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1557年秋

駿河、遠江、三河、尾張、そして美濃。今川の版図に広がる平野は、見渡す限りの黄金色の穂に覆われていた。氏真が導入した灌漑技術と、深耕を促す新式の鍬、そして何より戦に駆り出されない安心感が、史上稀に見る大豊作をもたらしたのである。

今川館の物見櫓。氏真は、美濃平定以降、政務の右腕として台頭し、氏真の当主就任とともに側近となった明智光秀と、この実り豊かな風景を眺めていた。

「殿、周辺国の動向は概ね我らの算盤通りにございます」

光秀は、整然とまとめられた報告書を氏真に差し出した。

「朝廷との事前調整、および親殺しの賊・斎藤新九郎義龍を討つ。という大義名分が効いているようです。周辺諸国は、我らが美濃を呑み込んだことに驚愕しつつも、表立って非難する口実を失っております。尾張もまた、斯波家を立て、勘十郎殿を穏やかに隠居させたことで、織田本家への刺激を最小限に抑えられました。…今のところ、今川の理を止める刃はどこにもございませぬ」

氏真は頷いた。現代の買収でも大義名分と敵対回避が成否を分ける。だが、光秀の表情はどこか険しい。

「…されど、別の問題が生じております。それは民にございます」

光秀が示した地図には、今川領の国境付近にいくつもの赤い点が付されていた。

「豊かで清潔、かつ戦のない今川領の噂は、風よりも早く広まっております。北伊勢の荒廃した地から、あるいは食料不足に喘ぐ武田領から、土地を捨てて今川へ逃げ込んでくる民が後を絶ちません。皆、『今川の石鹸で体を洗い、腹いっぱい飯を食いたい』と申しております」

「…難民、あるいは移民か」

氏真は苦笑した。現代でも豊かな国が直面する問題だ。

「十兵衛、これは好機でもあるが、毒でもあるな。無秩序な流入は治安を乱し、他国との外交問題にもなりかねない。…よし、国境付近に入国管理所と検疫所を設けよ。身元が確かな者は、美濃や尾張の未開墾地へ、今川の開拓官として土地を与えて送り込む。もちろん、石鹸と種籾を与えてな。逃げてきた民を、我が今川の新しい労働力として正規に登録するのだ」

光秀は感銘を受けたように深く首を垂れた。

「御意。逃げてきた民を罪人ではなく資産として扱う…その発想こそが、今川をさらに大きくする礎となるでしょう」

物見櫓を降りる氏真の背後を、数人の少年たちが足音を潜めて追っていた。氏真の身辺を世話する小姓たちだ。

今川一門の今川助五郎氏規、勇猛な朝比奈弥太郎泰勝。そしてその中に、美濃から連れてきた竹中半兵衛の姿がある。半兵衛は、他の少年たちが武芸の話に花を咲かせる中、一人、氏真が歩いた後の距離や歩幅を測るような、鋭い観察眼を光らせていた。

だが、氏真が最も注目していたのは、その後ろを歩く五人の少年たちであった。 武田家から同盟の証として、人質的な留学生として送り込まれてきた若者たち。その筆頭が、真田一族の三男、真田源五郎である。

「源五郎。駿府の飯は口に合うか?」

氏真が不意に振り返って声をかけると、源五郎は一瞬だけ、その表裏比興の片鱗を見せる不敵な笑みを浮かべた。

「はっ。武田の領地では見たこともない贅沢な品ばかりで、これでは甲斐に帰りたくなくなりますな」

「…正直でよろしい。だが、そなたが見ているのは飯だけではあるまい。この街の造りや、兵たちの動き、そして私の算盤。…すべて見ていくが良い。そして、武田の館に報せるがいい。『今川は刀を抜かずとも、日ノ本を変えられる』とな」

源五郎は黙って頭を下げた。氏真は知っている。彼らのような異才を、単に閉じ込めるのではなく、今川の圧倒的な文明の中に浸らせることこそが、最強の洗脳であり、将来の投資になることを。

秋の深まりと共に、氏真は一つの巨大なプロジェクトを始動させた。太原雪斎が遺した膨大な知識と、氏真が持ち込んだ現代の叡智。これを一族の秘伝とするのではなく、次世代のリーダーを育成するための教育システムとして体系化すること。

今川学問所、そして今川女学校の設立である。

学問所の総長として氏真が担ぎ出したのは、今川家の女将軍として知られる祖母・寿桂尼であった。

「お祖母様。貴女ほど、この家の歴史を、そして人の心の動かし方を知る女性はおりません。これからの今川は、力ではなく知で領地を治めます。どうか、その知恵を次世代の若者たち、そして女性たちに授けてください」

寿桂尼は、初めは「女子が学問など」と笑っていたが、氏真が提示した指導要領―帳簿の付け方、衛生学、外交交渉術、領地経営学―を見るうちに、その鋭い瞳に火が灯った。

「五郎、お前は面白いことを考える。戦で夫や息子を失わぬよう、女たちが賢くならねばならぬというのだな。…よかろう。この老い先短い命、今川の未来を育てるために使い切ってやろう」

寿桂尼が総長に就任したことで、学校の権威は不動のものとなった。 学問所では今川の小姓や真田源五郎たちが、女学校では早川殿、築山殿や家臣の娘たちが、寿桂尼の厳しい指導の下で、石鹸の泡のように清らかで、かつ鋼のように鋭い知恵を磨き始めた。

氏真は、学校の窓から聞こえてくる少年たちの読書の声を聞きながら、確信した。この学び舎から巣立つ者たちが、数十年後の日ノ本を、算盤を手に、穏やかに支配している姿を。