軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

19

普段着用のドレスへ着替えている時間はなさそうなので、私はせめてもの汚れ対策としてマントを身につけた。

そして、目指すは、城門。

もちろん、アレクの見送りに行きます!なんて言えない。

今日一日は、明日の準舞踏会の準備にあてることになっているから、せっかくだから、この正装姿で少し城の敷地内を歩き回りたいとマチルダに告げておけば、名目上はオーケー。

その途中、外の空気が吸いたくなって、うっかり城門付近にまで行って、出立しようとしているアレクに遭遇しても、散歩のせいだもんね!

もし万が一、父上に後で知られても、大丈夫。

たまたま、たまたま。

偶然会ったんだから、父上だって咎めようもない。私のことも、アレクのことも。

城門は城門でも、出立には王城の正面にある正門ではなく、脇門を使うとガイはアレクに教えられたらしい。気持ちとしては脇門を目指して一人で飛び出して行きたいところだけど、それは無理なので、護衛の騎士であるクリフォードと、ついでにガイにも同行してもらって、会話はそこそこに黙々と早足でひたすら歩く。

やっと脇門が見えてきた!

この門、正門からはかなり離れた場所にある。正門のほうは、まさに門!て感じで高さあり、広く大きく、門の隙間から矢を射るための 矢狭間(やざま) なんて物騒なものまでつき、門兵が一日中人の出入りを監視している。

一方、脇門は普段、人が通行できないようになっている。通れないから、門兵も配置されていない。脇門は跳ね橋とセットなんだけど、門を蓋するように上げられている橋を渡れるように下ろしても、まだ門は鉄の柵で閉じられているという二重仕様。仕掛けは、城内の歯車室からのみ操作できる。ただ脇門の近くまで行っても、橋を動かすことはできない。

密旨には、脇門を使うようにっていう指示も入っていたのかな? 脇門を使うメリットと言えば、人目がほとんどないってことだけど――。

目を凝らす。

脇門の跳ね橋が下ろされ、門の柵が、半ばまであげられていた。馬に騎乗し、柵が上がりきるのを待っている一行がいる。

「アレク!」

間に合ったー!

我慢しきれなくなって、ドレスをちょっとだけたくし上げて、私は走り出した。

うん。このドレス、正装用なのに中々に走りやすい!

「姉上!」

一行の中、私に気づいたアレクが、馬から降りた。お忍び風の軽装だ。こちらに駆け寄って来てくれる。

一日一回はアレクに会わないとね!

いつもは夕食会で必ず会えるけど、今日からはそれもナシかあ……。

辛い。

アレク以外の顔ぶれは、と――父上の護衛の騎士がいる。その一人だ。黒目黒髪で、若い頃はさぞやモテただろうということを窺わせる容貌の持ち主。父上と同年代で、髪にはいくらか白髪が交じっている。騎士団長の地位を蹴って、護衛の騎士に留まった人物。でもあんまり城でその姿は見掛けない。彼が父上の用意したお供? わざわざ自分の護衛をアレクにつけるなんて。

う。アレク以外の出立一行が険しい顔でこっちを見ている! 歓迎されていない雰囲気! でもここですごすごと退散するわけにはいかない。

私は手に握りしめていた扇をさっと広げた。

そして、アレクへ向かってにっこりと笑い、白々しく切り出した。

「偶然ね。どこかへ出掛けるのかしら?」

「はい。遠駆けです。姉上こそ、どうされました?」

「わたくしは気分転換に城内を歩いていたのよ。そうしたらアレクに出会ったの」

あくまでも偶然なんですよアピール!

「アレクシス殿下」

父上の護衛の騎士が、苛立ったように馬上からアレクへ声をかける。

「柵が上がりました。通行できます」

はやく出立するぞって催促だ。確かに、私がアレクを呼んだときは半分ほどまでしかあがっていなかった鉄の柵は、もう完全に見えなくなっている。

「姉上を無視しろとでもいうのか?」

振り返ったアレクが挑発的に言い放った。

「私は姉上と少し話したい」

「しかし……オクタヴィア殿下が」

「あら。わたくしが何をするというの?」

遺憾です! アレクを引き留めたりしないよ! したいけど!

父上の護衛の騎士が、苦虫を噛みつぶしたような顔になった。

「アレクはこう言っているのだし、あなたたち、先に行ったらどうかしら? なにしろ、王子の遠駆けだもの。先行して、アレクの安全に気を配るのも臣下の務めだわ」

「いい考えですね、姉上。そうしましょう。――ランダル。お前が私と残れ」

「御意に」

馬上の一行の中、アレクの言葉に一人の男性が返事をした。あ、この人は、一兵卒からアレクが目を掛けて騎士になった期待の星! 新兵になったときから既に妻帯者で、遅咲きの出世街道を辿ったアレクの側近とも言える人。

「他は先に行け。私は後から追いつく」

アレクが有無を言わさぬ様子で命令を下した。……これ。これなんだよね! 私に足りないもの。滲み出る王族の威厳! オーラ!

父上の護衛の騎士は、目を眇めた。それから、私を見る。

「――両殿下は、本当に仲が宜しいようで」

「ええ。素晴らしいことでしょう?」

扇で視線をシャットアウトしながら、微笑む。

「私には、わかりかねます。――アレクシス殿下、ご命令に従います。我々は先行いたしましょう。できるだけはやく、おいでください。遠駆けのご予定が狂いますので。では、失礼」

馬上から一礼し、父上の護衛の騎士は手綱をさばくと、馬で駆けていった。一騎、二騎……と秩序だった動きでランダル以外がそれに続く。

残ったのは、私とアレク。脇門のすぐ側で馬に騎乗しているランダル。私の護衛として、少し離れた場所に控えているクリフォード。それから、ガイ。

ん? クリフォードとガイは、小声で何か話しているみたい。しかも、どうやら、クリフォードのほうから話しかけているっぽい? 意外。何の話をしてるんだろう?

厳しい目付きで一行を見送っていたアレクが、息を吐いたのが視界に入って、私は逸れた意識をアレクへ戻した。

私に改めて向き直ったアレクは、碧色の瞳を瞬かせた。

「姉上。そのドレス……いつもと雰囲気が違いますね」

「似合わない?」

「まさか。姉上に見惚れました。似合っています」

自然体で、何の苦もなくさらっと褒め言葉を口にできてしまうアレクは絶対いい男になるとみた!

「嬉しいわ。実は、明日の準舞踏会用なのよ。アレクからの言づてを受け取ったときに着ていたものだから、そのまま」

「そうでしたか……。すみません、姉上。急に」

アレクがしゅんと肩を落とす。

「ですが、姉上なら、来てくれると思っていました」

そう言って、笑顔を浮かべた。

「私も、アレクなら、待っていてくれると思ったわ」

仲良し姉弟だもんね!

密旨でアレクが城を留守にするにしても、私に急ぎで伝える必要はない。でも、そうした。なので、間に合うよう、出立前に会いたいって意味も含んでいると私は踏んだ。

もちろん、私はアレクが密旨で出立するなんて知らないはずだから、たまたま、アレクと遭遇しなくちゃならない。

で、実際、遠駆けに行こうとしていたアレクに、散歩中、期せずして出会ったというストーリー!

「ペウツ! お前にも礼を言う。よくやった」

アレクがガイにねぎらいの声をかけた。

「もったいないお言葉です!」

クリフォードと何事か話している様子だったガイが、急いでアレクの前まで走ってきた。気のせいかな。クリフォードから離れてほっとしたようにも見える。殺気を向けられたって言っていたし、そのせいで戦場仲間とはいえ、クリフォードが苦手になったのかも。

「けれど、アレク。新兵に無茶をさせすぎだわ」

ガイが練習室までたどり着けたのは、正直、運が良かったからだと思う。練習室の扉の前にこそ、兵士は配置されていなかったけど、そこへ行くまで。廊下を区切る扉には、区間ごとにきっちり兵士が立っている。絶対何回かは呼び止められたはず。

「姉上ならば、私の意を汲んでくれると思ったので。問題はあったか? ペウツ」

「あ、いえ……」

ガイが一瞬、言い淀む。

「何も、問題はありませんでした。オクタヴィア殿下にのみ、言づてもお伝えしました」

「それを聞いて安心した。ご苦労だった」

「は!」

「姉上。言づての内容についてですが――」

一旦、言葉を切って、チラリとアレクがクリフォードに視線を走らせた。密旨のことを、この場で知らないのは、クリフォードだけなんだよね。ランダルは、遠駆け一行の中に入っているから当然として、私への使いだったガイも、もちろん。

アレクは密旨を父上から下された当人だし。

「あの者を、下がらせてくださいませんか?」

アレクの言う、あの者とは、クリフォード。私も他のことだったら、アレクの言い分をほいほい聞くんだけど……。このアレクのクリフォード嫌いも含め、今度二人で話しましょうって予定だったのに、吹っ飛んじゃったからなあ。

「クリフォード。この場で見聞きしたことは、他言無用よ」

「承知しました」

クリフォードが表情を変えず、頭を垂れた。

「これなら、良いでしょう? 下がらせる必要はないわ」

「……良くはありませんが、姉上を信じます」

深いため息をついたアレクが、むすっとした口調ながら、そう言ってくれた。

「ありがとう、アレク」

ついつい、手がアレクの頭髪に伸びてしまう。でも、やんわりと阻止されてしまった。

「姉上。いいですか。子ども扱いしないでください」

「……ごめんなさい。――アレクは、いつまで城を離れるの?」

「十日ほどです。場合によっては、延びるかもしれません」

今回のことは、アレクも本当に急に知らされたらしい。密旨を遂行するにあたって、付き従う人間の人選も、すべて父上が予め決定していた。必要なものも揃っていた。だからこそ、迅速な出立が可能になったとも言えるけど……。

アレクに頼まなければならない内容で、かつアレクの不在を城では伏せる……。

臭う。怪しい臭いがプンプンする!

父上がアレクに重大事を任せた、のは間違いない。いままでのアレクに対する父上の態度を思えば、喜ばしいこととはいえ――。

「どこへ向かうかは、姉上でもお教えできません。さすがに、密旨の内容を漏らすのは……」

「そう……」

「――姉上が知る必要があるとおっしゃるなら」

「内容なんて、どうでもいいわ」

密旨を受けたことを私に教えるのも、たしかに父上の意には反することで、ささやかな反抗ではある。ところが、密旨の内容まで明かせばささやかどころじゃなくなる。無理矢理アレクに言わせるなんてとんでもない。それに密旨の内容自体より、気になるのは。

「わたくしが知りたいのは、アレクに危険があるか、ないかよ」

「姉上……」

アレクが小さく笑う。

「私より、姉上のほうが心配です。離れていては、側で姉上をお守りできません」

「その気持ちだけで充分よ」

「気持ちだけでは……」

「なら、無事に、密旨を果たして戻ってきてちょうだい。アレクがいないと寂しいもの」

「十日で、ですか?」

「そうね。きっかり十日でよ。延期は駄目」

「わかりました。姉上。指切りをしましょうか」

「あれを……? ここで?」

「はい」

頷いて、アレクが右手の小指を私に示して見せた。指切り。こんな風習はエスフィアにはない。出所は私。前世の記憶より、日本の風習。「指切りげんまん嘘ついたら針千本飲ます」の呪文と共に小指を合わせて、約束を守る証にする。アレクと私の間でしか通用しないと思う。たぶん端から見たら意味不明。呪文も怖いし。でも、アレクはこれ、すごく気に入ってるんだよね。

私も小指を作る。小指同士を曲げて絡み合わせ、呪文を唱える。

「指切った」

アレクが満足げに小指を離した。

「十日で必ず帰ります。十三日後は、姉上の恋人の披露目ですしね」

「そうね……」

偽の恋人のお披露目。もうアレクも知っているとは!

そして父上に宣言してから一夜明け、もうその日まで二週間を切ったという事実!

「その前に、姉上と二人で話したいこともありますから。それは、姉上も、でしょう?」

「ええ。密旨のことがなければ、今日にでも話をする予定だったのに、残念ね」

父上に最高のタイミングでわざと邪魔された気さえしてくる。

「いま、話せることは何かあるかしら?」

私のほうは、偽の恋人相談と、クリフォードについてだから、ちょっとできなそうだけど。アレクはどうかな。

「――一つだけ」

お、あるの?

アレクが少し躊躇った後、口を開いた。

「……姉上は、故キルグレン公にお会いしたことはありますか?」

キルグレン?

まったく予想外の質問だった。

「赤子のときに、お会いしたことはあるかもしれないけれど……会っていないのと同じね」

キルグレン公というのは、故人。父上の叔父。私とアレクからすると、大叔父。祖父の弟にあたる人。キルグレン公ルファス。ルファスという名前より、キルグレン公としての呼び名のほうが有名。これは一代だけの特別な称号で、キルグレン公は前々代のナイトフェロー公爵でもある。

「私が生まれた日に、キルグレン公は亡くなったと」

「病死と聞いているわ」

その死に関して、きな臭い話はない……と思う。八十歳を越えていたらしいし、むしろ大往生じゃないかな。老衰だよね。

「私が、キルグレン公に似ているということはありえるでしょうか」

「どうかしら」

祖父の肖像画は城に飾ってある。でも、弟であるキルグレン公のものはない。あるとすればナイトフェロー公爵家? 肖像画ほどかちっとしたものではなくても、素描のようなものなら、探せばどこかに埋もれていそうなものだけど。

「アレク、何故そんなことを?」

「父上が、キルグレン、と呼んだので。そのとき――」

呼んだ? アレクのことを? 今日、密旨を下された、その時に? でも、仮に似ているのだとしても、年若いアレクと、老衰で亡くなったキルグレン公を見間違える、なんてことは、父上に限ってない、よね?

アレクがかぶりを振った。苦笑いが浮かんでいる。

「たぶん、考えすぎですね。父上のこととなると、どうも、些細なことでも気になってしまうみたいです」

「アレク……」

「それよりも、密旨を果たすことを、考えることにします。姉上も、こうして見送りに来て下さいましたし。――そろそろ、行かなくては」

名残惜しいなあ……。

「……そうだ。念のためですが、私がいない間、今回のことで、もしペウツが何らかの叱責を受けるようなことがあれば、姉上にお任せして良いですか?」

「守ればいいのね?」

なんたって、アレクが青田買いした兵士だもんね! 万が一のときは、王女権力を全力で発動します!

「はい。お願いします」

しばらく沈黙が落ちて、アレクがそれを破った。

「それでは、姉上。最後に祝福をいただけますか?」

「もちろんよ」

日本人的な感覚も残る身としては、どうにも恥ずかしいんだけど。

これは、エスフィアの風習。期間は問わず、どこかへ旅立つ者に対して、道中の無事と家への帰還を祈って、頬にキスを送り合う。

順番は、送り出す者が先で、旅立つ者の右の頬に。旅立つ者は、後で、送り出す者の左の頬に。

アレクの右の頬に、唇を寄せる。

お返しに、私の左の頬に、アレクの唇が。

「!」

瞬間、静電気のようなものが、唇が触れた箇所に走った。冬でもないのに……。アレクも痛かったんじゃないかと離れてゆく顔を見ると、アレクのほうは、何も感じなかったみたい。

あれ?

「……姉上?」

どうかしましたか? と視線が問いかけてくる。

出立するアレクに、悪戯に不安にさせるようなことをわさわざ言うことはないよね。

私は言葉を呑み込んだ。

「いってらっしゃい、アレク」

それだけを、告げる。

「いってきます、姉上」