軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

42.北の泥濘

一夜明け、ケルヴィム領の街では再び戦闘の準備が進められていた。

北部で未開の森に接して居る以上は警戒は怠れないのも当然の事、北東に隣接するジエメルド領の内情もわからない。長く魔獣と戦ってきた歴史を持つ北の住民達は備えを始めていた。

一方でギルバートはフローラ達に革で防具をいくつか作って貰っていた。

「ギルバートさん、次は腕を上げてじっとしていてくださいね」

「はっ! お、お願いします……!」

両腕を上げると、革紐を手に持ったフローラが至近距離まで近づいてきて背中まで腕を回す。単に胸周りの採寸をしているだけなのだが、抱き着いているのかと錯覚してしまうほどの距離の近さに緊張してしまう。

──く……っ、フローラさん! めちゃくちゃいい匂いがするんだが……!?

フローラの表情は真剣そのものなので、ギルバートは決して声に出さずに脳内で叫んでいる。

「次は腕を左右に上げて肩の高さで止めて、思い切り息を吸って、そのまま息を止めてください」

ぶんぶんと頭を縦に振って言われた通りにする。体温が上がっていて、汗ばんでいる気がして落ち着かない。

その横では薄く伸ばした鉄板を加工しながら、ドルフが生暖かい目をして笑っている。採寸した革に鋏を入れながら、バーバラは「春だねぇ」などと呟いているが、馬車内の陽気な雰囲気とは裏腹に、外は朝からずっと雨が降っている。

防具を新調しているのは、雨期に突入し、雨に濡れて体温が下がるのを避ける為でもある。胸当てと肩当て、手甲に外套と、ドルフとバーバラとフローラの三人が、空き時間を使って作ってくれているのだ。

戦斧に括り付けている組紐も新調して貰った。気付けば着替えすらフローラが縫ってくれているので、身に着けるものがフローラの手製のものばかりになっている。

──お礼にあれだけじゃ、全然足りないな……。

ギルバートの視線の先、フローラの髪には、木製の花の髪飾りが揺れている。今朝、早起きして作って贈ったものだ。胸元には以前贈ったブローチがある。自分が作ったものをフローラに身に着けて貰えるのは、くすぐったいような嬉しさがあった。

そわそわしながら、次は何を贈ろうかと考えていた。次は硝子細工の職人に硝子の加工を習ってみようか、等と妄想する。

◆◆◆

そんな事をしているうちに、ライオネルがギルバートとドルフを呼びに来た。例のジエメルドの騎士が目を覚ましたらしい。教会には、領主ケルヴィム伯を始め、この街で戦闘に関わる者達が集まっていた。

「お助けいただき、ありがとうございます。その上で、身勝手な頼みなのは承知の上です……ジエメルドを、どうか、お救いください」

まだ回復が完全では無いのだろう、辛そうな表情でベッドに上体を起こした青年は、掠れた声を張り上げて頭を下げた。

「まずは何が起こっているのか、一つずつ聞いてもいいだろうか。ジエメルドの騎士は主君に絶対の忠誠を誓うものだと聞いている。しかしその様子からして……、貴殿はそこから逃げてきたのだろう?」

ケルヴィム伯が語り掛ければ、青年は苦い表情で頷いた。

「はい……。過酷な北部で長く国を守って来た誇り故に、主君と掲げるジエメルド公の命に逆らう者は、そう多くはありません。しかし、畏れをなし、あるいは家族を守る為に声を上げた者も少なくは無い。……閣下の方針に異議を唱えた者は皆、拘束されています……」

「方針……? ジエメルド公は何か目論んでおるのか?」

騎士の青年は、怯えたような顔をして語り始める。

「…… 不死魔獣(アンデッド) を、倒さぬまま生け捕りにして、結界の中で増やしているのです……」

「馬鹿な!? 何故そんな真似をする!? 不死魔獣(アンデッド) の恐ろしさを知らぬわけではないだろう!?」

驚愕に声を上げるケルヴィム伯に、青年は力なく首を横に振る。

「私も末端ゆえに、目的そのものはわかりません。しかし、傍目から見ても、あれを制御出来るとはとても思えない。……それに、どうも様子がおかしいのです」

ライオネルもギルバートも、険しい表情で聞き入る。

「ご子息であり次期当主のアグレアス閣下は、今王都に居りますが、ジエメルド公爵閣下は長く病床にあり、側近経由での命令はあれど、もう半年程、そもそもご本人のお姿をお見掛けしておりません。しかし、夜中になると時折、 地(・) 面(・) か(・) ら(・) 閣下のお声が聞こえるのです」

「地面から……?」

「はい。何かの魔術を使っているのか、理由は定かではありません。何を言っているのかも、正確には聞き取れないのですが、苦しんでいる事だけはわかります。その声を聞いた者は大勢居ます」

ギルバートは困惑して顔を顰めた。

「えっと……、まさかジエメルド公爵は既にこの世に無く、幽霊かなんかになってとか、そういう話なのか……?」

「始めは、そんな噂も流れました。しかし、それならば公にしない理由がわかりません。ご嫡男のアグレアス閣下は健在で、後継として支持しない者など領内にはおりませんから」

その場に居る全員の困惑は深まるばかりだ。

「全く状況が掴めんが、仮に、私達が乗り込んで行ったとして、ジエメルドの騎士団を相手取るとなると……」

ケルヴィム伯は眉間に皺を寄せた。そもそもの規模や練度の差は当然ながら、北部一帯は古くから魔獣との攻防に追われる事が多い。その環境ゆえに逆に人為的な戦禍は多くなく、人との戦いには不慣れだ。

「先ほど申し上げた通り、 不死魔獣(アンデッド) の制御は決して上手くいっているわけではありません。もはや抑え込むのがやっとの有り様で、指揮系統も混乱し始めています。その隙をついて、私は外に知らせる為に逃げ出したのです」

ライオネルは表情を更に険しくした。

「王都に報せは……?」

「それは……申し訳ありません、拘束されていた身ゆえに、私はそこまでは把握出来ていません」

ケルヴィム伯が深く息を吐いた。

「今朝ジエメルドの南の関所に伝令を送ったが、これは、もはや状況確認などとは言ってられん。我らも覚悟を決めて出兵した方がいいだろう。今聞いた話の限りでは、王都からの返事を待っている猶予もあるとは思えん。ジエメルド領のその状況が瓦解すれば、真っ先に被害を被るのはここだ」

その場の全員が頷いた。騎士一人の証言を元に裏付け無く動く危険はあれど、万一全て真実であった時を思えば、時間を浪費する間に手遅れになる可能性を危ぶんだからだ。

「幸い、昨日の掃討が順調だったお陰で余裕もある。追加の準備がある程度揃い次第、ジエメルドに向かおう」

ライオネルの言葉に、皆がすぐさま行動を開始した。