軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

163

自室に向かうより、たまたま近かったのが、『祈りの間』だった。

クリフォードと室内に入り、向かい合う。

「――説明するわね。わたくしは、先程媚薬入りの炭酸水を飲んだかもしれないわ」

証拠として、飲み残しの杯は部屋の机に置いた。杯と一緒に、『黒扇』も。

「それで、あなたに命令よ。わたくしがおかしな真似をしたら――」

原作のセリウスみたいに、私を手刀でも首筋に打ち込んで気絶させて、と言おうとしたときだった。クリフォードだったら、そんなの簡単なはずだから。

「っ」

……甘かった。『祈りの間』まで歩く間も、中に入っても、身体に異変はなかった。だから、クリフォードに説明をしながらも、ただのピンク色の炭酸水だったんじゃないかって、思い始めていたほどだった。

でも、やっぱり媚薬入りだったみたい。

実地でわからされている。創作物では、山と読んでいた媚薬の効果……。あんなの、理性があれば我慢できるでしょ? なんて思っていた時期が私にもありました!

しかも、徐々にじゃなくて、急に来た。

原作でもこうだったとか……?

自分の心臓が鼓動してる音が、やけに大きく聞こえる。息苦しいような感覚もして、深呼吸してみたけど、全然効果がない。

ただ――クリフォードに近づくのは危険だっていう意識は、かろうじて頭の中にある。

「離れ……」

離れようとしたのに、足元がふらついた。何かに寄りかかろうとする。とりあえず、近くにあるものに捕まろうとして、クリフォードに抱き留められる。

離れるどころか、その逆になった。

――一刻も早く、伝えないと。

何とか、冷静さをかき集めて口を開いた。

「媚薬が、効き出したみたい……。わたくしを気絶させて、くれる、かしら?」

原作みたいに、気絶という応急処置をしてもらえれば。ルストが解毒薬を持ってくるはず。

話したら、ちょっと楽になった。喋っていたほうが、媚薬の効果が薄れる感じがする。

頑張った、私! と思った。

すぐに手刀かなんかで実行してくれる、と私は疑ってもいなかった。

「それは……」

だけど、クリフォードが口ごもった。

本当に、困った、という顔をしている。

全然、実行されない。

――命令したのに、何できいてくれないの?

腹が立って来て、ポカポカとクリフォードを叩いた。……ビクともしない。ムカつく。

クリフォードが息を吐いた。息が頬にかかって、震えそうになる。

「……じゃあ、『祈りの間』から出て行きなさい」

だって、このままクリフォードといたら、私が襲っちゃうかもしれないし。

だから、これが最善のはず。

「…………」

でも、これに対しても、クリフォードの反応は鈍い。濃い青い瞳が私を見返しているだけ。揺れている。変なの。普段だったら即座に従うはずなのに。

不思議に思っても、そのことに――クリフォードが出て行かないことに、どこかほっとしている自分がいた。

媚薬のせい?

「……やっぱり駄目よ」

思ったことをそのまま口にしてしまう。

「――一人は嫌」

普段だったら、絶対に言わないようなことを、吐露していた。

「…………」

濃い青い瞳が、ちょっと見開かれた。

「――では、お側に」

ゆっくりと、クリフォードが言葉を紡ぐ。

「――ええ」

いっそ一人になったほうが、楽だってことはわかっていたのに、媚薬のせいで、判断がおかしくなっている。……クリフォードにしがみついて、やり過ごすなんて。

でも、大丈夫。私ならできる。

気を紛らわすために、色々と考えるようにする。

そのうち――間近に見える、きっちりと留められたクリフォードの制服の釦が、気になってきた。

これ。本当はこうじゃないんだよね。

――外したいな。

衝動が強く湧き上がる。

私はクリフォードの首元に手を伸ばした。

「――殿下」

でも、頭上から声が掛かって、私ははっとした。手を引っ込める。殿下、と呼ばれただけだけど、制止のように聞こえたから。クリフォードを改めて見上げる。

怒って……。

「これを外したいのですか?」

ない?

クリフォードの手が、私が衝動的に外そうとしていた釦に掛かっている。

外したいか? ――うん。

ぼんやりとした頭で、思ったままに頷く。

すると、クリフォードがその通りにした。片手で、首元の釦を外す。

――制服の襟元が緩んだ。

ちょっと満足な気持ちになった。そっか、これが正装用の制服の完成形なんだって。

でも……釦が外れて、首の傷痕が少しだけ見えた。

「……邪魔しないで」

阻止されてしまわないようにそう言ってから、クリフォードの制服の上着を掴んで、引っ張る。

……傷痕がはっきり見えた。

私は顔をしかめた。

「――お目汚しを」

クリフォードが目を伏せる。

「……違うわ」

私はぶんぶんと首を振った。そういう意味で顔をしかめたんじゃなかった。

「……消せそうだったのに。刺青」

呟いてから、夢と現実がごっちゃになっていることを自覚した。

なのに、言葉が止まらない。

「どうして、間に合わなかったのかしら」

あの夢の中で。もうちょっとだったのに。

私は真剣に考えた。

熱に浮かされたような気分のままで、必死に。

たぶん、そんなことを思いついたのは、媚薬に冒されていたせい。

少年とクリフォードを完全に同一視していたのも。

――背伸びをする。

クリフォードからの制止はない。私の好きにさせてくれている。

だから、思いついた通り、首筋の傷痕に、私はキスをした。

我に返ったのは、キスをした後。

その瞬間、右手が熱くなった。

傷痕から唇を離し、見ると、夢では左手の甲に浮かんでいた『徴』が右手の甲に浮かんでいた。光を放っている。

ど、どうすれば?

「…………」

すると、『徴』の輝く私の手を、クリフォードが静かに取った。

そこへ、クリフォードが口づける。

――光が収まり、何事もなかったかのように、元に戻る。

……あ、れ?

でも、私には明らかな違いが生まれていた。媚薬の効果が完全には消えていないんだけど、薄まった感じがする。

「クリフォード、あなた、何かした?」

「――いいえ」

かぶりを振ったクリフォードが柔らかく微笑んだ。

「――そう」

まあ、いいか。

開き直って、私はクリフォードに抱きついた。

実際そうすると、媚薬のせいなのか、心地よいから。

クリフォードの手が包み込むように背中に回ったのを感じた。

たぶん、少し落ち着いた私の状態はクリフォードにも伝わっているって、何となくわかった。