軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

52.アイビーの意味

ライオネル様から馬車で待機するよう指示され、昨日は早めに休ませていただいたわたくし達は、朝を迎えると共に夜中に判明した事を聞かされました。

「準備が出来次第、ウレリ川に沿って南下し、沿岸域を確認をしながら王都を目指す。……もしも出立前に、公爵閣下の意識が戻れば話を聞きたいところだがな」

革地図を開きながらライオネル様は真剣な表情です。ライオネル様達が休めているのか心配になってしまいますが、昨日見た 不死(アンデッド) スライムが国中に蔓延してしまっては、何が起こるかわかりません。ここからが正念場なのでしょう、ドルフさんも険しい表情で頷いています。

既に聖職者様たちは聖水の準備を始めていました。わたくしもバーバラさんと共に朝食の準備をしたら防具の修繕をする予定です。

「フローラさんは、その……平気か?」

馬車に戻ると、ギルバートさんがそっと尋ねてきました。

「ええ、勿論です。お役に立てるのであれば……!」

握りこぶしを作って応えれば、ギルバートさんは困ったように笑いました。少しだけ心配そうな顔をされてしまいました。

「……いや、フローラさんがもう気にしていないなら、聞くべきじゃないかもしれないが。王都には、フローラさんにとっては色々と、辛い思い出があるだろうと思って、だな……」

どうやら、気遣ってくださったようです。

「平気ですよ! わたくし、皆さんと旅をしているうちに、随分と心が強くなったみたいで」

そう言って今度は力こぶを作る動作をしてみました。残念ながら、力こぶは出来ませんでしたけれども、今はもう、そのくらいの心境なのです。

「それに……王都には、大切な人が居るのです」

「大切な人……?」

「はい。チェルシーさんという大切な友人が、今も王都に暮らしているのです。彼女が居なければ、わたくしは今ここに居なかったかもしれません」

もう遠のいてしまった辛い過去などより、掛け替えのない大切な人が平穏無事で居てくれる事の方がどれほど大事か。そんな思いを込めて言えば、ギルバートさんは緊張が解けたような、穏やかな表情で笑んでくれました。

それから少しして、わたくしの隣に一歩寄ると、内緒話でもするような小声で話しかけてきます。

「ところで、フローラさん……相談したい事が……。この、戦斧の 模(・) 様(・) なんだが……」

そう言って、手にしていた戦斧の斧頭を包む 鞣(なめ) し革を少しだけずらして、斧刃を見せて来ます。そこには斧刃の半月状の弧に添うように、精巧なアイビーのレリーフが彫られています。少しどきりとしてしまいました。何故なら──。

「……実は、わたくしも、見つけてしまったのです……」

バーバラさんのお鍋にも、縁のところに、いつの間にか小さなアイビーの模様が彫られていたのです。

「前は無かったよな……?」

「そうですね……。ドルフさんとバーバラさんが、こっそりと細工していたとしても、急に現れるには精巧過ぎるような……?」

人の手で彫るには、あまりにも精巧過ぎる程に美しい模様を、しばらく二人でじっと見ていました。

「……もしかしたら、女神様がお力を貸してくださった証かもしれませんね」

ふと、そんな事を思います。聖剣にも同じような模様があるのだと、風の噂で聞いた事があります。それに、聖職者様が大きな結界を張る時も、アイビーの光の模様が浮かんでいました。

昨日、咄嗟にバーバラさんを護ろうとして、このお鍋で 不死魔獣(アンデッド) を一体だけ倒せた事を思い出します。この鍋には、聖水を作る時にケルヴィムの街の皆さんの祈りも篭もっていたので、きっとその残滓が護ってくれたのだと、そう思っています。だけど、それだけでは無いような気もするのです。

視界の端、窓の外に見える、ジエメルド公爵様の別邸のすぐそばには、古い教会があります。朝早くからジエメルド領都の人々が、その教会に向かう姿をいくつも見ています。その多くは、高齢なご夫婦や、身体に不自由を抱えている方、中には妊婦さんも居ました。事情があってこの街からも逃げる事の叶わぬ人たちが、祈りに来ているように見えました。

「以前、聖職者の方が言っていました。加護の力は、声なき数多の人々の、祈りの集まりだと。古い教えにも、『民のささやかな祈りが寄り集まって女神様の加護の 礎(いしずえ) となる』と、ありますよね。だとしたら、このアイビーの 模様(レリーフ) は、たくさんの人の祈りの加護──祝福を、預かっているという意味かもしれません」

思いついた推測をお話しすれば、ギルバートさんも真剣な顔で頷いてくれます。

「ご名答! そこに自力で辿り着いてくれてよかった」

急に声がして振り返れば、司祭シドニー様が嬉しそうな顔をして立っていました。

「今フローラさんが言った通りだ。ギルバート、おぬしは少し前までは、おぬしの周りに居る多くの人々の祝福で戦っていた。だが今は、もっとたくさんの、無数の祝福を得ている。その証だな」

それを聞いて、ギルバートさんは背筋を伸ばして戦斧を抱え直しました。わたくしも深呼吸して背筋を伸ばします。

「はは……、そう畏まらんでよい。祝福は掛け合わされば強くなる、前にそう言っただろう? おぬしらは、預かったものを、違える事無く、より大きく出来るさ。そして力を持たぬ無辜の民に、その祝福を平穏という形にして返せるだろう」

そう言い残して、シドニー様は楽しそうに鼻歌を歌いながら去って行きました。

何だか予言めいた言葉にも聞こえました。

だけど、祈る事で、祝福をより強く増幅出来るのなら。わたくしの大切なものも、誰かの大切なものも、どちらも護れるのなら。

「ありがたいが、責任重大だな……」

ギルバートさんは、困ったように笑います。わたくしも思わず同じような顔をしてしまいました。

「なぁに緊張してんだい。大丈夫さ。誰だって、自分の大切なものの為に祈ってるんだ。それが掛け合わさるだけさ、いつも通りで平気だよ」

話を聞きながら黙って作業していたバーバラさんが、いつもと変わらぬ声音でそう言います。

「その蔦の模様は、人と人を結ぶものの象徴だからね」

そう言って、バーバラさんはにっこりと笑いました。