軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

11

――かくして、本日の夕食会、終了。

せっかく料理人が腕を奮ってくれた料理だったのに、途中から味がわからなくなってた。

完食したけどね!

預けていた扇を給仕に返してもらい、私は早々に晩餐室を出た。歩きながら、さっそく開く。現実逃避。

羽根のふわふわ、良いよね……。はあ。

「殿下。このまま陛下のもとへおいでになりますか?」

でも、その問いで現実に戻った。低めの美声だ。

私は立ち止まり、クリフォードを振り返った。

これが『主』効果なのか、クリフォードは私に対して自発的な発言をするようになっている。夕食会へ行くときから、もうそうだった。会話は人間関係の第一歩だもんね!

「そうね……」

当たり前だけど、夕食会でのあのやり取り、ばっちりクリフォードにも聞かれていたんだよね……。

本音を言えば、一旦部屋に戻って小休止したい。ついでにそのまま忘れてしまいたい……!

今日したくないことは明日に延ばしてもいいと思う!

――でも父上のご命令には逆らえない。

クリフォードの言うとおり、父上のところに直行かなあ。

「姉上」

その呼びかけに、私の顔が自然と綻んだ。私を姉と呼ぶのはたった一人だし、この声は聞き間違えようがない。

「アレク」

同じく、晩餐室を出たアレクは、私を追ってきてくれたらしい。距離をおいて、アレクの護衛の騎士が廊下の隅に立っている。

「姉上にお聞きしたいことが」

私の前に立ったアレクが、言葉を紡いだ。

「姉上の好きな者というのは……誰ですか?」

「…………」

――困った。

アレクには本当のこと言ってもいいんだよね。というか言いたい! ものすごく言いたい! 鍛錬場では誤魔化したけど、あのときと比べると、明らかに状況が悪化している。

もういっそ相談に乗って欲しい!

でも……。

ちらりとクリフォードに視線を走らせる。すると目が合った。私を見返している。

やっぱり『従』として、なのかな。自発的に話すことになったのに加えて、護衛する距離が前より近いんだよね、クリフォード。

これじゃ、たとえアレクに小声で話しても、クリフォードに聞かれてしまう可能性がある。

そして私の打ち明け話――『兄の発言にカッチーンと来て、いもしない恋人がいる宣言を兄にしました!』をアレク以外に聞かれるのは不味い。

いや、クリフォードを信用していないとかじゃなくて、私の見栄をさらせるかどうかという、そういう問題であって……そうなると、弟のアレクしかいないんだよね。

もちろんできれば……できれば! アレクにも隠しておきたいんだけど、そうも言っていられないこの事態。

ちょっと空気読んで、どこかに行ってくれない? クリフォード。

目は合っているわけだし!

通じよ! 『主』と『従』の以心伝心!

「…………」

「…………」

延々と見つめ合う。こ、これって、視線を逸らしたほうが負け?

つ、通じない……。

「姉上」

私が膠着状態に陥っていると、アレクがやや冷たい声を発した。う。そりゃ怒るよね。質問にも答えず、クリフォードと以心伝心を試みた結果がこの体たらく。

アレクに向き直る。

「ごめんなさい。アレクを無視したわけではないのよ。ただ……」

「……ただ?」

そうだなあ……。考える。思いついた!

「ただ……ここで話すことではないの。後日、機会を設けましょう。アレクの部屋を訪ねるわ。たまにはいいでしょう?」

「……何か、理由があるということですね?」

さっすがアレク!

「ええ。そうよ」

アレクが息を吐いた。

「では、そのように。ただ」

今度はアレクが、ただ、と条件をつけた。

「そのときは、そこの……姉上の護衛の騎士には席を外させてください」

家族間であっても、互いが互いの部屋を訪問するとき、護衛の騎士も入室するのは珍しくない。さすがに、室内側の扉の脇にひっそりと控えている程度だけれども。

兄だって、用事があって私の部屋を訪ねる際は、毎回護衛の騎士を伴っている。

王家の歴史的に、いろいろあったらしい名残っていうのかな。家臣よりも兄弟のほうが信用できないこともある、みたいなね。

だけど、私とアレクが互いの部屋で話す場合は、護衛の騎士には部屋の外で待機していてもらうことが多かった。相手がアレクなんだから、室内で一人でいるのと一緒。護衛される必要なんかなかった。

今回も、いつも通りになるといえばそう。

私としても話したい内容が内容だし、アレクのつけた条件は渡りに船だった。

――とはいえ、これまでアレクはこんなことをわざわざ言ってこなかった。クリフォードを警戒してるなあ……。やっぱりターヘン出身ってところがネックなのかな。

ちょうどいいや。その辺の理由も、今度アレクに訊いてみよう。

「わかったわ、アレク」

父上の執務室には、実はそんなに足を運んだことはない。

出入り口である扉の両隣には、この執務室の扉を守るためだけの兵士が二人配置されている。話は通っていたようで、私の姿を見るなり、彼らによって扉が開けられた。

私は強い味方の扇を強く握りしめ、室内へ足を踏み入れた。

内部は、質実剛健っていう感じの部屋になっている。謁見の間が金や銀で豪華に飾り立てられているのと比べると、正反対の趣。父上の前の代の国王――私の祖父だけど、宝石の収集コレクターで浪費家だったから、その反動かな。

父上は、執務机に向かっていた。書状を手に、目を通している。

そして父上以外に人がいない。………これからする話の内容はたぶん私の恋人について、だろうから人払いをしたのかもしれない。普段は国王付の護衛が何人もいる。

「よく来た、オクタヴィア」

書状を置き、父上が私のほうを見た。

私は返事のかわりに、軽くお辞儀をした。次に、扇を開いて装備!

……ところで、後ろで扉が閉じた気配がない。ドレスのスカート部分に風が入ってきてスースーするんだよね。兵士の二人は何をやっているんだろう?

「――それから、いい機会だ。お前も入るがよい」

父上が私の背後に呼びかけた。依然として扉は開いたまま。

私の後ろにいる人間は三人。

クリフォードと兵士の二人。

父上が呼びかけたと思われる人物は――この場合、クリフォードだ。でも、クリフォードの足音がしない。動く気配皆無! 扉が閉まる気配も皆無!

これはあれか。アレクに名前を尋ねられたときと同じ。

私が『主』であり、私の護衛だから、私の命令しか聞かないっていうクリフォードのポリシー?がこんなところでも!

だけど、クリフォードに呼びかけたのは父上。国王だ。さすがに従わないのはダメでしょう! 『従』らしいって言えばそうなんだけど!

私は開かれた扉を顧み、命じた。

「入りなさい、クリフォード」

「――は」

ようやくクリフォードが動いた。執務室へ。兵士たちが扉を閉める。

完全に扉が閉じ、クリフォードがその側――こういう場合の、護衛の騎士の定位置に立つ。

私は開いた扇で顔の半分を隠し、父上の動向をドキドキしながら窺った。

父上が口を開いた。

「お前の護衛は――よくやっているようだな」

これは……セーフ! セーフだね! クリフォードのことは、護衛対象に忠実と捉えてくれたみたい。素直に受け取るよ父上!

「クリフォードですか? はい」

「……名前を呼ぶほど親しいのか?」

「彼がわたくしの護衛の騎士に就いてから、三ヶ月経ちます、父上。名前ぐらい、呼ぶでしょう」

知ったのも、呼び出したのも、まさに今日からですけど!

「長く――続いているようでもあるな」

言われてみれば。

三ヶ月で長いと思われるなんて、異常なことなんだけどね!

だから父上もクリフォードをこうして執務室についでに呼んだのかも? 激励のためとか?

「そうですわね。とても嬉しいことです」

これには本当の笑顔がつい出た。

だって、クリフォードが辞める心配をする必要がなくなっているから!

父上は、娘の輝くような無邪気な笑顔を目にしたというのに、何故か渋い表情でトントンと執務机を左手の人差し指で叩いた。

父上、ひどくない?

「そうか――」

右手で顎をさすり、父上はある質問を私に放った。

「ならば、オクタヴィアよ。クリフォード・アルダートンを引き抜きたいと言ったら?」

な! 激励じゃなくて引き抜きのためにクリフォードも呼んだの?

口をぽかんと開けてしまった。

でも私の表情はこの扇が隠してくれたはず!

「――父上。ご冗談を。父上には、親友で腹心とも言える護衛が幾人もいらっしゃるではありませんか。それでもクリフォードをわたくしから取り上げるつもりなのですか?」

いまは父上の護衛のみなさん、部屋にいないけど。

ちなみに、侍女を率いる女官長ネットワークから小耳に挟んだところによると、父上の護衛の騎士の中には父上に片思いしていた人もいるみたいなんだよね。肉体関係はなくて、友情以上恋愛未満? プラトニックな愛? ブロマンスっていうんだっけ。

結束も固い。

父上のところは、人手は充分。

「クリフォードは渡しませんわ。彼はわたくしの護衛の騎士ですもの」

いま交替されるのは勘弁! せっかく約束を取り付けたのに。

手放しません!

――なんだけど。

私は付け加えた。

「もちろん、父上が、国王としてわたくしにご命令なさるなら別です。従いましょう」

今度は微笑んで言った。広げた扇で口元を隠した、王女風。

父上、国王だからねー。エスフィアの最高権力者だもの。父親には私も逆らえるけど、国王には逆らえない。

「国王として命令せねば、お前は護衛の騎士を手放す気はないのだな?」

「はい、父上」

当たり前じゃないですか。

「――オクタヴィアはこう言っているが、本人はどうなのだ?」

話の矛先が、クリフォードに転じた。

「オクタヴィアのためにも答えよ。アルダートン」

私はクリフォードを振り返り、父上の質問に答えるよう、アイコンタクトを必死に送った。

お、さっきは失敗したけど今度は通じたっぽい!

クリフォードが私に向かって頷いたよ!

「――陛下のお誘いは有り難く存じますが、私はオクタヴィア殿下にお仕えすると決めております」

回答も百点じゃない?

これで父上にさっさと鞍替えされたら私もショックだし。うーん。でも、普通は国王に仕えるほうが魅力だよね? 『主』と『従』になったからかな。

「当初は、オクタヴィア次第だと、お前は言っていたが?」

……んん? 父上とクリフォードって、話したことあるの?

そういえば、父上、クリフォードのフルネームを口にしていたっけ。娘の護衛の騎士のことぐらい、把握していてもおかしくはない、んだけど……気になるなあ。

「陛下もご存じのように、私はターヘン出身の平民です。アルダートン伯爵と縁があり、かの方を義父と呼ぶ立場を得ましたが、生来の素地は偽れません。それが殿下の不興をかうこともあるかと危惧しておりました」

父上が、ゆるく首を振った。

「――もう良い。オクタヴィア、アルダートン。お前たちの心づもりは理解した。命令はしない。安心せよ」

ところで、父上。

クリフォードへの勧誘について、これで区切りがついたのはわかる。

でも、そもそも私が執務室に呼ばれた理由って、違ったような?