軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

36.作戦会議①

部屋の隅で壁を背に縮こまって座り、ギルバートは頭を抱えていた。

助けになりたい一心で追いかけた 異母兄(あに) にようやく再会し、そもそもそれが目的でここまで来たというのに、頭を抱えていた。

──おかしい、怒られるのは覚悟していたのに、こんな……。

内心で自問しながら、恐る恐る顔を上げれば、見た事が無いくらい慈愛に満ちた笑みを浮かべた 異母兄(あに) ──ライオネルが居る。その横には険しいながらも呆れを含んだ表情のドルフが座っていた。

──笑顔が、怖い。あと、距離が大分近い。

この笑顔は確実に怒っているのだと、そんな予感に震える。虎に追い詰められた鼠みたいな気分だ。何せ剣を持てなくなったこの身体で、その上周囲を巻き込んで追いかけ、挙句の果てに再会を前に死にかけたのだ。

死にかけた、そういう自覚が確かにある。

振り返ってみても、疲労と麻痺毒にやられていたとはいえ、あの集落で最後の己の判断はあまり褒められたものでは無い。今になって冷静に考えれば、あの時に戦斧の一撃で退避時間を稼げたとは思えない。自殺行為だ。

情けなかろうと、恰好が付かなかろうと、あの場の全員に馬車に乗り込むように叫んで、自分も同じくそうする他に道は無かったようにも思える。だがその選択は、共に戦った仲間を、大切な人を危険にも晒す。

だから、身体は動いてしまった。

──あの時は、何でか確信してた。 不死魔獣(アンデッド) に勝って、フローラさんの作った晩飯を山盛り食って。それで、それ見てフローラさんが喜んでくれる顔まで想像できた。

そんな言い訳はライオネルには通用しないだろう、そう思いながらちらりと顔を見る。あの後で何が起こったのかも、どうして何事も無く無事なのかも、自分でもまだよくわかっていない。

大きな手が伸びてきて、がしりと頭に乗せられる。それから髪がくしゃくしゃになるほど、わしわしと頭を撫でられた。

「ギルバート、よく生きて還った」

そう言ってライオネルは嬉しそうに笑うものだから、何だか酷く落ち着かない。

しばらくすると領主の命で執事が部屋にやってきて、大部屋に移動した。

部屋にはこの屋敷と周囲一帯の主である領主と、街の役人達、私兵団員に聖職者、傭兵達、そしてギルバートとドルフ達が集められていた。

大テーブルを囲んで、その中央に座るライオネルが、深く息を吐き顔を上げる。

「……では、状況の確認と、それから明日以降の方策を話し合おう」

ライオネルの纏う佇まいが、その一言を境にがらりと変わった。

先程まで見せていた愛嬌のある笑みは消え、その真摯な表情は威信を放ち、目の奥に鋭い光が宿る。部屋の空気も変わる。

だがそれは威圧を受けたというよりも、むしろ鼓舞されてのものだ。

不安が募るこの状況に差す、力強い光のようにも思える。

ギルバートはその口元に僅かに笑みを刷いた。それから誰よりも尊敬する 異母兄(あに) に視線を向ける。

今日日(きょうび) は騎士にも色々居て、主君に絶対の忠誠を誓う者も在れば、国と民に忠誠を誓う者も在る。ライオネルは後者だ。

王と袂を分かち、その盾を黒く塗りつぶしても、その芯を貫くものは決して消えて無くなりはしない。

領主が立ち上がった。

「昼間はろくに挨拶も出来なかったからな。私はユアン・ケルヴィム。この領を預かり、伯爵位は賜っているが、実態は農夫と大して変わらん。礼節は不要だ」

そう言うと領主ケルヴィム伯は革地図を開いた。領地周辺の地理がざっくりと描かれている。

「百年前にジエメルド王国が併合されるまでは、この領がこの国の最北端だった」

その言葉を聞いて、ギルバートは納得したように頷いた。私兵団員達も傭兵達も元の魔獣を熟知し、戦い慣れていたからだ。北部は他よりも魔獣の出現頻度が高いが、それに加えてかつての最北端の領として長く培われた知見が活きているのだろう。

ケルヴィムの領の北部には深い森が広がり、北の山脈まで続いている。その森は未開拓で、どこの国にも属していない。人の手が入らない森は魔獣の棲家だ。

北東に斜めに接するような形で、かつてジエメルド王国があった場所に、ジエメルド公爵領がある。

「ジエメルド領から何か報せは来ていたか?」

「いいや。王国騎士団が撤退した直後に、残党の殲滅も終わったと風の噂で聞いたくらいだ」

ライオネルの問いかけに領主ケルヴィム伯は苦い顔をして息を吐いた。

「大型と中型の殲滅は全て終えていたが、それでも 不死魔獣(アンデッド) の性質上、討ち漏らしの捜索と確認は必須だった。しかしその前に陛下の帰還命令が下された……」

ライオネルは、後悔を滲ませて顔を顰める。

「撤退後はジエメルドの騎士団が、後を引き継いで捜索する手筈ではあった。だが、帰還後に陛下がおかしなことを口になさった」

「それは……?」

「 不死魔獣(アンデッド) が完全に居なくなれば、聖剣の価値は下がってしまう、と。どういう事か尋ねたがお答えいただけなかった」

部屋には沈黙が降りた。

「……まさか、陛下とジエメルド公爵が結託して、意図的に討ち漏らしたというのか?」

「それはまだわからない。ただ──……」

ライオネルが地図の一番東端を指さす。

「未開の森は東部で隣国にも接している。 不死魔獣(アンデッド) をこのまま野放しにすれば、森を介していずれは隣国にも同じような被害が出るだろう」

「まさか、聖剣を政治の道具として活かす為に……?」

ライオネルは、まだわからないと答えるように首を横に振る。

「宰相が戯言を口にした。いずれ隣国にも聖騎士を貸す事があるかもしれない、と。あれが、宰相の軽口であればよいのだが。そうでなければ、あまりに愚かだ」

黙って聞いていたギルバートは、その手を怒りに握りしめた。脳裏には昼間の光景が浮かぶ。あの 不死魔獣(アンデッド) の襲撃が、人の企みに利用できるようなものには、とても思えない。