軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

16.違和感③

その場には重い沈黙が降りた。

エリオットは己の手元を視界に入れると、困惑の色を濃くし、更に呼吸を乱れさせた。足は地に縫い付けられたように動かず、口を開いても、荒れた息が見苦しく溢れるばかりで、声にはならない。

ロイドもまた、固まった姿勢のまま動けずにいた。昨日までは想像もしていなかった光景に、頭が回らない。

この場に、エリオットとロイド、そしてパウエルの三人しか居合わせなかったのがせめてもの救いだ。大勢がここに居たら、大きな混乱が起きていた事だろう。

沈黙を破ったのは、ロイドに掛けられた司祭パウエルの声だった。

「おぬし……名は確かロイドといったな?」

「……はい」

二人の様子を見て、パウエルは何事があったかを察したのだろう。ロイドの視線の先を同じく見つめている。

「一つ、尋ねるが、…… 理(・) 由(・) に心当たりはあるか?」

その冷静な声音に、ロイドは漸く我に返ったものの、首を横に振るばかりだ。

「……ふむ。陛下には、いや他の者にも、まだ悟られぬ方が良いな。おぬしらとて、理由もわからぬのに、質問攻めにされては 敵(かな) わんだろう」

「ええ、……その通りです」

低く声を絞り出したロイドは、応えると再びエリオットに視線を向けた。エリオットは今も蒼白な顔を困惑に染めて、立ち尽くしている。

「お前たち二人は少しここに居なさい。他の者は適当に言い 繕(つくろ) って先に帰らせよう」

パウエルはそう告げると、高齢である事を感じさせない機敏な動きで馬に跨り、国王や宰相の居る豪奢な馬車へと駆けて行った。

残されたロイドは、未だ平静には程遠いエリオットを、手近な岩場に座らせた。

エリオットは茫然自失の有り様で、声を掛けたところで反応も無い。

ひとまずは剣を鞘に納めねばと、握ったままの聖剣から手を解かせたが、そこでまた眉を顰めた。

──軽い……?

かつてエリオットが戦地で聖剣を得た時、彼以外が手にすると持ち上げられぬほど重くなったそれは、今は普通の剣と大差無い。それが意味するところを考えると、背筋が冷たくなる気がした。

ロイドとて、何故聖剣を手にしたのが自分ではなくエリオットなのかという劣等感や嫉妬が、過去に無かったわけではない。

だが今、こうして自分でも持ち上げられる事に喜びなど無く、言い知れない恐ろしさがあった。

鞘に吸い込まれゆく刀身は、刻まれたアイビーのレリーフすら薄れかけているように見えた。それにも気付かぬふりをして、平静を保つのが精いっぱいだ。

──何が起こった。どうして、こんな……。

そう口に出して問い詰めたくとも、目の前のエリオットの様子からすれば、彼自身も理解が及ばずに困惑しているのは明らかだ。

しばらくすると馬の蹄の音がして、司祭パウエルが戻って来た。

「後始末と調査が必要、と言い含めておいた。まぁ、 こ(・) れ(・) についても幾らか調査が必要なのは事実だがな」

パウエルは先ほど倒した 不死魔獣(アンデッド) の な(・) り(・) そ(・) こ(・) な(・) い(・) の遺骸に目をやり、顎に手をかけ思案顔をしている。

「……国王陛下は、何か言っておられましたか?」

「いいや。陛下も、他の者どもも、誰一人、全く気付いてはおらんな。だいぶ距離があったからな。 水面(みなも) の反射光を、聖剣の光だと思い込んでおる様子だったから、そのままにしておいたぞ」

パウエルは顔に皺を濃くして苦笑した。

年の功か、何を問うでも無く状況を察し、地位を活かして取り敢えずはこの場を凌いでくれたパウエルに、ロイドは安堵を覚えつつも縋るような目を向けた。

「パウエル様、お心遣い感謝します。それで、その……何か、ご存じの事はありませんか?」

パウエルは、眉尻を下げ困ったような顔で笑みを返し、静かに首を横に振った。

「……残念だが。何せ聖剣が前回 顕現(けんげん) したのは、百十八年前だったか……儂の祖父の代だ。それも、この国ではない。南方の小国だと聞いている。尚悪いことに、こういった類の話はね、 吉事(きちじ) 以外は秘匿されがちだ。前例を調べるのも一筋縄ではいかんだろうな……」

「そう、ですか……」

項垂れるロイドに、パウエルは憐れみの目を向ける。

しばらく考えこんだ後で、腕を組み息を吐いた。

「……鋼の 器(うつわ) が、大いなる加護を納める負荷に耐えきれなくなったか、あるいは加護が 剥(・) が(・) れ(・) た(・) か。前者であれば、まだ……」

パウエルが呟いた言葉に、ロイドは微かな希望を見出したように顔を上げた。

「ただの推測だ、期待はするな。だが、それを理解した上でなら……。王城の西門の傍に、古くから御用聞きの武器商人が居る。名はゴリアテだ。そこにその剣を持って行って、まずは尋ねてみなさい。奴なら何か手掛かりを知っておるかもしれん」

「はい……!」

光明を見たと言わんばかりのロイドの後ろで、俯き沈黙していたエリオットも漸く顔を上げていた。

すぐさま馬に跨り、急くように王城への帰途につく青年二人の、遠ざかる背を眺めながら、パウエルは長い溜息をついた。

「……儂とて、真に何ひとつわからないわけではないさ。一つだけだが、確信している事もある。だが……」

困惑の渦中のまま、一言も発せずに立ち去ったエリオットの顔を思い浮かべる。

「当の本人が、 そ(・) れ(・) にすら自ら気付けぬようであっては、──聖剣は、二度とその手に戻っては来るまい」

パウエルの呟きは誰の耳に届く事も無く、風に溶けた。