軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

後編 恋が終わって人生が始まる。

今のこの王国に魅了の 恩寵(ギフト) を受け継ぐ貴族家はありません。

戦場や魔獣討伐で役に立つ 恩寵(ギフト) ではありますが、利点よりも魅了を悪用した人間が混乱を引き起こす損失のほうが大きかったので、何世代か前に問題が起こったときに魅了を受け継ぐ貴族家自体が廃されてしまったのです。

一族郎党は処刑されたと聞きます。父の愛人はその生き残りの子孫か、魅了の悪用で弄ばれた平民の血筋だったのかもしれません。

「私の父は彼女に魅了されていました。愚か者だったのです。父の愛人は下町の酒場で酌婦をしていましたけれど、魅了で恋心を煽られたほかの客はあまりの激情を異常だと感じ、彼女から距離を置いていたようです。精神魔術を受け継ぐ家の人間だからと自分を過信し、まんまと引っかかって金を貢ぎ、家にまで連れ込んだのは父だけです」

「……」

「愛人は処刑されました。魅了持ちは王家の暗部で運用されるなどという噂もありますが、自分の 恩寵(ギフト) を隠すために実の娘を殺すような人間は、どんなに厳しい精霊契約を結んでも信用出来るものではないと見做されたのです」

「マリアーニ侯爵、は……」

「禁忌の幻術を王家の許可なく使ったのですから、彼も処刑されました。本来なら私も連座させられるところだったのですけれど、父のおこないを報告したことと幻術の 恩寵(ギフト) を受け継いでいないこと、まだ学園を卒業していないことなどが考慮されて、侯爵家の財産を放棄して平民になることで許されました」

成人の儀は十五歳のときですが、すぐ成人扱いになるのは平民だけで、貴族は学園を卒業するまでは子どもとして扱われます。

卒業までにダヴィデ様への恋が終わってくれて、本当に良かったと思います。

ちらりと振り返った彼が、溜息をついて顔を戻して俯きました。もう幻が見えなくなってしまったのかもしれません。

「……私のせいでピラータ嬢は殺されたのか」

「ごめんなさい。少し意地悪を言ってしまったかもしれません。愛人は父の正妻になりたいだなんて思っていませんでした。私が跡取りでなくなると母の実家からの支援が受けられなくなって贅沢三昧が出来なくなるから、あの子を跡取りにすると言い張る父の気持ちを変えるために殺したのかもしれません」

愛人は真実を暴く 恩寵(ギフト) によって尋問されましたが、私に彼女の証言がすべて明かされたわけではありません。

いくつかの広く知られても問題のないことが報告されただけなのです。

マリアーニ侯爵家が無くなる今、私は平民の小娘に過ぎないのですから。それに、愛人の中の『真実』がひとつだったとも限りませんしね。

「……どちらにしても酷い話だな」

「はい」

「私、は……母君亡き後、愛人の家に入り浸って侯爵邸へ戻らなかったマリアーニ侯爵のぶんも侯爵家を運営し、跡取り教育に励んでいた君が追い出されたことが許せなくて……ぬけぬけと侯爵邸へ住み着いた愛人親娘への怒りが抑えられなくて……だが、ピラータ嬢を見た途端、私は……」

私は微笑んで、ダヴィデ様に教えて差し上げました。

「ダヴィデ様、最初に好意を抱かなければ魅了は発動しません。発動しても貴方と父以外の方は、突然の激情を異常だと感じて距離を取りました。……貴方は、そのときあの子に恋をしたのです」

両手で顔を覆った彼に言葉を続けます。

「大丈夫ですわ。恋は必ず終わるのです。どんなに好きでも愛しくても、初恋の人でも婚約者でも、大切な想い出があったって恋は終わります。心を殺して、終わる日を指折り数えて待っていれば、いつか必ず……ダヴィデ様の恋も終わります」

母の命と引き換えに生まれてきた自分を嫌悪していた幼い私に、君がいてくれて嬉しいとダヴィデ様が言ってくださったことは、今も胸で輝く大切な想い出です。

ほかの爵位を持たないモレッティ伯爵家の次男として生まれ、婿入り先がなければ学園卒業後は路頭に迷うかもしれないという不安からの言葉だったのかもしれません。

私が追い出された後のマリアーニ侯爵家へ押しかけたのだって、婿入り先を失わないためにだったのかもしれません。

それでも彼が好きでした。

伯父の養女になったら祖父の商会の支店を任せると言われて、平民になっても婚約を継続出来ないかと打診して、貴族の家でなければ婿入り出来ないと断られたら一晩中泣いて目の周りを 腫(は) らしてしまうくらいには。

考えてみるとあのときのダヴィデ様はもう異母妹に恋していたのでしょうね。

私の間違いは生まれてきたことだったのかもしれません。

でも間違いを正すことは出来るはずです。

恋は終わりました。父の違法幻術に口を 噤(つぐ) み、幻に縋る婚約者を見つめる日々も終わりです。

平民になった私は伯父の養女になって祖父の商会の支店を任せてもらい、亡くなった母のぶんも支えてくれていた侯爵家の使用人達に新しい職場を提供するのです。

マリアーニ侯爵家を継ぐために勉強していたことはきっと無駄にはなりません。

これから生まれ変わった私の新しい人生が始まるのです。

私の目の前では交流お茶会のテーブルに突っ伏したダヴィデ様が、声を殺して泣いています。

彼の幻への恋はいつ終わるのでしょうか。

私の彼への恋は、とうの昔に終わっています。

……明日? 明後日? 明々後日?

何日が過ぎ去ったら、私の恋は終わるのかしら。

指折り数えてそう思っていた私は、もういません。