軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

122

近づくと、地面を少し歩くものの、翼を広げることはない。……飛べない?

「それで、発見はしましたが、どうしたものかと……」

途方に暮れたようにガイが言った直後、突然レヴ鳥が翼を広げた。ただし、きちんと広げられたのは片翼だけ。

「おい、止めとけって!」

ガイがレヴ鳥に話しかけている。

『やさしいレヴ鳥のそだてかた』を借りて、レヴ鳥を育てることを目指しているガイだもんね。……このレヴ鳥、翼の片方を矢で射られたみたい。自力で抜こうとした結果、矢が折れたのかな。矢じりだけが翼に突き刺さっているのが、翼を広げられるとわかる。

レヴ鳥を覗き込んでいる私に対し、

「――どうされますか?」

クリフォードから声が掛かった。

「……助けましょう」

すると、頷いたクリフォードが、すらりと剣を抜いて――って、え? ほら、ガイも飛び退く勢いで身を引いてるし!

「クリフォード?」

平然とした答えが返ってきた。

「致命傷ではありませんが、重傷です。治療しなければ助かりません。このままでは死ぬまで苦痛が続くだけです。ですから、止めを」

そっち方向っ?

や、確かにそういう考え方もあるけど!

「それも一つの方法だけれど、もっと穏便な方法があるでしょう?」

ほらほら、ガイもぶんぶん頷いてるし!

「しかし、レヴ鳥の治療をしようとする人間など」

ここ! ここね!

「ここにいるわ。ガイもでしょう?」

「あー……。いや、自分は、本を読んで少しだけそんな血迷った考えを抱きかけていただけでありまして……」

「……何故、レヴ鳥を助けられたいのでしょうか」

「もちろん、そうしたいから」

「…………」

理解しがたい、という表情を浮かべたクリフォードに対し、

「くわえて、わたくしにはそうすることができる余裕があるからよ」

私は『黒扇』を持ってドヤ顔した。

「他の者はできずとも……ですか?」

「そうね」

頷く。まあ、一番は……私が死んで、生き返りたいって願ったときの、『あの青年』の例え話が脳裏をよぎったからなんだけど。

――あ、これ、あのときの例え話と似てるなって。

あれ、お金の問題だけじゃなくて、自分がどういう状況かってことでもあるんだよね。

前世でいうと、朝の登校の時間、しかも期末テストの日! 遅刻なんてしたくないってときに交通事故にあった動物を見つけるのと、特に予定のない日の放課後に見つけるのとでは、ハードルが全然違うもん。

そしてわたくし、このオクタヴィア!

レヴ鳥への忌避感なし! むしろ日々『黒扇』に癒やしてもらっている! もはや私にとっては必須アイテム! その『黒扇』の生みの親がレヴ鳥ですよ!

色だけなら烏に似てる。でもこうして近くで見ると烏っぽくはないというか……。やっぱり姿形はまったく一緒ってわけじゃない。羽根のふわふわ感、は、烏がどうだったかわからないから、比較はできないか。――とにかく、実物のレヴ鳥を見ても、やっぱり不吉だとは感じなかった。

しいていえば、レヴ鳥が空を飛んでいるときに聞こえる鳴き声? あれは独特。夜中に聞こえてきたら不気味かも。

「……この子は運が良いわ」

矢に射られたことは不運だけど。

運が良い、なんて。

『運が悪かったよね』

そう言われた私が、反対のことを口にするのは、変な気分だった。

「殿下のおっしゃるとおりに」

クリフォードが剣を鞘に仕舞った。

うんうん。その剣の柄には、黒い羽根の飾り房が揺れているもんね。その剣でレヴ鳥に止めを刺すのは、なし。

「で、では自分がレヴ鳥を捕――」

が、レヴ鳥はガイからちょこまかと傷ついた片翼と無事なほうの翼を動かしながら逃げ回る。すばしっこい。

お、私のほうに来た。いっそのこと、自分で捕まえたほうが早いかも! 厩舎は馬は当然として、鶏なんかも飼っている。獣医師も常駐していた。

とはいえ――一抹の不安がよぎる。……レヴ鳥も、診察してもらえる、よね? 万が一拒否されたときは、王女権力でごり押しだ!

屈んで、突進してきたレヴ鳥に両手を伸ばす。が!

ひょいと、横からクリフォードが怪我をしたレヴ鳥を掴んで、片手で捕まえた。一度だけ暴れる様子を見せたものの、すぐにレヴ鳥は翼を閉じて借りてきた猫のように大人しくなった。

これもクリフォードのチートの一種とか? 鳥使いの才能がある?

抱えられながら、私のほうを見たレヴ鳥が首を傾げる。

……レヴ鳥って、目の色、青みがかった灰色なんだ!

「こいつ、珍しい目の色をしてますね」

ガイが、思わず、という風に口を挟んだ。

「そうなの?」

「はい。普通は茶色です。……あ、自分がそいつを運びます! ご、護衛の騎士殿に持たせるのは恐れ多く……!」

そうかな? いや、兵士のガイからすると、護衛の騎士であるクリフォードを働かせているってことに抵抗があるのかも。

「じゃあ、お願いするわ」

クリフォードに目配せをする。目礼したクリフォードがガイにレヴ鳥を渡した。

恐る恐る受け取ったガイが、クリフォードを真似てレヴ鳥を片手で持つ。

「痛って!」

が、手首を嘴でつつかれた。「確か、持ち方……。持ち方が本に……。こう……」と呟き、結局、両手で持つことにしたみたい。レヴ鳥も大人しく、持ち方に不快感を覚えているでもなさそう。これが『やさしいレヴ鳥のそだてかた』の実力……! 私も借りて読もう。

ふう、とガイが安堵の息を漏らした。

「――厩舎に行きましょうか。レヴ鳥を診てもらわなくては」

「は! お供します!」

ガイが元気良く返事をする。

――その時だった。

重い音が、した。音がした方向を振り返る。

「!」

脇門の跳ね橋が、動いてる!

同時に、門を閉ざしている柵が動き始めた。

ガイも愕然とその様を凝視している。驚いていないのはクリフォードだけだった。ただ、その方向に注意を払っている。

やがて、柵があがりきり、跳ね橋が、道になった。

跳ね橋で見えなかったその向こうに――二つの人影があった。

二人とも馬に乗り、外套についた頭巾を深く被っていた。馬が、跳ね橋を渡る。先頭の人影が、橋を渡り終えてすぐ、頭巾を取り払った。

……きっと、そうだよね?

期待が、胸に広がった。

頭巾が下ろされると、零れ出たのは金髪。そして、顔が、はっきりと見えた。

綺麗なエメラルドグリーンの瞳を持つ、天使な私の弟だ。

――アレクだった。

アレクと、目が合う。

胸に熱いものが込み上げて、いても立ってもいられなくなった。

「アレク!」

「姉上!」

医師の言葉は、頭から吹き飛んでいた。

私はアレクに一直線に駆け出した。

そんなに距離はないのに、遠く感じる。

もう少し。もう少し――。

私は馬を下りたアレクに思い切り抱きついた。

「…………」

アレクが両腕を広げて私を受け止め、ぎゅっと私を抱きしめ返した。肩口に顔を埋められる。アレク……身体が、震えてる?

「アレク……?」

ポンポンと、アレクの背中を宥めるように私は叩いた。

「……何か、あったの?」

肩口に顔を埋めたまま、アレクが小さく首を振った。

「いいえ。何も」

もう一つの人影は、アレクの護衛の騎士のランダルだった。馬から下り、頭巾を外して無言で待機している。何もないって……行きは、もっと人数がいたのが、二人だけになっているのに?

アレクが繰り返した。

「何も、ありません。密旨も、無事に終えました」

でも、と言葉が紡がれる。

その声は弱々しかった。

「姉上との約束を守れませんでした。指切りをしたのに」

「無事に戻ってきたわ」

「十日では、戻れませんでした。ごめんなさい」

「……いいのよ」

「…………」

アレクが黙ってしまった。……落ち込んじゃってる。

私はアレクの頭を撫でた。急いでいたことが窺える。金色の髪は砂埃に塗れていた。

「……じゃあ、針を千本飲ませて欲しいの?」

指切りの呪文がどういう内容なのかは、アレクも知っている。

「姉上が、飲めというなら」

飲めないし! 仮に飲めても死ぬし! あと、針を千本用意するって大変だからね?

「そんなことをしたら死んでしまうわよ?」

沈黙が落ちた。

「……ん……ほう……」

アレクの声が小さすぎて、何を言ったのかは聞こえなかった。

「いいこと? わたくしはアレクが死ぬなんて嫌よ。だからアレクが針を飲むと言っても許可なんてしないから」

「私も、姉上が死ぬのも、傷つくのも嫌です」

からかって笑い話にするつもりで針千本の話題を出したのが失敗だったな。「針千本なんて嫌です」って答えるだろうって安易に思ったのが、そもそもの間違いだった。アレクは真面目だから……。そこが良いところでもあるんだけど。

「……ねえ? アレク」

「……はい」

「指切りの約束のことより、まずわたくしに言うことがあるでしょう?」

「…………」

ゆっくりと、アレクが肩口に埋めていた頭をあげた。私から身体を離す。

顔を見ていない期間は、それほどではないのに、随分会っていなかったような錯覚を覚えた。任務を果たしたせい? 出立したときより、アレクが大人になった風にも感じる。

「――姉上。私はアレクシスですか?」

アレクが、泣き出しそうな顔で、奇妙な問いかけをしてきた。

「何を言って……」

私は言葉を切った。父上が下した密旨のせい? どこに行っていて、そこで何があったのか、アレクは言わないだろうけど……。

「ええ。アレクシスよ。それ以外の何者だというの?」

私にできるのは、質問に肯定することだけだった。アレクシスがアレクシスじゃなかったら、一体誰だっていうの。間違えようがないことだもん。

「――はい」

深く、アレクが頷く。

それから、ようやく笑顔を浮かべた。

「――ただいま、もどりました。姉上」

待ち望んでいた言葉が、アレクの口から紡がれる。

うん。これが聞きたかった。

ようやく、実感できた。

「おかえりなさい、アレク」

私も、笑顔を返す。

披露目の日、前日。

私の弟が、帰ってきた。