軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

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私がシル様を衣装部屋に連れて行ったので、兄が乗り込んできた。

ここまでは想定済だった。

「……まったく。せめて俺を待ってから行けば良いだろう」

ただ……想定と違う部分もある。何て言うか……それほど怒ってない?

もちろん、最初はそのつもりだったし、許可も取るつもりだった。でも、ある程度論戦の必要があるんだろうなあ、と予想していたんだけど。だから、兄が席を外していたのは渡りに舟だった。

……そうじゃなかったとしても、もしかしたら、割とすんなり行けたっぽい?

「シルの着ている服は――ああ、視察のときのものだな。……買っていたのか」

兄が室内を一瞥し、すぐにシル様に目を留めると口を開いた。

私から説明するまでもなく、シル様が試着している服と状況から、だいたいのことを察した模様。話が早くて助かる。

「ええ。シル様に贈るのはどうかとわたくしが提案したあの服ですわ。その後に騒動が起こったので有耶無耶になってしまいましたもの。シル様に似合っていると思いませんか?」

兄がシル様を今度はまじまじと見た。……渋面になった。

「似合っては、いる」

さらには渋々とそう言った。シル様に似合っているのは良いけど、その服をプレゼントしたのが私だということが気に入らないんですね、わかります! 嫉妬と、自分がプレゼントできなかったという悔しさ!

「――お前は、視察のときからシルのほうが似合いそうだと言っていたしな」

兄がため息をつく。

「ようやく兄上がシル様との面会の許可をくださったので、渡す良い機会だったのですわ。これを逃せばいつになるかわかりませんもの」

でも、兄のことだからなあ……。

「シル様も受け取ってくださるそうですわ。まさか、兄上がそんなシル様の意思を無視するなどということは――」

「……お前は、俺を何だと思っているんだ?」

心外である、と大きく兄の顔に出ている。

いや、兄よ。シル様が関わると恋は盲目を地で行ってるからね? 服だって、代理で受取り拒否しても全然驚かないよ!

まあ、この様子だと、そんなこともなさそう?

「では、シル様の採寸を続けてもよろしいですね? まだ途中だったのです」

仮止めの状態で着たまま。クリフォードの着替えが挟まったせいだけど、それは黙っていても良いでしょう!

兄が頷こうとしたときだった。

「……何故」

いままで黙っていたデレクが、発言した。兄がシル様のもとを離れていたのは、登城しているデレクとの話があったから。その話がどうなったかはわからないけど、その後も兄と行動を共にしているのは……デレクなら、普通だよね。以前と変わらない。

「オクタヴィア殿下がシルに服を?」

訝しげで、隠されてはいるものの、微かに棘の含まれた声音だった。

思わず、『黒扇』の要を握る手に、力が入った。

――私が、シル様の服に細工でもしているんじゃないかって、疑っているかのような。

それで、思い出した。

……すっかり失念してた。私がシル様に服をプレゼントするという行為が、どう見られるのか。私がフリーだったら、シル様に気がある、とも取られかねない。

恋人がいる、という体でも、別の意図が疑われる。

私は、兄とシル様の仲を表立っては応援していない。できない。だから、二人を応援している人たちは、私の行動を穿って見る。

いわゆる、兄派の人たちに疑われても、そういうものだってわかっていたから、平気だった。……そのはず、なんだけど。

言ったのがデレクだったから、結構、堪えたかも。

まだ、デレクを警戒していたときなら、違ったのにな。

「…………」

毅然と答えるべきなのに、上手く言葉が出て来ないや。

「デレク……お前」

でも、私より先に兄が口を開いた。驚愕したような表情が、すぐに変化した。

「一体どうした?」

眉間に皺を寄せ、問いかける。

するとデレクが息を吐いた。

「どうしたも何も……。セリウス、お前こそどうしたんだ? 少しでも……×△■○●●××○■▲▲。●×▲△○■?」

後半は、古代エスフィア語をアレンジした暗号会話だった。以前、ヒューが兄と使用していたもの。何と言ったのかはわからない。でも、兄の顔色が変わった。

「それは……」

「お前が以前、おれに言ったことだろう」

冷静にデレクが言い返す。

「だが、あのとき、お前は犯人が吐いた名前を聞いても、俺とは違って……!」

「? セリウス、お前、何を言ってるんだ?」

兄とデレクの会話が、噛み合ってない? 私に関することで、デレクの記憶がおかしくなっているのは確実だから……そのせい?

「――デレク」

二人の間に、シル様が割って入った。デレクの前に立つ。

「いまの、古代エスフィア語を使った会話だよね。おれも正確に何て言ったのかは理解できていないけどさ。それ、エスフィア語で言えるのか?」

「…………」

困惑した様子で、デレクが沈黙している。

「良くないことを言ったっていうのは、おれでも何となくわかる。現に、この場で堂々と言えないんだろ? ……どうかしてるよ」

吐き捨てるようにシル様が言った。

「落ち着けよ、シル。これはシルのためでもあるんだ」

「おれのため? まるでいつものセリウスみたいなこと……」

何かに気づいたように、シル様が言葉を切った。兄とデレクを見比べる。

「……デレク。前に、デレクがおれに教えてくれた、失敗談……。子どもの頃、セリウスに滅茶苦茶なお茶の入れ方を信じ込ませたって話は、覚えてる?」

「あ、ああ……?」

いきなり話が百八十度変わって、デレクが目を瞬かせたものの、頷く。クソ不味紅茶事件の記憶は、あるんだ……。

「じゃあ、セリウスにそんなことをした理由は? 覚えてる?」

「…………」

デレクが黙ってしまった。――確か、魔が差した、とかじゃなかったっけ。

「いや……そこまでは。子どもだったから、単なる悪戯じゃないか?」

「じゃあ、セリウスと昔、大喧嘩した話については?」

「……覚えてる。当然だろう。取っ組み合いの喧嘩の話だろ?」

「うん。じゃあ、これに関しても、喧嘩の原因は覚えてる?」

「子どもの頃の話だぞ。そこまで覚えているはずが……」

シル様に対し、頭を掻いて首を振る姿は、いつものデレクと変わらない。兄に目をやる。

二人の会話を聞いていた兄の顔が――ひどく険しい?

「……覚えていないはずがないよ。おれが、デレクから聞いたことなんだから。それに、デレクがオクタヴィア様を疑うなんて――あり得ないんだ」

「あり得ない? どうしてだ?」

真顔で言い返したデレクに、シル様がはじめて怯んだ。

「あのな、シル。オクタヴィア殿下だから、というわけじゃない。お前の状況を考えれば、誰であっても例外視できないというだけの話だ」

デレクが、私へ矛先を向けた。茶色の瞳が冷徹に私を見据える。

「オクタヴィア殿下におかれましては、私からの非礼となる発言をお詫び申し上げます。――しかし、どうぞご理解ください。実際、シルへの贈り物に細工が施されていることが過去にありました」

「――理解するわ」

デレクの言っていることは、間違っていない。ただ平等に疑っている。たぶん、以前はそこから私を除外してくれていただけ。いまは、私も加わっている。……それだけ。

私は被害者じゃない。デレクに何が起こったか知っている。むしろ、被害者はデレクなのに。……傷ついた、みたいな。悲劇のヒロインみたいな気分になっている自分が、すごく嫌。

「いや――今回、オクタヴィアがシルに服を贈ることに関しては、俺も認めている。デレク、お前が言い過ぎだ」

兄がデレクを窘めた。私は目を見開いて兄を見た。……正直、びっくりした。兄が私の肩を持つなんて。

……私のシル様へのプレゼントが一点物で、兄も知っていて、万が一何かあれば一発でバレるっていうのもあるかもしれない。単純に服に何か仕込まれていれば、犯人が私って明らか過ぎるもんね。……でも、デレクのことがあってからの、思いがけない兄の言葉だったから、ちょっと気持ちが楽になった。

デレクとは逆に、私への兄の当たりがやや柔らかい? いや、クリフォードの件でバチバチしていたときはともかく、基本的には普通だったような気も。……気のせいか。だって、特に兄との間に何かあったわけでもないし……。兄(記憶あり)になっている、わけでもなさそうだしなあ……。

「……セリウス。本気か?」

――兄とデレクの間に、ピリッとした空気が走る。

「おれも、セリウスと同じ意見だよ、デレク」

「…………」

シル様にも言われ、少しの間の後、はあ、とデレクが深いため息をついた。

「わたしの度が過ぎていたようです。重ねてお詫び申し上げます。オクタヴィア殿下」

「許します」

私は淡々と返した。

「ありがとうございます」

デレクも、ただ儀礼的に答え、頭を下げた。

……いまさらながらに、どうして「様」だったんだろうって思った。

デレクが私を呼ぶときは「オクタヴィア様」だった。「オクタヴィア殿下」じゃなかったのは、何かこだわりがデレクにあったからなのかなって。

顔を上げたデレクの茶色い瞳が、私を捉えた。

そのときはじめて、目が合った。

「…………?」

デレクの顔に、わずかに戸惑いめいたものが浮かぶ。

だけど、それを振り払うかのようにデレクは強くかぶりを振った。