軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

6.旅立ち

古びたトランクケースに最低限必要な荷物を詰めて、長屋の大家さんにご挨拶をして、わたくしは下町に向かいました。

家具類は暮らしていくために随分前に殆ど売り払っておりましたので、簡素な寝台が残るのみで、もう空き家同然です。

下町には、エリオットの同僚ケビンさんの恋人、チェルシーさんが住んでいます。

仕事を貰えず、買い物にも行けない中で、チェルシーさんは最後までわたくしを気遣い、あれこれと面倒を見てくださいました。彼女が居なければ、今日までの日々を暮らす事もままならなかったでしょう。

「フローラさん……? その格好に荷物、何処かに行くの……?」

旅装に身を包むわたくしを見て、チェルシーさんは驚いていました。騎士団が凱旋した矢先ですから、無理もない事です。

わたくしは上手く答えられずに、笑みを返してはぐらかして、それから今日訪ねた本題を先に伝える事にしました。

「チェルシーさん、わたくし、貴女にお返し出来るものを何も持っていなくて、こんなものでよければ、貰ってくださらない?」

差し出したのは、日の目を見る事の無かった、かつてのわたくしが縫ったウェディングドレスです。離縁したばかりのわたくしが贈るのは……少し、縁起が悪いでしょうか。

それでも売れれば、いくらかにはなるでしょう。チェルシーさんに恩返しできるものが、わたくしにはもう他に何も無いのです。

「そんな……、これは大切なものでしょう!?」

「……わたくしには、もう必要の無いものですから」

聡いチェルシーさんは、それだけで幾分か察してくださったようです。

居間に通されて、今朝起きた事を話せば、たくさん怒って泣いてくださいました。

どうにも、今朝からわたくしは感情というものがどこかに行ってしまったようで、代わりに泣いてくださるチェルシーさんに随分と慰められた気がします。

「フローラさん、ちょっと待ってね」

チェルシーさんは、立ち上がると台所から小箱を持って来て、ひっくり返すと中から銀貨をかき集めて、わたくしの前に起きました。

「このドレス、買うわ。このくらいしかないけど……」

「……これは、ケビンさんとの結婚資金に貯めていたお金でしょう?」

「こんなに素敵なドレスだもの。この金額じゃ、全然足りないくらい。……他に出来ること思い付かなくて、ごめんね。その……、路銀が、必要でしょう?」

涙声のチェルシーさんの言葉に、わたくしは路銀の事をすっかり失念していた自分に気づきました。

この街から出ていかなければと、そればかりに気を取られて、何も考えられていなかったようです。

籍を入れてから共に暮らした期間があまりに短く、子供も居ないため、この国の法律では慰謝料のようなものは貰えませんから、手持ちはまるで無かったのです。

「恩返しに来たつもりでしたのに、わたくし、結局最後までチェルシーさんにお世話になってばかりですね」

チェルシーさんに釣られて、言葉尻は涙声になってしまいました。わたくしにもまだ少しは感情が残っていたようで、安堵もあります。

「いいのよ、それでいいの。それで、どこかで今度こそ幸せになって、そしたらその時にまた 恩(・) 返(・) し(・) に来てよ」

それはまるで、この先も生きる事の約束のようにも思えました。

この街を出て何処に行ってどうするかなんて、何一つ考えていなかったけれど、少なくともいつかチェルシーさんには恩返ししなければ。そう思えば、幾分気持ちが上向くような気さえします。

別れ際にチェルシーさんにぎゅっと抱きしめてもらいました。

不思議と、家を出た時よりも足取りが軽くなった気がします。

──そうだわ、どうせ王都を出るのなら、ドルフさんにもご挨拶に行こうか。

ドルフさんは、王都から馬車で二日ほどの集落に住み、鍛冶師をしている方です。

もう四年ほど前でしょうか、エリオットが騎士になる時に、お祝いに贈った剣を作ってくださいました。

──あの人、あの剣はどうしたのかしら……。

聖剣を手にしたのなら、誰かに譲ったのか、それとも今もどこかに仕舞っているのか。

かつて毎日欠かさず剣の手入れをしていたエリオットの姿が頭に浮かんで、視界が滲むので、空を見上げました。零れる前に、風で乾いてしまえばいいと思って。