軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

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口数少なく、私たちは『開かずの間』を後にした。デレクは考え込んでいるようだったし、私も情報を全然整理し切れていなかった。いっそ、まったく動じていない普段通りのクリフォードを見ると、安心したほど。

息を吸い込む。

光のほとんど入らない場所にいたせいで、より外の空気が美味しく感じられた。

お茶会に『開かずの間』と、結構時間を費やしていた。

もう、夕方なんだ。日が赤い。

そんな中、ナイトフェロー公爵家別邸の庭園を散策していると、だいぶ気持ちも落ち着いてきた。夕焼け色に染まり、晴れ渡る空の下、鳥の鳴き声がして、木々や花々が風でさわさわと音を奏でている。

……あ。

薄紅色の花びらが、ヒラヒラと舞っている。

庭園の中に、それを発見して、私は近づいた。

一本のカルラムの木。ルシンダ様が植えたやつだ。

視察のときに、カルラム並木を歩いたせいかな。こんな風に、やっぱり桜そっくりだなあって、ただ思えるのは。

クリフォードから返してもらった『黒扇』を開いて、カルラムの木を見上げる。

目を閉じて――開く。

うん。何も変わらない。ここはエスフィアだ。私はナイトフェロー公爵家別邸にいる。

カルラムの木に背を向ける。

――と、視界に入ったクリフォードの様子に、ちょっとだけ違和感を覚えた。私が煩わしくないように、絶妙な感じで控えているのは変わらない、んだけど。

気遣い……心配、みたいな?

そういった感情が、濃い青い瞳に宿っている風に感じた。

私の思い込み? ……だとしても、なんで、そんな風に思ったんだろう?

『――サクラ』

その声で、思考は中断された。

……びっくり、した。

呟きの主であるデレクへと、身体ごと振り返る。

「合っていましたか? オクタヴィア様が使っていたあの呪文。あれだとカルラムの木はサクラ、と言うのではありませんか?」

その通り、だった。だけど、デレクが日本語に兄ほど精通しているとは思えないし――。

! すぐに、ある答えに思い至った。犯人は子どもの頃の兄! カルラムが日本語では桜だって、理解していてもまったく不思議じゃない。

「昔、兄上から聞いたのね?」

「――ええ」

夕日に染まりながら、目を伏せたデレクが微笑んだ。

「セリウスからです。それで? 正解でしたか?」

「正解よ」

でも、日本語――呪文の話をデレクがするなんて意外。……おじ様は好意的だったけど、あの頃、デレクは気に入らないって感じに顔をしかめていたのに。「なんでエスフィア語を喋らないんだよ?」って。口にはしなくても顔に書いてあった。

デレクがその場からカルラムの木を見上げた。

風が吹く度に、そこから花びらが舞う。

「カルラムの木がお好きなんですか?」

……好きかって? どうだろう。

再度、桜そっくりのその木へ顔を巡らせた。

「好きで――」

言葉を切る。

桜を思わせるって意味では、すごく好き。懐かしい気持ちになる。日本にいる気分になれるって意味でも。

特にこの別邸は、別格だった。庭園は、世界が違っていても差異がほとんどない場所だから。私は日本にいて、西洋風の豪華な庭園に迷い込んだだけだって、自分を騙しやすかった。

「嫌い、かしら?」

桜に似ていても、どうあっても桜じゃない。だからこそ、ここはエスフィアで、お前は戻れないって思い知らされるって意味では、嫌い。

デレクが瞬きした。ふっと笑う。

「奇遇ですね。おれも同じです」

デレクもカルラムが好きだけど嫌い?

「――咲いているのを見るたびに、思い出すことがあるので」

表情からは、嫌な思い出、というわけでもなさそうだけど……。

また、薄紅色の花びらが舞った。

「それで? おれと二人で話したいこととは何ですか?」

デレクが浮かべていた笑みが、切り替わる。

「厳密には二人ではありませんが、アルダートンは数えないものとしましょう」

キルグレン公の若い頃の肖像画を発見した時点で、別邸を訪問した私の第一の目的は達成できていた。――架空の結婚式の絵とその作者の名。……思わぬ発見もあった。

ただ、この件に関して、デレクと本音で話し合うのは無理だった。どうしたって、ある程度、になってしまう。私が嘘偽りなく話すなら、『あの青年』のことを避けては通れないし、一方は父上とエドガー様に関わることでもある。

それに、後者に関しては、臣下の立場から、デレクは想像を口にすることはないだろうと思う。でも、同じ結論にたどり着いてはいるはず。デレクは、私とエドガー様の生家を訪れている。家族が描かれた絵も見た。エドガー様のご両親の様子も、知っている。

私は小さく、ため息をついた。『開かずの間』の余韻を吐き出すように。

それから、前を向く。

――動揺したからって、城にすぐ帰るわけには行かなかった。

まだ、もう一つの目的は未達成だって、頭の中にはあったから。

ただ、さすがにあの部屋で切り出すのは不可能だった。あの後すぐに、「私の偽の恋人になって!」なんて、私の気持ち的にも。

でも、いまを逃すと後は先延ばしになるだけなんだよね。

……どう、切り出そう。

「オクタヴィア様の話とは、視察……事件に関してのことですか?」

昨日のことなのに、デレクと私の間で、不自然なぐらい避けていた話題だった。お茶会でルシンダ様と話した中で、部分的に出たぐらい。デレクも、表面的な顛末は知っているはず。

でも、ヒューの動機までは? 私が勝手に語って良いものか……。別の……兄の記憶が一時的に戻ったらしいことは、話しておくべきかも。

「――昔の兄上から、手紙が届いたわ」

「!」

言葉通りに捉えたなら、意味のわからない話。でも、たぶん、デレクには私の言いたいことが通じる。記憶を取り戻した兄からだって。

はあ、と息を吐いて、デレクが前髪をクシャリと掻いた。

「おれにも届きました。オクタヴィア様はヒューの行き先に関しては?」

「いいえ」

こんな風に訊くってことは。

「……デレク様も知らないのね」

「残念ながら。人をこき使うようなことは色々と書いてありましたが」

ただし、移送されたこと自体は把握してるんだ。

「――ヒューの、動機に関しても?」

「あれが、セリウスを裏切ったのではなく、忠誠ゆえだとは」

「そう……」

認識も、同じだ。

「わたくしは、ヒューの移送先が知りたいわ。デレク様は?」

「そりゃあ可能なら知りたいですよ。いまのセリウスも知らないようなので」

そうなの? 父上は兄も知っているって……いや、あれって兄(記憶あり)のほうを指してたのか……。

私は決意を新たにした。偽の恋人役を頼むのは、ヒューのことに関しても事情に通じているデレクしか、いない!

「――父上は、披露目の日にわたくしが恋人を紹介した後なら、ヒューの居場所をわたくしに教えると言っていたわ」

「披露目……ああ、そうでしたね」

デレクが苦笑いをした。

「では、あと数日待てばいいわけですか」

正しいけど、ちょっと違う。

「ただ日数が経過して披露目の日を迎えただけでは条件を満たさないわ。わたくしが恋人を紹介したら、よ」

「?」

わけがわからん、という顔をデレクがした。

わかる。

――正直、勇気がいった。この場で暴露するということは、デレクにはもちろん、クリフォードにもバレるということ。でも、もう背に腹はかえられない……!

息を吸い込む。

「――その肝心の恋人は、いないのよ」

私はついに、言った。

「…………」

茶色の瞳を見開いて、デレクが固まった。

そんなに驚くこと? いや、だってデレクは、準舞踏会で「オクタヴィア様には、そもそも恋人はいない」って言っていたっていう友人の話を私にしてきたからね? そういうパターンも予想しているものだと!

でも、躊躇っている場合じゃない。私は畳みかけた。

「だから、デレク様にはわたくしの偽の恋人になって欲しいのよ」

よーし。言った! 言ったよ!

ところが。

「――本当に、恋人はいないんですか?」

デレクの視線が別のところへ逸れ、私へと戻ってきた。

「理由があって、公表したくない――隠したいのではなく?」

「いないわ。何故そう思うの?」

「何故って――」

一旦言葉を切ったデレクが、

「……何故でしょうね?」

はぐらかすような笑みを浮かべた。

ついで、言葉を続ける。

「とにかく――おれに偽の恋人になれと?」

「そうよ。披露目の日に、わたくしの恋人として紹介されて欲しいの。もちろん、一時的なものよ。デレク様に好きな……」

好きな人が出来たらいつでも止めてもらって――と続けようとして、重要なことを見落としていたと私は気づいた。

デレクに婚約者はいない。準舞踏会で「恋をしているのか」って尋ねたときは「恋とは無縁」って言ってもいた。

……ただ、それはあくまで表面上のこと。

実はデレクに恋人や好きな人がいた場合、こじれない? 一応、誰かとお付き合いしているだとか、あれば噂が届くはずだけど。それがないとはいえ、デレクがうまく隠しているだけって可能性も……。

「恋人はいません」

察したデレクが答えてくれた。

「じゃあ、好きな方は?」

「いませんよ。それと――」

それと?

「――わかりました」

へ。

驚いた勢いで、『黒扇』を閉じてしまった。風で周囲をヒラヒラと舞うカルラムの花びらの動きが、スローモーションのように感じる。

「おれで良いなら、お引き受けしますよ。オクタヴィア様の偽の恋人役」

「!」

やっ。ぐっと両手で拳を作る。引き受けるって、言った?

「……本当に?」

私は念押しした。後悔しない?

「本当です」

頷いて、デレクが答えた。

でも、もう一回確認しておかなきゃ。

「……よく考えたのね?」

だって、考える時間が短過ぎない? デレクからすれば気軽に引き受けられるオファーじゃないと思うんだけど。私だったら、最低でも丸一日は必要……。

ぷっとデレクが吹き出した。

「大丈夫です。よく考えました」

疑わしい……。

笑いを収めたデレクが、真面目な顔で続けた。

「――重要な問題ほど、案外すぐに決断できるものなんです。どうすべきか、はっきりわかるので」

だから、引き受ける方向で即決できたってこと?

「ですから、ご安心ください」

ようやく、私にも実感が湧いてきた。

やっ。の続きがこれで言える! やった!

「ありがとう、デレク」

飛び上がりたい気持ちを抑える。かわりに、心に浮かんだそのままの言葉を伝えた。

「どういたしまして」

カルラムの花びらが舞う中、夕日を浴びたデレクが胸に手をあてて一礼する。

――こうして、私はデレクという偽の恋人役を得た。