軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

33

扇を手に、楽しげに踊る人々を眺める。

ヒューイ経由で、ルストからの伝言を受け取り、饗宴の間にやってきて、ゆうに数十分は経っている。

たぶんすぐにルストが接触してくるんだろうって予想していた私は、見事な肩すかしを食らっていた。

いまだ接触なし!

……その上、せっかく仮面をつけているのに、遠巻きにされてるっぽい?

バレバレでも暗黙の了解で楽しむのが仮面の醍醐味のはずなのに……!

広間では挨拶に来る人たちに配慮して離れてもらっていたクリフォードが、饗宴の間では傍らに控えているので、ぼっち気分に陥らないですんでいるのがせめてもの救い?

でも、この中にルストがいるはず。

仮面だらけの人々から、それらしい人を探そうとしている真っ最中なんだけど、顔が仮面で隠されている以上、性別と年齢ぐらいしか判断材料がないんだよなあ……。

即ち、若い男性。

ルスト・バーンは、既刊分を通して、原作の挿絵では後ろ姿しか描かれたことがない。

それまでも影をちらつかせていたルストが全面的に登場するメイン巻。

この巻でついにルストの姿がイラストで拝める! 前世でワクワクしながらページを捲った私は、愕然とした。

……さ、挿絵が、ない! シル様たち主役二人が並ぶ表紙はいつものごとく美麗だったのに、あるべき白黒の挿絵が……!

ファンの間では騒然となったこの事件。やっぱり挿絵は重要だなって私も再認識した。

ちなみに、次巻からは挿絵ありに戻ってた! たぶん大人の事情ってやつだったんだと思う。

――そんなわけなので、挿絵で描かれた姿をもとに、三次元のルストを想像して目星をつける、という手は使えない。

ヒントは原作の本文での描写。だけど、さすがに私も一文一文を記憶してるわけじゃないし、ルストの髪と目の色すらあやふや……。

ただ、そんな有様でも、一応、ルストかどうか判断出来る手がかりはある。だから、顔がわからなくても何とかなるはず。

――それも接触そのものがないとどうにもならないんだけどね!

待つしかないか。そっと息を吐く。

『一曲お誘いすることをお許しください』

たぶん、向こうから、ダンスの申し込みがあるってこと。

このダンスのお誘いって、女性側からは出来ないんだよなあ……。

不特定多数にアピールして誘いやすい雰囲気を作ったり、本命と話してアピールしまくるとか、そういうのはアリだけど、直球で「私と踊って!」って相手に言うのは×。

なのに、男男で踊る場合はどちらから誘っても無問題……! そのかわり、男男の場合は、どっちが女性パートで踊るかで揉めたりするらしい……。誘った側が男パートとは限らないのだ!

「私と一曲、踊っていただけませんか」

そのとき、ルスト待ちでそわそわする私の耳に、ある声が届いた!

期待を胸に声の主を見る。

深緑色の仮面を被った……十代後半と思しき線の細い赤毛の青年が、クリフォードにダンスの誘いをかけていた。

ここ重要。クリフォードに。……に!

クリフォードに負けた……! じゃなくて、うん。仮面越しでも伝わってくる超優良物件だもんね。饗宴の間の趣向からして、王女の護衛の騎士でもお誘い可、と思われてもおかしくはない。

クリフォードが淡々と答えた。

「――私はオクタヴィア殿下の護衛の騎士としてこの場におります。職務中です。他の方をお誘いください」

断りの意を受け、だけど諦めきれないのか、青年が私に視線で訴えを……!

職務が断わる理由なら、私が許可を出せば、クリフォードも踊ってくれるかもって一縷の望みを託している感がヒシヒシと……!

実際、別に護衛の騎士は踊ってはいけない、なんてルールはない。以前、私仕えの護衛の騎士だった一人が、準舞踏会で運命の出会いを果たして相手とダンス。……約十日後ぐらいに異動していったという純然たる過去もある。

「わたくしに気兼ねすることはないわ。クリフォード。踊りたいなら、踊ってきなさい」

でも、自分が誘われないからって、心の狭い『主』では駄目だよね! 鷹揚に、鷹揚に!

「それはご命令ですか?」

「いいえ。そういうわけではないけれど……」

「では、やはりお断りいたします。踊る必要性を感じませんので」

クリフォードが首を振る。

「……気が変わりましたら、声を掛けてください」

青年が、残念そうに離れていった。でも、すぐに次のイケメンっぽい男性にアタックしている。線が細い青年だけど、実は肉食系?

青年を見送り、ふと疑問に思って、質問してみる。

「――クリフォードは、踊りたいとは思わないの?」

私はいろいろな殿方にダンスの申し込みをされてモテ気分を味わってみたいけど! 変な通説とかなしで!

「思いませんが。私が何者かと踊っていては、その間、殿下から目を離すことになります」

「わたくしが命令すれば?」

「……従いますが、殿下の安全のためにも、そのようなご命令はなさらぬようお願い申し上げます」

お願いの体だったけど、本気で嫌そうなのが感じ取れた。いくら『従』でも、『主』の命令なら何でも喜んでってことではないらしい。

「……そうね。わかったわ」

私はしっかり頷いた。たしかに、護衛の騎士の目が届かないって危険なことだし、本人がダンスに乗り気ならまだしも、そうじゃないみたいだし。

「あなたがわたくしの護衛の騎士で良かったわ」

改めてそう思った。

護衛の騎士でも、いままでは、みんな、一番大切な人ができて、辞めていったんだよね。

だけど、『主』としてだろうけど、いまのところ、クリフォードが守る対象の一番目は私なんだろうなって、そこはすごく信じられる。

私も、護衛の騎士との間の信頼関係ってものを、長く忘れてたんだな……。

期待しない。頼らない。恋しない。この三箇条を常に念頭に置いていた。でも……。

――と、演奏されていた曲が、変わった。これ……。

昨日、事前練習していた宮廷舞踏曲!

パートナーを次々と変えて踊ってゆくことの多いこの人気曲!

ところが饗宴の間では、ずっと別の曲が奏でられていた。

壁の花になっていたパートナーのいない男女が、ここぞとばかりに動き出している。

カップルはそのままで。独り身な男女は誘いなしで参加OK。

ルストが来るか、試してみる価値はある、かな。

「クリフォード。『黒扇』をお願い」

「――は」

扇をクリフォードに託し、本日二度目のダンスへ私は挑戦することにした。

一人目。ご年配の殿方だった。結構合間の話が弾んで楽しかった! 「このダンスをレイフに自慢しなくては」って言ってた。この殿方、おじ様と知り合いだった模様。

おじ様の名前は、レイフ・ナイトフェロー! でもおかげで広間に戻って、おじ様に挨拶したくなった。我慢我慢。

二人目。クリフォードに誘いをかけた、あの線の細い赤毛の青年。見た目から、普段は男男で女性パートをアレンジしたものしか踊っていないんだろうなって偏見を持っていた私は、心の中で彼に謝罪した。男性パートもバッチリだった。両方を上手にこなせる人って稀なのに……! さすが肉食系……! どっちでもいけるってことか……。ちょっと素性が知りたいなって思った。

三人目。二十代後半ぐらいの男性。会話なし。目線も合わず。ルストではなさそう。

四人目。十五歳ぐらいの少年。以下同文。

五人目。ヒゲのある男性。ダンスは苦手そう。ごめんなさい。足を踏みました。以下同文。

六人目。二十代前半とおぼしき男性。以下……。

四連続で、気詰まりなダンスが続いた私は、宮廷舞踏曲の終わりを待たずして、ダンスの列から外れようかと考え出していた。

でも、列から出ようとしていた瞬間。

回ってきた新たな相手が、私の手を取った。

――七人目。

金髪で、仕様が違う青銀色の仮面を身に着けた若い男性。開いているはずの目の部分に薄いガラスがはまっていて、目の色がわからない。

七人目となる男性と踊り出す。

この人……意外と鍛えてる? でも、踊りは貴族そのもの。準舞踏会に出席する貴族で鍛錬している人っていうのは、多いほうじゃない。じゃあ平民の有力者かっていうと、それも違う感じ。

判断しかねていると、男性が口元に笑みを浮かべた後、口を開いた。

「『饗宴の間にて、一曲お誘いすることをお許しください』」

「!」

ヒューイからもらったメモに書かれていた文句と一言一句違わない。

この人が、ルスト……?

注意深く、相手の顔を見つめる。

注目したのは、額の部分。でも、仮面で完全に覆われている。

「――あなたが『ルスト・バーン』なのかどうか、確かめたいわ」

「こうして参りましたのに、わたしが偽物だと?」

「『ルスト・バーン』には、生まれつき、額に痣があるはずよ」

額のどの辺だったかは失念したけど……額に痣。これは確か。

剣傷にも見える特徴的なもの。挿絵なしのルスト登場メイン巻では、フードを被ったルストと兄が戦うシーンがある。フードが外れ、ここではじめてルストの顔が露になる。で、痣が生まれつきのものだと巻の後半で判明する。

後天的なものではないから、ルストなら額に痣がなければならない。

「――殿下は実にお詳しい」

苦笑のような、読めない笑み。

「その仮面、外してくれるかしら?」

「ご要望とあらば」

踊るルストの片方の手が、青銀色の仮面にかかった。

……痣があればルスト。なければ違う。

それだけのことだって、思ってた。

ルストの仮面が少しの間だけ、外された。

時間は、数秒ほど。そして再び、顔が仮面に隠される。

でも、ルストの顔を、はっきりと目にした私は、激しく動揺していた。

小刻みに手が震え出す。……止まらない。

醜かったから? 違う。そうじゃない。

痣がなかった? 違う。そうじゃない。特徴的な痣は、あった。

この、私の目の前にいる人間は、ルスト・バーン。

でも、それじゃあ。

――思い出す。

『運が悪かったよね』

私が、絶対に忘れられないもの。ある、青年の姿。

目は、不思議な琥珀色だった。髪の色は、金色。

人形めいた造作なのに、仕草や喋り方は、いっそわざとらしく感じられるほど、人間臭かった。

……青年は、人間じゃ、なかった。

あの青年には、額の痣はなかったけど、痣以外は、ルストと同一人物のように、見えた。

金髪も、仮面のガラスで見えなかった、瞳の色も、同じ。

何より、ルストとあの青年は、そっくりだ。

嘘だ。なんで?

――二度と会いたくなかったのに。クソ忌々しい記憶なんて、思い出したくないのに。

……向き合いたくないのに。

偽の恋人役を引き受けてくれる人を探して、準舞踏会にやってきただけ。

この顔と対面するためじゃない。

機械的に、身体はただ、踊り続けている。

「確認していただけましたか?」

確認? 何を? ルストかどうか? それとも……。

どういう意味?

頭にうまくルストの質問が入って来ない。

その間にも、八人目へ、ダンスの相手が切り替わろうとしている。

「わたくし……」

かろうじて、絞り出せたのはそれだけだった。

あの青年と同じ顔を前に、平静でなんていられなかった。

「わたくし……一人になりたいわ」

一方的に言い捨てて、ルストからも、列からも離れる。

自分が王女だとか、そんなことは頭から消し飛びそうになっていた。でも、笑えるのは、頭の隅にかろうじて『王女らしく』ってブレーキがかかったこと。

ただの麻紀のままだったら、走り去ってたのに。十六年間、オクタヴィアとして生きてきて、叩き込まれた王女教育の成果は、幸か不幸か、私の中に根付いていた。

深呼吸して、踵を返す。足早に『饗宴の間』を出る。私を追う足音がした。

クリフォード? でも、振り返る余裕はなかった。

ルストに言ったのは、ただの本音だ。

――一人になりたい。誰もいない場所へ行って、心を落ち着けたい。

どうしてか、昔、おじ様と交わした言葉が、脳裏を流れていった。デレクからのいじめが発覚して、私もおじ様に甘えすぎないようにしようって、距離を取るようにした頃。

ある日、王城を訪れたおじ様に、尋ねられた。

『殿下は、お辛いことはございませんか? 打ち明けたいことは?』

『……打ち明けたいこと?』

どうしておじ様がそんなことを聞いてくるのか、私は不思議だった。

『人には誰にでも秘密があります。しかしその秘密が己を押しつぶすこともある。……キルグレン公のように』

ああ、すっかり忘れてた。キルグレンって、おじ様が口にしたこと、あったんだ。

『臣下として、殿下が心配なのです。……殿下は、我々に壁を作っておいででしょう。それは、殿下が抱える秘密故なのではありませんか』

『壁なんて……』

ないよ。

『……秘密は、おありになる?』

私は困った。するとおじ様は優しく笑った。

『――なにも、わたしでなくとも構いません。いまでなくとも。いつか、殿下が誰かに心の内を明かせることを願っております』

――心の中を、明かせる人が。いつか。

おじ様を見上げて、私は神妙な顔をして頷いた。

私の秘密は、前世。前世の記憶があること。

でも……言えるはずないよ、おじ様。

だって、これは、私自身が、昇華できていないことなんだから。

『天空の楽園』内の奥、個室の並ぶ方面へ向かう。

気の合った男男や男女が、事に及ぶために使う部屋。いつもなら、絶対に行かないし、縁のない場所。だけどそういう用途の場所だから、人気は少ない。

個室の一つ。薄暗い部屋の中へと、私は逃げ込んだ。