一方通行の恋を捨てて逃亡したら仕事が楽しすぎました~婚約者様は放っておいてください~
作者: スズイチ
本文
「ヴァルター様、昼食を作ってきました。一緒に食べましょう!」
「いい。カフェテリアで食べる」
「ヴァルター様、ここは必ず試験にでますわ! 私の対策ノートをどうぞ!」
「必要ない。自分で何とかする」
「ヴァルター様、顔色が優れませんわ。医務室へ、まいりましょう。必要とあらば、私が背負って行きます!」
「結構だ」
「ヴァルター様、ネクタイが少し曲がっております。私が直して……」
「問題ない。自分でできる」
「今日もお元気ですわね、ルイゼさん」
「ヴァルター様は、相変わらず表情一つ変わりませんわね」
「あれだけ尽くされていらっしゃるのに、お可哀想」
私とヴァルター様のやり取りを見て、他のご令嬢たちが憐れみの目を向けてくる。
――私、ルイゼ・マルコットは婚約者のヴァルター様のことが大好きであった。
中等部の頃に婚約が決まって、初めてお会いしたときに身体にズギャンと電撃が走ったことを今でも覚えている。
輝く金色の髪に、涼しげなアクアグリーンの目。冷たそうな雰囲気そのままの、ドライな反応。
(けれど、どんなに冷えた態度を取られようとも、挫けたりなどしません!)
確かにヴァルター様の表情は、ほとんど動かないし口数も少ない。それでも、本当にほんの少しだけど、穏やかな表情を見せてくれたり、段差で手を差し出してくれたり、私がオススメしたご本を読んでくれたりと、小さな優しさをたくさん見せてくれた。
(出会った当初は、私がどんなに話しかけても「ああ」「うん」「そう」しか返してくれませんでしたが、今はあの頃よりも反応を返してくれるようにもなりました!)
だから、それで十分。私は満足していた。
――いたはず、だった……。
◇
その日は、ヴァルター様のお屋敷でお茶会という名の私のお喋りが繰り広げられていた。
「ヴァルター様、このお茶美味しいですね。今度、うちの屋敷でも……」
「ヴァルター!」
突然落ちてきた、春の訪れのような柔らかな声。驚いて振り返ると、目を見張るような美女がそこには居た。
「シャーリィ。帰って来ていたのか」
(……シャーリィ?)
「お久しぶりね。何年ぶりかしら! ええ。つい先日、帰国したの。あなたに、いっぱいお話したいことがあるのよ!」
「相変わらず騒がしいな、君は」
見たことのない表情だった。いつも固くて表情に乏しいヴァルター様が柔和に笑っている。
目元も緩やかで肩の力が抜けててリラックスしている様子が窺えた。
私と一緒の時は、いつだって距離があったのに。一歩引いていて、どんなに近付こうとしても、私たちの間には線が引かれていた。彼と婚約して四年になるが、こんな風に笑った顔を一度も見たことがなかった。
「そちらの可愛らしいお嬢さんは?」
ぱっと、こちらに振り向くシャーリィさん。
私は慌てて立ち上がると、何とか笑顔を作って挨拶をする。
「あっ、え、えっと、ルイゼ・マルコットと申します。その……ヴァルター様の、婚約者……です」
「まあ! 初めまして、私はシャーリィ。ヴァルターとは幼馴染なの。先日まで隣国に留学していたのだけど……その間に、こんな素敵なお嬢さんと婚約していたなんて。良かったわね、ヴァルター」
「……別に。君には関係ないだろう」
(……あっ……)
「何よ、その言い方。まさか、ルイゼさんにも、そんな態度取っていないでしょうね?」
「君が口出すことじゃない」
「もう! ごめんなさいね、ルイゼさん。悪い人じゃないんだけど、昔から不器用で」
呆れたように肩を落とすシャーリィさんに、愛想笑いを浮かべながら返事をする。
「そ、そうなんですね……」
(……何でしょうか、これ……)
「君だって、男子に交じって遊んでは怪我ばかりしていたじゃないか」
「それは、関係ないでしょう!?」
シャーリィさんがムッとした表情を見せたあと、目を合わせたお二人があははと笑い合う。
(……どうしよう……)
かたりと指が震える。視界が揺れて胸が苦しい。
私とは違ってシャーリィさんには、心を開いているヴァルター様。明るい声、柔和な態度、一度も見たことのない笑顔……。
私の知らないヴァルター様が、そこには居た。
(……私は、何なのでしょうか……この方にとって、私……は……)
――少なからずとも、この場においての私はただの邪魔者でしょうねと自嘲する。
ぎゅっと手に力を入れてから、ゆっくりと息を吐くと、静かに口を開く。
「……今日はもう、お暇しますね」
「ルイゼさん、もう帰ってしまうの?」
「……はい。お二人は、久しぶりの再会でしょうし、どうぞゆっくりとお過ごしください――では」
「ルイゼさん!?」
私は急いでお屋敷を出て行くと、馬車に乗り込んだ。
◇
……どんなに冷たい態度でも、笑ってくれなくても、ヴァルター様にとって、私は特別なんだと思い込んでいた。婚約者なのだからと……。
だから、周りに何て言われても平気だった。私だけは分かっているって。
「……ふふ。バカみたい」
勘違いして、情けない。恥ずかしい。
彼にとって、特別なのはシャーリィさんなんだ。ヴァルター様にとって、彼女こそが特別な存在なんだ。
私なんて、勝手に決められた婚約者でしかなかった。空回りして、一方的で。空気なんて全然読めていなかった。
その日の夜は、わんわん泣いた。ひたすら泣いて顔をパンパンに腫らして、あまりの酷さに学園を休んだくらいには泣いた。
――そして、決めた。彼を自由にしてあげようと。
翌週。シャーリィさんは学園に編入してきて、ヴァルター様は彼女と過すことが多くなった。
――やはり、そういうことなのだろう。
周りからも『あからさま過ぎる』『露骨すぎませんか?』『だからルイゼさんに、そっけなかったのね』と噂されるくらいには、分かりやすかった。
だが、私にとってこれは良い機会となってくれた。卒業までの間に、以前から興味のあった司書の資格をとり、卒業と同時に家を出て行くことを決めたのだ。そのための準備も、抜かりなく万全である。
◇
卒業式の夜。
私は卒業パーティーには参加せずに、自分の部屋で必要な準備を進めていた。
今夜、転移魔法のマジックアイテムを使って遠くの街へと飛ぶ。
これは、もの凄く高価なもので、在学中に必死にお金を貯めて手に入れた物であった。
これを使う前に、自分の後始末は付けておく。両親への謝罪……と、言っても彼らは私に一切興味などない。いつだって愛らしい妹に夢中であった。とはいえ、身勝手な行動で迷惑を掛けてしまうので、ちゃんと経緯と謝罪の手紙をしたためておいた。それと、ヴァルター様との婚約破棄の申し出を書いた手紙を机の上に置いておく。
事前に、行く場所は決めてある。抜かりなど一切ない。
(……よし)
私は深く息を吐くと、マジックアイテムを発動させた。
◇
――あれから、一年が過ぎようとしていた。
「ルイさん、そろそろ休憩に入ってくださいね」
「はい。ありがとうございます!」
実家から遠く離れた街の辺境の図書館で働いていた。ここでは、名前も〝ルイ〟となっている。館長だけは、本当の名を知っているが、他の皆さんは私が貴族だとは知らない。
最初の頃は、覚えることがたくさんあって大変だったが、環境も人間関係も良く、何より仕事が楽しい。とても充実した毎日を送っていた。
「今日のお昼は何を食べましょうか。――その前に、これだけ片付けておきましょう」
私が手に持った本を棚へ戻そうと、背伸びをしたとき――。
「ここか?」
後ろから、誰かが本を棚へと差し込んでくれる。
「わ。ありがとうございま……」
振り返ってお礼を伝えると、そこにいたのは――輝く金色の髪に、涼しげなアクアグリーンの目の……。
「ゔ、ヴァルター……様……?」
「久しぶりだな、ルイゼ。ずいぶんと探した」
彼がここに居ること、初めて名前を呼ばれたこと。そして、『ずいぶんと探した』という言葉に驚いて、何度も瞬きを繰り返す。
「……さ、探し……? 私を、ですか? なぜ、貴方が……もしかして、両親に頼まれたのでしょうか……?」
(確かに身勝手な行動だったとは思いますが……だからこそ、ちゃんと手紙に経緯をしたためておいたのに……というか、なぜこの場所が分かったのでしょう……)
困惑していると、ヴァルター様が首を左右に振る。
「違う。俺が、ずっと君のことを探していたんだ」
思いもよらない彼の言葉に、唖然としてしまう。
「……ヴァルター様が? なぜ?」
「なぜって……っ、ここでは、目立ってしまう。外に出て、話そう」
確かに 図書館(ここ) では、目立ってしまう。ちょうど休憩だったこともあり、私たちは近くのカフェへと向かった。
店に入り、向かい合って座ると、ヴァルター様が眉根を寄せて口を開く。
「なぜ、こんな勝手なことをした?」
彼の問いに、少しだけ言い淀んだあと、私は思いを口にした。
「……ヴァルター様を自由にして差し上げたかったんです。私のような婚約者に縛られずに、お好きな方と……シャーリィさんと結ばれてほしくて……」
「手紙にも書いてあったが、なんでシャーリィが出てくる?」
「なんでって……ヴァルター様は、シャーリィさんのことがお好きだったのでしょう?」
当たり前のように口にすると、ヴァルター様が大きく目を見開く。
「……そんなわけない! 彼女は、ただの幼馴染だ。それ以上でもそれ以下でもない」
(……え。そ、そうなの……?)
「ですが、シャーリィさんの前ではよく笑っていましたし、常に楽しそうでした。私といるよりも、ずっと……。周りの皆さん方にも〝分かりやすい〟とか〝あからさま過ぎる〟とか言われてましたし……私とは、全然態度が違っていました。……私は、ヴァルター様に一度も心を開いてもらえませんでしたから……」
「そ、それは、違う!」
「……違う? 違いませんよね?」
いつだって、私たちの間には距離があった。
「俺はただ、君を意識しすぎていただけだ……」
「…………は?」
予想外の言葉に、呆然と彼を見つめる。
「ずっと緊張していたんだ。……その、俺にとって、君は……は、初恋、だったから……どう接していいか分からないし、困惑していただけで……」
初恋!? 私が、ヴァルター様の!?
衝撃すぎて口をパクパクさせてしまう。いや、それも驚きだが……。
「……こ、困惑、ですか? 四年間も……?」
それで、ずっとあんな態度だったの? そんなことって、あります……?
「……自分でも、拗らせていた自覚はある」
恥ずかしそうに視線を逸らせるヴァルター様が話を続ける。
「シャーリィは、幼い頃からの付き合いで、気心が知れているから。周りが何を言っていたかは知らないが、ある時から、急に君の態度が変わってしまって……俺が何かしてしまったのかと……。同時にシャーリィが編入してきたので、彼女に君のことを相談していた。……それが、誤解を生んでしまったんだな」
はあ……と大きく息を吐くヴァルター様が、真っ直ぐに私と視線を合わせてきた。
「改めて、これまでのことを謝罪したい。申し訳なかった。素っ気ない態度でいたこと、シャーリィのことも」
頭を下げるヴァルター様に、私は何度も首を左右に振ると、顔を上げるように言う。
「……そんな。こちらこそ、勘違いして申し訳ございませんでした」
彼とこんな風に話せたのは初めてだ。来てくれたことに感謝しなくては、と温かい気持になっていると、ヴァルター様の視線が強いものに変わる。
「――ルイゼ。君と結婚したい。受け入れてもらえないだろうか」
ヴァルター様からの申し入れに、私は息を呑む。ほんの一瞬、心がときめきそうになってしまった。……でも、今の私は……。
(……数年前の私だったら、きっと涙を流して喜んだのでしょうね……)
「――ありがとうございます、ヴァルター様。とても嬉しいです」
ぱっと顔を上げるヴァルター様に、私は肩を落としながら話を続ける。
「……けれど、申し訳ございません。私……これまでは、ずっと貴方に依存していたんだと思います。学生時代の私には、貴方が全てでした。夢中になって、執着して……。でも、それは間違っていたのだと、今なら分かります。――この街に来てからは、毎日がとても楽しいんです。大変なこともあるけれど、充実していて、仕事もやり甲斐があって……」
私の恋心はひとしきり泣きまくった、あの夜に捨ててしまったのだ。
「勘違いして勝手なことをしてしまって、申し訳ございませんでした。私はこの街で、司書として生きて行きます! 司書のお仕事って、地味に見えるかもしれませんが、すごく楽しいんですよ。収集や整理、保管はもちろんですが、ボロボロになった貴重な本は魔法で修復したり――」
笑顔で喋り続ける私に、ヴァルター様が固まる。
「じゃあ、私もう行きますね。お茶代、ここに置いておきます」
もうすぐ休憩が終わってしまうので、呆然としているヴァルター様を置いて店を出て行った。
◇
――ですが、その翌日から毎日のように、ヴァルター様が会いに来るようになってしまって……。
そのたびに、花やお手紙、人気のお菓子や雑貨などをいただくのですが……。
「ヴァルター様。私のことは、どうぞ気になさらないでください。お仕事も大変でしょうし、私のことは忘れてください」
彼は卒業後、騎士団に入団し、つい最近この街の駐屯地に赴任したらしい。
「違う! そうではなく、君とやり直したいんだ!」
ヴァルター様の言葉に、私は首を傾ける。
「やり直す? でも、私たち〝やり直す〟と言えるほどの関係すら築けていませんでしたよね。いつだって一方的な私の押しつけでした。お恥ずかしい限りです」
「だから、それを君と……」
「あっ。私、もう行きますね」
「その……よければ、食事でも一緒にと思ったのだが……」
「今日は、好きな作家さんの新刊の発売日なので、早く帰りたいんです。では、失礼しますね!」
「ま、待ってくれ、ルイゼ!」
遠くから私を呼ぶヴァルター様の声が聞こえるが、今は何よりも新刊が最優先である。
(帰ったら、お気に入りのお茶とお菓子を用意して本を読もう。……あ、香り付きのキャンドルも焚いちゃおうかな! そういえば、明日は稀少本が届くって館長が言っていました。どんな本なのでしょうか……楽しみです!)
私は浮足立ったまま、笑顔で本屋へと向かうのであった。
◇おわり◇