軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

25

――心地よい揺れに身をゆだねることしばし、扇を取り落としそうになって、私は手に力を入れた。覚醒する。あ、危なかった。うとうとしかけてた……!

体感では、まだ目的地までは先。馬車は走り続けている。なのにこの眠気。また睡魔との戦いか……。

無意識に俯いてしまっていた分、顔を上げる。

真向かいに座るシル様は、腕を組んで目を閉じていた。

よし! 私が寝落ちしかけていたのはバレてない! ――と、心の中でガッツポーズしていたら、シル様の頭が傾き、窓とくっついた。…………シル様、寝てる?

直後、無情な声が響いた。

「起こしますか?」

「寝かせてあげましょう。シル様も、疲れているのよ」

「……御意に」

私は扇を閉じて、立ち上がった。

「殿下?」

向かって左側、眠っているシル様の姿が外から見えないようにするため、備え付けのカーテンに手をかける。馬車のすぐ横を馬で並走している熟練兵士と目が合った。私の意図を察してか、「承知」とでもいうように頷いた。

「――このようなことをなさらずとも」

カーテンをまだ下ろしていないのに、影ができた。身長の高いクリフォードが屈みながら、私の傍らに立った。

「眠っている……寝顔を人に見られるのは勇気がいるものよ、クリフォード。その人数は少なければ少ないほど良いわ。――シル様の頭の位置をずらしてもらえるかしら」

シル様は窓に寄りかかってしまっている。カーテンを下ろしきれるよう、クリフォードに指示を出す。

「抵抗できない無防備な状態に陥るという意味ならば、同意いたします」

手伝ってもらって、左側の窓の分は完了した。右側も同じようにして、と。これで、外からはシル様の寝姿が完全にとは言えないまでも、ある程度は隠される。

「シル様がわたくしたちに気を許しているということでもあるとも思うわ」

たぶん守りの指輪効果による副産物だけどね! シル様に筒抜けだったって知ったときは愕然としたし……。結果的には商人、いい仕事してた! あれこそ怪我の功名! あとは――。

私はクリフォードを見上げた。

「……本当にあなたではないの?」

あとは、シル様がクリフォードを、命の恩人なのかもしれないと思っていたことも無関係じゃない。

クリフォードの口元が歪み、青い瞳がかすかに細められた。

「――殿下は、私をお疑いですか?」

「あなたに似ている人間がそうそういるとは思えないわ」

こんな超優良物件が、この世の中にもう一人存在するなんて……信じられません!

「バークス様は、顔形で判断されたわけではないようでしたが。背格好ならば、私と似た人間などいくらでもいるでしょう。月日も経過しています」

「では、わたくしが改めて尋ねるわ」

たしか――『従』は『主』に嘘をつかない、んだよね。

「四年前に、シル様を助けたという人物は、あなたではないの?」

明瞭に、口にする。さっきは、シル様の質問に、クリフォードが回答した形だった。

今度も、返事は変わらない?

「っ!」

――と、突然馬車が大きめに揺れた。

い、石でも踏んだ?

視界がぶれる。立っていたため、急なことでバランスを失い、転びそうになった私の身体はクリフォードに支えられた。

同時に、答えが降ってきた。

「――いいえ。私ではありません。殿下」

あっさりと。

「……わかったわ」

「御手をどうぞ。立っていては危険です。お座りください」

エスコートされて、馬車の長椅子に座り直す。私が座ったのを確認して、クリフォードも隣に腰を落ち着けた。

カーテンを下ろしてから、数分は経ったはず。

シル様を籠絡した睡魔は、私にも絶賛来襲中だった。

正面を向いていると、どうしても健やかな眠りの渦中にいるシル様の姿が目に入ってしまう。眠りって伝染するものなんじゃないかな……。

シル様も、眠っているし……。

この際、私も……。

扇で隠して欠伸を押し殺すのも、これで何回目だろう。

少しだけなら……。ふ、と目を閉じてしまったのが、敗因だった。

あとはなし崩し。瞼を押し上げる努力をしようにも、押し寄せる睡魔にあらがえない。

私はそのまま眠りに身をゆだねた。

――片側が、あったかい。

いい夢を、見れそう。

なのに、予感は外れ、アレを見そうな感じが漂ってきて、すごくがっかりした。

星空。どこでもない、一度だけ訪れたあの場所の景色に、夢の世界が変わり始めている。

眠るとたまに見る、悪夢。クソ忌々しい記憶の――。

――駄目だ。起きなきゃ。この夢、嫌い。苦しい。

もがいても、夢は覚めない。星空がどんどん鮮明になってゆく。このままだと、あいつが現れて――。

目をぎゅっと瞑る。

命綱にすがるみたいに、闇雲に手を伸ばして、触れた何かを、掴んだ。

誰か、いる?

「…………?」

頭に、大きな手の感触がある。気持ちが少し、楽になった。

ああ……これも夢なのかな。誰かが落ち着かせるかのように、頭を撫でてくれている。うん。やっぱり夢だ。だってこの世界には、そんな人……。アレクは、遠くにいるしなあ……。手の感じも違う。夢なら……。

調子にのって、すり寄ってみる。

戸惑ったように、撫でてくれていた手が、動きを止めてしまった。

悲しくなった。

でも、これは私に都合の良い夢だから。

誰かは、消えなかった。ちょっと不器用で、慣れていない手つきで撫で続けてくれる。

嬉しい。

――起きなさい、麻紀!

わかってるよお母さん。学校に遅刻するって言いたいんでしょ? 起きるってば。うるさいなあ。……朝ご飯? 食べる。

――あら、珍しい。いつもはいらないって言うじゃない?

食べたい気分なんだもん。黄身がとろっとろの目玉焼きがいい。

「殿下」

やだ。まだこの夢から覚めたくない。いい夢なのに、起きたら、忘れちゃう。

「殿下。そろそろ到着します。起きてください」

聞き慣れてきた美声が、耳朶を打つ。

……殿下? 殿下っていうのは、私のことで、私はオクタヴィアで、この声は……。

バッと目を開けたら、クリフォードの顔が間近にあった。何故か身体の片側だけ、妙にあたたかい。そして私の右手は、ぎゅっと何かの布地を強く握りしめているようだった。

――はて?

理解するのに、数秒かかった。その数秒分、青い瞳とたっぷり見つめ合う。

…………何だ、これも夢かあ。

「お起こしするのが遅くなり、申し訳ありません」

「……眠ってしまったわたくしが悪いのよ」

ふわふわした気分で、クリフォードの肩を枕にしたまま答える。

「――お休みになれましたか?」

夢の中のクリフォードは、私の願望が反映されているんだろうなあ……。何だか、私がちゃんと眠れたか、心配していてくれたように見える。

「ええ……いい夢を見たの」

思わず顔が綻んだ。だけど、幸せな夢だった、という自分の感想は残っているのに、もう肝心の内容はちっとも思い出せなかった。残念。目が覚めると、いつもこうな……。

自分の思考に引っかかりを覚えた。

――目が、覚めると?

これって、二段構えの夢、じゃ、ない、の?

私がクリフォードの肩に寄りかかっているのって――もしかして、現実? 私の右手が扇ではなく――クリフォードが着ている制服の左袖を、頑として離すまいって感じで握りしめているのも?

夢現だった意識が、一気に冴え渡った。眠る直前の記憶が蘇る。

ここは、馬車の中で。

現実だ。

なら、こ、ここここの状況は……!

私、クリフォードの肩に寄りかかって爆睡してたあああ! 左袖の生地部分を掴んでいるというおまけつき! あまつさえ、起きてからも寝ぼけてそのままの体勢で暢気に会話なんかしてたああああ!

いや、すぐに起きようよ! というか寝ちゃ駄目だった! 軟弱な自分の精神が憎い! やり直したい! 時を巻き戻してやり直したい!

――へ、平静に、平静に。お、起きてしまったことは、もう取り返しがつかない。ここで慌てふためいても、事態は悪化する。と、とにかく、肩から顔を離そうっと。さりげなく。さりげなーく。

右手からも、力を抜く。親の敵みたいに握りしめていた袖部分を解放。護衛の騎士の制服は、生地が厚めで頑丈だから、皺ができていないのが救い。

ゆっくりと、身を起こす。膝の上にあった扇を反射的に手に取った。どうせ掴むなら、右手はこれを掴んでいるべきだったのに……! ふわふわ羽根で癒しを堪能しつつ、顔を半分ほど隠しながら、馬車内の様子に目を配る。

シル様はまだ眠っているみたい。カーテンが、クリフォードが座っている右側の窓のほうだけ、新たに下ろしてあった。私が爆睡中、クリフォードの左肩は私の枕として提供され、左腕も袖を掴まれ、たぶん身動きが取れなかったわけで……! 「このようなことをなさらずとも」て言ってたのに、自由なほうの手でわざわざ下ろしてくれたんだ。

「……ありがとう。迷惑をかけたわ」

穴があったら入りたい。

「殿下が気になさることはありません」

「けれど、邪魔だったでしょう」

言いながら、激しい不安感に私は襲われた。

クリフォードの肩を借りてしまったことは、眠ってしまってから、窓側へ行けば良かったものを、クリフォード側に頭が行ってしまったんだろうなって想像はつく。ただし、袖を握りしめていたのは……? きっと私の寝相の悪さが出たに違いない! てことはだよ? 寝ている間、他にも何かやらかしているかも……! これは確認しておかないと!

「――わたくし、醜態はさらしていないかしら?」

たとえば爆睡中の寝言とか! 蹴りとかパンチとか!

「…………」

黙られた! やっぱり寝言っ? 寝相による蹴り? パンチ? それとも歯ぎしり? 全部だったらどうしよう。

自分の右手に一瞬視線を投げてから、

「――いえ、何も」

とクリフォードが告げた。

「殿下はお眠りになっていただけです」

「……なら、良いの」

信じるよ? 信じるからねクリフォード!

寝言も寝相の悪さによる悪行もなかった……!

胸をなで下ろしていると、馬車が止まった。

カーテンでふさがっていない窓から外を見れば、馬車は『天空の楽園』の敷地内に入るための、門前に着いたようだった。王家の馬車といえど、門を素通りと言うわけにはいかない。一応停車し、チェックを受けなければならない。

シル様も起こさないと。

「シル様。……シル様!」

何度か呼びかけただけで、榛色の瞳が開かれた。視線が私とクリフォードを捉える。シル様は、さっと窓から身体を起こした。瞬時に頭が正しく動き出したようだった。

「――オクタヴィア様の前だというのに、大変な失礼を」

ものすごく恐縮してしまっている。ただし、私もちょっと前まで寝こけていた身。偉そうなことは言えなかったりする。

「おはようございます。シル様」

「……おはようございます」

「どうか、お気になさらず。お互い様ですわ。わたくしも仮眠を取っておりましたから」

仮眠っていうか、爆睡して寝ぼけたりしたけど! そこは伏せておきたいのが人間心理。

「英気を養っていた、ということでよろしいのでは? ――本番は、これからですもの」

私にとっても、シル様にとっても。

緊張するなあ。馬車の中で一人、立ち上がった私は、深呼吸した。

身だしなみを確認する。ドレス――変な皺や跡がついていたりはしない。肩からたなびく布も、問題なし。サファイヤのペンダントの位置は、胸元中央に持ってこよう。

髪――クリフォードの肩を枕に眠ってしまったわけだけど、サーシャたちがピンを一切使わずに仕上げた職人芸の編み込み部分はさすが、崩れたりはしていない。

最後に、『黒扇』を広げる。

これで、良し。

門を無事通過し、注目を浴びながら、王家の馬車は『天空の楽園』の敷地内を走行し、所定の位置で停車した。

後は、私が降りるだけ。

もうカーテンは下げられていない。

王家の馬車は、出迎えを受けるのが常。馬車の周りには人だかりができている。クリフォードもいるとはいえ、私とシル様が同乗していることに、準舞踏会の出席者たちは一様に驚きを見せていた。

はじめに降りたのは、クリフォード。

続いてシル様が。

――行かなきゃね。

口元に意識して微笑みを浮かべ、私は馬車から降りた。

馬車の中にいた時とは比べものにならない、雑多な視線が全身に突き刺さる。

「シル・バークスがオクタヴィア殿下と?」

「あれが『黒扇』か……」

「あの護衛はアルダートン伯爵家の……?」

「殿下のドレス、素敵。どこで仕立てたのかしら……?」

ざわめきの中で、いろんな言葉が飛び交っているのが聞こえてきた。

婚約者のいない王女のエスコート役は、大抵護衛の騎士が請け負う。慣例みたいなもの。扉を出たすぐ左側で待機し、私を待っていたクリフォードの手を取る。

「オクタヴィア様」

――右側からも手が差し伸べられた。シル様だった。

これは、到着直前に行った打ち合わせ通り。

どうせなら、会場では、シル様も準舞踏会に出席しているって大々的に宣伝したほうがいいんじゃない? と考えた結果だったりする。実の家族がいるにしろ、罠にしろ、私とシル様の組み合わせって、中々異彩だから、こうすれば際立つ。

こそこそせずに、堂々と。

微笑みを故意に深くする。扇を閉じて、私は右手をシル様に預けた。「どうなっているんだ?」とでも言いたげな視線が幾つも私たちに降り注いだ。

左手はクリフォード。右手はシル様。

両手に花……違うか。両手にタイプの違った超のつく美形? 片方は兄の恋人だけどね!

二人を両脇に、周囲の人々へ対し私は言い放った。

「――ごきげんよう。みなさま」