていて欲しいんだけど……」

衝撃が走った。

「エドガー様。まさか昨夜は本当にお一人で……? それも父上の許可を得ずに?」

父上が知らないとは思ってもみなかった。

だって、父上って滅茶苦茶エドガー様のこと大事にしてるから! 人前でイチャイチャとかは全然ないんだけど、エドガー様の公務で危険が1ミリでもありそうなときなんか、中止させる――はさすがにないとはいえ、必ず警備体制の強化要求を出すし。

エドガー様の安全には慎重すぎるほどの気の使いようを見せる。

いや、だからって束縛するとかでもないっぽいし、なんていうか、エドガー様がどこにいるかわかっていないと……目の届くところにいないと不安でたまらない的な?

な・の・に、エドガー様、夜中に父上に黙って散歩なんて……チャレンジャー過ぎる。

知ったら父上心労で絶対ハゲるよ!

倦怠期ですか?

エドガー様の護衛の騎士は、父上付きでもある。で、全員が父上の護衛の騎士から選ばれた人々。腕前は折り紙付きなんだけど、父上にエドガー様がつつがなく過ごせているかを日々報告する役目も負っている。

これも私がエドガー様への父上の過保護っぷりを感じる所以。

そんな中、いくらフットワークが軽いといっても、父上に黙って外出……エドガー様が護衛の騎士からのチェックをかいくぐったということ……!

城内での移動といえど、誰か一人はついてくるものなのに。

一体、どうやって?

完全な単独行動だなんて、むしろその技を! 技を伝授してもらいたいですエドガー様! ヒューをまきたい時に使えるかも!

「一人とは言っても、もちろん護衛は連れて行ったよ」

だがしかし、あっさりとエドガー様が言った。

私の早とちりか……。

がっかりしてはいけないのに、がっかりしてしまった。

クリフォードにこっそり面会に行ってみよう作戦や、その他諸々の計画なんかも自動的に消滅した。

言われてみれば、ちゃんといまも、エドガー様の護衛の騎士が離れた場所に立っている。こちらの会話は聞こえないだろうけど、すぐに駆けつけられるぐらいの距離。

「それなら良いのですけれど……」

「心配してくれたんだね? ありがとう」

にっこりとエドガー様が微笑む。……眼福。エドガー様も、またタイプの違った美形なんだということを再確認した。

父上の伴侶だけど。私の育ての母(男)なんだけど!

表面上は仲良し家族。でも親子関係という意味では全然。

王家の子どもたち――兄と私とアレクの中では、一番エドガー様と親しくしているのは兄。ただ、表面上はっていうのを抜きにしても、私も仲が悪いってわけじゃないんだよね。

現に、エドガー様に継子いびりみたいなのをされた記憶はない。むしろそういう意味で性質が悪かったのは兄のファンのほう!

親として甘えたり、懐いたりはできなかったし、でもエドガー様からも「娘よ!」って押し付けてくる感じはなくて――対個人としての印象はお互いにそんなに悪くないと思う。

エドガー様は……距離感を保ってくれる人かな。近づかないで欲しいですオーラを出していると避けてくれるし、話したいですオーラを出していると応じてくれる。

現に私は現在進行中で「お話ししましょう」オーラを出し続けている。そのはず。……オーラなんて見えないけど。……気合いで! 雰囲気!

だって、接触できる人物が極端に限られている中、これは貴重な他者との出会い!

私は会話に飢えています! 出でよオーラ!

「……せっかくだから、少し一緒に歩こうか? オクタヴィア」

私のオーラをエドガー様がキャッチしてくれた!

「喜んで。――ヒュー。あなたは離れてついてきてちょうだい」

お誘いを有り難く受けて、ヒューに指示を出す。彼が兄のスパイを兼ねていることを忘れてはならない!

「仰せの通りに」

ヒューがすっと頭を下げた。

私とエドガー様は並んで庭園を歩き出した。

距離をおいて私たちの後に続くヒュー――近くにエドガー様の護衛の騎士もいる――を一度振り返って、エドガー様が首を捻った。

「ヒューは、セリウスの護衛の騎士だったよね?」

疑問に思うのも無理はない。

ヒューといえば兄の腹心。セット。そんな感じだもんね。

「兄上の配慮で、一時的にわたくしの護衛任務に就いてもらうことになりました」

とても大切なことなので、一時的、というのを私はさりげなく強調した。

「何だ。二人の逢瀬を邪魔したわけじゃなかったんだね」

はい?

「もしかしたらヒューが秘密の恋人だったのかと……。そうだったらイーノックに教えようと思っていたのに」

「……エドガー様?」

事実無根なんですけど!

抗議の意を込めて、強めの視線を送る。

するとエドガー様がぷっと噴き出した。

「ごめんごめん」

笑いながら私にトドメをさしにきた。

「ふざけすぎたね。大人しくお披露目の日を楽しみに待つことにするよ」

「……ええ。楽しみにお待ちください」

引きつりそうになった愛想笑いを、『黒扇』を開いてカバー。

楽しみどころか、うう。準舞踏会が空振りに終わって、偽の恋人役の目処も全然ついていないんだよね……。

原作で敵として描かれていた人物が狙い目だ! と考えて接触したルストは、候補から外れたしなあ。切り出しすらしなかったというか、心理的にできなかったというか……。

行動制限がかかっている現状では、会える異性なんてさらに減る。残り期間も考えると、選り好みなんてしていられない段階に入ってる。

いっそ、エドガー様の発言に乗っかって、ヒューとか?

ヒューに試しに頼――まないや。

心の中でぶんぶん首を振る。

現時点で成功する未来がちっとも思い描けない! 頼んだ場合の単純な成功率は、まだルストのほうが高そう。

せめて原作と同じような関係だったら気軽に頼めたかもしれないけど……その場合、そもそも私の兄への「わたくしだって、愛し合っている方はいますわ?」も発動しないか。

もう、本当に私に恋人がいれば……!

周囲にはラブが満ちあふれているというのに!

――その生きた見本の一人が、エドガー様だもんね。

うんうんと今度は心の中で頷く。

性別も身分も乗り越えて父上と結ばれた。恋愛譚として有名。ちょっと出来すぎっていうか、話として盛られてるでしょ明らかに? と思うほど。……ただし、自分の父親の話でさえなかったら、腐女子魂が燃え上がっていた。

エドガー様が誘拐されて間一髪で父上が間に合うところなんて、できることなら完全二次元の小説として読んで萌え転がりたかったですとも! 前世で親世代の外伝小説なんか出たりしたら、買ってた!

――でも、フィクションじゃないんだよね。

父上がエドガー様の身の安全に神経質なのって、そういう過去が実際にあったせいなのかもしれない。喪いそうな恐怖、みたいな。

それを考えると……。

隣を歩くエドガー様を見上げる。成人男性なので、私よりは断然背が高い。

「昨夜のエドガー様の外出ですが、父上に黙っていて平気なのですか?」

エドガー様が苦笑する。

「正確に言うと、深夜にこの庭の散歩をすることがあるのを黙認はしてくれているんだよ。いちいち許可は取っていないだけで。……ちなみに、イーノックはこの庭があまり好きじゃない」

「そう、なのですか?」

何故に?

疑問は口に出さなかったのに、私の顔を見てエドガー様が静かに答えてくれた。

「……前代の国王陛下が自ら手入れしていた庭だからだろうね」

「お祖父様が? 自ら?」

浪費家で宝石コレクターだった、お祖父様? 王太子だったときの父上は、意見が合わずによくお祖父様と口論していたらしく、そのせいなのか、父上に王位を譲ってからは、亡くなるまでまったくといっていいほど王都へ寄りつかなかった。

それが私の祖父であり、前代の国王。隠居した後に改築して住んでいた祖父の城を訪問したことがあるけど、金や宝石で全部キラッキラだった。絢爛豪華の域を超越して悪趣味一歩手前?

正直、土いじりとか、庭の手入れをするようには……。

「想像できない?」

「はい」

私は素直に頷いた。

私が八歳の頃に亡くなった祖父に関しては、あまりいい評判を聞いたことがない。

国王時代はお気に入りの美形を集めて男遊びが激しかったとか……。商人に足下を見られてカモられていたとか……。ただ、あくまでも私生活に関しては。

国王としてはそれなりにやっていたらしい。少なくとも、国が傾いたりはしなかった。父上は反発しまくっていたみたいだけど。

祖父か……。

――これまで私になかった祖父への観点として、注目すべきは、キルグレン公の兄という立ち位置だったこと。

キルグレン公同様、老衰で亡くなっている。基本的に、何事もなければ男性の王族は長生きみたいなんだよね。

祖父本人よりもなじみがある、本人そっくりの、城に飾られている肖像画を思い浮かべてみる。

生前の祖父への印象は、退廃した雰囲気の、つまらなそうにしている人。贅沢品でそれを埋めようとしていたのかなって、感想を持ったのを覚えてる。

孫――兄や私やアレクにも一切興味なしって感じだったなあ……。同列って意味では、接し方が公平だったとも言えるんだけど。

じゃあ……。

「エドガー様から見た、お祖父様はどんな方でしたか?」

「どんな……」

立ち止まったエドガー様が、目を細めて庭に咲くリーシュランの花の一つに片手を伸ばす。

「弱くて、とても優しい人だったよ。だから、ここにこの花を植えたんじゃないかな」

「――リーシュランを?」

エドガー様に倣って、白く染まった庭園を眺めた。

香りが良くて、白い花弁が美しい花。

そういえば、リーシュランがこんなに一杯咲いているのって、城の中でこの庭園だけ、なんだ。

……祖父がそうした?

弱くて、優しい……。

だけど、祖父がエドガー様の言うような面を持っていたとして、何故リーシュランの花を植えることに繋がるんだろ?

私が原作小説の知識をいくら持っていても、そこに父上やエドガー様の世代の出来事は描かれていない。

白い花弁に、手を伸ばしてみる。

「昨夜は」

触れる直前で、止めた。声を発したエドガー様のほうを見る。

「夢見が悪くてね」

エドガー様は宝物を抱えるようにして、腕の中にあるリーシュランの花に顔を寄せた。

「この花の香りは、心を落ち着かせてくれるから」

悪夢は、私にも、身に覚えがある。嫌になるほど。私は誰にも言えなかった。

だけどエドガー様には、受け止めてくれる相手がいる。

「エドガー様には父上がいらっしゃいますわ。夢見が悪いことを、父上によく相談されてみては?」

風が強く吹いた。髪がなびいて舞い上がり、手で押さえつける。

すぐ側から、呟きが聞こえた。

「……イーノックに?」

顔をあげたエドガー様の面に、笑みが刻まれた。

……何だろう。変な感じ、が。

一瞬、その声にも、表情にも、影みたいな暗さを感じた、気が。

笑みを残したまま、エドガー様が言葉を続けた。

「夢の内容は、イーノックには話せないかな」

「話せない?」

「そう。わたしが話したくないから。それに、イーノックにはどうにもできない」

決して声は大きくなかった。ただ、断言したその語気の強さに困惑する。

数秒程、経過した。先に口を開いたのはエドガー様のほうだった。

「……すまない。驚かせたね」

嘆息して、苦笑いを浮かべる。

「オクタヴィアは聞き上手だね。つい、余計なことまで口にしてしまうな……」

私の知る、いつも通りのエドガー様が人差し指を口元に当てた。

「だから、イーノックには内緒にしてくれると嬉しい」

「それは……」

自然と、渋い顔になっていた。快諾できなかった。

エドガー様、悩み事とかあるんじゃない?

父上にはどうにもできないって、それでも言ったほうが良いような……。

「――ところで、察するに、オクタヴィアには困り事があるんじゃないかな?」

「!」

「お望みなら、手を貸すこともできるよ?」

餌が、釣り餌が投下された……!

エドガー様が元商人だったことを私は思い出した。

身分でいえば、エドガー様はエスフィアのナンバー2。

兄も強くは出れない。ここがポイント!

アレクがいればまた話は違ってくるんだけど、アレク不在のいま、現状を打破するため、王城内において私に貸してくれそうなダントツの味方候補。

そして、エドガー様は暗に、私が父上に黙っていれば、力を貸しますよって示唆している。黙っている内容自体も、プライベートなこと。

このチャンスを物にしない手は……。

「エドガー様」

『黒扇』を顔の前で閉じて、エドガー様の焦げ茶色の瞳を直視する。

「うん?」

「その申し出は、お受けできません」

「対価が足りない?」

私はかぶりを振った。

「そういうことではありませんわ。わたくしが、父上に黙っているとお約束できないからです。エドガー様、悪夢の原因に心当たりがあるなら――もしそれに父上が関係しているなら、父上ときちんと話し合われてください」

「…………」

きょとんとした顔になったエドガー様が、眼鏡越しにくすりと笑った。

「なるほど。オクタヴィアはそう来るんだね」

そうです!

このチャンスをものにしない手はない! ないんだけど……!

長年悪夢に苦しめられてきた類友(さっき勝手に認定しました!)としては、エドガー様の力をたとえ借りられなくなるとしても、飛びつけなかった。

準舞踏会への道中、馬車でシル様に兄には知らせないで欲しいって頼まれたときとケースとしては似ているけど、あの問題は最終的には解決するって原作知識から知っていた。

エドガー様と父上の場合は違う。

余計なお世話? だとしてもこのままでいいとは思えない。だいたいね、こういうパターンって尾を引くやつ。こじれるやつね! 放置していたら後で火がついて爆発するやつね! 火をつけるお手伝いはしません!

「わかったよ。……強制はできないからね」

「交渉は決裂ですね?」

「いや、半分は成立したよ?」

…………ん?

「交換条件がなくとも、わたしがオクタヴィアに協力する気になったから」

人好きのする、飾らない笑顔で、エドガー様が言った。