軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

その4

その村は大きくもなく小さくもなく、山間によくある村のひとつだった。

王都からはかなり離れており、馬を走らせても10日はかかる。そこで人々は畑を耕し、牧歌的に暮らしていた。

タリズ村。勇者を輩出したことで有名になった村だ。

「アレスのことを知っているかって? もちろん! 俺はあいつの友達だったんだ!」

生きていればアレスと同じ年頃の人間を探し、アレスについて尋ねた。

「アレスは小さいころから何でもできた。力もあったし、足も速かったし、勉強もできた。顔も良くって、同じ年頃の女の子は、みんなあいつのことが好きだったよ」

聞かれ慣れているのか、話し慣れているのか、その男性はアレスについてすらすらと話し始めた。

「とにかく凄かった。剣を持たせれば、あっという間に大人より上手くなるし、教会の神父様から学んで、回復魔法も使えるようになった。それだけじゃないんだぜ? 村長の家にあったボロボロの魔術の本を読んで、魔法まで使えるようになったんだ。言っておくけど、俺はもちろん、村長でさえ、本に何が書かれているか読めなかったんだ。ああいった本って特殊な字で書かれているだろ? あいつは勉強して、その特殊な文字が読めるようになったんだよ。そりゃ勇者にもなるさ!」

──勇者はこの村にいたときに、既に剣も魔法も神の奇跡も使えたと?

「もちろんさ。あんただって知っているだろう? 勇者アレスは剣も魔法も回復魔法だって使えたって有名じゃないか。そんな特別な人間だから勇者になったんだろう?」

──そんな特別な人間が何故ファルム学院にわざわざ入学した?

「何故って……勇者として認められるには、そこに入らなければならなかったんじゃないのか? それとも仲間を探しに行ったのかな? 俺はよく知らないけどね。多分、占い師が王都へ行けって言ったんじゃないかな?」

──占い師? 預言者のことか?

「そうそう、その人だよ。ある日、突然村に来て『この村から世界を救う勇者が現れる』って言ったんだよ。みんなピンときたよ。ああ、これはアレスのことに違いないって。やっぱりあいつは特別な人間だったんだ、って」

預言者は世界の岐路に際して現れ、宣託を告げることで知られる人物だ。いや、活動期間が1000年を超えるので、人であるかどうかは怪しい。同一人物でない可能性も指摘されている。

──アレスと預言者は直接会ったのか?

「どうだったかな? あの占い師はすぐにいなくなったんだよ。なんかもう、見るからに変な人っていうか、威厳があるっていうか、まあ不思議な人だったよ」

──その預言を受けて、アレスは王都へ旅立った?

「そうそう。そんな感じだった。やっぱりアレスはすげぇなぁ、って思ったよ」

──すごい?

「そりゃ今でこそ平和になったけど、あの当時は魔物が暴れまわっていた時代だから、王都までの道程は危険だったんだ。そのせいで交易も途絶えがちで、村も苦しかったって親から聞いていたよ」

──その危険な道程を14才の少年がひとりで行った?

「そうだよ。まあ大人が一緒に行っても足手まといになるって思ったんじゃないかな? でも、あいつはひとりでたどり着いたんだ。やっぱりすごいヤツだよ」

わたしはその朴訥な村人と別れ、アレスの生家へ向かった。現村長の家である。アレスは現村長の子であり、旅に出た時の村長の孫にあたった。

「わざわざ、こんなところまで来ていただいて、ありがとうございます。息子に、アレスについて聞きたいことがあるそうで」

手紙であらかじめ会う約束を取り付けていたためか、村長の夫人であるアレスの母親シェラは暖かくわたしを迎え入れてくれた。夫人は50前後と見受けられたが、気品のある佇まいで、若い頃は美人であったことが想像できた。

──アレスはどんな子供でしたか?

「よく出来た子でしたよ。小さいころから利発で、手のかからない子でした。家の手伝いも積極的にしてくれました。本当に……良い子でした」

シェラは懐かしむようにゆっくりと語った。

──何でも出来たという評判だったが?

「何でも、っていうよりも、器用な子でしたよ。でも、皆が言うほど優れた子だとは思いませんでした。確かに剣もそこそこできて、小さな神の奇跡も起こせて、魔法も使えましたけど、そんなに高いレベルのものではなかったんです。この小さな村だから目立ちましたけど、もっと人の多いところに行けば、『ちょっと変わったことができる優秀な子』程度の評価だったと思います」

──ひょっとして、あなたはこの村の出身ではない?

「ええ、よくわかりましたね。わたしは王都出身で、この村の出ではないんですよ。勉強するために王都に来ていた夫と学校で知り合って、結婚してから、この村に来たんです。実は夫もわたしも王都の学校では勉強も運動も出来た優等生でしたから、あの子が特別だったわけではないんです。このことはあまり言ったことはないんですけどね」

ちょっとした自慢話です、と言ってシェラは微笑んだ。

──しかし、アレスは勇者に選ばれた

「不思議でした。自慢の息子でしたけど、そこまでの子ではなかったんです。村の人たちは『預言はアレスのことに違いない』と持て囃しましたけど、わたしも夫も信じられませんでした」

──預言を信じていなかった?

「……そうですね。信じていないというより、アレスのことだとは思えませんでした。それに、誰が自分の子どもを魔王と戦わせたいだなんて思いますか? そんな危険なことをして欲しいだなんて思う親はいませんよ。信じていないというより、信じたくなかったのかもしれませんね。できるなら他の人に勇者をして欲しかった」

──それでも勇者として送り出した?

「村長だった義父が乗り気だったんです。村の人たちも。自分たちの村から勇者が出る、って喜んでいたので。あの頃は魔王の出現によって、世界は重苦しい雰囲気に包まれていました。それはこの村も例外ではありませんでした。そこに降ってわいた勇者の出現に、村中が歓喜したんです。とても違うだなんて否定できませんでした。なので、せめてもっと力を付けて、一緒に旅をしてくれる仲間を見つけさせるために、ファルム学院に送り出したんです」

──ファルム学院に入れたのは、あなたの意志だった?

「わたしと夫の意志です。ファルム学院が勇者の育成機関であることは知っていたので。ただ、貴族ばかりが入る学校になっていることも知っていたので、無理に入る必要はないとも言いました。力を付けて、仲間を見つけることが目的だったので、その目的が果たせる場所ならどこでもいいと思ってましたから。あの子は柔軟に考えることができた子なので、そう言っておけば上手くやると思っていたんですけど、結局はファルム学院に入ったみたいですね」

──アレス自身は勇者に選ばれたことを、どう考えていたのか?

「あの子は聡い子でしたから、村の空気を読んで、みんなが望んでいるように振る舞っていました。でも内心は不安だったと思います。自分がそこまで優れた人間でないことは、あの子が一番自覚していたはずですから。わたしが夜ふと目を覚ましたとき、外で無心に剣を振っているあの子の姿を見たことがあります。不安で眠ることができなくて、そんなことをしてたんです」

──しかし、魔王を倒した

「……そして、あの子も死にました。世界が救われたのだから、喜ばなくてはいけないんでしょうけど、わたしも夫もとても喜べません。何故、あの子が死ななければならなかったのか? 今でもそう思います。優秀な方なら他にいくらでもいたはずなのに、よりにもよって何故あの子が、って……」

シェラは頬を伝う涙を拭った。

彼女から視線を逸らし、部屋を見渡すと、剣が飾ってあるのが目に入った。綺麗にしてはあるが損耗が激しい。

──あれは?

「あの子の剣です。剣だけが戻ってきました。あの剣はこの家に代々伝わっていたものです。来歴はわかりませんが、最期まであの子と一緒に戦ってくれたんです。きっと良い物だったのでしょう。あの剣だけでも戻ってきてくれたのが唯一の救いです。遺品はあれだけなのですから」

──勇者の仲間があの剣を持ってきた?

「アレスの仲間だった人たちと会ったことはありません。持ってきてくれたのはザックです」

──ザックとは?

「同い歳のあの子の従弟です。主人の妹の子なんですが、両親はふたりとも冒険者でした。父親はマリカ国の出身で、マリカ国が魔王の侵略を受けたときに夫婦で救援に向かい、その戦いの中で命を落としました。ザックはふたりが旅立つ前にわたしたちに預けられた子です」

──何故ザックが剣を持ち帰ることができたのか?

「あの子と一緒に王都に行きましたから。それであの子が亡くなった後、向こうで人づてにあの剣を受け取ったと言っていました。それで、この村に持ち帰ってきてくれたんです」

──村人はアレスひとりで旅立ったと言っていたが?

「荷物もありましたし、さすがにひとりで行かせるわけにはいきませんでしたから。それにあのふたりは一緒に育っただけあって、とても仲が良かったんですよ? ザックが一緒だったから、アレスも少しは安心して旅立つことができたんだと思います。

村の人たちはアレスの功績を誇張して話すから、ザックのことは言わないんです。……ひょっとしたら、本当に忘れているだけかもしれませんね。あまり目立たない子だったので」

──ザックは今どこにいるのか?

「ここに来た後、『すぐに旅に出る』と言って、それっきりです。わたしはこの村で暮らすように勧めましたが、頑なに断られました。『ごめんなさい、アレスを死なせてしまって、ごめんなさい』って。あの子が謝ることなど、何ひとつないのに……」

──ザックはアレスと共に旅をしていたのか?

「あくまで王都までの付き添いです。あの子は普通の子でしたから、その後の、魔王と戦う旅になんか行けませんよ。一生懸命、何でもやる子だったんですけど、どちらかというと不器用でした。でも、とてもいい子なんですよ? アレスが色んなことを習得できたのも、ザックがいたからだと思います。アレスが何か始めると、ザックはそれに最後まで付き合うんです。知っていますか? ひとりで学び続けるのって大変なんですよ? 一緒にやってくれる子がいるから続けることができるんです」

──世の中に広まっている勇者の絵をどう思うか?

「よくあの子に似ています。わたしたちも大きな絵をひとつ買い求めて飾っているんですよ?」

確かにこの家の目立つところに勇者の雄姿を描いた大きな絵が飾ってあった。

──アレスとザックは似ている?

「従弟だけあって、よく似ていますよ。でも、アレスのほうが少し目が大きくて、鼻が高いんですよ。ちょっとしたことなんですけど、それで随分印象が変わるんです。アレスは外見をよく褒められましたが、ザックは特徴の無い子だと言われました。ちょっとした違いのはずなのに不思議ですね」